まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?【カイン王子視点】

空月

文字の大きさ
1 / 1

まったく心当たりのない理由で婚約破棄されるのはいいのですが、私は『精霊のいとし子』ですよ……?【カイン王子視点】

しおりを挟む

「国守の精霊様に誓って」


 そう告げた瞬間の、見開かれた彼女の瞳に見蕩れた。
 黒曜石のような瞳に光が散って、息を飲むほど美しくて――この輝きを間近で見たかったのだと、ずっとその権利が欲しかったのだと、理解していたつもりのことを実感する。


(本当に兄上は、愚かですね。……その愚かさが、私を救ったのですが)


 心中でひっそりと思う。
 アリシア・デ・メルシスという無二の人を、たかだか家の力が強くて、見た目が兄好みで、耳障りのよい言葉ばかりを吹き込む女性に言い寄られただけで手放すなんて。


(まあ、でも私だって、アリシア殿から言い寄られればなんでもしたでしょうし……。もちろん、彼女は婚約者のいる身でそんなことを考えもしなかったでしょうし、そんな彼女だから精霊様たちも彼女を好むのでしょうが)


 兄は愚かだが、自分も愚かだ。
 彼女が――アリシアが傷つくかもしれないとわかっていて、兄がしようとしていたことを止めなかった。
 兄が彼女を手放せば、彼女を自分の婚約者にできるかもしれなかったから。

 そのもくろみは的中して、彼女は自分の婚約者になった。
 王家としては『精霊のいとし子』を在野に放つわけにはいかない。それを盾に父王たちに交渉して、正式な婚約者の地位も手に入れた。

 ……それが彼女の真の幸せにはつながらないと、わかっていたのに。
 彼女の隣にいたいという自分の欲を優先して、彼女を完全に王家から解放することをしなかった。
 解放しようと思えばできなくはなかった。代わりに自分の自由はなくなっただろうが、それが彼女の幸せにつながるのならと考えはしたのだ。
 けれど結局、自分は彼女をつなぎ止める方を選んだ。

(……自分の欲の深さがいやになりますね)


 心中でひとりごちると、己に憑いてくれている精霊様がこちらを気遣うような気配を感じた。


(大丈夫、大丈夫です。私は彼女をつなぎ止めた上で、そうしなかった場合以上の幸せを彼女に与えられるように努力すると決めたのですから)


 それに、彼女が自分の申し出を受け入れてくれたとき、彼女の周りにいた他の精霊様も祝福をしてくれた。だから己の選択が、彼女の不幸につながるとは判断されなかったのだ。


「大丈夫。……大丈夫ですよ」


 己に、そして精霊様に言い聞かせるように呟く。
 彼女に関することについては、すぐに不安になってしまう。それだけ自分が彼女に心奪われているということなのだろうけれど。
 彼女への『欲』を抱いたときから、いつだって迷ってきた。
 迷って、迷って、ずっと『何もしない』を選択してきた。それが正しかったのか、間違いだったのか、今もわからない。

 けれど、もう自分は動いたのだ。ならば、彼女を幸せにするために全力を尽くすだけだ。


(自分がこんな『欲』を持つなんて、あの日まで考えもしていなかったのに)


 身分の低い、精霊信仰の篤かった側妃から生まれた、『精霊憑き』の王子。
 生まれてすぐに生みの母を亡くしたことで、王にすら持て余された己を、小さく、小さくして生きてきた。そうしないと、命をゆるされなかったからだ。
 精霊信仰の薄い現王妃は、王家の血筋から出た『精霊憑き』をことさら疎んだ。『人は精霊なくしても生きられるはずだ』という信条を持っているらしいので当然かもしれない。王家と精霊との関係を断ち切る方向に動いている中で、己の存在は目障りそのものだったのだろう。
 また、彼女の生んだ第一王子と生まれ月が数月しか違わなかったのも疎まれる原因に一役買っていた。そして、王子としての最低限の教育を受けさせられる中、自分が第一王子よりも優秀だと周りがほめそやしてきたことが決定打だった。
 自分に――第二王子にもっと上の教育を、と教育係が進言するたびに、王妃からの刺客は増えた。そのすべては憑いてくれている精霊様が事前に察知してくれたので、命こそ助かったが、心は死んでいくばかりだった。

