風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

文字の大きさ
6 / 70

第6話 アッカンベーダー

しおりを挟む
 ──ヌーン、ヌーン、ヌーン……。

 夢とも現実ともつかぬ意識のなか、スマホのバイブ音が波のように響いてくる。

 閉じたまぶたの向こう、夢とも現実ともつかぬ意識で、手探りにスマホを取り上げる。


 画面に表示された名前に、ぼんやりと目を細めた。

 長良 茜──。

 通話ボタンを押すと、あちら側から元気な声が飛び込んできた。


「伊吹さん? もう朝日は昇ってますよ? さあ、早くダンジョンへ参りましょう」

 やけに清々しい口調で、まるで天気予報でも聞かされているようだった。


 けれどまだ思考がもやの中にある。

 視線を、壁掛け時計へと滑らせる。


 AM 4:48。


「……まじで?」


 一気に目が覚めた。

 ここまでくると怒る気にもならない。驚きすぎて逆におかしくなってくる。

「……ごめん、今から支度して行く。五時半には着くと思います……」

「承知しました。では現地でお待ちしておりますね」

 通話は、あくまで爽やかに切れた。



 土曜の朝。

 確かに、昨日の帰り際に一緒にダンジョン行こうとは言ったけれど……その約束、てっきり昼前くらいの話だと思ってた。

 なんで早朝四時台から動けるんですか、お嬢様……。


◻︎◻︎◻︎


 顔を洗って、ジャージに着替え、玄関を飛び出す。

 まだ眠っている街の空気は肌寒くて、頬を叩くような風が目を覚ましてくれる。

 最寄りのコンビニに寄り、おにぎりをひとつ買って、くわえながら自転車を漕ぐ。

(お行儀悪くてすみません)

 まだ誰もいない道の上、心のなかでだけ謝っておく。


 ペダルを踏み込みながら、なんとなくワクワクしている自分がいることに気付いた。



 ダンジョン前の広場には、既に長良 茜さんが立っていた。

 制服ではなく、スポーティな装いの彼女は朝焼けのなかに立っていて、まるで異世界の冒険者のように見えた。


「おはようございます」
「……おはようございます」

 眠気は抜けたはずなのに、声が少し震えた。

 それは寒さのせいではない。なんというか……長良さんの気合いの入り方に、気圧されていた。


「では、本日は互いの魔法の検証を行いますので、まずは私の調査したデータをお見せします。と、その前に──こちらを向いてください」

 言われるままに彼女の方を向いた瞬間、長良さんがぐっと顔を近づけてくる。

「……っ!?」

(え? なに? うそ?)

 心臓が飛び跳ねた。



 が──




「失礼します。貧血のチェックを」

 下まぶたを引っ張られ、顎を持ち上げられ、口を開けさせられ──

「『あー』とお願いします」

「あ、あー……」


 健康診断だった。


「脈、測りますね」

 すっと手首を取られ、指先が脈を探る。

 わずかな体温が、やたらくっきりと残った。

「腰に違和感はありませんか? 前屈ぜんくつしてみてください」

 背後から投げかけられる声に、妙にくすぐったさを覚えながら答える。


「べ、別に……っ」

 どうやらこれは体調チェックらしい。さすがは医者の娘。容赦ない。



 チェックを終えた長良さんから、A4の紙束が手渡された。

「こちらが、私の火魔法に関する現在の調査データです」

 丁寧な字でびっしりと記された数値と考察。

 最小の火球サイズ、射程距離、威力ごとの必要魔力量。異常なほどの情報量に、口を開けたまま紙をめくる。

「……すっご……」

「すべて暗記しておりますので、項目に目を通すだけで結構ですわ」

 なるほど、この人こそ本物のガチ勢。

 昨日から、薄々感じてはいたけど


──やっぱりすごい。


 こんな人の期待に、ちゃんと応えられるのだろうか──。


 ダンジョンゲートを抜け、装備を整える。

 と言っても、いつものレンタル一式──

 木の棍棒、茶色いローブ、紙のトランクス、そして裸足。

 完全に原人スタイルである。

 紙のトランクスがふわりと肌を撫で、今日も、着けた瞬間から捨てたくなる。



 ふと、横目でチラリと長良さんを見た。

(女性の場合、ブラジャーって……どうなってるんだろ)

