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紫堂 涼

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獣人の町

第十四話

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 最初の町とは違い、柵で囲まれただけのこの町だったが、その理由はすぐに知れた。
 町の中にいる人々の大半が、屈強くっきょうな身体を持った冒険者や傭兵だったのだから。
 仕入れた情報を頭の中で整理しながら、佐久弥はどう動こうか考えを巡らせる。川で鳥を釣ってみるのも面白いかもしれないし、周辺の動物を見に行ってもいい。
 以前の町では難解な書物が多く断念したが、比較的易しい書物の多いこの町の図書館で読書にいそしむのもありかもしれない。
 ただ、フィールドに出る事に対しては少し考えなければならない事が出来た。

 冒険者はこの近隣にある採掘場の坑夫が危険に巻き込まれないように周囲を警戒したり、その深部にある稀少な素材を手に入れる事を生業なりわいとしている。
 また、この世界のNPCの一部は対立する事があり、そういった戦の時や遠出する商人の護衛として活躍するのが傭兵だ。
(冒険者や傭兵の需要があるって事は、それなりに危険があるのか……)
 今までは襲い掛かってくるような相手が居なかったため、のんびりと散歩気分で歩いていたが、次第にそうも行かなくなってくるのかもしれないと思い始めたのだ。
 自ら戦闘を行うつもりは毛頭無いが、そうは言ってられない場合になったとき……
(果たして自分は戦闘出来るんだろうか)
 そんな思いが佐久弥を悩ませる。
 奇妙でどこか抜けているこの世界の生物に対し刃を向けられるかが問題だ。
(VRってこともあるしな)
 今までしていたような画面越しのゲームと違い、全てがリアルなこの世界で、咲のように迷い無く作り物とはいえその命を断ち切れるかに自信が持てない。
「悩んでも仕方ないか」
 その時に思うようにすればいいのだ。そもそも現在自分が持ってるのは薬と服と剣にナイフ。それだけだ。
(……剣はなくなりそうにないが、服が無くなるのだけは避けたいな)
 花子には呪われているのだから、失う事は無いだろう。
 咲から死亡時のペナルティを聞いた時に心配したのは服のことだけだった。そもそも薬はまた作ればいいし……というか、それ以前に使ったことが無い。
 加工前の薬草を時折キューちゃんが食べている程度の消費だ。無くなれば森にでもいって採取してくればいいのだから問題は無い。

「うっし、決めた!」
 ぐるぐる悩むのは性に合わない。
 佐久弥はまずその疑問を解決するために外へと出ることに決めた。
「周辺は……暴れ牛と、眠り羊、あと一種は――ちょっと迷うんだよな」
(差は何なんだろうか)
 実はこの町、獣人の町というだけに獣姿のNPCが大量にいるのだが、NPC表示のない存在が当たり前のようにくつろいでいるのだ。
 表示が無いのでまだ会話してなかったが、情報収集を兼ねて話しかけてから出た方が良かろうと、佐久弥は酒場にいたその存在に声をかけに向かう。


