【R18】花嫁直前、君を侵す。

湖霧どどめ@シナリオライター

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54.さあ、尻尾が見えてきましたよ。

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「こ、国主様の馬を……!?」
「すまねえ、出来るだけ奥に隠しておいてくれ。馬車も細かく畳むから、外から見えねえよう引っ込めておいてくれるか」

 途中で立ち寄った農場の主人は何度も頷くと、馬車庫へと飛んでいった。急激な来客に彼は驚きつつ苛立った様子を見せていたが、相手が自分の国の国主と隣国の国主の妹だと知るや顔色を一気に変えていた。
 馬車庫を空けてくれたのだろう、いそいそと主人は案内してくれた。かなり広い上、多数の馬がいる。
 ラチカは馬車を降りると、ギャムシアの指示通りに馬車を畳んだ。あまりの便利さに物欲が出そうになったが、一応空気を読んで黙っておく。ギャムシアの提案と主人の協力を得て干し草の下に馬車の車体を隠した。
 ギャムシアは主人に自分達の訪問を強く口止めし、数枚の金貨を手渡した。主人は何度も頭を下げ、農場を出る二人を見送る。雪は大人しくなっていたが、一応身隠し用に持ってきていたフードを深く被った。

「大丈夫かな」

 先に歩くギャムシアに、ふと声を投げる。彼は「さあな」と呟いた。

「使用人を護衛としてここに置いておいてもいいかと思ったが、何せ奴は元々使用人を束ねていた奴だからな。顔は全員知られている」
「あー……それもそっか」
「ここから大倉庫まで、歩いて三十分もかからん。急ぐぞ、今来られるとそれこそどうにもならねぇ……いくらクソガキ達が居ると言ってもあまり空けておきたくねぇ」

 頷く。足早に歩く彼に合わせて、小走りで追った。
 そしてふと、口を開く。

「シャイネの事、信用してくれてるんだね」

 その言葉に、ギャムシアは鼻で笑った。

「クソガキではあるが、お前への忠義は本物だろう。第一レヂェマシュトルとしての能力も高い。悔しいが、ポシャロとやらせてもどっちが勝つか俺には言い切れねえよ」

 それを聞き、ポシャロの事を思い出す。唇を噛みしめるラチカの腕を引き、ギャムシアはより足を速めた。
 やがて、海岸に出る。冷たい潮風が、ラチカの前髪を吹きあげた。ギャムシアは海岸の最西に到着すると、上へとそびえたつ崖を見上げる。そして、指で崖の上に生えている樹木の数を数えだした。

「……七本目。ここだな」

 崖の、自分の目線の位置に掌を置く。そこには凝視してようやく分かる、岩の境目があった。そこに指をかけ、手元へと引く。それは、扉だった。

「入るぞ」

 ギャムシアの姿が、先に中へと消えた。慌てて追う。ラチカの姿が入り込んだ事を確認すると、ギャムシアは再び岩を閉めた。マッチを擦りランプに火を点けると、すぐにまた重々しい扉がある事に気付く。ラチカにランプを持たせ、ギャムシアは自身の鍵束から一本の鍵を抜き出し、扉を開いた。
 奥へと進む。中に設置されていたランプ計二十八個すべてに火を点けると、中の景色が浮かび上がってきた。

「す、すごい……」
「だろ」

 恐ろしく広い空間だった。その空間の壁面すべてが本棚で、それ以外に多数の本棚が点在している。更に、あらゆる骨董や雑貨があちこちに設置されていた。埃と黴の匂いから、人の出入りがそうそう無かった事が伺い知れる。

「大陸の中でこの領土が出来た時……初代国家の名前はアチェストロだった。その時から世襲にしない気だったアチェストロは、この大倉庫を造った。すべての記録をここに残し、いざという時に使えるようにな。国主だけに引き継がれる秘密達がここに眠っている」

 確かに、これだけの膨大な記録……それも、聴いていればロドハルトの国家の根幹に関わる記録達が他国に渡ればとんでもない事になるだろう。敵国などであれば猶更の事だ。だからこその国主のみの引き継ぎという事なのだろう。
 ……即ち、ギャムシアも言っていたがラチカがここに招かれたのはそういう事だ。いよいよ外堀から固められている気がしないでもない。
 そんなラチカの気持ちに気付いていないであろうギャムシアは、一つの本棚を指さした。

「あれが、領土内の地図が詰まった本棚だ。大体八十冊といったところだな」
「……待って、本棚の中全部地図なの?」
「ああ、大陸が形成された頃からのこの領土についてすべての地図がある。恐らく他の国よりも領土の変遷が多い分、歴史ごとに分ける必要があったんだろうよ」

 考えるだけで気が遠くなるような作業だが、そんな事も言っていられない。
 ギャムシアと協力して、二人がかりでそれぞれ別の地図を開く。一冊一冊がかなりの項数で、かなり精密に地図が描かれている。この作者は一体だれなのか気になるところだが、今はとにかく隠し地帯を探す事に集中した。
 そしてラチカが四冊目の地図を開いた頃だった。

