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5話「エミールの協力」前編
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水縞あいりが、幼馴染みの描く異世界に転生してから早半年。紅葉シーズンが到来した。
秋に生まれたミレアは十三歳になり、キッチンメイドからハウスメイドに昇級した。給与もちょっとだけ増えた。元々が薄給なので微々たるものだが。
六か月もの間、雨が降ろうが槍が降ろうがほぼ毎日市場へ出かけ、エミールと黒猫のために新鮮な食材を買い求めた。風邪を引いても休むことはなかった。費用は毎月渡してくれるので、無下にも出来ずにとことん付き合っているうちに、骨が浮き出るほど痩せ細っていた体はとうとう標準体型に近いくらいまでに回復した。頑張った甲斐があった。
「すっかり見違えて、健康的になりましたね。エミール様」
「君のおかげだよ。ありがとう」
「いいえ。頂くものはしっかり頂いていますから。ところで、どこから費用を工面しているのですか?」
エミールは、フランドル侯爵家の嫡男だというのに、継母に虐げられて栄養失調になるまで粗末な食事で命を繋いでいた。父親である侯爵はあまり邸宅には寄りつかず、たまに食事会をしても、多忙なのか一時間も滞在せずにすぐに外出していた。
だから、エミールはどこから資金を得ているのか疑問だったのだ。不躾な質問だというのに、エミールは嫌な顔一つせずに教えてくれた。
「亡くなった母の蓄えだよ。持参金や財産、所有していた土地は、すべて僕が相続したんだ」
エミールの母親は、彼が二歳の頃に流行り病で病死している。そのシーンは原作漫画でもさらっと描かれているので、記憶の片隅にはあった。しかし、それだけだ。あくまでメインは悪役令嬢であるイザベラと、健気な正ヒロイン──マーガレットが中心なので、エミールについて描かれていたのは必要最低限だ。
彼の話によると、亡き母親があまり贅沢をせずに、息子のために遺していたものだという。母親が指定していた後見人である叔父が管理を任され、ある程度成長した現在は彼も管理している。それを耳にしてしまうと、月収よりも遥かに多く受け取っていた報酬に、自分が手をつけてもいいものか、今更ながら後ろめたい感情が押し寄せてくる。そんなミレアの心情を、若干十五歳である彼が見透かしたのか、エミールは微笑みながら付け足した。
「君は自分の貴重な時間を割いてまで、買い出しに行って調理をしてくれているんだ。受け取る資格がない、なんて思う必要はない。正当な対価だから、胸を張っているといい。僕の母も、健康を取り戻した姿を見て喜んでいるはずだよ」
「……はい」
堂々ともらっていいと背中を押され、二十六年ほど生きた前世の自分よりも、一回りも年下に諭されてしまった。確かに、彼の言うことにも一理ある。エミールが栄養失調で命を落としていれば、一番悲しむのは母親だ。そんな彼が復調したのだから、きっと草葉の陰で喜んでいるに違いない。
「……本当は、君よりも僕の方こそ、母の遺産を使うことに相応しい人間ではないんだけどね……」
「……え? 聞こえなかったので、もう一度言ってくれませんか?」
「ああ、うん。体型は服で誤魔化せるけど、血色がよくなりすぎたから、どうにか抑えたいんだ。頼めるかな?」
先ほど聞き逃した内容と異なっている気がしたが、エミールは話題を変えたがっているので、無理に聞き出さずに会話に乗ることにした。
「うーん、そうですね。化粧品の類いは禁止されているので一つも持ってないですが、代用品がないかキッチンを見てきます」
「頼んだよ」
エミールの私室から一階のキッチンへ移動すると、誰もいない隙に調味料や粉類が納められている引き出しを片っ端から物色する。一つ一つ丁寧に目を通していると、早速、玉蜀黍の絵がついた袋を発見した。料理にとろみをつけたり、揚げ物の衣にしたり、菓子作りの際に重宝する、玉蜀黍を粉砕させて作るコンスターチだ。海外から輸入されたものだろう。
