この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!

ゆずまめ鯉

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番外編 三・ニエルの記憶を取り戻せ!

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 張り込みを開始して二時間。大木の間に身を潜めながら前方を注視していると、別の方角を見ていたニエルが囁いた。

「ユージン、なあユージン。あそこ、見てみろよ」
「ん……?」

 シークエンス家から数メートル離れた位置にある電柱の陰から、シークエンス家の様子を窺っている人物が見えた。本人はそのつもりはなさそうだが、黒いローブ姿なので目立っている。

「……あれって、ヒーラーだよな……?」
「うん。そうだね」

 どうやら、ヒーラーことシシリー・シークエンスも、ルパートの様子を窺っているようだった。もしかすると、売上金を取り返したものの、犯人が水晶玉を割ったせいで記憶を失い、ルパートは売上金を所持したまま実家に帰ってきた可能性が浮上してくる。しかし、身内であるはずのヒーラーが、なぜルパートから隠れているのか、ユージンには理由が思い浮かばなかった。

「接触してみよう」
「ああ」

 音を立てずに背後から公園を出て、大きく遠回りしてからシシリーが隠れている電柱に近づく。ユージンが声をかけようとすると、彼女はぱっとこちらを振り返った。

「シシリーさん。探しましたよ」
「珍しい。初めて名前を呼んでくれましたね?」
「あの、それどころではないんですけど」
「ええ、わかっています。でも、売上金を回収しないと、戻れないんです」
「と、いうと?」
「水晶玉を修繕するにも、費用が必要なんです」

 それくらい出しますよ、とユージンは言いかけたが、シシリーが先に口を開く。

「寄付じゃダメなんです。対価として正式に得たものでなければ、元通りには戻せません。もしも寄付でやってしまうと、今よりもっとおかしな世界になります」

 随分面倒そうだが、それなりの制約があるらしい。

「なんかよくわからないけど、俺も協力しますよ」
「あら、ニエルさんもいらしてましたか。今日はとくに素敵な装いですね? 私も好きなんですよ、探偵アニメ。おっと失礼」

 シシリーに褒められたニエルは満更でもなさそうに鼻を掻いたが、ユージンが微妙な顔をしていることを察したのか、すぐに謝罪した。

「一人でなんとかしたいところでしたけど、背に腹は替えられないので、申し訳ないですがお願いします」
「売上金はルパートさんが所持している、で間違いないんですよね?」
「そうです。隠し場所さえわかれば……しかし、私は、あの家には入られないんです」

 どういう事情があるのか気になったが、探偵服姿とその相棒と黒のローブという、目立つ格好の三人組なので、ここで話をするなら手短に済ませる必要がある。

「ミゲルくんに協力を仰ぎます」
「本当ですか!? それは助かります! あの子も素直でいい子なんですけどね、でも、兄に筒抜けになってしまうので接触できなかったんですよ……」

 映画を見た帰りのミゲルに声をかけ、ルパートの部屋にある鞄をこっそり公園まで持ってきてもらうよう頼むことで話はまとまった。念のために、ユージンらが宿泊しているホテルの部屋番号を伝えておくと、ヒーラーも同じホテルだというので部屋番号を聞いておいた。
 ヒーラーと一旦別れ、ミゲルを発見したのでルパートの部屋にある鞄を入手してもらった。しかし、公園に移動して中身を確認しても、売上金は入っていなかった。ミゲルに鞄を戻してもらうよう頼んでからヒーラーの待つホテルのロビーへ向かう。

「すでに移されたあとだったのか、鞄は空っぽでした……」
「使われる前に、なんとか回収しなければならないのに……!」

 シシリーが、甥であるルパートに接触したがらない理由はわからない。けれど、このままでは取り返しのつかない事態に発展する予感がしたので、ユージンは、直接ルパートに問いただすことにした。

 その日の夕方。フレデリカの付き添いでシークエンス家にお邪魔し、ルパートが帰宅するまで居間で待機させてもらうことになった。両親は隣町で公演中とのことで、ミゲルの祖母が食事を作りに来ているという。フレデリカを夜遅くまでは引き留めておけないので、そろそろ送りに行こうとしたところで、疲れた様子のルパートが帰宅する。

