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チャプタ―2

ダメな安倍晴明2

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「さあ、晴明。祓除はお前が一番、得意だろう」
 二番目の兄である晴秀が長兄である晴明にぞんざいに声をかける。
「されどでおじゃる、血、血、血まみれでおじゃるぞ」
「鬼が出たのだ、血の雨も降ろう」
 晴篤が面倒そうに晴明に応じた。
「なにゆえ平気な顔をしていられるでおじゃる、恐ろしい、恐ろしいでおじゃるぞ」
 声を震わせる長兄に、兄弟たちは顔を見合わせた。
「“やった”ということでよいのではないか、悪しき気配もないし」
「それもそうだなあ」
 億劫そうな晴篤の言葉に晴足が首肯してみせた。
「細かいことは晴足に任せた、我らは先に帰っていよう」
 晴秀の言葉に晴足以外の兄弟はうなずき邸を退散する。
「ま、待たれよでおじゃる」
 足もとを震わせて遅れがちな晴明が最後に敷地を出ていく。
 他方、晴足は血の穢れを祓ったと報告するために残った。四半刻ほど邸の主と話をして、晴足は夜の都へとくり出した。
 それからすぐのことだ。
「のう」
 という不満げな声が聞こえた。
 化生の者に目をつけられてしまったか、と晴足は渋い表情になった。
 が、予想に反して路上に角から現れたのは陰陽法師(民間陰陽師)姿の若者だった。
「おまえは安倍家の陰陽師であろう?」
 否定するとかえってまとわりつく気がして、そうだ、と晴足は応じた。
「みなの手柄を持ち寄ってひとりと、晴明のものとなしているとか」
「なぜ、それを」
 晴足は背筋に寒いものを感じて相手を睨んだ。
「それよりも大事がある。手柄を別段抜きんでてない者に任さる、それは卑怯ではないか」
 若い男は自慢げに己の主張を披露した。
「おまえが悪しきものなら祓ってしまうぞ」
「おお、怖い」
 嘲笑を口辺に、道を反対側に離れていく。
 晴足は歩みを収めず勢いのまま進んでいたが、相手も似たような雰囲気で去っていく。
 意地の張り合いだが、それがあってこその人の生き様でもある。眠っていたものが、きっかけを得て身震いする。
 その象徴が「手柄を別段抜きんでてない者に任さる、それは卑怯ではないか」という異形じみた者のせりふだ。
 薄らち考えなくはないという思いを抱えるうちに住処へとたどりついた。
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