風魔法を誤解していませんか? 〜混ぜるな危険!見向きもされない風魔法は、無限の可能性を秘めていました〜

大沢ピヨ氏

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第15話 クロコダイン

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 朝、長良さんが家まで来た。

「おはようございます」

「あ、おはようございます」


 彼女は部屋干ししておいた洗濯物の中から、ダンジョン用の下着を回収し、カバンの中へとしまう。

 そしてそのまま一緒に登校する流れになったのだが、自転車の隊列はいつも通りの縦列走行だった。



 途中のコンビニで、昼食の弁当を購入すると、長良さんがこちらに声をかけてきた。

「やはり私が作りましょうか?」


 ありがたい話だ。ありがたすぎて、逆に申し訳なくなる。

 しかも弁当を作ってもらうって、ちょっとした家族っぽさすらある。そう思うと、急に小っ恥ずかしくなってしまって、慌てて首を横に振った。

「い、いや、大丈夫。ホントに」


 長良さんは少しだけ肩をすくめると、それ以上は何も言ってこなかった。


◻︎◻︎◻︎


 教室に入ると、男子生徒たちがスマホを囲んで動画を見ていた。

 聞き耳を立てると、どうやらダンジョン関連の話をしているらしい。


「炎龍槍カッコよくね?」

「でも結局、あの燃えた槍を直接魔物に刺さなきゃいけないんだろ? それってキツくね?」

「だよな。ネズミなら何とかなりそうだけど、子猫の魔物とか出てきたら絶対倒せない」


 わかる。

 たとえモンスターであっても、動物を殺すのはキツい。

 今では棍棒で殴打することは減ってきたが、あのしばらく手に残る感触は、決して気持ちのいいものではない。


「ダンジョン行ったことある?」

「去年行ってきたよ」

「スキルなんだった?」

「俊足系のやつだったよ。あれかなり微妙だから冒険者は無理だな」

「なんでよ。瞬間的に間合いを詰めてズバっとさ」

「一気に間合いを詰めた先に、つぶらな瞳のモンスターがいたら無理だろ?」

「うっ…………」


 そうなんだよな。
 結局のところ、近接戦闘で魔物と向き合うって、心の準備も体力もいる。

 自分みたいに後ろ盾がない人間とか、長良さんみたいに明確な目的がない限り、普通はダンジョンに潜ろうなんて考えない。

 ダンジョン内部の様子も、撮影機器の持ち込みが不可能なせいで、すべてが人からの伝聞になる。

 儲け話や武勇伝もどこまでが本当なのか分からないし、死亡者に関する情報も、原因や現場の様子が曖昧なままというケースが多い。

 危険性も安全性も、なにもかもが不透明だ。


「せめて遠距離系のスキルだったらなあ」

「火魔法を飛ばすか?」

「あれって火球を飛ばしても、油の染みた雑巾を投げつけた程度なんだろ? だから土魔法かな」

「燃えた雑巾じゃイノシシすら倒せそうにねえな……」

 長良さん……。


「土魔法だって、落ちてる石を投げつけるくらいって聞くじゃん」

「なら弓とかボウガンか?」

「あー、命中率が上がるスキルとかいいよな」

「素人が撃っても結構当てられるらしいじゃん」

「でもそのボウガン自体がクソ高いんだと」

「ダンジョン装備はなぁ……」


 そう。

 遠距離攻撃は、かなり魅力的だが、実際にはコストがかかったり、威力に不安があったりして、あまり気軽なものではない。

 需要は高いのに、実際に運用できる人間は少ないのだ。

 その点、長良さんと俺は、威力もコストもクリアしている稀有な存在であり、だからこそ、素人同然の二人でも、どうにかこうにかやってこれている。


 そうこうしているうちに、教室に先生が入ってきたので、男子生徒たちはそれぞれの席へと戻っていった。


◻︎◻︎◻︎


 放課後、二人はショッピングモールへと向かった。


 目的は、ダンジョンに持ち込めるロープと、亀の甲羅を加工するための電動工具だ。


「これってズバリの物じゃありませんか?」

 長良さんが嬉しそうに持ってきたのは、ロープの先に金属製のフックが取り付けられた本格的なツールだった。高所へ登ったり、渓谷越え用の本格的忍者ツールだ。


「まさにソレなんだけど、んー……50万円はキツいな……」

 ロープ自体は非常に長く、金属製の部品がふんだんに使われているせいで、値段もかなりの高額。


「ロープだけなら10万円くらいですね」

「なら、コレかなあ」

 手に取ったのは、20メートルのロープ。太さは缶コーヒーの缶よりわずかに細い程度で、登攀とうはんや固定にも十分使えそうな手応えがあった。


「それなら木に結びつけても、十分な長さがありますね」

「ロープを結ぶやり方って知ってます?」

「くっ……後で調べましょう……」

 ほんの少しだけ唇を尖らせた長良さんの表情に、思わず目を細めた。

 どうやら彼女は、自分が“物知りであること”にちょっとした誇りを持っているらしい。知らなかったと口にするのが、少しだけ悔しかったのだろう。


 その後、ダンジョン内に持ち込める木材運搬用の台車2台と、ホームセンターで電動工具もそろえ、二人は帰宅した。


 今日の夕食も長良さんが用意してくれるという。

 自宅に戻ると、長良さんがキッチンに立つ間、自分は玄関で作業を始めた。

 用意したのは、防塵マスクと防塵ゴーグル。電動グラインダーを使い、亀の甲羅から釣り針の形状を切り出していく。

 作業が進むにつれて、玄関には髪の毛を焦がしたような匂いが漂いはじめた。


 釣り針の強度を確かめるべく、玄関を出てブロック塀に叩きつけたり、斜めに立てかけて体重をかけてみたりした。しかし、どれだけ力を加えてもびくともしない。むしろ、わずかにしなる柔軟性すら感じられた。

「これ……めっちゃいいな?」

 思わず口元が緩む。釣り針としては上出来すぎる材質だ。

 そのまま、同様のものをあと五本分削り出していると、キッチンから声がかかった。


「そろそろ食事ができますよー」


 このままではさすがにまずい。急いで玄関の外へ行き、服をはたいて削りカスを払い落とし、それからキッチンへ向うと、長良さんが顔をしかめた。


「なんか変な匂いがします」

「やっば、俺か……ちょっとシャワー浴びてくる!」


 慌てて浴室へ向かい、急いで汗と匂いを流した。

(どこか工作に向いた場所ってないのかな……)



 その後、食卓を囲みながらの夕食。ふと気になっていたことを尋ねる。

「連日こんな時間まで出歩いてて……家の人に怒られたりしないの?」

 長良さんは特に気にする様子もなく、箸を止めずに答えた。

「基本的には、学校の成績さえ落ちなければ何も言ってきません。遅くなる理由は『部活』ってことにしてますけど、多分、信じてはないでしょうね」

「え、それで済むんだ」

「ただし帰宅後には毎回、アルコールと薬物の検査があります。ちゃんとした機器で……」

「薬物検査て……」


 さすがは実家が大病院といったところか。自前の検査機器まで用意してあるとは……。


 食事を終えて翌日の計画を軽く話し合い、長良さんを自宅の近くまで送り届けると、再び作業に戻った。


 最終的な目標は、大型の釣り針を三本束ねた『トレブルフック』を2セット作ること。おそらくは1セットで十分足りるのだろうが、念のため予備を用意しておくことにした。

 ただし、作業は予想以上に工具に負担をかけたようで、グラインダーの砥石も、電動リューターのビットも、数回の交換を余儀なくされた。


「明日はワニか…………」



◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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