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22.そろそろ冬の本支度を始めなければ。
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無事に二人のネクロマンサーを教会に送り届け、帰路につく。前回の拷問結果はモシェロイが不在との事で聞くことが出来なかった。また次回教会を訪問した時に聞くしかない。
ラチカを部屋に送り届け、自室に戻る。シャワーを浴び、そそくさとベッドに戻った。
……ついに、夢がかなった。否、その直前ではあるが。
「お嬢様」
予感自体はしていた。もしここまで踏み込んでしまえば、どんどん落ちていくしかないと。もとはと言えば最初に粗相を働いた時から、下降そのものは始まっていた。
このままだと、どんどん深みにはまる。しかし何故、ラチカもまた拒絶しないのか。
……期待しても、いいのだろうか。
自分達が結ばれるにはいくつも障害がある。自分はレヂェマシュトルを除籍出来ないし、エヴァイアンの掟は……それこそ国主による勅令さえあれば可能だろうが、まずコーマスは動かないだろう。そして、何よりあの男がいる。
今まではラチカが知る前に、あのような輩は駆除してきた。しかし今回はなかなかのレアケースだ。対処が、しづらい。あちらはあちらで外堀を確実に固めようとしてきているのが分かる分、とにかく早めに手を打たねばならない。
そう考えていると響く、ノック音。
「どうぞ」
一応、枕元に置いている短刀に手を伸ばす。ガチャリ、と音を立てて現れたのはコーマス付きの従者の男だった。シャイネよりも十は先輩にあたる。ほっとして手を放した。
「シャイネ。やはり戻っていたのか」
「ええ、皆様がご就寝のようだったので帰宅の挨拶は明日にしようかと。戻りました」
「ああ、おかえり。それだがな、コーマス様が起床なされた」
時計を見る。午前二時だ。帰宅して、まだ一時間も経っていない。先程念のためラチカと共に彼の公務室を覗いたが不在だったので眠っていると思ったのだが。
従者はひとつ咳払いをし、手招いた。
「コーマス様が報告を聞きたがっている。ラチカ様は」
「さっき部屋に戻られましたが、先程ネクロマンサーとの戦闘があったのでお疲れです。恐らくもうご就寝されているかと」
……先程の行為を思い出す。胸の奥がぎゅっと締まると同時に、再び下半身に熱が集いだす。それを、硬く目を閉じて追い払った。そんなシャイネを不思議そうに見ながら、従者は頷いた。
「こんな時間に帰ってきた時点で、恐らくコーマス様も分かっているだろう。それならむしろ好都合だ」
言っている意味が分からず、首を傾げる。従者は続けた。
「公務室にて、コーマス様がお待ちだ。ラチカ様には気取られないように来てくれ、との事らしい。何でも、ロドハルト国主の件で相談があるとか」
まさか。奴が、何か動いたのか。
シャイネはベッドからとび降り、「かしこまりました、直ちに」と従者に告げる。彼は頷くと、扉を閉めた。急いで身支度をし、部屋を出る。一体、何があったのか。
公務室に到着し、ノックする。「入れ」との返答を聞き、扉を開く。コーマスは前回会った時に比べるとまだ顔に生気を取り戻していた。
「久し振りだな、シャイネ。ラチカは眠っているか」
「ここに来る前に様子を伺ってまいりましたが、大丈夫です。部屋付きの方にも聞きました」
コーマスは頷くと、来賓のソファをすすめた。大人しく従う。彼もまた、向かいに座った。
「随分遅い帰宅だったんだな。亡霊でも出たか」
「はい。無事教会まで連行しました」
「なら、良い。やはりお前にラチカの相棒を頼んで正解だったな。それを最近痛感するよ」
彼は温めたミルクをカップに注ぎ、シャイネに差し出した。自身にも注ぎ、口へ運ぶ。
「一週間、どうだった」
ああ、やはりその事か。
ギャムシアに対するマイナスイメージを刷り込むなら、今だろう。しかしそれをしたところで、きっとラチカが奴を庇うに違いない。そうなれば、主君を正しく導く側の立場であるシャイネが糺される事になるのは分かり切っている。ここは、正直に出るか。
「公務の手腕はなかなかのものかと。何より、ギャムシア様ご自身のフットワークがかなり軽く感じました」
