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チャプタ―1
ダメな安倍晴明
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第一章
一
邸に悲鳴が響きわたった。東の対の方からだ。
晴明“たち”は寝殿を飛び出てそちらに走った。ただし、安倍“晴明”だけは悲鳴をあげるや情けないことに泣き崩れたため加わっていない。
晴足たちが駆けつけると、そこには惨状が広がっていた。大量の血が床には広がり、その主である女人が鬼に貪り喰われていた。
「万毒喰合生者成、巫蠱、急々如律令」
刹那、晴足、安倍晴明と五つ子の少年が呪文を唱えた。
次の瞬間、巨大な鱗が無数に闇に蠢く。蛇だ、人を丸呑みにできそうな大きさの蛇が現れるや、鬼に巻きついた。
「捕えた、晴秀」
「吾是天帝所使執持、金刀、非凡常刀、是百錬之刀也、一下何鬼不走、何病不癒、千妖万邪皆悉済除、急々如律令」
名前を呼ばれた兄弟が呪文を鋭く唱えた。
とたん、猛毒を盛られたかのごとく鬼が短く苦しんだかと思うと黒い霧となって胡散霧消した。
やったか――晴足は内心、安堵の息を漏らす。
「晴足、巫蠱を消せ。邸の仁に騒がれるぞ」
言われて、晴足は己が呪いの結晶の巫蠱、八丈蛇を出したままなのに気づいた。
「眠就静々、急々如律令」
彼の呪文に従い、巫蠱は足もとの影に吸い込まれて消えた。
当世、動物が邸に入っただけで怪異だと騒ぎになるから、巨大な蛇など気安く出しておくわけにはいかない。
「ことは終わった、早く帰って寝よう」
そこに晴篤が声を割り込ませた。肝が据わっているというか、鬼が現れるまでの不寝番から眠たそうにしていた。
「我ら兄弟に鬼一匹では物足りないなあ」
晴俊が言葉通りの態度で鼻息をついた。
と、そこへ、
「おお、見事に鬼を退治なされたか」
邸の主人が駆け寄ってきて晴秀の腕を掴んだ。依頼人を粗末に扱うこともできず、晴秀はされるがままになる。すると、
「いやあ、さすがは世に名高き安倍晴明殿」
と主は興奮するままに言葉を紡いだ。
ちなみに、当の本人が今しがたこの場に遅ればせながら姿を見せたところだった。
「いや」
晴秀がこめかみを痙攣させながら言葉を吐くのを、
「さようにございましょう」
晴足が声を割り込ませて遮った。
五つ子で似ていることであるし、夜である上、そもそも知り合いでもなければ安倍晴明の顔など知らないから、
「まっこと、鬼神のごとき御仁でおじゃる」
依頼主の貴族が感心しきりという顔つきをしてみせた。
だが、その誤解を積極的に解こうという者はこの場にいない。
安倍兄弟は兄である晴明を盛り立てていくために、その名声は彼ひとりに集約しているのだ。
「したが、血で穢れてしまいましたの」
貴族が一転、表情を歪めて東の対屋の惨状を見やった。
被害に遭ったのは身なりからして下女らしい。となれば、その反応もこの時代ではありふれたものではあった。病気で死んだ者が路傍に打ち捨てられるといったことが当たり前だったからだ。
「穢れはお祓い申し上げましょう」
「おう、それはありがたい」
「その代わり」
「はは、礼は弾ませていただくでおじゃる」
晴足と貴族のやり取りに兄弟たちは複雑な顔をした。
だからこそ、晴足は依頼主とのやり取りを進んで買って出るのだ。それが自分に向いている、と。
「されば、ご主人は寝殿に戻られよ」
「む、お邪魔でおじゃったか」
晴足に促され、主は納得顔でその場を去っていった。
一
邸に悲鳴が響きわたった。東の対の方からだ。
晴明“たち”は寝殿を飛び出てそちらに走った。ただし、安倍“晴明”だけは悲鳴をあげるや情けないことに泣き崩れたため加わっていない。
晴足たちが駆けつけると、そこには惨状が広がっていた。大量の血が床には広がり、その主である女人が鬼に貪り喰われていた。
「万毒喰合生者成、巫蠱、急々如律令」
刹那、晴足、安倍晴明と五つ子の少年が呪文を唱えた。
次の瞬間、巨大な鱗が無数に闇に蠢く。蛇だ、人を丸呑みにできそうな大きさの蛇が現れるや、鬼に巻きついた。
「捕えた、晴秀」
「吾是天帝所使執持、金刀、非凡常刀、是百錬之刀也、一下何鬼不走、何病不癒、千妖万邪皆悉済除、急々如律令」
名前を呼ばれた兄弟が呪文を鋭く唱えた。
とたん、猛毒を盛られたかのごとく鬼が短く苦しんだかと思うと黒い霧となって胡散霧消した。
やったか――晴足は内心、安堵の息を漏らす。
「晴足、巫蠱を消せ。邸の仁に騒がれるぞ」
言われて、晴足は己が呪いの結晶の巫蠱、八丈蛇を出したままなのに気づいた。
「眠就静々、急々如律令」
彼の呪文に従い、巫蠱は足もとの影に吸い込まれて消えた。
当世、動物が邸に入っただけで怪異だと騒ぎになるから、巨大な蛇など気安く出しておくわけにはいかない。
「ことは終わった、早く帰って寝よう」
そこに晴篤が声を割り込ませた。肝が据わっているというか、鬼が現れるまでの不寝番から眠たそうにしていた。
「我ら兄弟に鬼一匹では物足りないなあ」
晴俊が言葉通りの態度で鼻息をついた。
と、そこへ、
「おお、見事に鬼を退治なされたか」
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「いやあ、さすがは世に名高き安倍晴明殿」
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ちなみに、当の本人が今しがたこの場に遅ればせながら姿を見せたところだった。
「いや」
晴秀がこめかみを痙攣させながら言葉を吐くのを、
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「まっこと、鬼神のごとき御仁でおじゃる」
依頼主の貴族が感心しきりという顔つきをしてみせた。
だが、その誤解を積極的に解こうという者はこの場にいない。
安倍兄弟は兄である晴明を盛り立てていくために、その名声は彼ひとりに集約しているのだ。
「したが、血で穢れてしまいましたの」
貴族が一転、表情を歪めて東の対屋の惨状を見やった。
被害に遭ったのは身なりからして下女らしい。となれば、その反応もこの時代ではありふれたものではあった。病気で死んだ者が路傍に打ち捨てられるといったことが当たり前だったからだ。
「穢れはお祓い申し上げましょう」
「おう、それはありがたい」
「その代わり」
「はは、礼は弾ませていただくでおじゃる」
晴足と貴族のやり取りに兄弟たちは複雑な顔をした。
だからこそ、晴足は依頼主とのやり取りを進んで買って出るのだ。それが自分に向いている、と。
「されば、ご主人は寝殿に戻られよ」
「む、お邪魔でおじゃったか」
晴足に促され、主は納得顔でその場を去っていった。
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