「初めまして、ルパートさん。あなたを探していたんですよ」
「……どちらさまですか?」
「ニエル・ガルフィオンと、こっちはユージン・アイアンズです。俺は、フレデリカの従兄弟です」
「フレデリカの従兄弟さんが、どうして私に……?」

 当然ながらルパートは警戒している。それもそのはずだ。探偵服姿とその相棒の格好をした、十代後半の見るからに怪しい二人組が目の前にいるのだから、訝しがっても不思議ではない。

「身に覚えのない、大金を持っていませんか?」
「ど、どうしてそれを……!? ああ、いや、そんなもの、も、持ってませんよ!!」

 明らかに動揺している。この反応は確実に所持していることを示している。ルパートは嘘がつけない人間のようだ。

「そのお金、本当の持ち主がいるんです。俺たちは、その人に頼まれて来ました」
「は、はあ? なに寝惚けたことを言ってるんですか、初対面なのに。そんなことを言う人は、どこの誰です?」
「……シシリー・シークエンスさんです」
「シ……シシリーさんッ!? 彼女は、今、どこにいるんですかッ!?」

 まさか、これほどシシリーの名前に食いつかれるとは想像していなかったので、ニエルは驚いている。

「一体、どこにいるんですか!? 探しているのに、どこにもいないんですよ!」
「どこにいるのか教えたら、お金は本人に返してもらえますか?」
「もちろんですよ!! 鞄の中にあんなに入っているとは思わなくて、預けに行ったんです。でも、受け取った記憶がないから、きっとシシリーさんに違いないのに、どういうわけか居場所がわからないんですよ!」

 勢いのままルパートはニエルに縋りつきそうになったので、ユージンは身を挺して守る。

「明日、場を設けるので、それで構わないですか?」
「会ってから一緒に受け取りに行きたいです」
「わかりました。明日の午後、カフェの前で待ち合わせしましょう」

 予定を取りつけ、ミゲルとフレデリカに礼を告げてから、フレデリカを自宅まで送り届けた。その足でまっすぐシシリーの部屋の扉をノックする。ルパートと会う約束を取りつけたことを打ち明けると、シシリーはどういうわけか震えていたものの、売上金のためだと諭すと渋々納得してくれた。どうしてシシリーがそういう反応をしたのかは、翌日、知ることになる。
 待ち合わせ場所へ三人で向かうと、先に来ていたらしいルパートが、こちらに気がつくや否や形相を変えて走ってくる。

「どうして会ってくれなかったんですか!?」
「え、いや、べつに……」

 あのヒーラーが圧倒されている。

(……なんだか、やたらと距離が近くないか……?)

 昨夜は、シシリーと再会したら一緒に受け取りに行くと主張していたのに、ルパートはすでに売上金を持参していた。金の入った鞄を、素直にヒーラーに渡している。無事に取り戻したので、シシリーはほっとしているかと思いきや、甥の勢いに負けているらしく、たじたじになっている。

「シシリーさん。現在、住んでいるところを教えてください。俺、聞くまでは絶対に諦めませんから」
「ええっ!? 困ったな……」
「迷惑かけませんから!」

 甥に押されて困惑している。このままではいつまでも付きまとわれそうだと判断したのか、シシリーは苦笑しながら店の名刺を手渡した。

「そのうち会いに行きますから!」

 そう叫んだルパートは、午後から外せない仕事があるからと、名残惜しそうに立ち去った。

「ふう。疲れました……。あの子、悪い子じゃないんですけど、なぜか疲れるんです」

 シシリーによると、店番をしていたルパートが犯人から金を奪い返したあと、失敗した男は逆上して店先で暴れたために水晶玉が割れ、パラレルワールドになったのだろうという見解だった。割れたことにより、男も記憶を失ったので、そのあとは大人しく出て行ったという。
 ことの経緯を説明してくれた。回帰後のルパートは、ユージンの証言通りにヒーラーの元で修業していたが、回帰前は劇団員をしていたという。だから、記憶を失った直後に港町へと戻り、劇団員として活動しようとしていた。忘れているのならば、そのまま劇団員として生きたほうが幸せではないのかと考えたシシリーは、なかなか甥に接触できずにいた。そんなタイミングで、ニエルとユージンが声をかけた。
 ルパートは、シシリーとの生活を忘れてしまっても探していた。しかし、どういうわけか、どこにいるのか知らなかったみたいだ。

