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12.出発前のお嬢様。
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ラチカの大使就任が正式に決定した。正規の着任は、翌月の頭となる。あと一週間程だ。
「まあお前の所属管轄はエヴァイアンのままで大丈夫だろう。月の四分の三はこちらに居るわけだしな」
モシェロイの言葉に、ラチカは頷く。いまエクソシストの部屋に居るのは、モシェロイとラチカのみだ。シャイネは教会の外で清掃を手伝っている。
エクソシストは、ネクロマンサーが多域に渡り点在する事からあちこちに支点として教会を敷いている。勿論国土の広いエヴァイアンの方が総合的に教会の数自体は多いが、ロドハルトにも確か幾つか存在するとは聞いていた。ロドハルトにはあまり出現しないとは聞いているが。
「一応ロドハルトの教会すべてに通達寄越しておくか。何かネクロマンサー関係で動きがあれば、お前も手助けするんだぞ」
「結局この仕事からは逃げられない……」
「まあ宿命として受け入れるんだな」
笑いながら言うモシェロイをキッ、と睨みつけて「師匠が元凶じゃん元々」と呟く。
「師匠が私の儀式の時、聖泉に私を落としたからなんでしょ。それ聞いた時本当びっくりしたんだよ私」
「赤子の儀式を初めて受け持ったんだよ、あの時。さすがに本当の意味で首を飛ばされるとひやついたが」
エヴァイアンには、産後すぐの赤子に地下にある聖水の沸く泉……聖泉の水をかける事で亡霊などに身を喰われぬようまじないをかける風習がある。儀式を受けても亡霊には憑かれるので、あくまで気休め程度ではあるが。
聖水を持ち出してはならない掟のせいで、聖泉のすぐ傍で儀式を行うのが常だ。
「ていうかよく死ななかったよね私……あれ確か結構深いでしょ」
「まあそのおかげでお前は聖水の効果が全身に染み、エクソシストになる素質を身に着けたわけだ。あの時ちょっとした騒ぎになったんだぞ、後天的にエクソシストの素質を持てるようになった第一例としてな」
それまでは、エクソシストの素質は先天性のものだと思われていた。生まれついて亡霊が見えるか否かで測られ、その後教会に所属するという形が基本だった。
その後はモシェロイやラチカに倣い、人体実験のように赤子を聖泉に漬け込む実験が成された。しかし成功例は百人に三人、といった芳しくない結果だったという。
エクソシストの仕事は基本的に亡霊駆除ではあるが、その背後にはほぼほぼネクロマンサーの存在がある。エクソシストである以上、彼らとの戦闘は避けられない。なので基本的には対人戦闘も必要になるが、ラチカはお世辞にも戦闘力があるとは言えない。そのためにシャイネが付いている、と言ってもいい。
エクソシストの適正が見つかれば、人員不足の都合でほぼ確実に教会に引き込まれる事になってしまう。その為、最初の儀式の際に我が子を案じ聖水のかけ具合を注意深く見守る親も多い。勿論最初からエクソシストにする為にわざと聖水に漬け込もうとする親も存在する。
「最初に気付いたのは父さんって言ってたかな」
「ああ、今でも覚えてる。あの人も元々『見える』人だったからな。儀式から一週間後あたりだったか、『こいつ亡霊の残骸掴んで食ってる!』って真っ青な顔で駆けこんできてなぁ」
そこでラチカの適正を測られ、エクソシストになる素養を持っている事が発覚したらしい。父はコーマスやラチカを連れてよく外出をしていたが、ラチカだけを連れて外出の際は必ず教会に出向いていた。その頃からエクソシストになると刷り込まれていたのだろう。
エヴァイアンの家からエクソシストを輩出、というのは数百年単位で久々だったそうだ。国の頂点というある意味での箔付けの意味もあったのだろう。実際ラチカは幸か不幸か、それ以外の職を夢見る事も無かった。この仕事が好きなのかと問われればまた違うのかもしれないが。ただ、自分に適正があってそれなりにこなせるからやっているに等しい。
兄は国公認の学舎にて教養を身に着けたが、ラチカは教会の中で同じ世代のエクソシストの卵達と修業に明け暮れていた。そのため、ある意味では世俗に疎い部分もあるのかもしれない。
「しかし本当に突然だな。何故また親善大使なんかにお前が指名されたんだ」
モシェロイにも、言わない方がいいだろう。どことなく気恥ずかしい。ひとまず「兄さんの妹だからでしょ」と答えると、彼は納得してくれた。
