1 / 76
チャプタ―1
ダメな安倍晴明
しおりを挟む
第一章
一
邸に悲鳴が響きわたった。東の対の方からだ。
晴明“たち”は寝殿を飛び出てそちらに走った。ただし、安倍“晴明”だけは悲鳴をあげるや情けないことに泣き崩れたため加わっていない。
晴足たちが駆けつけると、そこには惨状が広がっていた。大量の血が床には広がり、その主である女人が鬼に貪り喰われていた。
「万毒喰合生者成、巫蠱、急々如律令」
刹那、晴足、安倍晴明と五つ子の少年が呪文を唱えた。
次の瞬間、巨大な鱗が無数に闇に蠢く。蛇だ、人を丸呑みにできそうな大きさの蛇が現れるや、鬼に巻きついた。
「捕えた、晴秀」
「吾是天帝所使執持、金刀、非凡常刀、是百錬之刀也、一下何鬼不走、何病不癒、千妖万邪皆悉済除、急々如律令」
名前を呼ばれた兄弟が呪文を鋭く唱えた。
とたん、猛毒を盛られたかのごとく鬼が短く苦しんだかと思うと黒い霧となって胡散霧消した。
やったか――晴足は内心、安堵の息を漏らす。
「晴足、巫蠱を消せ。邸の仁に騒がれるぞ」
言われて、晴足は己が呪いの結晶の巫蠱、八丈蛇を出したままなのに気づいた。
「眠就静々、急々如律令」
彼の呪文に従い、巫蠱は足もとの影に吸い込まれて消えた。
当世、動物が邸に入っただけで怪異だと騒ぎになるから、巨大な蛇など気安く出しておくわけにはいかない。
「ことは終わった、早く帰って寝よう」
そこに晴篤が声を割り込ませた。肝が据わっているというか、鬼が現れるまでの不寝番から眠たそうにしていた。
「我ら兄弟に鬼一匹では物足りないなあ」
晴俊が言葉通りの態度で鼻息をついた。
と、そこへ、
「おお、見事に鬼を退治なされたか」
邸の主人が駆け寄ってきて晴秀の腕を掴んだ。依頼人を粗末に扱うこともできず、晴秀はされるがままになる。すると、
「いやあ、さすがは世に名高き安倍晴明殿」
と主は興奮するままに言葉を紡いだ。
ちなみに、当の本人が今しがたこの場に遅ればせながら姿を見せたところだった。
「いや」
晴秀がこめかみを痙攣させながら言葉を吐くのを、
「さようにございましょう」
晴足が声を割り込ませて遮った。
五つ子で似ていることであるし、夜である上、そもそも知り合いでもなければ安倍晴明の顔など知らないから、
「まっこと、鬼神のごとき御仁でおじゃる」
依頼主の貴族が感心しきりという顔つきをしてみせた。
だが、その誤解を積極的に解こうという者はこの場にいない。
安倍兄弟は兄である晴明を盛り立てていくために、その名声は彼ひとりに集約しているのだ。
「したが、血で穢れてしまいましたの」
貴族が一転、表情を歪めて東の対屋の惨状を見やった。
被害に遭ったのは身なりからして下女らしい。となれば、その反応もこの時代ではありふれたものではあった。病気で死んだ者が路傍に打ち捨てられるといったことが当たり前だったからだ。
「穢れはお祓い申し上げましょう」
「おう、それはありがたい」
「その代わり」
「はは、礼は弾ませていただくでおじゃる」
晴足と貴族のやり取りに兄弟たちは複雑な顔をした。
だからこそ、晴足は依頼主とのやり取りを進んで買って出るのだ。それが自分に向いている、と。
「されば、ご主人は寝殿に戻られよ」
「む、お邪魔でおじゃったか」
晴足に促され、主は納得顔でその場を去っていった。
一
邸に悲鳴が響きわたった。東の対の方からだ。
晴明“たち”は寝殿を飛び出てそちらに走った。ただし、安倍“晴明”だけは悲鳴をあげるや情けないことに泣き崩れたため加わっていない。
晴足たちが駆けつけると、そこには惨状が広がっていた。大量の血が床には広がり、その主である女人が鬼に貪り喰われていた。
「万毒喰合生者成、巫蠱、急々如律令」
刹那、晴足、安倍晴明と五つ子の少年が呪文を唱えた。
次の瞬間、巨大な鱗が無数に闇に蠢く。蛇だ、人を丸呑みにできそうな大きさの蛇が現れるや、鬼に巻きついた。
「捕えた、晴秀」
「吾是天帝所使執持、金刀、非凡常刀、是百錬之刀也、一下何鬼不走、何病不癒、千妖万邪皆悉済除、急々如律令」
名前を呼ばれた兄弟が呪文を鋭く唱えた。
とたん、猛毒を盛られたかのごとく鬼が短く苦しんだかと思うと黒い霧となって胡散霧消した。
やったか――晴足は内心、安堵の息を漏らす。
「晴足、巫蠱を消せ。邸の仁に騒がれるぞ」
言われて、晴足は己が呪いの結晶の巫蠱、八丈蛇を出したままなのに気づいた。
「眠就静々、急々如律令」
彼の呪文に従い、巫蠱は足もとの影に吸い込まれて消えた。
当世、動物が邸に入っただけで怪異だと騒ぎになるから、巨大な蛇など気安く出しておくわけにはいかない。
「ことは終わった、早く帰って寝よう」
そこに晴篤が声を割り込ませた。肝が据わっているというか、鬼が現れるまでの不寝番から眠たそうにしていた。
「我ら兄弟に鬼一匹では物足りないなあ」
晴俊が言葉通りの態度で鼻息をついた。
と、そこへ、
「おお、見事に鬼を退治なされたか」
邸の主人が駆け寄ってきて晴秀の腕を掴んだ。依頼人を粗末に扱うこともできず、晴秀はされるがままになる。すると、
「いやあ、さすがは世に名高き安倍晴明殿」
と主は興奮するままに言葉を紡いだ。
ちなみに、当の本人が今しがたこの場に遅ればせながら姿を見せたところだった。
「いや」
晴秀がこめかみを痙攣させながら言葉を吐くのを、
「さようにございましょう」
晴足が声を割り込ませて遮った。
五つ子で似ていることであるし、夜である上、そもそも知り合いでもなければ安倍晴明の顔など知らないから、
「まっこと、鬼神のごとき御仁でおじゃる」
依頼主の貴族が感心しきりという顔つきをしてみせた。
だが、その誤解を積極的に解こうという者はこの場にいない。
安倍兄弟は兄である晴明を盛り立てていくために、その名声は彼ひとりに集約しているのだ。
「したが、血で穢れてしまいましたの」
貴族が一転、表情を歪めて東の対屋の惨状を見やった。
被害に遭ったのは身なりからして下女らしい。となれば、その反応もこの時代ではありふれたものではあった。病気で死んだ者が路傍に打ち捨てられるといったことが当たり前だったからだ。
「穢れはお祓い申し上げましょう」
「おう、それはありがたい」
「その代わり」
「はは、礼は弾ませていただくでおじゃる」
晴足と貴族のやり取りに兄弟たちは複雑な顔をした。
だからこそ、晴足は依頼主とのやり取りを進んで買って出るのだ。それが自分に向いている、と。
「されば、ご主人は寝殿に戻られよ」
「む、お邪魔でおじゃったか」
晴足に促され、主は納得顔でその場を去っていった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる