事なかれ主義の回廊

由紀菜

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16.不思議な光

案内されたヨアの部屋は二十畳ほどの広さで、ベッド、机、本棚、クローゼット以外の物は置かれておらず、シンプルで味気ないレイアウトは彼の何事にも淡白で興味の薄い性質を実に表している。窓際のベッドに横たわる彼を見て、反射的に駆け寄ろうと足を踏み出すも、一緒に入ってきたリーシャに止められる。
「ランバートよ。結界を二重に張るから少し待っていなさい。」
リーシャは右手を上げると、短い詠唱をブツブツ呟き、ベッド周囲に半透明の膜が形成された。
「よし、これなら結界内に入っても護られるから安心なさい。」
どういう理屈なんだ?もしかして、結界からヨアの魔力が漏れ出ないようにしつつ、結界に入った人間にも保護シールドがかけられる、とか?そんな複雑な指定を魔術に組み込めるのか。ヤバいなこのじいさん、只者じゃない。

ヨアに近付いていいと言われ、遠慮なくベッドまで歩いた。魔力だけでなく体力も消耗したのか、酷い汗をかいている。目立った外傷はなさそうで、俺は安堵に息を吐いた。
「お主、属性は・・・水と氷か。どの程度扱えるのじゃ?」
「えっ、なんで知ってるんですか」
ヨアから聞いたのだろうか?
「わしには魔力が見える。」
見える?極めた剣士が相手の力量を推し量れるように、高位な魔術師であれば大体の相手の持つ魔力量が見えるようになるとは聞くが、属性まで見えるとは、これいかに。
「えぇと・・・氷の方は全くで・・・水の方は最近マシになって出せるようになってきましたが、コントロールはまだまだです。」
「そうか。お主の魔力量は決して悪くないぞ。上手く使いこなせれば上級魔術師も目じゃない。」
「ほ、本当ですか?!」
信じられない。だって、上級魔術師になれそうな素質って、ヨアみたいな奴を指すんじゃなかろうか…。そんな俺の疑念を読んだリーシャがヨアを指差す。
「こやつを基準にするでないぞ。ヨアゼルンは生まれ持った魔力の質が違う。それはどうにも出来ないが、努力次第で何とかなるもんじゃよ。魔力量さえ十分にあればな。」
「そういうものなんですね…強く、なりたいです。こいつに負けないくらいに。」
俺はどうしてしまったんだろうか。前世では誰よりも勝りたいとか、目標を高く、なんて柄では無かったのに。強くなったところで、騎士になりたいわけでも戦場に出たいわけでも無いのに。それでも周りが何かしらの意思を持って切磋琢磨する者達ばかりだからか、感化されてしまったようだ。
「ふぉっふぉっふぉっ、よいの。その心意気を大事に持っていなさい。お主には更にもっと秘めた力が顕れるだろうよ。」
リーシャと俺の間に和やかな空気が流れ始めた頃、小さい呻き声が横から聞こえた。ヨアが目を瞑ったまま眉間に皺を寄せて辛そうにしている。
「おや、まだ出し切っておらんかったかの。」
意外そうに僅かに目蓋を上げたリーシャがヨアをジッと見たかと思うと、目に止まらぬ速さで左手首に下げていた水晶のような透明な大きな石を通したブレスレットを手に握ってヨアに向けた。空気に呼応するかのようにその透き通った石が、墨を混ぜるように少しずつ、黒く濃く変化した。
「想定しておった最悪の状況に陥ったな。その場を動くでないぞ。」
「え?」
間も無く、ヨアと俺たちの間にガラスにひびが入ったような音がすると、目の前のヨアと隔たるように蜃気楼のような大きなモヤがかかった。
「く・・・空間が歪んでいる・・・」
それはモヤではなかったと気付くのに時間はかからなかった。自分の足先の床が隆起していたからだ。だがバランスを崩す事なく難なく直立している。

罅の入る音が更に大きくなった。音がする方に視線を移すと、ヨアの頭上に大きな空間の裂け目ができて、そこから目玉が三つ現れた。
「うわっ!!」
トカゲに似た形をした大きな体に、三つの目。長い尻尾も全部裂け目から出てくる前にリーシャが頭に光を放って撃ち落とした。今のは雷光だろうか?
平和に生きてきたランバートは、生まれて初めて魔物を目にしたのだ。しかし、隣にとんでもなく強そうな魔術師がいるからだろうか、不思議と恐怖に怯える事はなかった。
「何がどうなってるんだ…」
此処は武爵フィアラルド家の屋敷の中だ。陥落を許さぬ万里の長城の如く、セキュリティも万全だろうに。現れた魔物も、倒していない俺が言うのも何だが、低レベルの雑魚だろう。そう考えている暇もなく、今度は赤毛のヒグマのような獣が現れた。前の世界の熊と違って黄色く長い牙を持ち、体毛は針のように硬質のようだ。この魔獣も、リーシャが飛ばした大きな火の玉で一瞬にして焼け焦げ死んだ。