「すいません」
「……何だァ、小僧。俺に何か用でもあんのかぃ」
 鋭い眼光に呑まれそうになる。その迫力は彼が歴戦の勇士である事を物語っている。
 手にしているグラスには琥珀色の液体注がれており、仄かな光を揺らめかせている。
「少しお話を伺いたくて」
 トン、とグラスを古びた木製の机に音を立てて置くと、じろりと佐久弥を睨む。
「お話、ねぇ……」
 目をすがめ、佐久弥の考えをはかるように黙り込む。カラン、と氷が音を立てて溶ける音がするのと同時に、一度目を閉じると頷いた。
「構わん。言ってみな」
 ただ話しかけるだけなのに、もの凄い緊張してしまう。
 低くしわがれた声に促され、佐久弥は一度息を整えて問いかける。
「不躾なんですが……この町の外にいる皆さんと、あなた方に違いはあるんでしょうか?」
「そんなくそ丁寧なしゃべり方はやめな。背筋がかゆくならァ」
 そんな前置きの後、頷く佐久弥を見遣り続ける。
「外の奴らァ気ままに生きてるだけだ。俺らァここで傭兵をしている」
「傭兵……か。俺はここに来てから何にも襲われた事も戦った事もないんでどういった危険があるかもしらないんだが」
「ふん……小僧、良い目ェしてんな。気に入った。……教えてやろう」
 佐久弥の奥深くまで見抜いてしまいそうな眼光を向けていたが、向かいの席を指で示される。
「親父、こいつにも一杯やってくんな」
 佐久弥のもとに同じグラスが運ばれるのを待ち、口を開く。
「お前さんにゃァ二つの道がある。今のまま平和な暮らしをするか、ひたすら戦いにあけくれる修羅の道を選ぶかだ」
 コツリ、と机を指先で叩く。
「一度血塗られた道を選んじまえば、ちっとやそっとじゃァ後戻りは出来ねェ。――小僧はどうするよ」
「――可能な限り、平和な暮らしで」
 迷う事は無かった。
 今まで出会った生物の姿がぎる。即座に答えた佐久弥に目の前の存在は獰猛どうもうな笑みを浮かべる。
「……臆病者とそしられようとも?」
 揶揄やゆするように口元を歪める彼にも佐久弥はひるまない。
「この世界で、何を求めようとも自分次第なら、俺は俺の好きなようにする」
 ゲームの世界でまで周りを気にして自分の気持ちを押し殺す気は無い。
 目を逸らさず答えると、さらに恐ろしい笑みを浮かべられる。
「言い切ったな、小僧」
 耐え切れないとばかりに、豪快に笑った彼は――カツン、と互いのグラスをぶつける。
「ならこの世界はお前にとっては安全だろうよ。好きに生きな。俺の同族によろしくな」
 そこからはお互いに取りとめも無い話を交わす。
 向かい合う男は人生経験も豊富で、先の戦の話や、護衛任務中の面白おかしい話をしては佐久弥を笑わせた。
 互いのグラスが空になる頃、佐久弥は礼を述べ、その場を後にする。
「礼なんていらねェ、水臭いってもんだ。――またな、小僧」
 そんな言葉にこの酒場に通いつめたくなってしまう。
 ――このフィールド最後の一種。小さな小さな、傷だらけのコボルドに会うために。


「……あの人に会った後だと、何も言われなくても倒す気になれないなこりゃ」
 丁度町を出てすぐ遭遇したのは一匹のコボルドだった。こちらもまたその小さな体とつぶらな瞳を裏切るような強者の気配をただよわせている。
「兄ちゃん、どうしたよ。道に迷ってんのかい」
 佐久弥を見た一瞬だけ、身を引き締めた彼はしばらく佐久弥を見た後は友好的に声をかけてきた。
「ああ……あの町にいた頬に傷のあるコボルドが、あんたら同族によろしくってさ」
「ふん。何を好き好んで傭兵なんかしてんだろうなあいつらも。だがまあ、元気でやってんなら良いってことよ。まぁ、そのうちどっかで戦う事もあんだろうがよ」
 はははっと笑うコボルドの言葉に一瞬微妙な気分になるが、それもすぐ失せる。
「楽しみだよなぁ次にやりあうのが」
 そんな重々しい関係ではなかったらしい。
「頬に傷ってーと奴だな。あいつにゃ何度殺されたかわかりゃしねえ」
「まあ、あまり無理しないように」
 それしか言えない。こうも爽やかに何度も死んだとか言われてどうしろと。
「おう。兄ちゃんもまあ気ぃつけろよ」
「わかった」
 ひらひらと背中越しに手を振りながら去るコボルドを見ながら、佐久弥は呟く。
「……あれからどうやって採取しろと」
 名乗りを上げ、一対一でのコボルドとの勝負に勝てばその尻尾がもらえるらしいのだが、とてもじゃないが勝てる気がしない。というか戦う前から迫力負けしてしまう。
 こんな序盤であんな存在がいて、戦う道を選んだ連中は大丈夫だろうかと、佐久弥は珍しく他のプレイヤーの心配をしてしまった。


「ブロォオオオオオオ!!」
 コボルドの背をぼんやりと見つめていた佐久弥は、突然の背後からの鳴き声にびくりと身を跳ねさせる。
「うわっ!」
 いつの間に近付いていたのか、4匹もの巨大な牛が佐久弥の背後に迫っていた。
「うわわっ!」
 キューちゃんもまた驚いたのか、ケプッと久々に血を吐いている。べっとりと血で赤くなった顔を佐久弥が拭っていると、目の前の牛の様子がおかしくなりはじめる。
(しくじった……)
 こいつは暴れ牛なのだ。牛というからには赤い色を見てしまえばきっと興奮して……
「ブモォオオオオオオオオオオオオ!!」
 ――海老のように素早く跳ね、砂煙を上げながら後退あとずさっていった。

「…………」
 取り残された佐久弥は、呆然と小さくなってゆく暴れ牛の姿をただ見つめる。
「さ、顔を洗いに行くか」
 寂しげな風の音が、今はやけに大きく感じる。
 佐久弥は何も見なかったことにして、川へと向かった。


 さて、久々に釣りでもしよう。
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