「というと?」
「自身が医者だから、という立場もあるのでしょうが、まずご自身が現場に赴かれます。先日も、ラチカ様を伴って市場視察へ出られていました」
そこまで言って、気付く。ああ、今更だ。コーマスも同じところに行きついたのか、苦々しく顔を顰めた。
「……お前は何をしてたんだ」
「ロドハルト家の方に誘われ、家事を手伝わせて頂いておりました」
「どうせ引き離そうという手だろう、奴の」
そう吐き捨てると、コーマスはミルクの追加を注いだ。
コーマス自身、やはり勘付いているのか。しかしそれなら、どうしてラチカの大使就任を認めたのだろうか。国同士の繋がりの公務だから仕方ない、とは分かっているもどうも解せない。大方、ラチカが立候補したのかもしれないが。
……ああ、許せない。彼女をどこまで引きずり込む気なのか。
「ギャムシア・ロドハルトはやり手だというのはアスパロロクからの世代交代の時から知っている。奴の医療貢献の政策で、ロドハルトを中心に平均寿命は五年は延びているそうだ。その他にも、商業の自由化などの政策にも着手しているらしい」
「お嬢様の大使指名もその一環だと?」
コーマスの黄金色の目が、歪む。よく見ると彼の髪よりも、瞳の方が色は濃かった。
「……分かっているだろう、お前なら」
もう隠す必要は、無いか。頷くと、彼は深く溜息をついた。
「奴は一年の契約でいいとは言った。しかしそれは、裏を返せば自信の裏返しに過ぎないだろう。一年あればラチカをモノに出来ると考えているはずだ」
「何か決定的な……手紙などは」
「無いな。うまい具合にぼかしてきている。不純動悸を言及出来る程の証拠にはなり得ない」
歯がゆい。しかし、それが現状なのだろう。恐らくラチカには良い顔をするだろうし、ラチカ自身ギャムシアには未だ悪感情を抱いている様子は一切ない。それどころかむしろ、と考えたところで心臓の奥の火が一気に滾った。
あれは、そうだ。ラチカは。
「コーマス様は、どう考えられているのですか。ラチカ様がもし、あちらに輿入れするとなれば」
コーマスは重い溜息を吐く。その更に奥から、言葉を絞り出した。
「……相手としては申し分無いな。隣国、それも人気の国主。エヴァイアンの親戚筋でもない。だが」
「何か」
「何度かあいつと会って思った。あいつは、俺と同じだ」
意味が分からず、首を傾げる。しかしコーマスはどうやらそれを独り言として処理したらしく、首を振った。顔を起こすと、ミルクを口に運ぶ。もう湯気の失せたそれは、温くなっているはずだった。
「家としてはいいが、個人としては反対だ。何か策を取る必要はある」
「と、言いますと?」
シャイネの返しに、再び溜息。今日一日で、どれだけ彼は溜息を吐いているだろう。
「それはこれから考える。ひとまず、このままあいつには大使を続行させる。何か変な事があればすぐに報告を頼む、シャイネ」
「かしこまりました」
「ああ、あとそれと」
コーマスの目が、かち合う。彼は懐から一枚の封筒を取り出した。蝋の破れたそれは、恐らくすでにもう彼が読んでいるという事だろう。何より、その蝋にも見覚えはある。
「レヂェマシュトルの会の案内だ。行くんだろう」
「……行かざるを得ないですね」
苦笑しながら、受け取る。
年に一度の、レヂェマシュトルの集会。生きているレヂェマシュトルは全員、三日に渡っての集会に参加する義務がある。その中では疑似戦闘の試合もあり、多数の上客が見にくる。その戦いを見て、競りにかけられるのだ。自身もそうやって買われてここに来た。
「日にちは確か、次々回のロドハルト訪問前になる。たまには息を抜いてこい」
「ありがとうございます」
息を抜くどころか、むしろ根が詰まるような集会なのに。それでも彼の気遣いからの言葉が素直に嬉しかった。
昔……それこそ子どもだった頃、シャイネもまたコーマスによく折檻されていた。それも、食器を置く位置がズレていたり受け答えの声の高さが気に食わなかったりと……本当に、些末な事で。実際今も、彼に焼かれた背中の跡は消えていない。
彼を変えたのは、紛れもなくヴェリアナである。
「明日は教会か」