空間の裂け目は更に広がり、天井までの高さになった。そこから一体ずつ出てきていた魔物が、一気に三体に増えた。それぞれ蛇、ダチョウ、蛙に似た様相だったが、これらも氷でまとめて凍らせてから炎や雷で止めを刺す。

爺さんや、其方はどんだけ属性持ってるの?
そんな強すぎるリーシャでも今度は五体に増えると、多勢に無勢で部屋の中だけでは闘いにくくなってきたし(俺やヨアに攻撃が当たらないように配慮しなければならないため)、何も出来ない俺はリーシャの足手纏いにならないよう逃げるべきかと冷静に考え始めた。彼も同じ考えだったようで、
「お主、この部屋から出なさい。魔を封じる結界をこの部屋全体に張った。この程度の魔物達であれば此処から出られまい。廊下にドルーフか他の使用人が控えているはずだからこの状況を説明しといてくれ。・・・光魔法ならこの境界を塞ぐことができよう。」
と闘いながらの会話と思えないほどのんびり声を掛けてきた。いつ結界張り直したんだろう・・・。ヨア1人を護りながらなら、リーシャ一人で対処できると思っての指示だろう。ただ守りに入るだけだと消耗戦になるのでは、と不安だったが成程。光魔法でこの裂け目をどうにかできるみたいだ。

「分かりました!すぐ応援を呼びます。」
自分にも喝を入れるように大きく返事した直後だった。リーシャが五体の魔物を片し、また三体追加されたのを対応していたが、トンビの姿をした鳥獣が更に飛び出し天井を旋回したかと思うと、ヨアに向かって降下したのだ。リーシャはそれも目でしっかり捉えて攻撃で止めようとしていたし、俺は何もしなくとも彼は無事だったろう。だが、無防備な子供に迫る敵意を見て、反射的に身体が動いてしまった。

彼を助けたい一心で手を伸ばし、体を巡るありったけの魔力を押し出した。そう、いつもなら水や氷をイメージして出力するはずが、咄嗟の出来事に怠って粗雑な魔法への変換になっていた。いや、魔法へ変換できていたのかさえも怪しい状況だった。

当然水も氷も出現しなかった。だが、体の中に渦巻く魔力が外に出ている感覚はしっかりある。どうしてと困惑する余所で、足元が暖かくなるのを感じた。下を見ると床から自分を囲う円が浮かび上がり、目を覆いたくなるほどの光量を発した柱が立ち昇った。

何だこれは?まるで光を纏った砂塵が舞い上がったかのように、ランバートの身体を護るように膜を成した。リーシャは寸分違わずトンビの鳥獣を仕留め、光の柱を見上げて感嘆の声を上げる。光による目の眩みなのか、魔力をいつになく放出してしまったからか、その後の展開を知ることも叶わずに俺は意識を手放した。

閉ざす視界の端で、ヨアに光の粒が降り注ぐのを最後に見た気がした。

◇◇◇

ランバートが目を覚ましたのは、それから小一時間が経った頃だった。ドルーフとメイド2人が俺が眠っていたベッド近くに控えていた。俺は先程居たヨアの部屋から運ばれ他の場所で休んでいたようだ。ヨアは何事もなかったが、まだ眠っているらしい。体にどこにも不調がないことを伝えると、ドルーフに指示されたメイドがリーシャを呼びに出ていく。

程なくしてリーシャがやって来ると、開口一番にこう言い放った。
「ドルーフよ、ワシはランバートと二人で話がしたい。外してくれるか。」
それ以上は物言わぬ様子にドワーフは理由を聞けずにメイドを連れて静かに退室した。リーシャは真剣な眼差しで上体を起こした俺を見下ろす。
「お主。倒れる時のことを覚えておるか?」
あんな強烈な出来事、忘れられるわけがない。起きた時から軽く頭痛がしているが、脳内再生できるくらいにははっきりと覚えていた。
「はい。鳥獣がヨアへ向かって飛んだので咄嗟に魔力を出そうとしました。でも、攻撃も出来ずに代わりに光が現れて・・・あれは何だったんでしょう。」
「あのような光を見るのは、初めてか?」
「・・・初めてです。よくあることなんですか?」
「いや、あれほどの光はワシも初めてじゃよ。あれは、光魔法に似通った力の具現じゃろうな。」
光魔法?一体どこから?浮かんだ疑問をそのまま投げかけると、リーシャは黙り込んでしまった。
「ランバート。これから話す事はワシの推測の域を出ない事柄じゃ。話半分に聞いて欲しい。」

俺がしっかり頷くのを確かめて、リーシャは語り始めた。
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