(これなら、フェイスパウダーとして使えるかも)
秋に生まれたミレアは十三歳になり、キッチンメイドからハウスメイドに昇級した。給与もちょっとだけ増えた。元々が薄給なので微々たるものだが。
六か月もの間、雨が降ろうが槍が降ろうがほぼ毎日市場へ出かけ、エミールと黒猫のために新鮮な食材を買い求めた。風邪を引いても休むことはなかった。費用は毎月渡してくれるので、無下にも出来ずにとことん付き合っているうちに、骨が浮き出るほど痩せ細っていた体はとうとう標準体型に近いくらいまでに回復した。頑張った甲斐があった。
「すっかり見違えて、健康的になりましたね。エミール様」
「君のおかげだよ。ありがとう」
「いいえ。頂くものはしっかり頂いていますから。ところで、どこから費用を工面しているのですか?」
エミールは、フランドル侯爵家の嫡男だというのに、継母に虐げられて栄養失調になるまで粗末な食事で命を繋いでいた。父親である侯爵はあまり邸宅には寄りつかず、たまに食事会をしても、多忙なのか一時間も滞在せずにすぐに外出していた。
だから、エミールはどこから資金を得ているのか疑問だったのだ。不躾な質問だというのに、エミールは嫌な顔一つせずに教えてくれた。
「亡くなった母の蓄えだよ。持参金や財産、所有していた土地は、すべて僕が相続したんだ」
エミールの母親は、彼が二歳の頃に流行り病で病死している。そのシーンは原作漫画でもさらっと描かれているので、記憶の片隅にはあった。しかし、それだけだ。あくまでメインは悪役令嬢であるイザベラと、健気な正ヒロイン──マーガレットが中心なので、エミールについて描かれていたのは必要最低限だ。
彼の話によると、亡き母親があまり贅沢をせずに、息子のために遺していたものだという。母親が指定していた後見人である叔父が管理を任され、ある程度成長した現在は彼も管理している。それを耳にしてしまうと、月収よりも遥かに多く受け取っていた報酬に、自分が手をつけてもいいものか、今更ながら後ろめたい感情が押し寄せてくる。そんなミレアの心情を、若干十五歳である彼が見透かしたのか、エミールは微笑みながら付け足した。
「君は自分の貴重な時間を割いてまで、買い出しに行って調理をしてくれているんだ。受け取る資格がない、なんて思う必要はない。正当な対価だから、胸を張っているといい。僕の母も、健康を取り戻した姿を見て喜んでいるはずだよ」
「……はい」
堂々ともらっていいと背中を押され、二十六年ほど生きた前世の自分よりも、一回りも年下に諭されてしまった。確かに、彼の言うことにも一理ある。エミールが栄養失調で命を落としていれば、一番悲しむのは母親だ。そんな彼が復調したのだから、きっと草葉の陰で喜んでいるに違いない。
「……本当は、君よりも僕の方こそ、母の遺産を使うことに相応しい人間ではないんだけどね……」
「……え? 聞こえなかったので、もう一度言ってくれませんか?」
「ああ、うん。体型は服で誤魔化せるけど、血色がよくなりすぎたから、どうにか抑えたいんだ。頼めるかな?」
先ほど聞き逃した内容と異なっている気がしたが、エミールは話題を変えたがっているので、無理に聞き出さずに会話に乗ることにした。
「うーん、そうですね。化粧品の類いは禁止されているので一つも持ってないですが、代用品がないかキッチンを見てきます」
「頼んだよ」
エミールの私室から一階のキッチンへ移動すると、誰もいない隙に調味料や粉類が納められている引き出しを片っ端から物色する。一つ一つ丁寧に目を通していると、早速、玉蜀黍の絵がついた袋を発見した。料理にとろみをつけたり、揚げ物の衣にしたり、菓子作りの際に重宝する、玉蜀黍を粉砕させて作るコンスターチだ。海外から輸入されたものだろう。
(これなら、フェイスパウダーとして使えるかも)
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