(もしかして、甥に懐かれすぎたから、記憶を封じていたんだろうか……)

 あまり深く考えないようにした。

「甥との禁断の恋、とかいうやつなのか?」
「ニ、ニエル!」
「だってそうだろ。お前は気にならないのか?」
「世の中には、僕たちが気軽に突っ込んじゃいけない事柄もあるんだよ、ニエル」

 小声で注意していると、シシリーは答えてくれる。

「私とルパートですか? 心配しなくとも、血縁関係はないですよ。私は養子として両親に引き取られたので、弟とは血の繋がりがないんです」

 シシリーの外見は、どうみても二十代後半から三十代前半だ。年齢不詳のほかに、出自不明も加わってしまった。ユージンは、やっぱりあまり深く考えないことにした。

*****

 次の日。無事に売上金を取り戻せたので、ヒーラーと共に港町から戻ると、記憶が修繕されるのは、水晶玉を修理し、日付が変わってからだと言われた。だから、ガルフィオン家までニエルを見送った。見送ったというのに、もうニエルに会いたくなっている。待ち焦がれている。
 ひと眠りして目が覚めたら、いの一番に会いに行こうか、それともこのまま夜更かししようか。眠ることなく仕事で気を紛らわせていると、ニエルは早朝五時だというのにアイアンズ家に姿を現した。

「ユージン。今朝、目が覚めたら実家にいたんだけど、俺ってお前と喧嘩して、実家に帰ってたんだっけ?」

 不思議そうに首を傾げている。戻ってきたのだ。ニエル・アイアンズが無事に戻ってきたのだ。感極まったユージンは、腑に落ちないといった様子のニエルの体を、優しく労るように抱き寄せた。

「ユージン?」

 恐る恐る背中に腕を回して応じてくれる。久しぶりの抱擁だ。ぎゅっと力を込めて抱きしめると、ちゃんとアメジストのペンダントをしてくれているらしく、ユージンの胸元にごつごつとしたものが触れる。

「してないよ」
「そうか、それならよかった。久々に長い夢を見ていた気がするけど、あいにく内容は覚えてないんだよな。そういえば、実家のクローゼットの中に、買った覚えのない探偵っぽい服が増えててびっくりした」

 それを耳にしたユージンは、いち早く複数のインスタントカメラで撮った写真を現像したくなった。またコレクションが増えるので楽しみだ。ニエルに見られてしまったら、神妙そうな面持ちになることはわかっていても、どんな反応をするのか見せてみたい気持ちもある。
「ここにあったんだな、俺たちの結婚指輪」
 ベッドの脇に置いてあるサイドテーブルの上に、純金でできたシンプルな指輪が二つ並んでいる。お互いの名前のイニシャルと、結婚記念日を内側に刻印している。
「さっき家で左手を見たら、あるはずの指輪がないから、またうっかり失くしてお前と喧嘩してるんだと勘違いした」
「訓練前に外してただけだよ。手、出して」
「ん」
 ユージンは、慣れた手つきでニエルの左手を取ると、細長い薬指に光り輝く指輪を嵌める。左手の指輪を眺めてニエルは頷く。そんなニエルも、差し出されたユージンの左手を取ると、ニエルのものよりも少し大きな揃いの指輪を嵌める。互いの左手の薬指に結婚指輪が戻る。
 愛しの伴侶と無事に再会を果たしたので、ユージンは一安心した。

「ニエル。朝食まではまだ時間があるし、一緒にもうひと眠りしない?」

 普段、起床しているのは七時なので、まだ二時間ある。一人で寂しく寝ていたベッドに、早くニエルが加わってほしい。

「うん? 別にいいけど」
「ありがとう。愛してるよ」
「ハハッ、それは知ってるって!」
「何度でも言うよ。おかえり」
「ああ、ただいま!」

 服のままベッドに引き込むと、そのまま腕の中に閉じ込めて瞼を閉じる。ユージンは、ニエルの心音を胸に感じながら、ともに眠る幸せを噛みしめていた。
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