「ええ、午後からその予定です。明日モシェロイ神父が戻られるそうなので、色々報告事を。午前はコーマス様へご挨拶へ伺う予定でした」
「悪いな、潰して」
本来はこういう風に穏やかだったのかどうかは分からない。しかし彼は、確実に変わった。
そういえば、ヴェリアナの気配が無い。時間が時間なのでもしかすると眠っているのかもしれないが、彼の妻であるヴェリアナの事だ。もしかすると、また閉じ込められているのかもしれない。コーマスの監禁癖は、エヴァイアンの従者みんなよく分かっている。知らないのは、ラチカだけだ。彼は、妹の前では残酷な一面をどうにか隠そうとしているのが見える。
「行っていいぞ。ああ後、やはり明日は朝一ラチカをここに呼んでくれ」
「ギャムシア様の話はされるのですか」
「いや、まだしない方がいい。お前も変に気取らせるなよ」
「かしこまりました」
いっそ、すべて露呈して潰れればいいのに。しかしそうなるのを、きっとラチカが望まない。いつか、彼女の意志を踏みにじってでも行動を起こすべき時は来るのだろうか。
彼女の生気の抜けた……あの、悲しげな顔は長らく見ていない。しかし、もう御免だった。出会った時の彼女はまさしくそれだったが、もうあんな顔をさせたくないとそう考え続けて長い。
「明日はひとまず、新年儀の話だ」
「ああ、もう一月もありませんね。そういえば」
十二の暦が一周しきる時、大陸ではどの国も国挙げて祝い事をする。盛大に祭りを上げる国、静かに一年の無事に感謝する国、と国ごとの特色はかなり強い。エヴァイアンはどちらかといえば後者であり、そこまで盛大には祝えない。というより、領土が広すぎてそこまで盛大な祭りを開いても管理が難しいというのが本音である。
「今年も例年通り、中央教会の鏡磨きを行う。あいつの年に一度の大仕事だ、ぬからせるなよ」
「かしこまりました、お伝えしておきます」
「ああ」
コーマスは手を振った。それを合図として受け取り、立ち上がる。一礼して退室した。
コーマスの政治は、悪くないとは思う。父の代で基盤自体は出来上がっており、とくに大きな改革自体彼はとくに望んでいない。伝統を重んじるエヴァイアンの国民性の具現のようなものだ。
掟を変える。それは確かに、難しいのかもしれない。それでも、手に入れたいものは確かにある。
「お嬢様」
ああ、止まらなくなってきた。
ラチカを部屋に送り届け、自室に戻る。シャワーを浴び、そそくさとベッドに戻った。
……ついに、夢がかなった。否、その直前ではあるが。
「お嬢様」
予感自体はしていた。もしここまで踏み込んでしまえば、どんどん落ちていくしかないと。もとはと言えば最初に粗相を働いた時から、下降そのものは始まっていた。
このままだと、どんどん深みにはまる。しかし何故、ラチカもまた拒絶しないのか。
……期待しても、いいのだろうか。
自分達が結ばれるにはいくつも障害がある。自分はレヂェマシュトルを除籍出来ないし、エヴァイアンの掟は……それこそ国主による勅令さえあれば可能だろうが、まずコーマスは動かないだろう。そして、何よりあの男がいる。
今まではラチカが知る前に、あのような輩は駆除してきた。しかし今回はなかなかのレアケースだ。対処が、しづらい。あちらはあちらで外堀を確実に固めようとしてきているのが分かる分、とにかく早めに手を打たねばならない。
そう考えていると響く、ノック音。
「どうぞ」
一応、枕元に置いている短刀に手を伸ばす。ガチャリ、と音を立てて現れたのはコーマス付きの従者の男だった。シャイネよりも十は先輩にあたる。ほっとして手を放した。
「シャイネ。やはり戻っていたのか」
「ええ、皆様がご就寝のようだったので帰宅の挨拶は明日にしようかと。戻りました」
「ああ、おかえり。それだがな、コーマス様が起床なされた」
時計を見る。午前二時だ。帰宅して、まだ一時間も経っていない。先程念のためラチカと共に彼の公務室を覗いたが不在だったので眠っていると思ったのだが。
従者はひとつ咳払いをし、手招いた。
「コーマス様が報告を聞きたがっている。ラチカ様は」
「さっき部屋に戻られましたが、先程ネクロマンサーとの戦闘があったのでお疲れです。恐らくもうご就寝されているかと」
