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5話「エミールの協力」後編
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匙で少量すくって紙に包み、他にもなにかないだろうかと探したが、時代が時代だけに使えそうなものはコンスターチ以外見つけられなかった。首都ゆえに市場を覗けば、安価なパウダーくらいは出回っているが、どれも安全性に欠けたものだと記憶している。よくて発疹や肌荒れ、最悪の場合は死に直結するものもあるので、コンスターチがあってよかった。
二階へと戻り包みを差し出すと、受け取ったエミールは紙を開いて粉の匂いを嗅いだ。
「これは?」
「コーンスターチといって、原材料は玉蜀黍です。これを血色のよすぎる部分に軽くはたけば……ほら、見てください。白くなりましたよ!」
「……本当だ」
「ただ、本来の用途は食用なので、肌に痒みや炎症などの症状が現れたら、すぐに洗い流してお医者様に診てもらってくださいね」
「わかった」
肌に直接はたきつけるため、万が一アレルギー反応が出ないとも限らない。事前に注意したところ、エミールは素直に頷いた。
「これからも、こうして施してくれる?」
「私がやらなくても簡単ですよ?」
筆の代わりに適当に折りたたんだ布につけて、ぽんぽんと血色のよい部分にはたきつけるだけだ。誰でもできる。やり方を説明するまでもないが、一応つける量など解説しているのに、どういうわけかエミールは首を振った。
「僕じゃ台所には入れない」
「それなら、多めに持ってきますよ」
「雨の影響からかこの部屋は台所よりも湿気やすいし、雑菌が繁殖するよ。それに、僕はこう見えても不器用なんだ」
なにかが引っかかったが、ミレアにはそれがなんなのか判断がつかなかった。
年がら年中雨が降るのは真実だが、湿気るほどではない。珍しく食い下がられたので不思議に思いつつも、そこまで粘るのならばとミレアは早々に折れることにした。
「……わかりました」
「ありがとう」
コーンスターチでうっすら白くなった頬をしているエミールは、いつにもなく真剣な眼差しをして見せた。エミールのもとに食事を運んでいるうちに、美しく端正な顔立ちは見慣れたはずだし、前世の趣味はコスプレで、綺麗な人には耐性があるはずなのに、ミレアはなんだか緊張してしまう。固唾を呑んでしまう。
「君のおかげで、ご覧の通り健康体を取り戻せたんだ。なにか困ったことがあれば、いつでも相談してくれてかまわない」
力になるよと突然言われ、ミレアは驚き固まってしまった。助けた人物から、その礼として恩返しされること自体は自然な流れだ。そこに違和感はない。継母やメイドに虐げられ、栄養失調になるほど追い詰められていた彼を、利用するためちょっとだけ親切にしたところ、ミレアが世話係として抜擢された。だが、亡き母親の遺産があるならば、別にミレアである必要はない。金を出せば味方になるメイドの一人や二人や三人、現れていただろう。金を騙し取られるリスクはあれども、年に数度、彼を訪ねてくる後見人という存在もいる。
どういう意図が見え隠れしているのか。自分に都合がよすぎないだろうか。考えてもミレアには分からなかった。
黒い仔猫を助けて激動の時代の下働きに転生させられ、おまけに断罪されるという結末を迎える予定だが、過酷な生活ながらも回避に向けて順調に進んでいた。
とりあえず頷くことにした。
「……はい。そうします」
学業以外でエミールが外出する際は、念の為にと年齢の近い庭師の男に金を払い、部屋にいてもらってカモフラージュしている。といっても、元々エミールの私室を訪ねるのはミレアくらいしかいないが。
水縞あいりが異世界に転生してから六か月余り。原作ではモブに近い役割だった、悪役令嬢の兄という謎に満ちた後ろ盾を得た。
二階へと戻り包みを差し出すと、受け取ったエミールは紙を開いて粉の匂いを嗅いだ。
「これは?」
「コーンスターチといって、原材料は玉蜀黍です。これを血色のよすぎる部分に軽くはたけば……ほら、見てください。白くなりましたよ!」
「……本当だ」
「ただ、本来の用途は食用なので、肌に痒みや炎症などの症状が現れたら、すぐに洗い流してお医者様に診てもらってくださいね」
「わかった」
肌に直接はたきつけるため、万が一アレルギー反応が出ないとも限らない。事前に注意したところ、エミールは素直に頷いた。
「これからも、こうして施してくれる?」
「私がやらなくても簡単ですよ?」
筆の代わりに適当に折りたたんだ布につけて、ぽんぽんと血色のよい部分にはたきつけるだけだ。誰でもできる。やり方を説明するまでもないが、一応つける量など解説しているのに、どういうわけかエミールは首を振った。
「僕じゃ台所には入れない」
「それなら、多めに持ってきますよ」
「雨の影響からかこの部屋は台所よりも湿気やすいし、雑菌が繁殖するよ。それに、僕はこう見えても不器用なんだ」
なにかが引っかかったが、ミレアにはそれがなんなのか判断がつかなかった。
年がら年中雨が降るのは真実だが、湿気るほどではない。珍しく食い下がられたので不思議に思いつつも、そこまで粘るのならばとミレアは早々に折れることにした。
「……わかりました」
「ありがとう」
コーンスターチでうっすら白くなった頬をしているエミールは、いつにもなく真剣な眼差しをして見せた。エミールのもとに食事を運んでいるうちに、美しく端正な顔立ちは見慣れたはずだし、前世の趣味はコスプレで、綺麗な人には耐性があるはずなのに、ミレアはなんだか緊張してしまう。固唾を呑んでしまう。
「君のおかげで、ご覧の通り健康体を取り戻せたんだ。なにか困ったことがあれば、いつでも相談してくれてかまわない」
力になるよと突然言われ、ミレアは驚き固まってしまった。助けた人物から、その礼として恩返しされること自体は自然な流れだ。そこに違和感はない。継母やメイドに虐げられ、栄養失調になるほど追い詰められていた彼を、利用するためちょっとだけ親切にしたところ、ミレアが世話係として抜擢された。だが、亡き母親の遺産があるならば、別にミレアである必要はない。金を出せば味方になるメイドの一人や二人や三人、現れていただろう。金を騙し取られるリスクはあれども、年に数度、彼を訪ねてくる後見人という存在もいる。
どういう意図が見え隠れしているのか。自分に都合がよすぎないだろうか。考えてもミレアには分からなかった。
黒い仔猫を助けて激動の時代の下働きに転生させられ、おまけに断罪されるという結末を迎える予定だが、過酷な生活ながらも回避に向けて順調に進んでいた。
とりあえず頷くことにした。
「……はい。そうします」
学業以外でエミールが外出する際は、念の為にと年齢の近い庭師の男に金を払い、部屋にいてもらってカモフラージュしている。といっても、元々エミールの私室を訪ねるのはミレアくらいしかいないが。
水縞あいりが異世界に転生してから六か月余り。原作ではモブに近い役割だった、悪役令嬢の兄という謎に満ちた後ろ盾を得た。
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