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第38話 キラークイーン
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明けて日曜日。
先日の野営のシミュレーションで判明した不足品を買い足したうえで、実際の野営に挑んでみたが、大きなトラブルに見舞われることもなく、無事に夜を明かすことができた。
しかし事前の予定では、夜間の見張りを高校生組と三人衆で交代する予定だったのだが、密かに憧れていた野営体験に気分が高揚してしまい、交代の時間が訪れてもそのまま起き続け、完徹で夜明けまで突き進んだのは反省だ。
ただ、焚き火を囲んで語らっているとき、中村さんの実家は『金魚養殖業』だと知り、妙に得した気持ちになった。
◻︎◻︎◻︎
夏休みを目前に控えた放課後。
一行は真新しい装備に身を包み、初めて訪れる地下三階の地面を踏み締めていた。
「……これって、普段は外しておいていいんですよね?」
そう話すマキマキさんの手には、真っ白なファントムマスクが握られている。
かの怪人が付けていたような、顔の半分を覆い隠す仮面なのだが、長良さんの「見た目でも恐怖を煽った方が、拷問の効果が高まりそう」と言う考えから、皮革大将さんに無理を言って設えてもらった一品だ。
「他の冒険者が見えたら付ければいいわ。マキマキさんも、鞭を振るう姿を人に知られたくないのでしょ?」
「もう少し可愛いマスクでも良かったのに……」
最初の案は『ペストマスク』と言われる、顔の前方が尖った、鳥のような仮面だったので、それに比べれば幾分か可愛くも見える。 のか?
「大丈夫っすよ。二人とも凄く似合ってます」
「ほんとー? なら付けたままでいようかな……」
大島さんが二人の仮面姿を誉めそやした。
そう。今回から長良さんも仮面を付けるようになったのだ。
スポーツ用のノーズガードにも似た、目元だけを隠す黒く優美なヴェネチアンマスクなのだが、長良さんがそれをつけると、異様なほどに似合う。 ……そしてエロい。
彼女は「夏休みに入ると、ダンジョンに訪れる学生も増えるので、念の為に顔を隠します」と理由を話していたが、個人的な趣味も入っていると思われた。
「さて……」
階段を降りてきた先には、地下一階とよく似た森と草原が広がっている。
それは見慣れた風景に違いないのだが──
「あっ、あそこに煙が見えますよ」
「まあまあ近いか? 一度見ておこう」
「「了解」」
ここ地下三階は、亜人種の集落が点在する階層だ。
ゴブリンやオーク、コボルドなどが集落を構えており、魔物同士が頻繁に小競り合いを行なっている。
ただ地下四階へ向かうだけなら、冒険者が踏み締めてできた土の道を通れば、襲われることはあまりない。
「んー、夕飯の準備っすかねえ?」
メンバーの中で一番背の高い大島さんが、目を細めながらそう口にした。
「あれってゴブリン?」
小柄な身体に、緑がかった皮膚、恐らくはゴブリンだと思うが。
「多分そうっすね。オークはもっとデカいって聞きますし」
集落の周りは木柵で囲われており、外から来る何かに備えていることが分かる。
それが人間の冒険者なのか、他種族の魔物なのかは不明だ。
「折角ですし、一度戦ってみましょうか」
仮面の女、長良さんがそう言った。
「これから夕飯っぽいのに?」
「倒してもまた近くに湧くようですし、変に気を回さなくても……」
「冗談冗談。……じゃあもう少し近づいて、大体の数だけ確認しようか」
このフロアでは、あまり積極的に狩りは行われない。
何故なら、集落の魔物を攻撃すると、中にいる全員が襲いかかってくるからだ。
例え一体一体が非力なゴブリンでも、それが何十と群れをなせば、容易に対処できる相手ではなくなり、いかに腕の立つ冒険者パーティでも、安定して倒し切るのは難しい。
ここで魔物の集落を襲うくらいなら、他のフロアで手間なく倒せる魔物を狩った方が、よほど効率も報酬もいいというのが一般的な考え方だった。
「見えてるので6匹くらいっすね……。テントん中からは、どれくらい出てくるんでしょう?」
「上位種が何かは知りたかったけど、どうしようかなあ……」
集落にいる魔物には、上位種と呼ばれるリーダー的な存在が必ず含まれている。
