風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第16話 100日後に

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 地下二階の湖沼エリアに到着すると、二人は即座に行動を開始する。


 足場の悪いぬかるみの中で、最初の大亀を手際よく仕留めると、長良さんがその甲羅の中から一塊の肉を取り出し、それを抱えて池のほとりへと移動した。



「お、なんかそれっぽい結び目だね」

 池の近くに生えた木に、釣り針付きのロープを器用に結びつけている長良さんの背中に声をかける。

「これ『首吊り結び』って言うんです」

「お、おう……。えらく物騒な名前だね……」


 今日の昼休憩時に、長良さんは『ロープワーク全書』なる本を読んでいた。おそらくはその本から学んだ結び方だとは思うのだが、もう少し平和的な結び方はなかったのだろうか。




 大亀の肉を釣り針に引っ掛けて、準備は整った。

「じゃあ、目の後ろを狙う感じで」

「はい。掛け声はお願いします」


 二人の間に、ぴんと張りつめた空気が生まれ、互いの呼吸が整うのを待ち、静かに頷き合う。


 肉を吊るした釣り針を振り回し、勢いをつけて池の中へと投げ込むと、水面に落ちた音が、緊張をさらに際立たせる。


 万が一ロープに巻き込まれては危ないので、二人はすぐにその場から距離を取った。



 数秒の沈黙。



 池の水面がゆっくりと盛り上がる。



 と、次の瞬間、水飛沫を上げて巨大なワニが出現し、釣り針に引っ掛けた肉へと喰らいついた。


「よしっ! 食った!」


 思わず声を上げてしまったが、直後、目前の魔物の異様な大きさに目を見開く。

 先日、目にした個体よりもひと回りは大きい。


 体長は明らかに4メートルを超えている。


「ちょっ、デカすぎない!?」


 ロープが勢いよく引っ張られ、結びつけられた木が軋み、幹がわずかにしなる。

 細かな枝葉が震え、まるでその樹木自身も必死に抵抗しているかのようだった。


 その様子を見ていた長良さんはひるむ様子もなく、池のほとりへと一歩踏み出すので、慌ててその背中を追いかける。


 右手を前に突き出し、魔法が撃てる姿勢を取りながら、目の前のワニを凝視した。

 狙うべきは、目の後ろ──そこに脳があると言われている。


 だが……。


 肉を咥えたワニは、そこで急に身体を錐揉きりもみ回転させた。肉を引きちぎる動作だ。


「あれでは目の後ろ……狙えませんね」

「どうせ頭周辺の肉が削げたら倒せるよ。いくよ! 一、二ぃ、三、はいっ!」

「……はいっ!」

 長良さんの声が少し遅れて響くと、魔物の真上に留めておいたガスの玉が一気に爆ぜた。



 ドンッ!



 鈍い爆音と共に圧縮された空気が水面を押し上げる。

 爆風をまとった水が高く噴き上がり、重たい水柱が空にのしかかるようにそびえ立った。


 瞬く間に周囲へと水飛沫みずしぶきが飛び散り、地面を叩くような音が連続する。

 飛沫しぶきには黒い気泡が混じり、水面には熱で煮えたぎる泡が浮かび始める。



 ──しばらくして。


「お?」


 水柱の向こう、水面にぐったりと浮かぶ巨大なワニの影。



 仕留めた。



 ワニの死骸に目をやると、狙った場所とは違うが、顔の側面がごっそりと抉り取られているのが見て取れる。


「伊吹くんの言う通り、大体の場所でも倒せましたね!」


 長良さんが嬉しそうに笑う。


 ロープを手繰ってワニの死体を引き寄せると、その尾の先まで含めて、5メートルはある大物だと分かった。


「他のワニに食べられないように急ごう」


 二人はワニの胸の下と股のあたりに台車を噛ませると、全体重をかけて一気に陸上へと引き上げた。


 大仕事を終えて一息を吐いたところで──

「水面に魚が浮かんでいますよ! あれも回収しましょう」

「マジか……」


 近くに落ちていた長い枝の先に、予備の釣り針を結びつけて、即席の回収道具を急いで作ると、水面に浮かんだ魚を陸へと引き上げる。

 が、魚はまだ死んでおらず、鋭い歯を剥き出しにして長良さんへと飛びかかった。

 しかし彼女は怯むことなく、レンタル品の棍棒を振りかぶり、頭を一撃。

 魚はそのまま動かなくなった。


 同じ魚をさらに2匹回収し、合計3匹の魚から魔石を取り出すと、驚くべきことに、体長1メートルほどのそれぞれの魚から、イノシシクラスの大きな魔石が出てきた。


「この魚を釣ってれば、いくらでもお金が稼げるんじゃない?」

「釣り道具の用意と、ワニ対策が出来れば、ですけどね」

「ああ確かに……。それなら普通の陸生モンスターを倒した方が楽か」


 二人は再びワニの尾を引きずりながら、重たい死体を運んでいく。その口の中には、先ほどの魚が乱暴に詰め込まれていた。


 ──長良さん、そんなところに魚を入れなくても……。


 心の中で静かにツッコミを入れてダンジョンの入り口を目指した。


◻︎◻︎◻︎


 ダンジョン産の木材で作られた台車は、見た目の割に高性能だったようで、ぬかるんだエリアを抜けた後は、スムーズにワニを運ぶことができた。

 車軸に塗られているグリスが特別なのだろうか。


 運び始めから約30分。ようやくしてダンジョンの入り口へと辿り着くと、付近にたむろしていた冒険者たちから、どよめきが上がった。


「……なんだあれ、ドラゴン?」

「でっか……。死骸が落ちてたのか? だってアイツらレンタル装備だぞ……」


 二人に向けられる視線は疑念と驚愕に満ちていた。

 誰もが、目の前の現実を受け入れかねている。


 フリーの冒険者たちは、大型の魔物を持ち帰ることはあまりない。

 単純に魔物の死骸は重いし、持ち帰る準備を整えるのが手間だからだ。

 かくいう自分も、この場所へ大型の魔物が持ち込まれたのを一度も見たことはなかった。



「えっらいの持ってきたな!」

 甲羅を買い取ってくれた軽めのお兄さんが声を掛けてきた。


「ええ、買取をお願いできますか?」

「先に聞きたいんだけど、これは君らが倒したんか?」

「はい、そうですけど……」

 自らが倒したのか疑われたのだろうか。


「それなら、倒してからどれくらいの時間が経ってるか教えてもらえます?」

「ええと……倒して、処理して……40分くらいですかね?」

「よし分かった。ならこれはすぐに冷凍庫に運ぶんで、ダンジョンの外で査定させてもらっていいかい?」

「あ、はい。凍らせるんですか?」

「倒してから1時間以内なら肉も売れるからね」

「あぁ、なるほど」

 どうやら本当に倒したかどうかを疑っていたわけではなく、倒してからどれほどの時間が経過しているのかを知りたかっただけのようだ。


「買取額アップですね!」

 満面の笑みを浮かべた長良さんが拳を握りしめていた。


◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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