風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第11話 みなさん、あちらの方へ向かわれますね

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 放課後、長良さんと二人で自転車を漕ぎながら、ダンジョンへ向かう。

 女子と並んで自転車で走るなんて、ずいぶんと青春っぽいな──なんて思っていたのは最初の数分だけだった。

 彼女はどうやら交通ルールをきっちり守るタイプらしく、目的地に着くまで、ずっと縦列走行を維持している。


 歩道に歩行者がいればスピードを緩め、路地を曲がるときも慎重に。だが、さすがに手信号までは出していなかった。


 途中、某コンビニで腹ごしらえ。例のファミチキを二つ購入。

 先日故障していたフライヤーは、どうやら修理済みらしい。あのとき『ご迷惑おかけします』の紙が貼ってあったガラスケースが、今日はしっかり熱気を帯びていた。

「ファミチキって……私、食べたことがなくて」

 そんなことを言うものだから、今回は二個購入する。

 手渡したファミチキを、長良さんは包装ごとそっと持ち上げ、目をぱちくりとまたたかせた。


「……あっつ、でも、良い匂いですね」

 そう言って一口かじった瞬間、彼女の目がわずかに見開かれる。

 口元を手で覆いながら、もぐもぐと慎ましく咀嚼そしゃくする様子は、牛丼初体験のときと似ていた。


 これはもう、肉々教に入信する日も近い。


◻︎◻︎◻︎


 ダンジョンに着くと、広い出入り口の前で何人かの集団が動画を撮影していた。

 ダンジョンには、例の『素っ裸で入場するための狭いトンネル』とは別に、すでに装備を整えた冒険者が、普通に出入りできる広い入口が設けられている。


 その広い入口からは、ダンジョン内部の様子を撮影することができるので、スキルや魔法を披露するには、うってつけの場所だ。


 彼らは全員、腕に撮影許可の腕章をつけていた。つまり、しっかりギルドへの申請を通した真っ当な人たちだった。


「これが僕の必殺技、炎龍槍です!」

 そう叫んだ瞬間、槍の穂先がボウッと炎に包まれた。


「……あのようなことも可能なんですね」

 長良さんが感心したように言う。


「同じことができるんじゃない?」

 俺がそう言うと、彼女は苦笑して小さく首を横に振った。

「レンタル品の棍棒を焦がしたら、叱られてしまいます」

「適当な木の枝でも拾えば──って、そもそも近接戦闘しないから、使い所がないか」

 帰ったら久しぶりに風魔法の映像でも探してみよう。もしかしたら、一つくらいは見つかるかもしれない。



◻︎◻︎◻︎


 地下二階の空気は湿っており、雨上がりのような匂いが鼻をつく。


「うん、悪くないよ、このブーメランパンツ」

 ここまで歩いてきた中で、違和感のようなものはなかった。


「こちらも良い具合です」

「あと何より、サンダルが快適」

「やっとスタートラインに立てた気分です」


 肌触り最悪の紙パンツから解放され、ようやく自前の下着でダンジョンに臨めるようになった。

 小さな事だが、着実な一歩といえよう。


 大亀モンスターのエリアでは、今日も巨体の亀たちが甲羅を干していた。動きもなく、周囲に人の気配もない。


 やっぱりココは不人気だ。色々と都合が良い。


 二人でタイミングを合わせ、爆発魔法で次々と亀を狩っていく。学校のある日は小一時間程度しか狩りを行えないが、真夏になればもう少し伸ばせるだろうか。


 40分ほど経ったところで、辺りにほんのり影が差す。夕暮れが近い。


「次でラストにしよう」

 最後の一匹を爆破し、転がった亀の体内から魔石を抜き取ったそのとき──死骸がふっと消え、小さな瓶が地面にコロンと転がった。


「あ、ポーションが出ました」

「おお、こんな浅層でもドロップするんだね」


 ダンジョンに通い始めてから初めてのアイテムドロップだ。


 小瓶は使い捨てライター程度のサイズで、先を折って使うアンプルのような形をしている。


「この色ですと、最下級のものより少しだけ効果が高いポーションですね」

 長良さんの手元を覗き込むと、淡く緑がかった液体が、瓶の中でゆらゆらと揺れていた。


「良かったじゃん。それ研究に使いたいんだよね?」

「これは売ってしまいましょう。まずは装備を整えるのが最優先ですので」


 淡々とした声ではあるが、ポーションを手にした長良さんの指先はどこか嬉しげに見えた。




 入り口に戻ると、レンタル品の棍棒とローブを返却する。今日手に入れた魔石とポーションもあわせてカウンターに置くと、無愛想なおじさんがちらと目を動かした。


「……ポーションか。どこで手に入れた?」


 普段はあまり喋らないおじさんからの問いかけに少し面食らう。


「地下二階の亀からです」

「……そうか」


 それだけ言うと、おじさんはこちらの格好──ブーメランパンツ一丁の姿を、舐め回すように見てきた。


「………………」


「よし」


 短く言うと、カウンター下から買取金額が書かれた札を出してくれた。それを受け取り、逃げるようにカウンターを離れる。



 ダンジョンの外にある『買取札交換所』へ移動し、壁に設けられた小さな窓から札を渡す。

 数秒後、小窓の奥から皿に乗せられた現金が差し出された。


 ──18万円。


 高額な報酬を受け取ることはこれで二度目とはいえ、イチ高校生が放課後の数時間で稼ぎ出すような額ではないことに、紙幣を取る手がわずかに震えた。


◻︎◻︎◻︎


「魔石8個とポーションで、18万円になったよ」

「まあ。あのポーションは10万円で売れるんですね」

 財布に札束を押し込む。ついでに明細書も適当にくしゃっと潰して、ポケットに突っ込んだ──

 その時、長良さんな鋭い視線を向けてきた。


「いまポケットに入れた紙は買取の明細書ですよね?」

「え? そうだけど……」

「そのように乱雑に扱ってはいけません。先日も説明しましたが、買取の明細書と装備購入のレシートがないと、正しく確定申告ができません。後々大変なことになりますよ?」

 たしかに先日、彼女から税金についての説明を受けたけど『なんか難しそうだな』と思ってほとんど聞き流していた。


「いまはすべての買取を伊吹くんに任せているので、今月の収入は100万円近くになっていますよね。これらをちゃんと申告しないと、ペナルティを含めて18万円近くのお金を取られてしまいますよ。住民税と所得税で約15万円。無申告加算税で約2万円。延滞税が低くても1万円の合計18万円です」


 顔からサーっと血の気が引いた。


「じゅ、18万……?」


「これは6月の収入に限った計算なので、今後も同じような収入が続き、7月、8月、9月と──」

 慌ててポケットの中からクシャクシャの紙を取り出す。

「今までにもらったこの紙、全部捨てちゃってるかも……」

「いまならまだ再発行してもらえると思うので、すぐにギルドへ行って下さい。早めに手続きしないとダメです」

 その言葉に背中を押され、ギルドの建物へ全力で走った。

 中にいた職員のオバさんを困らせながらも、明細書再発行の手続きを済ませ、ほっと息をつく。

 財布の中を全て取り出し、装備を買った時のレシートがすべて揃っていること確認した。




 今後は気をつけよう。



 そう心に強く誓った。



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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