今回のゴブリンで言えば、アーチャー、メイジ、シャーマン、といった、遠距離攻撃に長けた種が含まれているはずだ。
「でしたら、最初の1匹を攻撃した後、そこの岩陰まで下がりましょうか。射線さえ通らなければ、あとは槍や鞭で攻撃できますし」
「それでいこうか。でも一応は大島さんの盾に隠れれるよう、あまり広がらずに」
「「了解」」
◻︎◻︎◻︎
集落の入り口、左側に立っていた門番ゴブリンの頭が、突然弾け飛んだ。
破裂音が周囲に響き渡る。
血飛沫が木柵に飛び散るのを、どこか現実感のない気持ちで見ていた。
わずかな間を置いて、反対側にいたもう1匹のゴブリンの顔にも、同じように火が灯ると、一拍遅れ、先ほどよりも小さな爆発によって頭部が消失する。
まるで、そう作られたオモチャのようだった。
連続する爆発音に、集落の奥から複数のゴブリンが一斉に飛び出してくる。
数える間もなく、ざっと10匹以上。
その群れの中で、一際体格の大きなゴブリンが、こちらを指差して喚き声を上げた。
手には、木の根を削って作られたような杖が握られている。
あれは……メイジか、それともシャーマンか。
大声で何か命令を叫ぶと、他のゴブリンたちが一斉に駆け出してきた。
その様子を見て、こちらもすぐに陣形を整える。
大きな木盾を掲げた大島さんが最後尾となり、少しずつ後ろへと下がった。
頼りない速度で飛ぶ火球が放たれ、地面に小さな炎が灯る。
ゴブリンたちはそれを一瞥しただけで、気にする様子もなく踏み越えようとした。
──その瞬間。
眩い閃光、轟音と共に、地面が盛り上がるように爆ぜ、土砂と肉片が混ざり合って宙に飛んだ。
先頭にいたゴブリンの群れは、悲鳴を上げる間もなく、粉々になって消え失せる。
残ったゴブリンたちは、思わず立ち止まり、目を見開いてこちらを見た。
直前の光景に怯えたのか、浮き足立つように身体を揺らしている。
……だが、そのわずかな間も、ただ無防備な的に。
群れの端にいるゴブリンに対し、小さな火球が放たれた。
火球の当たった場所に小さな炎が残ると、また一瞬遅れて爆発が起きる。
端にいたゴブリンが吹き飛んだのを皮切りに、炎は次の標的へと移った。
隣の個体に新たな火球がぶつかり、再び爆炎が弾ける。
さらにもう一体。
さらにもう一体。
順に火球が叩き込まれ、そのたびに悲鳴と共に肉片が飛び散る。
何度も何度も爆発が繰り返され、やがて視界にいた雑兵ゴブリンは全て倒れ伏していた。
最後に残ったのは、杖を握りしめた、あの大きなゴブリンだけだ。
震える腕でこちらを指差したまま、何かを叫ぼうとしている。
だが、その言葉を聞くより先に、火球がゴブリンの頭に命中する。
刹那、耳をつんざく破裂音。
そして、そこにあった頭部は、跡形もなく消失していた。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
先日の野営のシミュレーションで判明した不足品を買い足したうえで、実際の野営に挑んでみたが、大きなトラブルに見舞われることもなく、無事に夜を明かすことができた。
しかし事前の予定では、夜間の見張りを高校生組と三人衆で交代する予定だったのだが、密かに憧れていた野営体験に気分が高揚してしまい、交代の時間が訪れてもそのまま起き続け、完徹で夜明けまで突き進んだのは反省だ。
ただ、焚き火を囲んで語らっているとき、中村さんの実家は『金魚養殖業』だと知り、妙に得した気持ちになった。
◻︎◻︎◻︎
夏休みを目前に控えた放課後。
一行は真新しい装備に身を包み、初めて訪れる地下三階の地面を踏み締めていた。
「……これって、普段は外しておいていいんですよね?」
そう話すマキマキさんの手には、真っ白なファントムマスクが握られている。
かの怪人が付けていたような、顔の半分を覆い隠す仮面なのだが、長良さんの「見た目でも恐怖を煽った方が、拷問の効果が高まりそう」と言う考えから、皮革大将さんに無理を言って設えてもらった一品だ。
「他の冒険者が見えたら付ければいいわ。マキマキさんも、鞭を振るう姿を人に知られたくないのでしょ?」
「もう少し可愛いマスクでも良かったのに……」
最初の案は『ペストマスク』と言われる、顔の前方が尖った、鳥のような仮面だったので、それに比べれば幾分か可愛くも見える。 のか?
