風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

文字の大きさ
4 / 70

第4話 ファミチキ

しおりを挟む
 朝の校門をくぐろうとしたそのとき、ふと鋭い視線を感じて足が止まった。

 目が合ったのは、昨日、ダンジョンの地下一階で見かけた長良《ながら》茜《あかね》さんだった。

 制服姿の彼女は、こちらに顔を向けたまま微動だにせず、まるで何かを問うような、いや、釘を刺すような眼差しを投げかけてくる。

 あの目は、たぶん──「昨日のことは、誰にも言うなよ」という意味だ。

 怒ってるというより、睨みつけてくるような、そんな迫力。

 けれど、それでもなお、美人だと思った。整った顔立ちに濡羽色《ぬればいろ》の黒髪、品のある佇まい。

 その鋭さがなければ、たぶん学校でもっと人気があったはずだ。

 今のままじゃ「近寄るなオーラ」で損してると思う。


◻︎◻︎◻︎


 放課後。

 先生に頼まれて、書類の仕分けや備品の運搬を手伝っていたせいで、ダンジョンへ向かうのがすっかり遅くなってしまった。


 地上の時間帯に合わせて明るさが変わるダンジョンの性質を思い出し、少し焦る。

 暗くなったらロクに探索もできなくなるし、今の自分は照明アイテムも持ち合わせていない。

 光があるうちに稼がねばならないのだ。

 急いでダンジョンへ向かうため、自転車のペダルを力強く踏み込んだ。



 その途中──ふと思い立ち、某コンビニに立ち寄った。

 今日はなんとなく、ファミチキの気分だったのだ。

 けれど、店員さんの申し訳なさそうな笑顔とともに返された言葉は、

「フライヤーが故障してしまって、今日はファミチキ無いんです……」

 だった。



 思わず肩が落ちる。

 仕方がないのでツナサンドを一つ買い、それを食べながら自転車を再発進させた。

 お行儀が悪いのは承知の上だけど、日が暮れる前に到着しないと、今日の稼ぎがゼロになってしまう。

 ファミチキを食べ損ねたせいか、妙に腹の底が寒々としていた。

「油魔法でもあれば、フライヤー壊れててもチキン揚げられたんじゃないか……」

 ふと、そんなことを考えた。

 風魔法でどうこうできる場面は少ないけれど、油が自在に出せたら、料理にも火起こしにも使えるし、案外、稼げるんじゃないか?


◻︎◻︎◻︎


 ダンジョンに到着すると、案の定、薄暗くなりはじめていた。


 それにしても、このダンジョンは本当に過疎っている。

 もっとも、地下一階が特に人気がないのは、理由がある。

 まず敵が弱くて、手間のわりに稼ぎが悪い。熟練者はとっくに下層へ進んでいて、地下一階にはもう用がない。

 それでも少しずつ魔法に慣れるには、ここがちょうどいいと思っている。むしろ風魔法スキルでは、地下一階程度のモンスターがギリギリだ……。



 ようやく見つけた2匹のウサギを狩って、ダンジョンの入り口へと向かう。


 人気《ひとけ》のないこのフロアは、今日も相変わらず静かで、自分の気配だけが空間にぽつんと浮いているようだった。

 ……いや、気配が、もうひとつ?



 そう思った瞬間、遠くから「ドンッ!」という鈍い衝撃音が聞こえてきた。


 駆けつけると、そこには──



 長良茜さんがいた。


 彼女は大型のモンスター、ダンジョンボアと対峙している。



 夜間にだけ現れるはずのその魔物が、夕暮れに姿を現すとは運が悪い。

 長良さんの左腕は垂れ下がり、肩を負傷しているようだった。


 痛みに顔を歪めながらも、彼女は片手で火球を作り出し、幾度もダンジョンボアに放っている。


 しかし、火球は表面を焼くだけで致命傷にはならず、ダンジョンボアは前脚で地面を掘り、突進の構えを見せていた。


 まずい。あれを食らえば、長良さんはただでは済まない。


 とっさに、風を撃ち出した。少しでも気が逸れればそれでいい。


 ダンジョンボアの顔面に向けて、全力でを叩きつける。


 その瞬間、長良さんの火球が飛来し──




 ──ドォンッ!!!!




 大きな爆発が起きた。


 視界が真っ白になり、衝撃波に吹き飛ばされ、地面に背中を強打する。

 痛みと共に、世界がぐらりと傾いた。




◻︎◻︎◻︎




「あいたた……」

 呻《うめ》きながら起き上がる。

 視線の先では、長良さんがまだ倒れたままだった。

 ローブが爆風で捲《めく》れ上がっていて、例の紙のパンツが……いや、見なかったことにしよう。……見てない。見てない。



 長良さんはゆっくりと上半身を起こし、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。

 彼女と視線が少しだけ合ったが、すぐに目を逸らされた。

 沈黙の中、お互いの心臓の音だけがやけに大きく響く。


 やがて長良さんが、土埃を払って立ち上がろうとするので、その手を引き身体を支えた。


 すぐに、「ありがとう」と、少しだけ掠れた声で、彼女は言った。


 無理もない。きっと、まだ全身が痛んでいるはずだ。


 それでも、彼女はこちらを見てお礼を口にした。


 あの冷たい目つきじゃない。


 どこか──少しだけ、やわらかな瞳だった。



 ……さて。

 いまの大爆発、いったい何が起きたんだろう?

