この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉

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番外編 四・ニエルが欲しいものは……?

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 季節が巡るのは早い。葉月に入り、暦は立秋を迎え、ニエルの二十回目の誕生日まであと三週間。昨年、ユージンは祖母の形見であるペンダントを贈ったので、今年はどうしようかと考え始める。
 服は下心が透けて見えると引かれる恐れがあり、宝飾品は彼自身が華美なため不必要だろう。数年前に婚約指輪を作ろうと提案した際も、勿体ないからいらないと断られている。倹約家の母から質素に暮らすよう言われている彼は、食べ物以外はあまり受け取らない。
 ニエルが大食漢になったのは、プレップスクールに通っていた十年前まで遡る。当時、彼はよくタルト専門店に通っていた。季節の果物をふんだんに使ったタルトがショーケースに並び、春は苺、甘夏、オレンジ、さくらんぼ、キウイフルーツ、夏はメロンや西瓜、葡萄、マンゴー、パイナップルと目移りするほど種類が豊富だったという。
 店の近くを通るたびに、父や祖母にねだったり、手伝いをした御駄賃を貯めて買いに行ったりしていた。今日は林檎、次はバナナ、やっぱりブルーベリーと楽しそうに選ぶ姿が目に浮かぶ。
 しかしある日、度重なる天候不順と発育不足による原材料高騰の影響で、タルト専門店は閉店を余儀なくされた。自分がもっと頻繁に通い、宣伝したり差し入れしたり力を入れれば、店は残っていたかもしれないとニエルは落ち込んだ。
 それ以来、彼は新しい店ができると必ず足を運び、客足が安定するまで通って支えるようになった。値段に関わらず、好みの味を見つけると、その店が潰れないように定期的に購入している。味見をしないと人に勧められないと、食べ歩きをするうちに胃袋が大きくなったようだ。

「ニエル。何か欲しいものはある?」

 北東にあるアイアンズ家の領地視察をした帰り。町の中心部では、納涼祭を開催しているらしく、露店が通りにずらりと並んでいた。ニエルは真ん丸い瞳を輝かせ、一つ一つ楽しそうに覗き込んでいる。片手で食べられる肉や野菜の串焼きから、焼きとうもろこし、イカ焼き、じゃがバター、猪肉のステーキ、氷菓子。その他にも、職人が手がけたバードホイッスルや、幾何学模様の刺繍が施された手巾など様々な品が並んでいる。

「あー、誕生日か?」
「うん」
「俺が欲しいって言えば、入手困難なものだろうとも用意する気だろ。死に別れたのに、俺を呼び戻すくらいだもんな?」
「僕が君を選んだんだから、当然だよ」

 ニエルにはいつまでも隣で笑っていてほしい。そんな彼が欲するものなら、是が非でも手に入れたい。たとえ地の果てだろうとも、何がなんでも探しに行くつもりだ。

「俺はお前から頼まれても、平気で断るけどな?」
「ハハ。それは想定済みだし、君と結婚できたことこそが僕にとっての最大の幸運だから、一緒にいられるならそれ以上は望まないよ」
「はいはい」

 聞き飽きたと言わんばかりにあしらわれる。けれど、ユージンを見る表情は穏やかだ。

「それで、考えてくれた?」

 ニエルは大きく頷いた。

「ああ、決めたよ。チートキャラでも料理は上手いのか知りたい」

 意外なリクエストに呆然としてしまった。花嫁修業と称して料理を学んでいた彼とは違い、ユージンは、食材を調達することはあっても包丁を握ったことはない。作ろうと思ったことすらない。

「そんなことでいいの?」
「うん。その代わり、料理は俺が指定していいか?」
「もちろん」

 料理をした経験はないが、ニエルが作る姿をただ眺めているのは好きだった。今度は、自分が調理しているところを、彼が見守ってくれるのだと思うと、その嬉しさから心が躍りそうになる。見つめられたい。