「大丈夫っすよ。二人とも凄く似合ってます」
「ほんとー? なら付けたままでいようかな……」
大島さんが二人の仮面姿を誉めそやした。
そう。今回から長良さんも仮面を付けるようになったのだ。
スポーツ用のノーズガードにも似た、目元だけを隠す黒く優美なヴェネチアンマスクなのだが、長良さんがそれをつけると、異様なほどに似合う。 ……そしてエロい。
彼女は「夏休みに入ると、ダンジョンに訪れる学生も増えるので、念の為に顔を隠します」と理由を話していたが、個人的な趣味も入っていると思われた。
「さて……」
階段を降りてきた先には、地下一階とよく似た森と草原が広がっている。
それは見慣れた風景に違いないのだが──
「あっ、あそこに煙が見えますよ」
「まあまあ近いか? 一度見ておこう」
「「了解」」
ここ地下三階は、亜人種の集落が点在する階層だ。
ゴブリンやオーク、コボルドなどが集落を構えており、魔物同士が頻繁に小競り合いを行なっている。
ただ地下四階へ向かうだけなら、冒険者が踏み締めてできた土の道を通れば、襲われることはあまりない。
「んー、夕飯の準備っすかねえ?」
メンバーの中で一番背の高い大島さんが、目を細めながらそう口にした。
「あれってゴブリン?」
小柄な身体に、緑がかった皮膚、恐らくはゴブリンだと思うが。
「多分そうっすね。オークはもっとデカいって聞きますし」
集落の周りは木柵で囲われており、外から来る何かに備えていることが分かる。
それが人間の冒険者なのか、他種族の魔物なのかは不明だ。
「折角ですし、一度戦ってみましょうか」
仮面の女、長良さんがそう言った。
「これから夕飯っぽいのに?」
「倒してもまた近くに湧くようですし、変に気を回さなくても……」
「冗談冗談。……じゃあもう少し近づいて、大体の数だけ確認しようか」
このフロアでは、あまり積極的に狩りは行われない。
何故なら、集落の魔物を攻撃すると、中にいる全員が襲いかかってくるからだ。
例え一体一体が非力なゴブリンでも、それが何十と群れをなせば、容易に対処できる相手ではなくなり、いかに腕の立つ冒険者パーティでも、安定して倒し切るのは難しい。
ここで魔物の集落を襲うくらいなら、他のフロアで手間なく倒せる魔物を狩った方が、よほど効率も報酬もいいというのが一般的な考え方だった。
「見えてるので6匹くらいっすね……。テントん中からは、どれくらい出てくるんでしょう?」
「上位種が何かは知りたかったけど、どうしようかなあ……」
集落にいる魔物には、上位種と呼ばれるリーダー的な存在が必ず含まれている。
今回のゴブリンで言えば、アーチャー、メイジ、シャーマン、といった、遠距離攻撃に長けた種が含まれているはずだ。
「でしたら、最初の1匹を攻撃した後、そこの岩陰まで下がりましょうか。射線さえ通らなければ、あとは槍や鞭で攻撃できますし」
「それでいこうか。でも一応は大島さんの盾に隠れれるよう、あまり広がらずに」
「「了解」」
◻︎◻︎◻︎
集落の入り口、左側に立っていた門番ゴブリンの頭が、突然弾け飛んだ。
破裂音が周囲に響き渡る。
血飛沫が木柵に飛び散るのを、どこか現実感のない気持ちで見ていた。
わずかな間を置いて、反対側にいたもう1匹のゴブリンの顔にも、同じように火が灯ると、一拍遅れ、先ほどよりも小さな爆発によって頭部が消失する。
まるで、そう作られたオモチャのようだった。
連続する爆発音に、集落の奥から複数のゴブリンが一斉に飛び出してくる。
数える間もなく、ざっと10匹以上。
その群れの中で、一際体格の大きなゴブリンが、こちらを指差して喚き声を上げた。
手には、木の根を削って作られたような杖が握られている。
あれは……メイジか、それともシャーマンか。
大声で何か命令を叫ぶと、他のゴブリンたちが一斉に駆け出してきた。
その様子を見て、こちらもすぐに陣形を整える。
大きな木盾を掲げた大島さんが最後尾となり、少しずつ後ろへと下がった。
頼りない速度で飛ぶ火球が放たれ、地面に小さな炎が灯る。
ゴブリンたちはそれを一瞥しただけで、気にする様子もなく踏み越えようとした。
──その瞬間。
眩い閃光、轟音と共に、地面が盛り上がるように爆ぜ、土砂と肉片が混ざり合って宙に飛んだ。
先頭にいたゴブリンの群れは、悲鳴を上げる間もなく、粉々になって消え失せる。
残ったゴブリンたちは、思わず立ち止まり、目を見開いてこちらを見た。
直前の光景に怯えたのか、浮き足立つように身体を揺らしている。
……だが、そのわずかな間も、ただ無防備な的に。
群れの端にいるゴブリンに対し、小さな火球が放たれた。
火球の当たった場所に小さな炎が残ると、また一瞬遅れて爆発が起きる。
端にいたゴブリンが吹き飛んだのを皮切りに、炎は次の標的へと移った。
隣の個体に新たな火球がぶつかり、再び爆炎が弾ける。
さらにもう一体。
さらにもう一体。
順に火球が叩き込まれ、そのたびに悲鳴と共に肉片が飛び散る。
何度も何度も爆発が繰り返され、やがて視界にいた雑兵ゴブリンは全て倒れ伏していた。
最後に残ったのは、杖を握りしめた、あの大きなゴブリンだけだ。
震える腕でこちらを指差したまま、何かを叫ぼうとしている。
だが、その言葉を聞くより先に、火球がゴブリンの頭に命中する。
刹那、耳をつんざく破裂音。
そして、そこにあった頭部は、跡形もなく消失していた。
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