風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第7話 チーズが乗ったハンバーグ

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 岩陰に腰を下ろし、額の汗を手の甲で拭いながら、小さなメタン玉を掌に浮かべていた。

 しかし、それは以前ほどの大きさではなく、ふよふよと頼りない。


「……あれ? これ、だいぶ小さくなってるな」

 しばらく前までは、もっと大きな球体を作れていたはずだ。集中力は変わらない。手順も同じ。だとすれば原因はひとつか。

「もしかして、MP的なものが底を尽きたのかな」

 自身の想像に頷きかけたその時、後ろから柔らかな声が届いた。


「なら一旦休憩を取りましょう。……そろそろ、お昼の時間でもありますし」

 長良さんが、ほこりを払うようにローブを軽くはたいて、こちらに歩いてくる。

 彼女は朝から火球を飛ばし続けていたのに、疲れた様子ひとつ見せない。優雅な微笑みすら浮かべているのだから、まったく隙がない。


「じゃあ、一度ダンジョンから出ようか」

「午後にまた潜る場合、レンタル装備代がもう一度かかるのが癪だけれど……仕方ないわね」


 ……午後も、またダンジョン?

 彼女は当然のように話を進めるものだから、何も言えなくなった。


◻︎◻︎◻︎


 着替えを終え、ダンジョン前の広場に再集合した二人。

 朝六時から正午まで、約六時間の戦闘を経て、得られた報酬は一人あたり2万円。

 討伐数は合計八十匹にも達していた。


「じゃあ、二人で分けて、一人2万円だね。今は同じ装備だけど、今後は弓を使ったり、防具が壊れたりしたら、経費を考慮して分ける必要があるかも」

「その分け方で問題ないわ。ちゃんと話し合っておけば、後で揉めずに済むものね」

「しばらくはレンタル代500円だけだし、計算も楽でいいよ」

「あら? 私は550円よ」

 そう言ったあと、長良さんはふと何かを思い出したように、ぽんと手を叩いた。


「えっと、ちゃんと持ち帰ってきたのよ」

 そう言いながら、鞄の中をごそごそと探る彼女。その仕草がいやに慎重で、どこか不穏だ。

 嫌な予感がして、眉をひそめた。


「あっ、ちょ、それ要らないからっ!」

 思わず慌てて止める。彼女が取り出そうとしていたものが、何であるかを思い出してしまったからだ。


「そうなの? じゃあ、こちらで勝手に処分しておくけど、本当に良いのかしら?」

「お願い……します」


 うなずきながら、妙な疲労感に襲われる。あれを持ち帰る必要があったのか……。


◻︎◻︎◻︎



「ところで、伊吹くんは一人で昼食をとるほうが好みかしら?」

 長良さんがふいにそんなことを言った。

 少し驚いたが、すぐに理由がわかった。自分が人付き合いがあまり得意でないことを、どこかで察してくれていたのだろう。


「いや、話したいこともあるし……一緒に行こう」

「ふふ、よかった。私も一緒に食べたかったのよ」

 自然に微笑むその表情に、胸の奥が少しだけ熱くなる。



 昼食は、昨夜も利用したファミレスに決まった。

 悩んだ末に頼んだのは、やはりチーズハンバーグ。


「あら? 昨日もそれじゃなかった?」

「す、すごく好物で……」

 頬が少しだけ熱くなるが、仕方がない。これだけは譲れない。


「さて、今日のデータから判断すると、六時間の戦闘でMPが枯渇するようね」

「今まではせいぜい三時間だったから、MP切れは初体験だよ」

「私は最小サイズの火球しか使っていないから、MPにはまだ余裕があるの」

 その言葉に、改めて彼女の役割の重要性を思う。

 外部から火種を持ち込めないダンジョンで、着火役がいるということは──つまり、これからも長良さんとは一緒に潜り続けることになる、ということだ。

「午後も、伊吹くんのMPが尽きるまで潜りましょう。その時点で切り上げて、どのくらいMPが回復していたか、測定したいの」


「了解」


 うーん。チーズハンバーグ……うまい。


◻︎◻︎◻︎


 午後の探索は、約三十分でメタン玉のサイズが縮小し始めたため、終了となった。

 ダンジョン前の広場で、再び作戦会議。

「一時間の休憩で三十分の戦闘が可能なら……十二時間の休憩で、全回復ってことになるわね」

「おお、確かに」

 彼女の頭の回転の速さには、毎度ながら感心する。

「明日は昼食を一緒にとってから、五時間の探索にしましょう」

「あれ? 一時間余らない?」

「余裕は必要でしょ? ギリギリの行動は危険よ」

「全くもって、その通りでございます……」

「では、今日はこれで解散。でも家に戻ったら、学校の勉強はしておきなさいね」

「ん? なんでまた……?」

「大人から活動をとがめられたとき、成績が良ければ言い訳になるし、何より──」

 にこりと笑って、唇を弧に描く。


「“やることやってんだろ?”って、強気で出られるものよ」

 その言葉に、なんとも言えない温かさを感じた。

 この人は、やっぱり他の誰よりも頼もしい。


◻︎◻︎◻︎


 別れ際。

 長良さんが何かを思い出したように、真っ白な物体をスっとカバンに突っ込んできた。

「え? ちょ、なに?」

「じゃあ、また明日ね」

 風のように去っていく背中。残された自分は、首を傾げながら家路につく。





 ──そして、帰宅後。

 カバンを開けて、異物の正体を確かめて、しばらく絶句していた。


 それは、紙の……サラシ?

 いや、これは──



 使い捨て紙ブラだった。


 心なしか暖かさを感じる真っ白なそれを見つめながら、しばらく呆然と立ち尽くしていた。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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