事なかれ主義の回廊

由紀菜

文字の大きさ
10 / 22

10.サロンの密談

しおりを挟む
今日の最後の授業は算数だ。真面目に聞かなくとも理解できる内容なのでノートにサロンホスト可能性リストを書き込んでいた。

クラス順に、まずは1組のマリアンヌ=バロン。王宮に仕える外交官である政爵スティーブ=バロンのご令嬢で、猫目で大人びた顔にブロンドの長い髪を携えている。政爵位の家名を持つだけあって、とても聡明で学年五位以内を毎回彷徨っている。もし彼女だったら、噂を聞きつけて「わたくしが首位を取った暁にはお付き合いしてくださいまし!」とか宣戦布告されたりして。

2組は俺たちのクラスで、爵位持ちはヨアしかいないため割愛。

続いて3組は、ロアーノ=グリードネス。現王バスクバード=グリードネスの弟の三女、つまり現王の姪っ子で高慢ちきな娘だと悪評も絶えない。王族が俺を相手にするだろうか?可能性は限りなくゼロ。

4組は、ナチュネ=モーリー。武爵位モーリー家のご令嬢で、騎士道を心に根差しその気合いぶりは誰にも引けを取らない。ちなみに選択制授業で魔法を取っている唯一の女の子で、弓の名手を目指してるんだとか。俺は密かに歴戦の武将那須与一からもじってナチュ与一と呼んでいる。一応魔法授業で自己紹介を互いにしたので面識はある。でも、この子は自分より強い男じゃないと相手にしなさそうだしな。ちょっと面白そうだから関わってみたい気持ちはある。

5、6組は男子しかいないので割愛。

7組は、レイラ=アグネット。現王が一目惚れし心酔している側室コーネリアの子供で、当然ながら母娘共に正室から目の敵にされている。学年一の美少女と言っても過言ではないが、幼い頃から受けた嫌がらせのせいだろう、暗…随分と大人しい性格をしている。可哀想ではあるけど正直、恋がらみでなくとも王族の因縁を背景に持つ子とは関わりたくないが・・・。

8組には、シルリエール=ダヴィゾンド。王宮に仕える法務官である政爵ソロモン=ダヴィゾンドのご令嬢。上に歳の離れた二人の兄がおり、両親から溺愛され大事に育てられ過ぎた典型的な箱入り娘で、剣術の授業は貴族の権力行使で免除にし見学に徹しているんだとか。同級生も教師も非常に扱い難い存在らしいが・・・。

以上の5名がリストアップされた。冷静に分析すると、愛の告白なんてそんな浮かれた内容じゃない気がしてきたし怖い。マジで何なんだろう、帰りたい。


◇◇◇

放課後、ヨアに行ってくると目配せして、重い足取りでサロン室へと向かった。

「いらっしゃい。あれ?・・・固まっているけど、どうしたの?もしかして、期待していたホストと違ったのかな。」
ゆったりとした動作で手をひらひら振る人物に唖然とした俺は、両側から忍び寄る影に気付かなかった。

何故か俺は抵抗する間もなく両腕を二人の大男に掴まれ、罪人のように床に跪いている。細身で小さく、優等生のお手本のように髪一本の乱れもなく、薄気味悪い笑みを浮かべて俺の顎を掬う男…そう、このは、現王の右腕、宰相ドニリク=ロッグフェイズの孫、ハミルトン=ロッグフェイズである。

色男は辛いよ、と調子に乗って女の子を書き並べていた自分を殴りたい。穴があったら潜りたい。
「ハミルトン=ロッグフェイズ様。高貴なお方が僕なんかに何の御用でしょう。」
「ふん。その場凌ぎで媚びへつらう殊勝な心は持っているようだね。」
この状況はよく分からないが、ハミルトンは俺のことが嫌いらしいことだけは数秒の応酬で分かった。乱暴に手を離した彼は、今度は立ち上がって冷酷な目付きで俺を見下ろした。