「おい、ラチカ」

 ギャムシアがずい、と一冊の地図を見せてくる。その項は、現在国主邸のある近辺の地図だった。

「ここを見ろ」
「……丘の部分?」

 ギャムシアは頷く。そのまま、指である部分を指した。

「さっきから気になっていたんだが、俺の見ている地図すべてここだけこの印がある」

 それは、菱形の小さな印だった。それも、当時描かれたかのように褪せている。
 ラチカは目を凝らしてその印を睨んだ。そして、ハッとしたようにギャムシアを見る。

「これ、多分『渦』だ」
「『渦』?」
「菱形……楔の形、うん。多分間違いない。師匠が言ってたの。この大陸の中でも亡霊を召喚するのに都合のいいというか、何せ相性のいい場所があるって。エヴァイアンには無いから、ネクロマンサーも拠点を作りづらいって」

 そういえばサガリオットも、気付けば丘に居たと言った。そうだ、最初から答えは出ていた。何故気が付かなかったのだろう。

「この辺りに居る。でもあそこには建物が一つも無いし」
「あそこはああ見えて昔から聖域扱いされてたんだ、でも意味は知らされていなかったから代々とりあえず空き地にし続けてた。となると」
「……あの丘の、中?」

 ラチカの言葉に、ギャムシアの目の奥が滾る。地図に手を叩き付け、ラチカを見た。

「あの丘を掘る。急ぐぞ、ラチカ」
「うん」

 その迫力に圧されそうになりながらも、ラチカは力強く頷いた。
 急いで大倉庫を出て、馬車を回収する。周囲に注意しながら進んで、ようやく国主邸に戻ってきた。すでに夕刻になっていた。乱暴に馬車を国主邸につけ、飛び降りるようにして走る。国主邸に入ると、とくに何も変化は無いようだった。

「おいクソガキ!」
「ああ、おかえりなさいませお嬢様」

 シャイネは穏やかに微笑みながらラチカをそっと抱きしめた。その脇腹を蹴りながら、ギャムシアは怒鳴り上げる。

「俺が呼んでんだ俺が!」
「俺はお嬢様のものであってお嬢様以外の命令など聞く必要は本来は無いはずなので」
「お前だんだん俺の事舐め始めてきてんな……」

 ラチカも何とかシャイネを振りほどくと、彼の手を握って告げた。

「場所、分かったよ。国主邸横の丘だって、多分」
「丘?」

 シャイネに詳しく事情を説明する。すると彼は苦虫を噛み潰したかのような顔で呻いた。

「……確かに、あそこは全然考えてもいなかったですね。そうか、地下か……」
「まずあの丘周辺から、地下に潜る道を探索するのがいいのかな。でも雪だし」
「そうなるな。やられる前にやる、って事で総動員でやるぞ。もう確定だろうしな」

 ギャムシアの言葉に、その場の全員が頷いた。
 急いで公務室に戻り、結界の傍にたたずんでいるモシェロイを見付ける。彼は一瞬驚いたようなそぶりを見せたものの、すぐに「無事か、良かった」とラチカに言った。ラチカに『渦』の事を告げられると、モシェロイは目を剥いた。

「そんな古代の地図に記されていたか……となると、十中八九間違いない、それは『渦』だな。ここ近年で『渦』扱いされる程濃い脈は見つかっていないから、近代の地図では略される事が多いんだ。俺ですらあそこが『渦』だったとは知らなかった」

 地図の時代から鑑みるに、ディグレオは恐らくその時代の生まれだ。だからこそ、『渦』の存在を知っていたのだろう。近代の地図に載っていない事も知っていれば、目星を付けられないというところまで計算していたのかもしれない。
 モシェロイは結界を見上げた。未だにサガリオットは凝固されたままだ。

「……水を差すようで悪いが、俺かラチカのどちらかはここに残った方がいいだろう」

 その答えも、予想はしていた。さすがに、この結界の見張り……というより、応急処置が出来る人間が少なすぎる。本来モシェロイは何人かエクソシストを伴ってくるつもりだったらしいが、今回の件もあってエヴァイアンで集中警備をさせているらしかった。人手不足がここにきてまで影響を及ぼすとは、と歯噛みしたい気持ちでいっぱいである。しかし結局全員がエヴァイアンの人間なので、最優先は自国となってしまう。
 ギャムシアは考える事なく、告げた。

「ならラチカ、お前が来い」

 それも、予測していた。だからこそ頷く。
 モシェロイはそっと、凝固された結界を撫でた。

「結界から感じる。未だに奴らはこの結界を攻略しようと諦めていない……干渉しようとしている。いいな、出来得る限り急げ。俺も精一杯努力はする」
「ありがとう、師匠」

 ラチカの頭を乱暴に撫でながら、「無事でな」と囁くモシェロイは穏やかな表情だった。
 全員が急ぎで支度をする。集まった数十人の使用人を引き連れ、丘へ向かった。国主邸の脇にあるおかげで、すぐに到着する。
 ……こんな、近くに。
 全員の用意が整い、捜索が始まった。丘自体、かなり広い。数人で一つの班を作り、各々散っていく。ギャムシアは一人で、最奥の方へと向かっていった。そんな彼の背を見送りながら「大丈夫かな」と呟くと、シャイネはラチカを見た。

「あの方はあの方なりに、俺達とは比べものにならない使命感を負っているはずです。今回の件に関しては、誰よりも責任を感じている事でしょう」

 何せ、元凶をずっと匿っていたのだ。正体を知らなかった……即ち、見破れなかったに等しい。
 シャイネは、ラチカの手を握った。

「俺達が先に見つけ出しましょう。恩を売ってやるのです」

 そういう言い方をしているだけだ、とラチカには分かった。頷いて、雪の降りしきる丘を一歩踏みしめた。
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