風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第6話 アッカンベーダー

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 ──ヌーン、ヌーン、ヌーン……。

 夢とも現実ともつかぬ意識のなか、スマホのバイブ音が波のように響いてくる。

 閉じたまぶたの向こう、夢とも現実ともつかぬ意識で、手探りにスマホを取り上げる。


 画面に表示された名前に、ぼんやりと目を細めた。

 長良 茜──。

 通話ボタンを押すと、あちら側から元気な声が飛び込んできた。


「伊吹さん? もう朝日は昇ってますよ? さあ、早くダンジョンへ参りましょう」

 やけに清々しい口調で、まるで天気予報でも聞かされているようだった。


 けれどまだ思考がもやの中にある。

 視線を、壁掛け時計へと滑らせる。


 AM 4:48。


「……まじで?」


 一気に目が覚めた。

 ここまでくると怒る気にもならない。驚きすぎて逆におかしくなってくる。

「……ごめん、今から支度して行く。五時半には着くと思います……」

「承知しました。では現地でお待ちしておりますね」

 通話は、あくまで爽やかに切れた。



 土曜の朝。

 確かに、昨日の帰り際に一緒にダンジョン行こうとは言ったけれど……その約束、てっきり昼前くらいの話だと思ってた。

 なんで早朝四時台から動けるんですか、お嬢様……。


◻︎◻︎◻︎


 顔を洗って、ジャージに着替え、玄関を飛び出す。

 まだ眠っている街の空気は肌寒くて、頬を叩くような風が目を覚ましてくれる。

 最寄りのコンビニに寄り、おにぎりをひとつ買って、くわえながら自転車を漕ぐ。

(お行儀悪くてすみません)

 まだ誰もいない道の上、心のなかでだけ謝っておく。


 ペダルを踏み込みながら、なんとなくワクワクしている自分がいることに気付いた。



 ダンジョン前の広場には、既に長良 茜さんが立っていた。

 制服ではなく、スポーティな装いの彼女は朝焼けのなかに立っていて、まるで異世界の冒険者のように見えた。


「おはようございます」
「……おはようございます」

 眠気は抜けたはずなのに、声が少し震えた。

 それは寒さのせいではない。なんというか……長良さんの気合いの入り方に、気圧されていた。


「では、本日は互いの魔法の検証を行いますので、まずは私の調査したデータをお見せします。と、その前に──こちらを向いてください」

 言われるままに彼女の方を向いた瞬間、長良さんがぐっと顔を近づけてくる。

「……っ!?」

(え? なに? うそ?)

 心臓が飛び跳ねた。



 が──




「失礼します。貧血のチェックを」

 下まぶたを引っ張られ、顎を持ち上げられ、口を開けさせられ──

「『あー』とお願いします」

「あ、あー……」


 健康診断だった。


「脈、測りますね」

 すっと手首を取られ、指先が脈を探る。

 わずかな体温が、やたらくっきりと残った。

「腰に違和感はありませんか? 前屈ぜんくつしてみてください」

 背後から投げかけられる声に、妙にくすぐったさを覚えながら答える。


「べ、別に……っ」

 どうやらこれは体調チェックらしい。さすがは医者の娘。容赦ない。



 チェックを終えた長良さんから、A4の紙束が手渡された。

「こちらが、私の火魔法に関する現在の調査データです」

 丁寧な字でびっしりと記された数値と考察。

 最小の火球サイズ、射程距離、威力ごとの必要魔力量。異常なほどの情報量に、口を開けたまま紙をめくる。

「……すっご……」

「すべて暗記しておりますので、項目に目を通すだけで結構ですわ」

 なるほど、この人こそ本物のガチ勢。

 昨日から、薄々感じてはいたけど


──やっぱりすごい。


 こんな人の期待に、ちゃんと応えられるのだろうか──。


 ダンジョンゲートを抜け、装備を整える。

 と言っても、いつものレンタル一式──

 木の棍棒、茶色いローブ、紙のトランクス、そして裸足。

 完全に原人スタイルである。

 紙のトランクスがふわりと肌を撫で、今日も、着けた瞬間から捨てたくなる。



 ふと、横目でチラリと長良さんを見た。

(女性の場合、ブラジャーって……どうなってるんだろ)

 自分で思って赤面した。


 だが彼女はそれに気づいたようで、あっさりと言った。

「ブラジャーが気になるのですね?」

「え、いや、ちが、そうじゃなくて……!」

「どうせ使い捨てですし、帰りにサンプルを差し上げますよ」

「い、いらないです!! って、いや、そうじゃなくて!」

 言ってから、そういう問題じゃないとさらに慌てる。

 冷静さを取り戻そうと、頭を切り替える。


「……そういえば、あの紙パンツとかってダンジョン産の素材で作られてるなら、持ち出せるんだよね? じゃあ、ロッカーで渡せばよくない?」

「それは人件費と設備費の問題でしょう。このダンジョンは地方の小規模運営ですから、コスト重視なのです」

「なるほど……そりゃあ……みんな静岡の大型ダンジョン行くわけだよなあ……」


 ため息まじりに呟いた。


◻︎◻︎◻︎


 地下一階、見通しの良い草地に到着。

 魔法の検証にはうってつけの場所。


「では、まずは伊吹さんの風魔法を試してみましょう」

「うん……でも俺、いままで“吹かせる”ことしか考えてなかったかも」

「泡を作るイメージで、やってみませんか?」

 言われるままに試してみる。

 すると──目には見えないが、確かに何かがふわりと出た。


「視認できるように、足元の土を巻き込んでもらえますか?」

 再度試すと、今度はうっすらと茶色い泡のようなものが見えた。

「できた……!」


 魔法の大きさ、射程、密度──検証開始。


 結果、数値は長良さんの火魔法とかなり近い。


 次のテーマは「可燃性の再現性」。


 長良さんが焚き火を用意してくれたので、そこへ最小の風玉を打ち込む。


 ……炎は、わずかに揺れるだけだった。

「……昨日の爆発は、何か条件が違ったのかも」

「可燃性ガスを、無意識に想起していたのでは?」

「……うーん。とにかくイノシシの気を引こうと必死だったから……」

「では逆に、意識して思い浮かべることのできる、可燃性ガスといえば?」



 考える。必死で、真面目に。


 ──そして、閃いた。



「……オナラ、ですね!」


 沈黙。


 長良さんは、目をぱちくりと瞬かせ──やがて、そっと笑った。


「腸管ガス、つまり……メタンガス、ですね……」


「はい!」


 苦笑しつつ、長良さんが指示をする。

「では、そのイメージで、もう一度お願いします」


 目を瞑る。記憶の中の臭気を、真剣に思い浮かべる。

 風玉を作る。小さく、固く、メタンの塊。



 それを焚き火に向けて飛ばす。


 ──パンッ!


 乾いた爆ぜる音。焚き火が小さく跳ねた。

「成功、ですわね」

「うおおおおお!」



 次は、玉を大きく──バレーボールサイズに。土埃つちぼこりで着色し、同じく焚き火へ。



 ──ドガァァァンッ!!!


 激しい爆発。薪が宙に舞う。


「これだ……昨日の威力……!」
「再現性、確認できました!」


 二人は顔を見合わせて、思わず笑った。

 朝焼けのなか、爆発の余韻がまだ地面に残っている。

「これが使えれば、戦闘の幅も広がるね」
「ええ。ガンガン狩りましょう!」

 心なしか、長良さんの瞳が、いつもよりずっと楽しげに見えた。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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