事なかれ主義の回廊

由紀菜

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15.魔力の飽和

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あれからひと月が経った。ネイチャード王子のあの言葉を時折思い出してはどういうことだろうかと考える。ヨアの魔力が強すぎる故の懸念か、流れ弾に気を付けろと言いたかったのか。そして、態々ハグの真似事をして耳に囁かれた感触が蘇り鳥肌が立った。王族の距離感おかしいだろう。

ヨアは通常運転で「あのペテン師王子に何かされなかったか」と一度聞いてきただけだった。その不敬極まりない呼び名はともかく、ハミルトンではなくネイチャード王子の方を警戒していたのは不思議だった。一応、知りたいだろうかと思ってハミルトンの様子を教えたが、「自業自得だ」と全く興味無さげだった。

今日も平和に授業をこなす・・・はずだった。選択授業の魔法の授業はいつものように晴れ渡る校庭で行われた。十メートル先の弓の的のような小さな円板に、自分で繰り出せる、操れる物を何でもいいから魔法で当てる練習だった。それができたら次は二十メートル先の的に挑戦する。

風属性持ちの生徒は、校庭の石ころを拾って(勿論この作業も手ではなく、風魔法で浮かせて)風力で飛ばすが飛距離が足らず難航していた。

水属性持ちは、そのまま水を掌から繰り出して噴出するが水の量が足りなかったり勢いが足りなかったり。

地属性持ちは、掌から出現させたツル植物を地面に植え付けると、そのまま急成長させて的まで伸ばそうとするも的の位置まで上手く伸ばせず別方向に行ってしまった。

生徒は各々苦戦していたが、風と地属性持ちのカイーザ=マルレットと、俺と同じ水属性持ちのロバートは上達が早く、すんなりと十メートルの的に当てていた。
そしてヨアにとっては朝飯前なのだろうが、火の玉を飛ばして一発で当てていた。いつもながら凄いなと感心している場合では無い。これではいつまで経ってもヨアに追いつけない。消防車のホースをイメージして水を噴射させるも魔力が足りないのか的の手前で途切れてしまう。本当は氷の矢を放つといった、格好良い技を繰り出してみたいものだが、今の俺では氷魔法はまともに扱えず、角張った氷を掌の上で数個出現させるので精一杯である。

「ランバート、水を押し出すのではなくて、遠くの焦点に合わせた管に水を流し込むイメージだと上手く行ったよ。やってみて。」
先ほど成功していたロバートがこちらにやってきてアドバイスをくれた。同じ水属性を持つ俺らは自然と互いに魔法の扱い方について情報共有する仲になった。俺は素直に、言われた通りイメージして水を出してみる。さっきより距離が伸びて、的の右側に逸れた。
「うお、飛んだ!ありがとうロバート!後は着地点のコントロールだな」
「言ってすぐに実現できてしまうランバートもすごいけどね」
紳士の模範のような柔和な彼は、お礼も軽く受け流して颯爽と二十メートルの的の方へ向かった。

「ヨアゼルン、どうした?」
少し戸惑うような、焦りも混じった、魔法教師のシャルメイの呼び掛けが耳に入って振り返る。
既に二十メートル先の的へ向き合っていたヨアは、火の玉を不規則なリズムでいくつも出していて、ボ、ボボボ、ボッボと、まるでガスが漏れて暴発しそうな音が出ていた。嫌な予感がして彼に駆け寄ると、火が出ている右手を必死に左手で押さえつけているようだった。
「ヨア?!どうした、腕が痛いのか?」
俺の声が聞こえていないのか、返事すらできないほど何かに苦しんでいるのか。彼はこちらを見向きもしないで何かに耐えているようだった。俺より少し先に駆け寄っていたシャルメイが呟く。
「まずいな。魔力暴走だ。」
魔力暴走?!魔力暴走って、魔力が膨大に自分の中に溜まり過ぎた結果、爆発的に放出されてしまう現象のことだ。対策と言えども、暴走の予兆を自身で見極められるようになったら魔法へ変換して少しずつガス抜きするしかない、と習ったのみで、そんなもの対処法でしかないのだ。つまり、起こってしまえば止める術はない、ということだ。