 風と火の魔法の組み合わせで、大きな爆発が起きたのか?


 偶然にしては派手すぎる。


 けれど、もしかしたら──これは新しい戦法になるかもしれない。


 そんな可能性を胸に、もう一度、長良さんの方を見た。


 彼女はまだ少し頬を赤らめながら、それでもどこか誇らしげな顔をしていた。


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

天城の夢幻ダンジョン攻略と無限の神空間で超絶レベリング ~ガチャスキルに目覚めた俺は無職だけどダンジョンを攻略してトップの探索士を目指す~

仮実谷 望
ファンタジー
無職になってしまった摩廻天重郎はある日ガチャを引くスキルを得る。ガチャで得た鍛錬の神鍵で無限の神空間にたどり着く。そこで色々な異世界の住人との出会いもある。神空間で色んなユニットを配置できるようになり自分自身だけレベリングが可能になりどんどんレベルが上がっていく。可愛いヒロイン多数登場予定です。ガチャから出てくるユニットも可愛くて強いキャラが出てくる中、300年の時を生きる謎の少女が暗躍していた。ダンジョンが一般に知られるようになり動き出す政府の動向を観察しつつ我先へとダンジョンに入りたいと願う一般人たちを跳ね除けて天重郎はトップの探索士を目指して生きていく。次々と美少女の探索士が天重郎のところに集まってくる。天重郎は最強の探索士を目指していく。他の雑草のような奴らを跳ね除けて天重郎は最強への道を歩み続ける。

ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~

エース皇命
ファンタジー
 学校では正体を隠し、普通の男子高校生を演じている黒瀬才斗。実は仕事でダンジョンに潜っている、最近話題のAランク冒険者だった。  そんな黒瀬の通う高校に突如転校してきた白桃楓香。初対面なのにも関わらず、なぜかいきなり黒瀬に抱きつくという奇行に出る。 「才斗くん、これからよろしくお願いしますねっ」  なんと白桃は黒瀬の直属の部下として派遣された冒険者であり、以後、同じ家で生活を共にし、ダンジョンでの仕事も一緒にすることになるという。  これは、上級冒険者の黒瀬と、美少女転校生の純愛ラブコメディ――ではなく、ちゃんとしたダンジョン・ファンタジー(多分)。 ※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

異世界から日本に帰ってきたら魔法学院に入学 パーティーメンバーが順調に強くなっていくのは嬉しいんだが、妹の暴走だけがどうにも止まらない!

枕崎 削節
ファンタジー
〔小説家になろうローファンタジーランキング日間ベストテン入り作品〕 タイトルを変更しました。旧タイトル【異世界から帰ったらなぜか魔法学院に入学。この際遠慮なく能力を発揮したろ】 3年間の異世界生活を経て日本に戻ってきた楢崎聡史と桜の兄妹。二人は生活の一部分に組み込まれてしまった冒険が忘れられなくてここ数年日本にも発生したダンジョンアタックを目論むが、年齢制限に壁に撥ね返されて入場を断られてしまう。ガックリと項垂れる二人に救いの手を差し伸べたのは魔法学院の学院長と名乗る人物。喜び勇んで入学したはいいものの、この学院長はとにかく無茶振りが過ぎる。異世界でも経験したことがないとんでもないミッションに次々と駆り出される兄妹。さらに二人を取り巻く周囲にも奇妙な縁で繋がった生徒がどんどん現れては学院での日常と冒険という非日常が繰り返されていく。大勢の学院生との交流の中ではぐくまれていく人間模様とバトルアクションをどうぞお楽しみください!

田舎おじさんのダンジョン民宿へようこそ!〜元社畜の俺は、民宿と配信で全国初のダンジョン観光地化を目指します!〜

咲月ねむと
ファンタジー
東京での社畜生活に心身ともに疲れ果てた主人公・田中雄介(38歳)が、故郷の北海道、留咲萌町に帰郷。両親が遺したダンジョン付きの古民家を改装し、「ダンジョン民宿」として開業。偶然訪れた人気配信者との出会いをきっかけに、最初の客を迎え、民宿経営の第一歩を踏み出す。 笑えて、心温かくなるダンジョン物語。 ※この小説はフィクションです。 実在の人物、団体などとは関係ありません。 日本を舞台に繰り広げますが、架空の地名、建造物が物語には登場します。

どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-

すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン] 何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?… たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。 ※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける 縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は…… ゆっくりしていってね!!! ※ 現在書き直し慣行中!!!

処理中です...