……先程の行為を思い出す。胸の奥がぎゅっと締まると同時に、再び下半身に熱が集いだす。それを、硬く目を閉じて追い払った。そんなシャイネを不思議そうに見ながら、従者は頷いた。
「こんな時間に帰ってきた時点で、恐らくコーマス様も分かっているだろう。それならむしろ好都合だ」
言っている意味が分からず、首を傾げる。従者は続けた。
「公務室にて、コーマス様がお待ちだ。ラチカ様には気取られないように来てくれ、との事らしい。何でも、ロドハルト国主の件で相談があるとか」
まさか。奴が、何か動いたのか。
シャイネはベッドからとび降り、「かしこまりました、直ちに」と従者に告げる。彼は頷くと、扉を閉めた。急いで身支度をし、部屋を出る。一体、何があったのか。
公務室に到着し、ノックする。「入れ」との返答を聞き、扉を開く。コーマスは前回会った時に比べるとまだ顔に生気を取り戻していた。
「久し振りだな、シャイネ。ラチカは眠っているか」
「ここに来る前に様子を伺ってまいりましたが、大丈夫です。部屋付きの方にも聞きました」
コーマスは頷くと、来賓のソファをすすめた。大人しく従う。彼もまた、向かいに座った。
「随分遅い帰宅だったんだな。亡霊でも出たか」
「はい。無事教会まで連行しました」
「なら、良い。やはりお前にラチカの相棒を頼んで正解だったな。それを最近痛感するよ」
彼は温めたミルクをカップに注ぎ、シャイネに差し出した。自身にも注ぎ、口へ運ぶ。
「一週間、どうだった」
ああ、やはりその事か。
ギャムシアに対するマイナスイメージを刷り込むなら、今だろう。しかしそれをしたところで、きっとラチカが奴を庇うに違いない。そうなれば、主君を正しく導く側の立場であるシャイネが糺される事になるのは分かり切っている。ここは、正直に出るか。
「公務の手腕はなかなかのものかと。何より、ギャムシア様ご自身のフットワークがかなり軽く感じました」
「というと?」
「自身が医者だから、という立場もあるのでしょうが、まずご自身が現場に赴かれます。先日も、ラチカ様を伴って市場視察へ出られていました」
そこまで言って、気付く。ああ、今更だ。コーマスも同じところに行きついたのか、苦々しく顔を顰めた。
「……お前は何をしてたんだ」
「ロドハルト家の方に誘われ、家事を手伝わせて頂いておりました」
「どうせ引き離そうという手だろう、奴の」
そう吐き捨てると、コーマスはミルクの追加を注いだ。
コーマス自身、やはり勘付いているのか。しかしそれなら、どうしてラチカの大使就任を認めたのだろうか。国同士の繋がりの公務だから仕方ない、とは分かっているもどうも解せない。大方、ラチカが立候補したのかもしれないが。
……ああ、許せない。彼女をどこまで引きずり込む気なのか。
「ギャムシア・ロドハルトはやり手だというのはアスパロロクからの世代交代の時から知っている。奴の医療貢献の政策で、ロドハルトを中心に平均寿命は五年は延びているそうだ。その他にも、商業の自由化などの政策にも着手しているらしい」
「お嬢様の大使指名もその一環だと?」
コーマスの黄金色の目が、歪む。よく見ると彼の髪よりも、瞳の方が色は濃かった。
「……分かっているだろう、お前なら」
もう隠す必要は、無いか。頷くと、彼は深く溜息をついた。
「奴は一年の契約でいいとは言った。しかしそれは、裏を返せば自信の裏返しに過ぎないだろう。一年あればラチカをモノに出来ると考えているはずだ」
「何か決定的な……手紙などは」
「無いな。うまい具合にぼかしてきている。不純動悸を言及出来る程の証拠にはなり得ない」
歯がゆい。しかし、それが現状なのだろう。恐らくラチカには良い顔をするだろうし、ラチカ自身ギャムシアには未だ悪感情を抱いている様子は一切ない。それどころかむしろ、と考えたところで心臓の奥の火が一気に滾った。
あれは、そうだ。ラチカは。
「コーマス様は、どう考えられているのですか。ラチカ様がもし、あちらに輿入れするとなれば」
コーマスは重い溜息を吐く。その更に奥から、言葉を絞り出した。
「……相手としては申し分無いな。隣国、それも人気の国主。エヴァイアンの親戚筋でもない。だが」
「何か」
「何度かあいつと会って思った。あいつは、俺と同じだ」