ロドハルトの件から、もう一週間程が経つ。逆にまだそれだけしか経っていないのか、という気もするが。
「シャイネは行くのか」
「うん、私と一緒に行って私と一緒に帰ってくるよ。毎月」
「それならまあ、安心か」
安心。まあ、そうだろう。
曲がりなりにも他国でこれから暮らす事になる。言わば、国主関連以外知り合いが一切居ない。そこに、身内がついてきてくれるのは確かにありがたいことだ。
……あれから、シャイネには何もされていない。そもそもなかなか二人きりにはならないので、当たり前ではあるのだが。
「まあ、元気でやれよ。エヴァイアンに戻ったらまた絶対ここに顔出すんだぞ」
「うん、分かった。頑張る」
モシェロイの大きな手が、ラチカの頭を撫でる。歳が二十も離れると、どこか父のような感じがしてこそばゆい。
しかし一切忘れはしない。まともに大人の話を聴けるようになった3つの時に彼に弟子入りし、そこからそれはもうみっちりしっかりがっつり鍛え上げられたあの日々を。周りの兄弟弟子もそうだが、よく全員死なずに済んだと思う。まああれも、一種の選別だったのかもしれない。あの程度でついてこれないようであれば、そもそもエクソシストになる素質は無いと。そういう事だったのだろう。
扉が開いた。シャイネだ。
「ある程度終わりました。次どこか掃除すべきところなどはありますか」
「いや、もう大丈夫だ。ありがとうよ」
ラチカが立ち上がったのを見、シャイネは頷いた。「失礼致します」と一礼すると、部屋を二人で出る。
「次ここに来るのは、来月だねぇ」
「ですね。まあ何かあれば伝書鳩を飛ばしてくださるそうですし。ロドハルトの住所は受付に渡しておきましたよ」
「ほんと出来た子……」
馬車に乗る。昼下がり、穏やかな天気の中屋敷までの道をのんびり進んでいく。
「ロドハルト、住むとなったらどんな感じなんだろう。月に一週間って言っても、案外長いよね」
「国主邸近隣なので治安は良いとは聞きますけどね。第一預かっている大使に何かあれば国の信用問題になってきますし、そこはうまくしてくれるとは思いますが……まあ、俺が居ますし大丈夫ですよ」
まあ、それはそうだろう。ロドハルトにはあの祭の中一度赴いただけだ。よく考えればなかなか無謀な気もする。
しかしエクソシストの両立の件も何とかなったわけだし、案外気楽に構えて良さそうだ。親善大使としての仕事は、あくまでロドハルトとエヴァイアンのパイプ役に過ぎない。詳しい指示はその都度コーマスやギャムシアから戴くとの事だ。
「シャイネは嫌じゃない? 今更だけど」
答えは以前聞いている。しかしそれでも、改めて聞いておくべきだと思った。
「以前も話しましたが、俺はこれをチャンスだと思っています」
「ギャムシアとの事?」
しまった、つい。一瞬シャイネの手綱を持つ手が固まったが、すぐに会話は再開された。
「呼び捨ての許可とは、親密ですね」
「いやあのその」
「まあ、俺も言いましたしね。見定めるならと。良いのではないでしょうか、ええ」
やけに突っかかられている気がするが、ここで何か言おうものならまた言い負かされるに決まっている。とりあえず、黙った。そんなラチカに、シャイネは続ける。
「まあ、まさしくそうです。正直今までのお嬢様の縁談相手の中で、あそこまで俺の気に食わない男は居ません。下手に話が凝り固まる前にぶっ潰しておきたいですね」
本当に素直な子だとは思う。昔からやけに刺さる言葉を使う人間だとは思っていたが、未だ衰えを知らないようだ。それどころか益々磨きがかかりだしている気すらしてしまう。
「まあ本当に万が一の可能性はあります。しかしお嬢様は断る権利がある……だからこそ、早々にしっかり見切りをつけて頂きたいですね。下手に俺が頭ごなしに反対して燃え上がられたらそれこそ一大事ですし」
恐らく本音はそこなのだろう。シャイネなりに立ち位置を図っていたのか。どこか、自分より彼の方が冷静な気がして。
……自分は、冷静ではないのか。しかし確かに、少しずつ心の中の動悸、ざわめきは増している。ロドハルトに向かう事への期待と、再びギャムシアに見える……緊張と、知れぬ何か。
「シャイネ」
「はい」
「……私、色々頑張る」
そうとしか、言えない。彼の目は背中越しではあるが、きっと微笑んでいるはずだった。
「ええ、俺が居ます」