 自分で思って赤面した。


 だが彼女はそれに気づいたようで、あっさりと言った。

「ブラジャーが気になるのですね?」

「え、いや、ちが、そうじゃなくて……!」

「どうせ使い捨てですし、帰りにサンプルを差し上げますよ」

「い、いらないです!! って、いや、そうじゃなくて!」

 言ってから、そういう問題じゃないとさらに慌てる。

 冷静さを取り戻そうと、頭を切り替える。


「……そういえば、あの紙パンツとかってダンジョン産の素材で作られてるなら、持ち出せるんだよね? じゃあ、ロッカーで渡せばよくない?」

「それは人件費と設備費の問題でしょう。このダンジョンは地方の小規模運営ですから、コスト重視なのです」

「なるほど……そりゃあ……みんな静岡の大型ダンジョン行くわけだよなあ……」


 ため息まじりに呟いた。


◻︎◻︎◻︎


 地下一階、見通しの良い草地に到着。

 魔法の検証にはうってつけの場所。


「では、まずは伊吹さんの風魔法を試してみましょう」

「うん……でも俺、いままで“吹かせる”ことしか考えてなかったかも」

「泡を作るイメージで、やってみませんか?」

 言われるままに試してみる。

 すると──目には見えないが、確かに何かがふわりと出た。


「視認できるように、足元の土を巻き込んでもらえますか?」

 再度試すと、今度はうっすらと茶色い泡のようなものが見えた。

「できた……!」


 魔法の大きさ、射程、密度──検証開始。


 結果、数値は長良さんの火魔法とかなり近い。


 次のテーマは「可燃性の再現性」。


 長良さんが焚き火を用意してくれたので、そこへ最小の風玉を打ち込む。


 ……炎は、わずかに揺れるだけだった。

「……昨日の爆発は、何か条件が違ったのかも」

「可燃性ガスを、無意識に想起していたのでは?」

「……うーん。とにかくイノシシの気を引こうと必死だったから……」

「では逆に、意識して思い浮かべることのできる、可燃性ガスといえば?」



 考える。必死で、真面目に。


 ──そして、閃いた。



「……オナラ、ですね!」


 沈黙。


 長良さんは、目をぱちくりと瞬かせ──やがて、そっと笑った。


「腸管ガス、つまり……メタンガス、ですね……」


「はい!」


 苦笑しつつ、長良さんが指示をする。

「では、そのイメージで、もう一度お願いします」


 目を瞑る。記憶の中の臭気を、真剣に思い浮かべる。

 風玉を作る。小さく、固く、メタンの塊。



 それを焚き火に向けて飛ばす。


 ──パンッ!


 乾いた爆ぜる音。焚き火が小さく跳ねた。

「成功、ですわね」

「うおおおおお!」



 次は、玉を大きく──バレーボールサイズに。土埃つちぼこりで着色し、同じく焚き火へ。



 ──ドガァァァンッ!!!


 激しい爆発。薪が宙に舞う。


「これだ……昨日の威力……!」
「再現性、確認できました!」


 二人は顔を見合わせて、思わず笑った。

 朝焼けのなか、爆発の余韻がまだ地面に残っている。

「これが使えれば、戦闘の幅も広がるね」
「ええ。ガンガン狩りましょう!」

 心なしか、長良さんの瞳が、いつもよりずっと楽しげに見えた。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

天城の夢幻ダンジョン攻略と無限の神空間で超絶レベリング ~ガチャスキルに目覚めた俺は無職だけどダンジョンを攻略してトップの探索士を目指す~

仮実谷 望
ファンタジー
無職になってしまった摩廻天重郎はある日ガチャを引くスキルを得る。ガチャで得た鍛錬の神鍵で無限の神空間にたどり着く。そこで色々な異世界の住人との出会いもある。神空間で色んなユニットを配置できるようになり自分自身だけレベリングが可能になりどんどんレベルが上がっていく。可愛いヒロイン多数登場予定です。ガチャから出てくるユニットも可愛くて強いキャラが出てくる中、300年の時を生きる謎の少女が暗躍していた。ダンジョンが一般に知られるようになり動き出す政府の動向を観察しつつ我先へとダンジョンに入りたいと願う一般人たちを跳ね除けて天重郎はトップの探索士を目指して生きていく。次々と美少女の探索士が天重郎のところに集まってくる。天重郎は最強の探索士を目指していく。他の雑草のような奴らを跳ね除けて天重郎は最強への道を歩み続ける。

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

Sランクパーティーを追放された鑑定士の俺、実は『神の眼』を持ってました〜最神神獣と最強になったので、今さら戻ってこいと言われてももう遅い〜

夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティーで地味な【鑑定】スキルを使い、仲間を支えてきたカイン。しかしある日、リーダーの勇者から「お前はもういらない」と理不尽に追放されてしまう。 絶望の淵で流れ着いた辺境の街。そこで偶然発見した古代ダンジョンが、彼の運命を変える。絶体絶命の危機に陥ったその時、彼のスキルは万物を見通す【神の眼】へと覚醒。さらに、ダンジョンの奥で伝説のもふもふ神獣「フェン」と出会い、最強の相棒を得る。 一方、カインを失った元パーティーは鑑定ミスを連発し、崩壊の一途を辿っていた。「今さら戻ってこい」と懇願されても、もう遅い。 無能と蔑まれた鑑定士の、痛快な成り上がり冒険譚が今、始まる!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

素材ガチャで【合成マスター】スキルを獲得したので、世界最強の探索者を目指します。

名無し
ファンタジー
学園『ホライズン』でいじめられっ子の生徒、G級探索者の白石優也。いつものように不良たちに虐げられていたが、勇気を出してやり返すことに成功する。その勢いで、近隣に出没したモンスター討伐に立候補した優也。その選択が彼の運命を大きく変えていくことになるのであった。

処理中です...