「憎らしいほど面は良いな。顔だけなら許してやったものを。」
そう言い切る前に彼の片足が引かれ、勢い良く革靴の尖った爪先が俺の腹に命中した。
「ぐっ!!」
「硬いね、腹。力入れるなんてずるいよ。そういえばトゥーレイを取得したんだって?どれだけ僕を貶めれば済むのさ。」
何が言いたいのか分からない俺は、この状況に混乱しつつも眉を顰めて口を開く。
「俺はあんたに何かした覚えもなければそもそも関わったことがないはずだけど・・・一体何の真似でしょう?」
瞼に力が入ったまま見上げれば、返ってきたのは言葉ではなくさっきより重い蹴りだった。

「ははっ、もうちょっと頑張って猫被りなよ。そっち方面では頭が回らないんだね?・・・全く、苛つくなぁ。覚えがない、か。自分より下の人間には興味ないわけだ。」
吐き捨てられた台詞にようやく合点がいった。
祖父が宰相というプレミアカードを持っている男が、間違いなく自分を俺より「下」だと言い放った。ハミルトンは剣術の点数は確かイマイチ…というか平均以下だが、他の筆記試験でほぼ満点を取り、不動の学年二位を死守している。筆記試験だけの勝負なら十五点ほどの差がついて彼が勝っているだろう。つまりは俺が剣術も高得点なせいで、総合的に負けているのだ。

それにしても総合試験に勝てないからと暴力で訴えるのは単なる当てつけでいい迷惑である。
「勝てないからってこんなことしても何も変わらないのに…ダセェ」
理不尽な暴挙に声を上げずにはおれなかった。また蹴りがくると構えていたが、怒りを滾らせ震えるハミルトンは顎で右側の男に合図を送る。直後、右腕に激痛が走り歯を食いしばる。
「変わるよ。憂さ晴らしにちょっと痛めつけてやろうと思っていただけなんだけど予定変更。治療不可能なほど変形させて、一生剣を振れないようにしてやるよ。」
確かに俺が剣を握れなくなれば、ハミルトンの首位は確実だろう。だが子供の発想とは思えない卑劣な発言に恐ろしくなる。
「…そんなことしたら!お前も」
痛みを堪えながら紡ぐ言葉に彼は大きく口を開けて笑った。
「僕?僕が罪に問われるって?事実を捻じ曲げるなんて造作もない。君と僕の体格差は先入観を作りやすいからね。最初に君が僕を襲おうとして正当防衛だと主張することも、君が無礼を働いたのでコレが主人の威厳のために勝手に動いたと嘯くことも…。君は自分の心配だけしてなよ。」

俺は最初の啖呵も虚しく、情けない顔になっているのだろう。心底満足そうに口角を上げる彼が、「やれ」と二人の大男に言い放った。片方は俺が暴れないよう背後に回って床に顔を押さえつけ、片方は右腕を抱えてあらぬ方向に曲げる準備をする。
「止めろ!」
いよいよ本気であることを実感した俺が悲壮に満ちた声を上げた時。

背後から鼓膜が破けそうになるほどの爆音が轟いた。

実際、その後数秒間は聴覚が麻痺して音が聞こえなかった。
ハミルトンが絶句して見つめる先を振り返れば、とても見知った男が爆風の中から現れた。サロン室の扉は跡形も無く粉砕され煙が上がり、火花が彼の足元で踊っている。状況だけ見れば、背後から現れた男が救済者のはずなのに、破壊された壁の有様と獲物を捕らえた獰猛な目つきが、一瞬どちらが悪者か分からなくさせた。
「ヨア・・・」
俺の震える声と、ヨアが右手を上げ軽く振って飛ばされた三人の衝突音はどちらが先だったろう。

三人とも奥の壁まで吹っ飛ばされ、気絶していた。
いい気味だ、とは思えなかった。それくらい迫力のある仕打ちだったからだ。呆然と座り込んだままの俺の元へ担任教師が駆け付けた。ベテラン教師のミモレディ先生は三年の時からの担任で、俺とヨアの仲も知っている。周囲を見回して理解したのか、「なんてこった」とぼやきながらも直ぐに俺へと向き直って「ちょっと見せてね」と不自然に腹の部分だけ皺くちゃのシャツを捲った。時間が経っていないので痣はまだ出来ていないが、先生に軽く手で押されると痛みで目尻に涙が浮かぶ。