 ……そんなころだった。己に憑いている精霊様が彼女の――『精霊のいとし子』のことを教えてくれたのは。
 精霊と戯れる彼女の映像を見せてくれて、いつか彼女のもとに行こうと、そうすればきっと幸せになれると教えてくれた。
 その『自由』には、王家から在野に下ることの他に、『精霊憑き』からの解放も含まれていた。精霊様がいなくなれば死しか待っていないが、精霊様がいることで命を狙われ続ける。だからこその提案だったのだろう。

 『精霊憑き』からの解放は、本心で言えば望んではいなかった。恐れ多いことだけれど、精霊様を、触れあうこともなく亡くなった母や、親としての顔を全く見せない父の、代わりのように思っていたから。
 けれど、『精霊のいとし子』のもとへと行きたいという気持ちは、精霊様に引きずられる形で心の中に宿ったから、それだけを目標に、死なないように、取るに足りないものと思われるように、いつか王籍から外れたいと言ってもゆるされるような存在であるように生き続けた。

 それを変えることになったのは、彼女の存在が世に知られてからだ。
 『精霊のいとし子』の彼女は、『精霊のいとし子』として世間に出ることを拒んでいた。ゆえに、彼女の周りの精霊が、彼女が『精霊のいとし子』だとわからないように、世界を騙し続けていた。
 しかし、それを世界の事象を紐解く者たち――『解読者』に、暴かれてしまったのだ。
 彼女は――アリシア・デ・メルシスは、否応なく世間に引きずり出されることになった。同時に、自分がいつかと抱いていた夢も砕け散った。

 どう考えても彼女の本意ではない形で、彼女は『精霊のいとし子』として知られ、王都へとやってきた。
 それからだ。それから自分は『第二王子』として不自然ではない程度に、権力を得ていくことにした。精霊様からの情報によって彼女の幸せは王都にはないとわかっていたから、彼女をいつか王都から出す――王家から解放するために、ある程度の権力が必要だった。

 そう――最初はそのつもりだったのだ。

 王宮の庭園で、精霊様たちと戯れる彼女を、見てしまうまでは。

 映像とは違う生身の彼女が、精霊様たちに向ける笑みを見た瞬間、ああ、と思った。


 ――『その笑顔を、自分にも向けてほしい』。


 湧き上がった欲に戸惑った。それが自分の抱いたものなのか、精霊様が抱いたものなのか、悩みもした。

 それがどちらでもあっても、どちらもであっても、消えない欲を抱いたのは確かで。

 『精霊憑き』の自分と『精霊のいとし子』の彼女が知り合うことで、精霊信仰がさらに力を持つことを危惧した現王妃が、彼女との接触を阻止してくるのを理由に、彼女と一切関わりを持たないことを選択した。その『欲』によって、自分が彼女の前でどんな行動をとってしまうかわからなかったからだ。

 大昔からの慣例で、『精霊のいとし子』は王家の者と縁づかせられる。精霊信仰の篤いこの国であれば、いずれ王となる第一王子――兄の婚約者に据えられるのはわかっていた。――それが彼女の意にそぐわないことも。

 けれど、抱いてしまった『欲』のせいで、彼女を王家から解放する方向に動くことに迷いが出た。兄の婚約者――ひいては未来の王妃になったところで、彼女はきっと幸せにはなれないとわかっていたのに。

 何の行動も選べないでいるうちに、母親と同じで精霊信仰の薄い兄が、彼女をないがしろにするようになった。それどころか、彼女を嵌めて婚約破棄にこぎつけようとしていることも、精霊様を通じて耳に入ってきた。

