風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第13話 亀甲

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 腹の底に響くような爆発音が、ダンジョンの湖沼エリアに轟いた。

「おっけーい!」

 二人がハイタッチを交わす。

 今日も放課後、地下二階での魔物狩りだ。相手は大型の亀型モンスター。すでに五匹は倒したところだった。


 そんな折、長良さんがふと思いついたように言う。

「この甲羅、持ち帰って買い取ってもらいませんか?」

「え? 甲羅って高いの?」

「いえ、正確な値段は分かりません。ただ、骨や爪、牙や毛皮など、魔物の素材は基本的に買い取ってもらえるはずですから。少し気になりまして」

 なるほど。収入が増えれば、装備も早く揃う。合理的な提案だ。


「この亀の特徴的な部位といえば、甲羅ですから。中の肉を抜き取りましょうか」

「了解した」


 長良さんは臆することなく、甲羅に空いた穴からナイフを突き立てて、手際よく肉を削いでいく。

 血が苦手な自分にとって、ありがたい事この上ないけれど……それでも、男としてカッコイイところの一つくらいは見せておきたい。


 何か手伝えることはないかと、あたりを見回した先に、アカネの足元にどんどん積み上がっていく亀肉の塊が映る。


 さすがにこのままでは邪魔になりそうだ。せめて片付けくらいはしようと、亀肉をいくつか抱え上げた。


 すぐ近くの池に捨ててしまおうと思い、手に持っていた亀肉を池に向かって投げた、その瞬間──


 バシャァァッ!


 水面が弾け飛び、三メートルは優に超える巨大なワニ型モンスターが飛び出し、水に落とした亀肉を一飲みにした。


「──っ!?」


 あまりの驚きでその場に尻餅をつく。


「だ、大丈夫ですか!?」と、慌ててやってきた長良さんが、心配そうな声を上げる。


「ごめんごめん、亀肉を捨てようと思ったら、池の中からワニが出てきたよ……」

「ワニ、ですか……。ワニ革……」

「ん!?」


 長良さんは視線を池に向けたまま、水面に残る波紋をじっと見つめていた。


◻︎◻︎◻︎


 やがて剥ぎ取り作業が終わり、爆発魔法で飛び散っていた甲羅の破片も集めた。

 直径二メートルはある巨大な甲羅。二人はそれを前後から持ち上げて、ダンジョンの入り口を目指す。

 ずっしりとした重みが腕にくる。亀って、こうして持ち上げると本当にデカい。

「これ、本当に運べるのかな……」

「だ、大丈夫です。なんとかなるはずです……」

 気合いを入れ直して、二人はダンジョンの入り口を目指した。


「……この甲羅って、磨いたら宝石みたいになるのかな?」

「タイマイという海亀の甲羅でないと、綺麗に輝かないと思いますよ」

 確かに、このカメはどう見ても海亀じゃない。見た目はむしろ、ミシシッピアカミミガメ……。


 ダンジョンの入り口までたどり着き、いつもの無愛想なおじさんの前に甲羅を置くと──

「魔物の素材なら、あっちの窓口で売ると良い」

「ここじゃダメなんですか?」

「うちは魔石やポーション、ダンジョン内で拾える道具なんかをメインで買い取ってるんでな」

 そんなルールがあったなんて、知らなかった。

「魔物素材の他にも、鉱石に強い窓口とか、木材のとこもあるぞ。どこへ持っていっても買い取ってはくれるが、特化した窓口の方が高値になることが多い」

 珍しく親切な説明に、ちょっと驚いた。

「分かりました。ありがとうございます」

 礼を言って、おじさんが教えてくれた魔物素材に長けた窓口へと向かう。




「へいまいど!」

 軽いノリのお兄さんが出迎えてくれる。

「あの、亀の甲羅を買い取ってもらいたいんですけど」

「はいよろこんでー!」

 カウンターを越えて、こちら側へやってきたお兄さんが、甲羅をまじまじと見つめる。


「ほー、これは地下二階の大亀やね?」

「はい、そうです。買い取ってもらえます?」

「これなら──20万で買い取れるよ」

 悪くはない金額だ。でも、ここまでの手間を考えると、ちょっと微妙な気もする。


「もしココが割れてなかったら、好事家に売れるから──そうだな、100万は出せるな」

 お兄さんは甲羅の割れた部分を指差しながら、さらっと衝撃の価格を口にした。


「私たちでは、甲羅を割らずに狩るのは難しいですね」

「100万は魅力的だけど……それは諦めるしかないか」

 お兄さんが、甲羅の中に入れておいた破片を差し出してくる。


「その破片は査定に入れてないから、持ち帰っていいよ。売るなら──3000円やね」

「それなら、この破片は持ち帰ることにします」

「おっけー。じゃあ素材の持ち出し票を書くから、ちょっと待っててね」


 ダンジョンから毒などの危険物を持ち出されないよう、出入口では必ず検査が行われる。

 これまでは下着や買取札くらいしか持ち出してこなかったので、その手続きをするのは今回が初めてだ。


「はい、まいどあり」

 買取札と持ち出し票を渡され、それを持って外のギルド施設へ向かえば、手続きは完了となる。

 最後にもう一度、無愛想なおじさんのところへ戻り、ローブと棍棒を返却し、いつも通り魔石の買取札をもらうと、ダンジョンを後にした。


◻︎◻︎◻︎


 ダンジョンの外へ出たが、まだ長良さん出てきていないようなので、先に換金を終えて待っていると、しばらくしてから女子更衣室から出てくるのが見えた。


「お待たせしました」

 長良さんの黒い髪は濡れていた。


「ああ、うん。換金は済ませておいたよ。今日は25万だね」

 そういって、明細書の入った書類ケースを振ってみせた。明細書やレシートをなくさないために、昨晩購入したものだ。


「20万は魅力的ですよね。……でしたら今後も、日が暮れる前の最後の一匹は、甲羅まで持ち帰りましょう」

「んー、でも解体すると色々と汚れない?」

 彼女の髪が濡れているのは、解体によって浴びた血汚れを洗い落としていたからだろう。


「更衣室にはシャワーもありますし、汚れることについては構いませんよ?」

「僕も早く慣れるようにするよ……」

「いえいえ、無理はしなくて大丈夫です。ゆっくりと慣れてください」

「お気遣いありがとうございます」


 書類ケースを鞄の中へしまい、長良さんの方を向き直る。


「それで、今日の夕食はどうします?」

「それなんですが、今夜は伊吹くんのお宅で食事するのはどうでしょう?」

「…………は? ウチですか!? どど、どうして!?」

 たしかに長良さんの自宅は、我が家と方向は一緒だが……。


「今朝、ダンジョン装備を受け取った際、とても疲弊されていたようですので、いまから伊吹くんのお宅で一緒に食事をとり、そのついでに私が下着を洗ったほうが負担は少ないのかと思いまして」

「ちょちょちょ、ほんと、嗅い、嗅いでないです!!!」

「いえ、そういった意味で提案したのではありません。ただ本当に負担を減らせればと。……あと、その、そういったご趣味があっても私としては特に気にしません。擦りつけすぎて破損などしない限りは……」

「擦ってなんていません! 本当です!!!」





 本当です!




◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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