風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第12話 アリエーナイ

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 場所を移し、二人は郊外のファミリーレストランに腰を下ろしていた。

 冷房の効いた店内はどこか静かで、さっきまでいたダンジョンとはまるで別世界のようだった。

「さっきは色々と教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「いやーホント、今後は気をつけるよ。……だいぶ抜けてたみたいだし」

「個人事業主のままだと税制面で損なので、法人化も視野に入れておいた方が良さそうですね。節税の幅がかなり変わってきますから」

「そういったことって、お任せしてもいいのかな?」

「ええ、もちろんです」

 まるで当然のように言う長良さんの言葉には、無駄な力がこもっていない。それが非常に頼もしく感じられた。


 そして既存の冒険者について思う。

 冒険者のクランやパーティって、戦う力を強化するだけじゃなくて、税務処理のためでもあるんだな……と、ふと思った。



 彼女は言う。

「私は家族に内緒で冒険者をしているので、収入があると親にバレてしまうんです。今は伊吹くんを隠れ蓑として使わせていただいている身ですので、税金の計算や起業のお手伝い、その他諸々はお任せください」

「そういうことに強い人がいてくれて助かるよ。隠れ蓑以外に、僕にできることがあれば、なんでも言ってね」

「あ……その件に関して、ひとつお願いがありまして……」

 少し間を置いて、長良さんが顔を上げた。さっきまでの穏やかな表情から、真剣なものへと切り替わる。

「え? なんでも手伝うよ?」

 警戒というより、純粋な疑問で尋ねると、長良さんは紙袋をすっと差し出してきた。

「実はこれを……」

「ん? これは?」

「先ほどまで装備していた、ダンジョン用の下着です」

「…………は?」

 言葉の意味だけは理解できた。が、理由が分からない。

「これを私の家に置いておくと、万が一家族に見つかった場合、ダンジョンへ行っていることが露見してしまうので……伊吹くんの方で預かっていただけないかと」

「え? は? いやいや……うん。まあ、預かるくらいなら……」

 曖昧に言葉を返しながら、ユーヤの思考は完全にフリーズしていた。

「できれば預かるだけでなく、毎日洗濯していただけないかと……」

 こっちを見つめる長良さんの目に、冗談の色は一切なかった。

「えっと……洗濯機に放り込むくらいなら……ギリ出来そうだけど……」

「いえ、それは困ります」

 一瞬、視線を落としてから、彼女はまっすぐこちらを見た。まるで、誓約を求めるように。

「これはただの衣類ではなく、ダンジョン用の装備です。汗を含んだままにしておくと繊維の劣化が早まり、最悪の場合は耐久力が低下して破損します。値段も安くはありませんでしたし……できれば、手洗いでお願いしたく」

「手洗い!?」

 声が裏返った。

「まず、30℃以下のぬるま湯を用意していただいて、そこにおしゃれ着用洗剤──エマールやアクロンなどは使われていますか?」

「い、いえ……トップです……」

 よく安売りしてるし。


「ではこの後、ドラッグストアで購入してください。それを小さじ一杯ほど入れて、軽くかき混ぜます」

 洗面器の中を撫でるような手振りで、長良さんが説明する。妙に細やかで、妙に手慣れている。

「その後、下着を中に入れて──揉まないでください、押すように。そっと上下に動かすようにして洗ってください」

「揉まずに……上下に……」

 揉まずに……揉まずに……上下に……。


「強く絞るのも避けてください。洗い終わったらタオルで包んで、上からぽんぽんと叩いて水気を吸い取ります。干すときは直射日光を避け、陰干しで。形を整えて、できればブラジャーは逆さに吊るすのが理想です」

「ブラジャーは逆さ……」

 ……本当にこれから毎日、長良さんの下着を俺が洗うのか……!?


「お手数をおかけしますが、ダンジョンへ潜る日には、それを学校までお持ちください」

 ダンジョンへ潜る日って──ほぼ毎日じゃないか!!!



◻︎◻︎◻︎



 ──その日の朝から、胸は締めつけられるような焦りに満ちていた。

 まるで違法な品物をこっそりと密売するかのように、周囲をキョロキョロと警戒しながら、目を泳がせている。

 カバンの奥に入れられた、女性用下着がどうしようもなく重く感じられた。

 校門を潜るときも、顔を伏せて息を潜め、校内への侵入を、まるで特別な任務を遂行するかのように慎重にこなす。

 自転車置き場へたどり着くと、そっとスマホを取り出し、震える指で長良さんへメッセージを送った。

 取引場所の指定。

 彼女からの返信を待つ間、近くを通り掛かる生徒たちの全てが敵に見えた。




 校舎裏の非常階段の下で、長良さんが静かに待っているのを見つけた瞬間、肩の力を少しだけ抜いた。

「目の下にクマがありますよ……」

 と、長良さんは淡々と言った。

「ははっ、大丈夫です。すぐに慣れると思うので」

 と、引きった笑顔で答える。


 カバンの奥から震える手で紙袋を取り出し、それを長良さんに手渡すと、ようやく肩の荷が降りた気がした。

 ……これからも毎日続くのだが。



 彼女が紙袋を開き、中身を確認する。

「……あ、良い匂いですね」と洗剤の香りに気づいて言う。


 その呟きを聞いた瞬間、背筋がビクンと跳ねた。


「に、匂い!? い、いやいや、ちがっ……嗅いでません! 嗅ぐわけないです! 断じて!」

 必死に否定の言葉を並べるその声は、やけに早口で、やけに大きかった。


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎

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