あたふたする俺にシャルメイが落ち着け、と宥める。
「ランバート。全員にできるだけヨアゼルンから離れた場所へ走るように伝えなさい。私が彼の周囲に防御の結界を張ります。」
ヨアを除く生徒十七名の避難のために転移魔法を施すには魔力の消耗が激しくなる。彼の暴走する魔力量が計り知れない今、守りの結界に特化して魔力を注いだほうが良いとの判断だ。
「・・・!ヨアは、大丈夫なんですか?!」
ヨアの暴発した魔法が周囲に及ばないように結界を張ったとして、彼自身は大丈夫なのだろうか?
「安心しなさい。基本的に自分から出された魔法が自身に向けられることは有りません。もう時間がない、早く!」
先生に急かされ、俺は彼の言葉を信じて走り出した。生徒らに声を張り上げながら全力疾走する。乱立した木々に避難したくなるのは人間の自衛本能だろうか。皆、学園敷地を取り囲む森へ向かって走った。

それからの出来事は、何とも現実味に欠けていた。まるで戦地に赴いて爆弾投下を目の当たりをしたような、それほどの衝撃で炎が爆風に乗って巻き起こるのを唖然として見届けるほかなかった。魔力の消失と同時に倒れ込むヨアに、魔力で練られた見えない盾で自身を護ったシャルメイが駆け寄る。後から他の教師らもやってきて俺達の安否確認をし、ヨアはあっという間にどこかへ運ばれてしまった。おそらく医務室だろう。

次の授業の開始時間は過ぎていた。今すぐ医務室に行きたかったが教師らに止められ、教室へ誘導されたため仕方なく従う。結局放課後まで彼は戻って来ず、担任のミモレディ先生に聞いたところ彼は家から迎えが来て帰ってしまったと言う。そうして俺はこの日初めて彼の家へ訪ねようと決めたのだった。


◇◇◇

黒い。屋敷全体が黒い。ヨアと初めて関わったあの日の放課後は、高い木々で囲まれた正門まで送り届けたのみで、建物自体を見たわけではなかった。貴族同士の付き合いは特に、緊急事態でもない限り家まで訪ねるのは相手側から招待された上で、というのが常識である。

俺は今まで何度もヨアを家に招待してきたが、逆にこちらが招待されたことはない。招待されたら次はホストとゲストを交替してもてなすのが通常の貴族間の交流というものなのだが。おそらく、いや、絶対に俺は歓迎されていないだろう。呼ばれていないのだから。

でも自分には訪ねる理由がある。正門まで出迎えてくれた初老の男は執事のドルーフと名乗った。
「これはこれは。ランバート様。いつもうちのヨアゼルンがお世話になっております。」
「初めまして、ドルーフさん。便りもなく押しかけてすみません。」
「いえいえ、こちらこそ、私としましてはランバート様を正式にお招きしたかったのですが、当主は家に人を呼ぶのが苦手な人でして。坊ちゃんにご用事でしたかな・・・残念ながらまだ眠っておりまして、わざわざお越しくださったのに重ね重ね申し訳ありません。」
現当主のダスクウェルは、確かに人を寄せ付けない傍若無人な雰囲気を纏っているとウェイトンから聞いたことがあるが、その通りなのだろう。

「ヨアゼルンが魔力暴走で倒れたのをこの目にしたので心配で来てしまいました。一目見るだけでもいいので、会わせてもらえませんか?」
「坊ちゃんにご友人思いの優しいお友達ができて、私はとても嬉しく思います。会わせて差し上げたいのは山々なのですが・・・まだ、魔力の余波が残っているようで彼に近付くのは危険なのです。」
魔力の余波?まだ魔力が漏れ出てるってことだろうか?
「ドルーフ。その子を入れてよいぞ。そろそろ魔力が完全に切れる頃だ。ベッドにかけた結界を強化するから心配いらぬ、わしが対処する。」
ドルーフの後ろから背中まで伸びる銀髪を後ろで結え、鼻から下を布で隠した老齢の男が現れた。俺と目を合わせると自己紹介を始めた。
「わしはヨアゼルンに魔術を教えておる。名をリーシャという。」
「は、初めまして。ヨア・・ゼルンの友人のランバート=アルフレイドです。」
ドルーフは大層驚いた様子でリーシャを見つめる。
「リーシャ殿。よろしいのですか?では、ランバート様、坊ちゃんの部屋までご案内します。」
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