意味が分からず、首を傾げる。しかしコーマスはどうやらそれを独り言として処理したらしく、首を振った。顔を起こすと、ミルクを口に運ぶ。もう湯気の失せたそれは、温くなっているはずだった。
「家としてはいいが、個人としては反対だ。何か策を取る必要はある」
「と、言いますと?」
シャイネの返しに、再び溜息。今日一日で、どれだけ彼は溜息を吐いているだろう。
「それはこれから考える。ひとまず、このままあいつには大使を続行させる。何か変な事があればすぐに報告を頼む、シャイネ」
「かしこまりました」
「ああ、あとそれと」
コーマスの目が、かち合う。彼は懐から一枚の封筒を取り出した。蝋の破れたそれは、恐らくすでにもう彼が読んでいるという事だろう。何より、その蝋にも見覚えはある。
「レヂェマシュトルの会の案内だ。行くんだろう」
「……行かざるを得ないですね」
苦笑しながら、受け取る。
年に一度の、レヂェマシュトルの集会。生きているレヂェマシュトルは全員、三日に渡っての集会に参加する義務がある。その中では疑似戦闘の試合もあり、多数の上客が見にくる。その戦いを見て、競りにかけられるのだ。自身もそうやって買われてここに来た。
「日にちは確か、次々回のロドハルト訪問前になる。たまには息を抜いてこい」
「ありがとうございます」
息を抜くどころか、むしろ根が詰まるような集会なのに。それでも彼の気遣いからの言葉が素直に嬉しかった。
昔……それこそ子どもだった頃、シャイネもまたコーマスによく折檻されていた。それも、食器を置く位置がズレていたり受け答えの声の高さが気に食わなかったりと……本当に、些末な事で。実際今も、彼に焼かれた背中の跡は消えていない。
彼を変えたのは、紛れもなくヴェリアナである。
「明日は教会か」
「ええ、午後からその予定です。明日モシェロイ神父が戻られるそうなので、色々報告事を。午前はコーマス様へご挨拶へ伺う予定でした」
「悪いな、潰して」
本来はこういう風に穏やかだったのかどうかは分からない。しかし彼は、確実に変わった。
そういえば、ヴェリアナの気配が無い。時間が時間なのでもしかすると眠っているのかもしれないが、彼の妻であるヴェリアナの事だ。もしかすると、また閉じ込められているのかもしれない。コーマスの監禁癖は、エヴァイアンの従者みんなよく分かっている。知らないのは、ラチカだけだ。彼は、妹の前では残酷な一面をどうにか隠そうとしているのが見える。
「行っていいぞ。ああ後、やはり明日は朝一ラチカをここに呼んでくれ」
「ギャムシア様の話はされるのですか」
「いや、まだしない方がいい。お前も変に気取らせるなよ」
「かしこまりました」
いっそ、すべて露呈して潰れればいいのに。しかしそうなるのを、きっとラチカが望まない。いつか、彼女の意志を踏みにじってでも行動を起こすべき時は来るのだろうか。
彼女の生気の抜けた……あの、悲しげな顔は長らく見ていない。しかし、もう御免だった。出会った時の彼女はまさしくそれだったが、もうあんな顔をさせたくないとそう考え続けて長い。
「明日はひとまず、新年儀の話だ」
「ああ、もう一月もありませんね。そういえば」
十二の暦が一周しきる時、大陸ではどの国も国挙げて祝い事をする。盛大に祭りを上げる国、静かに一年の無事に感謝する国、と国ごとの特色はかなり強い。エヴァイアンはどちらかといえば後者であり、そこまで盛大には祝えない。というより、領土が広すぎてそこまで盛大な祭りを開いても管理が難しいというのが本音である。
「今年も例年通り、中央教会の鏡磨きを行う。あいつの年に一度の大仕事だ、ぬからせるなよ」
「かしこまりました、お伝えしておきます」
「ああ」
コーマスは手を振った。それを合図として受け取り、立ち上がる。一礼して退室した。
コーマスの政治は、悪くないとは思う。父の代で基盤自体は出来上がっており、とくに大きな改革自体彼はとくに望んでいない。伝統を重んじるエヴァイアンの国民性の具現のようなものだ。
掟を変える。それは確かに、難しいのかもしれない。それでも、手に入れたいものは確かにある。
「お嬢様」
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