「ユージンは料理初心者だよな」
「そうだよ」
「チーズ入りの大きなハンバーグが食べたいんだけど、できるか?」
「挑戦してみる。他には?」
「え? 大丈夫か?」
「うん。任せて!」

 すごいと彼から褒められたいので、もっとリクエストしてほしい。ニエルは少しだけ考えると、花が開くようにパッと笑顔になった。

「それなら、オムライス! エビフライとサラダを添えて、お子様ランチ風にしてほしい。でも、初心者には大変だから無理しなくていい」
「練習するよ。君のご両親もいらっしゃるからね」

 二十回目の誕生日も、ガルフィオン伯爵家で盛大なパーティーを開く予定だ。そこで、ニエルのために料理を披露することになるだろう。

「そんな時間、あるのか?」

 ニエルにそう問われてユージンは頷いた。領地視察に、広大な土地の管理、日々山のように送られてくる報告書への目通し、貴族社会につきものの会食の誘いへの対応、社交界の肝でもあるパーティーへの参加――。
 ユージンのスケジュールはまさに分刻みといっても過言ではない。そこへ、新たに調理を加えるのは、正直なところかなり厳しい。しかし、他でもないニエルの切なる頼みならば、睡眠時間を削ってでも叶えてあげたい。愛するニエルのためならば、どんな苦労もいとわない。

「明日は一日中、執務室に缶詰めになるだろうから、昼休憩に気分転換がてら作るよ」

 それを耳にした途端、ニエルはユージンに詰め寄った。

「見学しに行ってもいいか?」
「もちろん、喜んで」

 明日は用事があって終始不在のはずなのに、わざわざ見に来てくれるというならば、俄然やる気が漲ってきた。最高級の食材を手配し、腕によりをかけて美味しい料理を作って喜ばせたい。そう決意したユージンは、さっそく明日のための食材調達に取りかかった。


 翌日。正午をとうに過ぎたアイアンズ家の広々としたキッチンルーム。昼食の提供を終え、使用された調理器具や食器類はすべて綺麗に片付けられ、整然とした空間が広がっていた。そこに、ユージンとニエルは向かい合う形で佇んでいた。

「で、何を作るんだ?」
「まぁ、見ててよ」

 カウンター越しに身を乗り出して、ユージンが作業する手元を覗き込んでいるニエルは、まるで無邪気な子どものように興味津々といった様子だ。その愛らしい姿に、ユージンの胸は高鳴っている。可愛い。
 まず始めに、ボウルと菜箸を準備し、冷蔵庫から茶色い見た目の卵をいくつか取り出す。コンコンとボウルの縁に卵を叩きつけ、割ろうとしたものの上手く割れずに、無情にも卵の中に殻が交じってしまった。これで三個目だ。さすがに三回も失敗しているため、ユージンは慌てることなく冷静に、菜箸で卵の殻を取り除いた。

「ユージン。俺が初めて、玉子サンドを作ったときよりも酷いな?」

 ニエルは楽しそうに目を細めている。その茶目っ気たっぷりな笑顔を見て、ますますやる気が満ちてきた。菜箸で卵をかき混ぜる手にも力が込もり、卵液が周囲に飛び散ってしまった。

「あーあ、ほら、飛ばしてるって!」

 ニエルはケラケラとおかしそうに笑いながら、ユージンの失敗を指摘した。

「教えてくれる?」
「えー、どうしようかな?」

 わざとらしく腕を組み、彼は小首を傾げている。可愛い態度に唇を奪いたくなる。

「今晩はローストビーフをご馳走するよ」
「仕方ないなぁ」

 ローストビーフと耳にした瞬間、待ってましたと言わんばかりにニエルはにやりと笑みを浮かべた。カウンターをぐるりと回ってユージンの隣に移動してくる。
 さっきまでは距離があったのに、今は触れられそうなくらい近くにいる。結婚してからは、パーソナルスペースが狭まったのか、ぴったり寄り添ってくれるようになった。思わず隙を狙って唇を奪うと、「時間ないだろ!?」と怒られたので、早々に諦めコツを聞いた。
 卵は箸で白身を切るように混ぜると、黄身と均一に混ざるというので、指示された通りに手を動かす。ところが、そうではないと止められてしまった。