 そこが、転機だったのだと思う。

 迷って、迷って――自分は『何もしない』を選んだ。
 もしかしたら彼女は傷つくかもしれない、王家に失望して精霊様の力を借りてどこかへ行ってしまうかもしれない。

 それでも、賭けた。彼女の隙につけいることができるのではないかと期待して。

 ――そうして迎えた、兄が整えた彼女との婚約破棄の場で。

 彼女はまったく傷ついた様子はなくて、それどころか精霊様たちの『やり返し』を止めようとまでしていて。

 彼女にとっては当たり前の行動だったのだろうけれど、その『優しさ』にさらに『欲』が膨らんだ。

 初めて彼女に近づいた。ふらついた彼女を支えようと抱いた肩はとても華奢に感じて、壊してしまいそうだと思った。
 自分を見てぱちぱちと瞬く瞳をいつまでも見ていたい気持ちだったけれど、まずは場から離れることが先決だと判断して、兄に釘を刺して場を後にした。

 そうして言葉を交わした彼女は、やっぱり精霊様から聞いていたとおりの人で――。

 最後の最後まで迷っていたけれど、結局自分は彼女に求婚した。

 彼女を幸せにできる自信があったわけではない。抱いていた『欲』が先行してのことだったけれど。

 それを口にしてしまったからには、もう彼女を幸せにするしかないのだ。

 幸せで、いてほしい。……共にありたい。その二つを両立するには。


(ともかく、要努力、ですね)


 精霊様たちが祝福してくれたときに彼女が浮かべた笑みを思い返して、気合いを入れ直す。
 己の手で彼女を幸せにするために、また一歩を踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。 卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。 理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。 …と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。 全二話で完結します、予約投稿済み

【完結】私の馬鹿な妹~婚約破棄を叫ばれた令嬢ですが、どうも一味違うようですわ~

鏑木 うりこ
恋愛
 エリーゼ・カタリナ公爵令嬢は6歳の頃からこの国の王太子レオールと婚約をしていた。 「エリーゼ・カタリナ!お前との婚約を破棄し、代わりに妹のカレッタ・カタリナと新たに婚約を結ぶ!」  そう宣言されるも、どうもこの婚約破棄劇、裏がありまして……。 ☆ゆるっとゆるいショートになります( *´艸`)ぷくー ☆ご都合主義なので( *´艸`)ぷくーと笑ってもらえたら嬉しいなと思います。 ☆勢いで書きました( *´艸`)ぷくー ☆8000字程度で終わりますので、日曜日の暇でも潰れたら幸いです( *´艸`)

隣国の王子に求愛されているところへ実妹と自称婚約者が現れて茶番が始まりました

歌龍吟伶
恋愛
伯爵令嬢リアラは、国王主催のパーティーに参加していた。 招かれていた隣国の王子に求愛され戸惑っていると、実妹と侯爵令息が純白の衣装に身を包み現れ「リアラ!お前との婚約を破棄してルリナと結婚する!」「残念でしたわねお姉様!」と言い出したのだ。 国王含めて唖然とする会場で始まった茶番劇。 「…ええと、貴方と婚約した覚えがないのですが?」

【短編完結】妹は私から全てを奪ってゆくのです

鏑木 うりこ
恋愛
お姉様、ねえそれちょうだい?    お人形のように美しい妹のロクサーヌは私から全てを奪って行く。お父様もお母様も、そして婚約者のデイビッド様まで。  全て奪われた私は、とうとう捨てられてしまいます。  そして、異変は始まるーーー。 (´・ω・`)どうしてこうなった? 普通のざまぁを書いていたらなんか違う物になり困惑を隠し切れません。