彼の言葉は、穏やかで。そこにあって当然のような、いや思ってはならいのだが。それでも、シャイネは。
『お嬢様、愛してます』
あれからあの言葉に関する事は何も言われていない。ただ、忘れろと指示されただけで。あの謝罪も、行為に対してなだけだ。
……突っ込む事が出来ない。それこそ何かが動くどころか、崩れそうな気がして。それがどこか、怖かった。
出発前夜。風は完全に冬のものだった。
「あらあら、貴方居たの」
「ええ、夜風に当たりたく」
「ふふ、大丈夫よ。人払いは済ませてあるわ」
「……感謝します」
「さて、手短に済ませなくちゃね。さあ、手を出して」
「これが、例の?」
「ええ、そうよ。苦労したのよ、作るのに……普段私が使うもの以上にね」
「でしょうね。申し訳ありません、こんな事を頼む事になるとは……」
「いいのよ。それに私からしても、貴方を利用している節はあるわ」
「構いません、これですべてがうまくいくのなら」
「きちんと容量用法を守って使いさえすれば大丈夫、魔法のような薬だから。まずは貴方が試してみる? 一匙であれば、一時間もかからずに抜けてくれるわ」
「そうですね、後程。それと、もう一つの方は」
「そちらに関しては今月は駄目だったわ、次回に持ち越しね」
「ええ、大丈夫です」
「貴方の気持ちは分かるわ、だから協力してあげる。ああ、でも貴方の方がもっと業は深いのかもしれないわね……」
その企みはすべて自分の満足の為であり、そのついでに皆が幸せになればいいと本気で思っている。聖女でも悪魔でも何でもなく、結局のところは……魔女のような、なにか。
互いに求めるものは違う、報酬も何もかも結局互いが支払えるものでもない。それは金銭でも、かといって互いの肉でもない。そんなものではなく、結局互いの目的達成……そのもの。それこそが、報酬のようなものだ。
彼女は万が一失敗しても、最後はきっと幸せになるようにやり方を設えると言っていた。要はきっとただのポジティブだ。行き場を無くした人間が今いる苦境こそ『生きているだけで幸せ』と感謝し適応していくに近い。
軽蔑も出来ない。そもそも、持ち掛けたのは自分からなのだから。
絶対に。ああ、この願いだけは。叶えばきっと幸せになれるし、なれなかったとしても……最後は必ず、誤認させてでも。幸せに、する。
それはあの日からまっすぐに伸びた、歪な願望。その為なら、周囲など根こそぎ巻き取ってやる。
「まあお前の所属管轄はエヴァイアンのままで大丈夫だろう。月の四分の三はこちらに居るわけだしな」
モシェロイの言葉に、ラチカは頷く。いまエクソシストの部屋に居るのは、モシェロイとラチカのみだ。シャイネは教会の外で清掃を手伝っている。
エクソシストは、ネクロマンサーが多域に渡り点在する事からあちこちに支点として教会を敷いている。勿論国土の広いエヴァイアンの方が総合的に教会の数自体は多いが、ロドハルトにも確か幾つか存在するとは聞いていた。ロドハルトにはあまり出現しないとは聞いているが。
「一応ロドハルトの教会すべてに通達寄越しておくか。何かネクロマンサー関係で動きがあれば、お前も手助けするんだぞ」
「結局この仕事からは逃げられない……」
「まあ宿命として受け入れるんだな」
笑いながら言うモシェロイをキッ、と睨みつけて「師匠が元凶じゃん元々」と呟く。
「師匠が私の儀式の時、聖泉に私を落としたからなんでしょ。それ聞いた時本当びっくりしたんだよ私」
「赤子の儀式を初めて受け持ったんだよ、あの時。さすがに本当の意味で首を飛ばされるとひやついたが」
エヴァイアンには、産後すぐの赤子に地下にある聖水の沸く泉……聖泉の水をかける事で亡霊などに身を喰われぬようまじないをかける風習がある。儀式を受けても亡霊には憑かれるので、あくまで気休め程度ではあるが。
聖水を持ち出してはならない掟のせいで、聖泉のすぐ傍で儀式を行うのが常だ。
「ていうかよく死ななかったよね私……あれ確か結構深いでしょ」
「まあそのおかげでお前は聖水の効果が全身に染み、エクソシストになる素質を身に着けたわけだ。あの時ちょっとした騒ぎになったんだぞ、後天的にエクソシストの素質を持てるようになった第一例としてな」
それまでは、エクソシストの素質は先天性のものだと思われていた。生まれついて亡霊が見えるか否かで測られ、その後教会に所属するという形が基本だった。
その後はモシェロイやラチカに倣い、人体実験のように赤子を聖泉に漬け込む実験が成された。しかし成功例は百人に三人、といった芳しくない結果だったという。