「違う違う、こうだよ」

 手つきが乱暴だと注意され、ニエルがお手本を見せてくれた。滑らかで無駄のない手つきに見とれる。

「やってみて」
「こうかな?」
「そうそう。その調子!」

 ニエルの手本を思い浮かべながら、箸で卵を切るように混ぜると、及第点だったのかようやく褒められた。

「味つけは、どうしたらいい?」
「俺の好みでいいのか?」
「うん」
「玉子焼きもオムレツも、甘いほうが好きかな」
「わかった」

 調味料の中から出汁、砂糖、塩を選んで加えた。具材入りのオムレツを作るつもりだったので、冷蔵庫からたまねぎを一つ取り出す。たまねぎはまず、茶色の皮を剥かなければならない。手で一枚一枚剥ごうとするも、なかなか取れなかった。

「両端を包丁で切ると、剥きやすくなるよ」
「……本当だ。いてっ!」

 皮を剥いたたまねぎを包丁で切ろうとすると、つるっと滑ってしまい、指先に刃が当たってしまった。左手の指先から血がじわじわ滲んでくる。

「大丈夫か!? 手当てするから見せて」

 ニエルは、傷口を確認してから水で流し、ポケットに入れていた傷薬と絆創膏を取り出した。予め準備してくれていたらしい。

「ありがとう」
「当たり前だろ? 俺のために練習してくれてるんだし」

 実際にユージンが怪我をすると、ニエルは笑うどころか真剣な眼差しになり、すぐさま手当てしてくれた。これだから好きになるのを止められない。心配してもらえて嬉しい。

「オムレツに入れるなら微塵切りだろ? こうやるんだよ」

 包丁を握ると玉ねぎを半分に切り、切り口を下にし、慣れた手つきで横、縦と包丁を入れ、向きを変えて切るとあっという間に細かくなった。それと同時に涙目になった。

「うっ、目に沁みる……!」
「大丈夫? うわ、本当に沁みるね」

 玉ねぎにやられながらも、ユージンは見様見真似で微塵切りすると、玉ねぎの他に豚のひき肉、チーズを卵液に加えた。
 熱して油を敷いたフライパンで焼いている最中、形成に手間取りスクランブルエッグのようになってしまったが、こうして初めての料理を完成させた。器に盛りつけ、箸とともにニエルに手渡す。

「どうかな」
「……うん。味はいい。味は」
「よかった。僕も味見していい?」
「ほら、あーん」

 口を開けて待っていると、ニエルは食べさせてくれた。卵やひき肉、玉ねぎなど、入手できる範囲で最高級の食材を準備したので、当然ながら美味しい。

「もう少し食べたい」
「はいはい。俺はユージンと違って、食い尽くし系じゃないからな」

 初めてニエルが玉子サンドを作った際に、一つ残らず食べ尽くしたことを蒸し返される。あのときは、あのニエルが作ったのだとついつい感慨深くなってしまい、気がついたら完食してしまったのだ。あれから、事あるごとにちくちく責めてくれるので、本能に従って行動してよかったなと今でも自分を褒めている。理由はどうあれ、ニエルに揶揄され喜んでいた。

「けど、これはオムレツじゃないぞ?」

 所々、塊になっているとはいえ、完成させたのはオムレツとは呼べない代物だ。けれど、ユージンは余裕を見せている。

「もっと練習するよ」
「お子様ランチ、完成させられそうか?」
「まだ三週間あるから大丈夫」
「そっか。また試作するなら食べさせてよ」
「いいよ」

 美味しい食パンを用意していたので、オムレツもどきを挟んで、ケチャップで味つけし、サンドイッチにする。二人で食欲を満たす。それだけでは足りないだろうと、余った食材でニエルは炒飯を作っていた。
 こうして楽しい楽しい、ユージンの昼休憩は終わった。
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