「痛むだろうけど、これくらいなら保健室で治癒魔法で処置すれば完治すると思う。まずはそれからだね。後で君達から話を聞くから。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

声だけカワイイ俺と標の塔の主様

鷹椋
BL
※第2部準備中。  クールで男前な見た目に反し、透き通るような美しい女声をもつ子爵子息クラヴィス。前世を思い出し、冷遇される環境からどうにか逃げだした彼だったが、成り行きで性別を偽り大の男嫌いだという引きこもり凄腕魔法使いアルベルトの使用人として働くことに。 訳あって視力が弱い状態のアルベルトはクラヴィスが男だと気づかない。むしろその美声を気に入られ朗読係として重宝される。 そうして『メイドのリズ』として順調に仕事をこなしていたところ、今度は『無口な剣士クラヴィス』としても、彼と深く関わることになってしまって――

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

英雄の溺愛と執着

AzureHaru
BL
転生した世界は前世でどハマりしたBLゲーム。最推しは攻略対象!ではなく、攻略対象達の剣術の師匠である、英雄の将軍閣下。メチャクチャイケオジでドストライクだった主人公はこのイケオジみたさにゲームをやっていた。その為に、ゲームの内容など微塵も覚えていなかった。 転生したからには将軍閣下を生でみないとというファン根性で付きまとう。 付き纏われていることに気づいていた将軍だか、自分に向けられる視線が他とは違う純粋な好意しかなかったため、戸惑いながらも心地よく感じていた。 あの時までは‥。 主人公は気づいていなかったが、自分達にかけらも興味を持たないことに攻略対象者達は興味をそそられ、次第に執着していく。そのことにいち早く気づいたのは剣術指南役の将軍のみ。将軍はその光景をみて、自分の中に徐々に独占欲が芽生えていくのを感じた。 そして戸惑う、自分と主人公は親子ほどに歳が離れているのにこの感情はなんなのだと。 そして、将軍が自分の気持ちを認めた時、壮絶な溺愛、執着がはじまる。

悪役令息に転生したのに、ヒーローもヒロインも不在で、拾って育てた執事が最強なんだが……なんで?!

はぴねこ
BL
前世の弟が好きだったゲームの世界に、悪役令息として転生してしまった俺。 本来なら、ヒロインをいじめ、ヒーローが活躍するための踏み台になる…… そんな役割のはずなのに、ヒーローともヒロインとも出会えない。 いじめる対象すら見つけられない新米悪役令息とか、ポンコツすぎないだろうか? そんな俺に反して、子供の頃に拾って育てた執事は超優秀で、なぜか「悪役執事スキル」を着実に磨いている。 ……いや、違う! そうじゃない!! 悪役にならなきゃいけないのは俺なんだってば!!! 

呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

結衣可
BL
呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

精霊の神子は海人族を愛でる

林 業
BL
海で生活し、人魚とも呼ばれる種族、海人族。 そんな彼らの下で暮らす記憶喪失の人族、アクア。 アクアは海人族、メロパールと仲睦まじく暮らしている。 ※竜は精霊の愛し子を愛でると同じ世界です。 前作を見ていなくとも読めます。 主役は別です。

俺がこんなにモテるのはおかしいだろ!? 〜魔法と弟を愛でたいだけなのに、なぜそんなに執着してくるんだ!!!〜

小屋瀬
BL
「兄さんは僕に守られてればいい。ずっと、僕の側にいたらいい。」 魔法高等学校入学式。自覚ありのブラコン、レイ−クレシスは、今日入学してくる大好きな弟との再会に心を踊らせていた。“これからは毎日弟を愛でながら、大好きな魔法制作に明け暮れる日々を過ごせる”そう思っていたレイに待ち受けていたのは、波乱万丈な毎日で――― 義弟からの激しい束縛、王子からの謎の執着、親友からの重い愛⋯俺はただ、普通に過ごしたいだけなのにーーー!!!

処理中です...