エクソシストの仕事は基本的に亡霊駆除ではあるが、その背後にはほぼほぼネクロマンサーの存在がある。エクソシストである以上、彼らとの戦闘は避けられない。なので基本的には対人戦闘も必要になるが、ラチカはお世辞にも戦闘力があるとは言えない。そのためにシャイネが付いている、と言ってもいい。
エクソシストの適正が見つかれば、人員不足の都合でほぼ確実に教会に引き込まれる事になってしまう。その為、最初の儀式の際に我が子を案じ聖水のかけ具合を注意深く見守る親も多い。勿論最初からエクソシストにする為にわざと聖水に漬け込もうとする親も存在する。
「最初に気付いたのは父さんって言ってたかな」
「ああ、今でも覚えてる。あの人も元々『見える』人だったからな。儀式から一週間後あたりだったか、『こいつ亡霊の残骸掴んで食ってる!』って真っ青な顔で駆けこんできてなぁ」
そこでラチカの適正を測られ、エクソシストになる素養を持っている事が発覚したらしい。父はコーマスやラチカを連れてよく外出をしていたが、ラチカだけを連れて外出の際は必ず教会に出向いていた。その頃からエクソシストになると刷り込まれていたのだろう。
エヴァイアンの家からエクソシストを輩出、というのは数百年単位で久々だったそうだ。国の頂点というある意味での箔付けの意味もあったのだろう。実際ラチカは幸か不幸か、それ以外の職を夢見る事も無かった。この仕事が好きなのかと問われればまた違うのかもしれないが。ただ、自分に適正があってそれなりにこなせるからやっているに等しい。
兄は国公認の学舎にて教養を身に着けたが、ラチカは教会の中で同じ世代のエクソシストの卵達と修業に明け暮れていた。そのため、ある意味では世俗に疎い部分もあるのかもしれない。
「しかし本当に突然だな。何故また親善大使なんかにお前が指名されたんだ」
モシェロイにも、言わない方がいいだろう。どことなく気恥ずかしい。ひとまず「兄さんの妹だからでしょ」と答えると、彼は納得してくれた。
ロドハルトの件から、もう一週間程が経つ。逆にまだそれだけしか経っていないのか、という気もするが。
「シャイネは行くのか」
「うん、私と一緒に行って私と一緒に帰ってくるよ。毎月」
「それならまあ、安心か」
安心。まあ、そうだろう。
曲がりなりにも他国でこれから暮らす事になる。言わば、国主関連以外知り合いが一切居ない。そこに、身内がついてきてくれるのは確かにありがたいことだ。
……あれから、シャイネには何もされていない。そもそもなかなか二人きりにはならないので、当たり前ではあるのだが。
「まあ、元気でやれよ。エヴァイアンに戻ったらまた絶対ここに顔出すんだぞ」
「うん、分かった。頑張る」
モシェロイの大きな手が、ラチカの頭を撫でる。歳が二十も離れると、どこか父のような感じがしてこそばゆい。
しかし一切忘れはしない。まともに大人の話を聴けるようになった3つの時に彼に弟子入りし、そこからそれはもうみっちりしっかりがっつり鍛え上げられたあの日々を。周りの兄弟弟子もそうだが、よく全員死なずに済んだと思う。まああれも、一種の選別だったのかもしれない。あの程度でついてこれないようであれば、そもそもエクソシストになる素質は無いと。そういう事だったのだろう。
扉が開いた。シャイネだ。
「ある程度終わりました。次どこか掃除すべきところなどはありますか」
「いや、もう大丈夫だ。ありがとうよ」
ラチカが立ち上がったのを見、シャイネは頷いた。「失礼致します」と一礼すると、部屋を二人で出る。
「次ここに来るのは、来月だねぇ」
「ですね。まあ何かあれば伝書鳩を飛ばしてくださるそうですし。ロドハルトの住所は受付に渡しておきましたよ」
「ほんと出来た子……」
馬車に乗る。昼下がり、穏やかな天気の中屋敷までの道をのんびり進んでいく。
「ロドハルト、住むとなったらどんな感じなんだろう。月に一週間って言っても、案外長いよね」
「国主邸近隣なので治安は良いとは聞きますけどね。第一預かっている大使に何かあれば国の信用問題になってきますし、そこはうまくしてくれるとは思いますが……まあ、俺が居ますし大丈夫ですよ」
まあ、それはそうだろう。ロドハルトにはあの祭の中一度赴いただけだ。よく考えればなかなか無謀な気もする。