【短編完結】地味眼鏡令嬢はとっても普通にざまぁする。

鏑木 うりこ
恋愛
 クリスティア・ノッカー!お前のようなブスは侯爵家に相応しくない!お前との婚約は破棄させてもらう!  茶色の長い髪をお下げに編んだ私、クリスティアは瓶底メガネをクイっと上げて了承致しました。  ええ、良いですよ。ただ、私の物は私の物。そこら辺はきちんとさせていただきますね?    (´・ω・`)普通……。 でも書いたから見てくれたらとても嬉しいです。次はもっと特徴だしたの書きたいです。

【短編完結】記憶なしで婚約破棄、常識的にざまあです。だってそれまずいって

鏑木 うりこ
恋愛
お慕いしておりましたのにーーー  残った記憶は強烈な悲しみだけだったけれど、私が目を開けると婚約破棄の真っ最中?! 待って待って何にも分からない!目の前の人の顔も名前も、私の腕をつかみ上げている人のことも!  うわーーうわーーどうしたらいいんだ!  メンタルつよつよ女子がふわ~り、さっくりかる~い感じの婚約破棄でざまぁしてしまった。でもメンタルつよつよなので、ザクザク切り捨てて行きます!

【完結】婚約者も両親も家も全部妹に取られましたが、庭師がざまぁ致します。私はどうやら帝国の王妃になるようです?

鏑木 うりこ
恋愛
 父親が一緒だと言う一つ違いの妹は姉の物を何でも欲しがる。とうとう婚約者のアレクシス殿下まで欲しいと言い出た。もうここには居たくない姉のユーティアは指輪を一つだけ持って家を捨てる事を決める。 「なあ、お嬢さん、指輪はあんたを選んだのかい?」  庭師のシューの言葉に頷くと、庭師はにやりと笑ってユーティアの手を取った。  少し前に書いていたものです。ゆるーく見ていただけると助かります(*‘ω‘ *) HOT&人気入りありがとうございます!(*ノωノ)<ウオオオオオオ嬉しいいいいい! 色々立て込んでいるため、感想への返信が遅くなっております、申し訳ございません。でも全部ありがたく読ませていただいております!元気でます~!('ω')完結まで頑張るぞーおー! ★おかげさまで完結致しました!そしてたくさんいただいた感想にやっとお返事が出来ました!本当に本当にありがとうございます、元気で最後まで書けたのは皆さまのお陰です!嬉し~~~~~!  これからも恋愛ジャンルもポチポチと書いて行きたいと思います。また趣味趣向に合うものがありましたら、お読みいただけるととっても嬉しいです!わーいわーい! 【完結】をつけて、完結表記にさせてもらいました!やり遂げた~(*‘ω‘ *)

婚約破棄を「奪った側」から見たならば ~王子、あなたの代わりはいくらでもいます~

フーラー
恋愛
王子が「真実の愛」を見つけて婚約破棄をする物語を「奪ったヒロイン側」の視点で『チート相手に勝利する』恋愛譚。 舞台は中世風ファンタジー。 転生者である貴族の娘『アイ』は、前世から持ち込んだ医療や衛生の知識を活かして、世界一の天才研究家として名を馳せていた。 だが、婚約者の王子ソームはそれを快く思っていなかった。 彼女のその活躍こそ目覚ましかったが、彼が求めていたのは『優秀な妻』ではなく、自分と時間を共有してくれる『対等なパートナー』だったからだ。 だが、それを周りに行っても「彼女の才能に嫉妬している」と嘲笑されることがわかっていたため、口に出せなかった。 一方のアイも、もともと前世では『本当の意味でのコミュ障』だった上に、転生して初めてチヤホヤされる喜びを知った状態では、王子にかまける余裕も、彼の内面に目を向ける意識もなかった。 そんなときに王子は、宮廷道化師のハーツに相談する。 「私にアイ様のような才能はないですが、王子と同じ時間は過ごすことは出来ます」 そういった彼女は、その王子をバカにしながらも、彼と一緒に人生を歩く道を模索する。 それによって、王子の心は揺れ動いていくことになる。 小説家になろう・カクヨムでも掲載されています! ※本作を執筆するにあたりAIを補助的に利用しています

処理中です...