しかしエクソシストの両立の件も何とかなったわけだし、案外気楽に構えて良さそうだ。親善大使としての仕事は、あくまでロドハルトとエヴァイアンのパイプ役に過ぎない。詳しい指示はその都度コーマスやギャムシアから戴くとの事だ。
「シャイネは嫌じゃない? 今更だけど」
答えは以前聞いている。しかしそれでも、改めて聞いておくべきだと思った。
「以前も話しましたが、俺はこれをチャンスだと思っています」
「ギャムシアとの事?」
しまった、つい。一瞬シャイネの手綱を持つ手が固まったが、すぐに会話は再開された。
「呼び捨ての許可とは、親密ですね」
「いやあのその」
「まあ、俺も言いましたしね。見定めるならと。良いのではないでしょうか、ええ」
やけに突っかかられている気がするが、ここで何か言おうものならまた言い負かされるに決まっている。とりあえず、黙った。そんなラチカに、シャイネは続ける。
「まあ、まさしくそうです。正直今までのお嬢様の縁談相手の中で、あそこまで俺の気に食わない男は居ません。下手に話が凝り固まる前にぶっ潰しておきたいですね」
本当に素直な子だとは思う。昔からやけに刺さる言葉を使う人間だとは思っていたが、未だ衰えを知らないようだ。それどころか益々磨きがかかりだしている気すらしてしまう。
「まあ本当に万が一の可能性はあります。しかしお嬢様は断る権利がある……だからこそ、早々にしっかり見切りをつけて頂きたいですね。下手に俺が頭ごなしに反対して燃え上がられたらそれこそ一大事ですし」
恐らく本音はそこなのだろう。シャイネなりに立ち位置を図っていたのか。どこか、自分より彼の方が冷静な気がして。
……自分は、冷静ではないのか。しかし確かに、少しずつ心の中の動悸、ざわめきは増している。ロドハルトに向かう事への期待と、再びギャムシアに見える……緊張と、知れぬ何か。
「シャイネ」
「はい」
「……私、色々頑張る」
そうとしか、言えない。彼の目は背中越しではあるが、きっと微笑んでいるはずだった。
「ええ、俺が居ます」
彼の言葉は、穏やかで。そこにあって当然のような、いや思ってはならいのだが。それでも、シャイネは。
『お嬢様、愛してます』
あれからあの言葉に関する事は何も言われていない。ただ、忘れろと指示されただけで。あの謝罪も、行為に対してなだけだ。
……突っ込む事が出来ない。それこそ何かが動くどころか、崩れそうな気がして。それがどこか、怖かった。
出発前夜。風は完全に冬のものだった。
「あらあら、貴方居たの」
「ええ、夜風に当たりたく」
「ふふ、大丈夫よ。人払いは済ませてあるわ」
「……感謝します」
「さて、手短に済ませなくちゃね。さあ、手を出して」
「これが、例の?」
「ええ、そうよ。苦労したのよ、作るのに……普段私が使うもの以上にね」
「でしょうね。申し訳ありません、こんな事を頼む事になるとは……」
「いいのよ。それに私からしても、貴方を利用している節はあるわ」
「構いません、これですべてがうまくいくのなら」
「きちんと容量用法を守って使いさえすれば大丈夫、魔法のような薬だから。まずは貴方が試してみる? 一匙であれば、一時間もかからずに抜けてくれるわ」
「そうですね、後程。それと、もう一つの方は」
「そちらに関しては今月は駄目だったわ、次回に持ち越しね」
「ええ、大丈夫です」
「貴方の気持ちは分かるわ、だから協力してあげる。ああ、でも貴方の方がもっと業は深いのかもしれないわね……」
その企みはすべて自分の満足の為であり、そのついでに皆が幸せになればいいと本気で思っている。聖女でも悪魔でも何でもなく、結局のところは……魔女のような、なにか。
互いに求めるものは違う、報酬も何もかも結局互いが支払えるものでもない。それは金銭でも、かといって互いの肉でもない。そんなものではなく、結局互いの目的達成……そのもの。それこそが、報酬のようなものだ。
彼女は万が一失敗しても、最後はきっと幸せになるようにやり方を設えると言っていた。要はきっとただのポジティブだ。行き場を無くした人間が今いる苦境こそ『生きているだけで幸せ』と感謝し適応していくに近い。
軽蔑も出来ない。そもそも、持ち掛けたのは自分からなのだから。
絶対に。ああ、この願いだけは。叶えばきっと幸せになれるし、なれなかったとしても……最後は必ず、誤認させてでも。幸せに、する。
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