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紫堂 涼

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獣人の町

第十八話

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 その日、佐久弥は慣れない画面を開いていた。
 ステータスウインドウを表示し、隣にあるwisを選択。
「リ・リ・ィ……っと」
 以前受けたwisを拓也へ向けて飛ばす。

『お~どしたー?』
「せっかくだから、一緒に野菜の収穫でもしないかと思ってな」
 まだ見ていない作物の倒し方を習いに行こうと思っても、一人であの場に留まる勇気が持てなかった佐久弥だった。
 ちょっと待ってなの一言の後、しばらく沈黙が続く。パーティーメンバーに問い合わせているのだろう。
『大丈夫だ。あ、こないだの連中連れてっても良いか?』
「構わない。こっちから誘ったんだし気にしなくて良い」
 というか先日の貸しなどこれで消してしまえる。――あの恐怖体験に巻き込むのだから、下手するとこっちが奢らねばならないだろう。


 そろそろ定番と化してきた門の前での待ち合わせ。
「あら、私が一番乗り?」
 長い髪を耳にかけながら柔らかに微笑むケイが近付いてくる。
「久しぶりケイさん」
「お久しぶり、サクヤくん。輝夜とリリィはもうちょっとしたら着くらしいわよ」
「おっ待たせ~」
 ひらひらと手を振りながら近付いてきたのは弥生で、シュウも一緒だ。
「野菜の収穫だって?」
 不思議そうに尋ねるシュウに、佐久弥は頷く。先に少しでも説明をしておこうと口を開きかけた途端、無駄に明るい声が聞こえる。
「さっく~ん、きたよぉ~」
 ぶんぶんと小さな腕を振りながら陽気に挨拶する拓也の背後には咲の姿もある。
「……野菜の収穫なんて初めて聞いたんだが」
 不思議そうに首を傾げる姿が何とも似合わない。
「この恐怖体験は一人だと辛くてな。ただ野生化する場合があるようだからお前らも知っておいて損は無いぞ」
 平然と告げる佐久弥に、一同の顔が引き攣る。
「恐怖体験……?」
 野菜の収穫と一切繋がらない単語に、嫌な予感しか感じない。
「……リ、リリィってば、ちょぉ~っと用事できちゃったかな?」
 身を翻そうとする拓也の襟首を素早く掴む。
「お前だけは強制。この恐怖を一緒に味わおう」
「で、でも用事がね~一緒に行きたいんだけどぉ……」
 じりじりと足を前に出そうとしている拓也に、佐久弥はうっすらと笑む。
「どうしても嫌ってんなら別に構わないが、外にもいるぞ。対処法知らないと即死レベルの奴いるぞ」
 必死に首を振る拓也が何を嫌がっているのかを承知している佐久弥は、その憂いを晴らす。
「恐怖体験って言っても別に幽霊とかじゃないぞ」
「なんだ、もうっ、それならそうと早く言ってよさっくん!意地悪なんだから~」
 リリィ怒っちゃうんだからね、と続けかけぴたりと拓也はその口を閉じる。さり気なく視線が花子へと向いているので、先日切り裂かれそうになっただけあって、自重したらしい。

「取り合えず向かうか。……今の所知ってる収穫方法伝えとくぞ」
 隠し通路に向かいながら佐久弥の説明が始まる。話を続ければ続けるほど皆の顔が青褪めるのだが、その心境は察して余りある。
「さて、到着」
 先ほどまでそれ野菜じゃないとか、凶悪すぎるとか叫んでいた面々だったが、今は面白そうに隠し通路を覗き込んでいる。
 興味の矛先がずれているうちに案内し、佐久弥は先日の獣人と挨拶を交わす。

「おや、今日はまたいっぱいだね~」
 嬉しそうに尻尾をゆらゆらさせている姿に、今日もお世話になりますと頭を下げる。
「前回収穫したところは軽くにして、今日は果物と卵あたりをまわりましょうかね~」
 そう言いながら、佐久弥が前回通ったルートを説明しながら通る。
「今日は内臓ホルモン系が多いかな、ああ、レバーもありますね!」
 ブチブチと収穫しながらも皆顔が青い。
 グロい……グロい……とぶつぶつ呟く姿は見ていて怖い。

 トマト畑に先ほどのレバーを放り込んだ結果を見て、皆野菜への注意点を本気で聞くようになった。血を滴らせたレバーが一瞬で干からびる光景にはやはり危機感を覚えるようだ。

 予想外に一番荒れたのが……大根畑だった。
 女性陣の目がヤバイ。収穫してアイテム欄に放り込むだけで良いのに、皆して収穫した大根を切り刻もうとする光景に、女性の恐ろしさを知った。
「……切り刻む。跡形もなく切り刻んでやる」
 ぶつぶつ言いながら大根に切りかかる咲に、佐久弥はその姿で言われてもなぁ、と微妙な顔になる。
 リーチが長いからと選んだその姿は男性なのだから気にする必要は無いと思うが、そう割り切れるものでは無いらしい。女心は複雑だ。


「こちらが卵の採取場になります!」
 指し示された場所には一本の木があるだけだった。
「まずはこちらをお渡ししますね~」
 朗らかに渡されたのは野球のグローブだった。
「構えて!……落としたり、強く掴んで割ったら集中攻撃受けますので頑張って受け止めてください!」
 その言葉を合図にしたように、葉に包まれた枝が何かを打つ。最初の説明からして卵だろうが、問題はそこじゃなかった。
「1000個打つまで終わりませんから頑張って下さい、私もお手伝いしますから!」
 すさまじい速度の千本ノックは最早訓練だ。咲がやけに生き生きとしているのが視界に入る。
 ゲーム内の能力が無ければ不可能な採取方法に頭が痛くなるが、そこで気付いた事があった。
(……めちゃくちゃ余裕あるんですけど)
 ひょいひょいとこの農場の主が卵をキャッチしているのだ。種族独特の身のこなしもさることながら、その速度は異常だった。
 考えてみれば、ここでの収穫を一人でやってのけているのだから、必要な能力は桁違いだろう。
 今更ながらに気付いた事実に、佐久弥は逆らってはいけないものにNPCを追加した。

「お、終わった……」
 ぐったりとその場に座り込む一同だが、各自のアイテム欄には過剰在庫だと言いたいほどの卵が放り込まれていた。
「卵採取しないと、その奥の果物畑には行けないのが面倒なんですよね~」
 そう言いながら疲れた様子も見せず進む背中を鈍い足取りで追う。
「この農園のアイドル、いちごちゃんです!」
 にこにこと紹介された先には、まだ青いイチゴが普通に実っている。
「アイドル、ですか?」
 困惑したようにケイが問いかけると力強く頷かれる。
「いちごちゃんは青いので、傍に寄ってじ~っと見詰めてあげてください。そうしたら照れて真っ赤になるので急いで収穫してあげて下さいね。照れる姿が可愛いからって見惚れてたら、爆発しちゃいますからね~その前に素早くお願いします。爆発しちゃったら可哀想ですから……」
 今までと違いやたらと私情の入った解説が行われる。何か破裂させたら恐ろしいことが起きそうだ。
 佐久弥は慎重にイチゴに近付いて見詰めると……最初はほのかに頬?を赤らめ。その後じわじわと全身を赤く染めてゆく。
 ヘタの近くまで赤く染まった瞬間、素早く収穫するとすぐ後ろにいた獣人は満足そうに頷いている。
「…………あっ!」
 拓也が見詰めすぎたのか、爆発したイチゴを顔面から浴びて顔を真っ赤に染めていた。
「……爆発、させちゃいましたねぇ」
 ぽそ、と呟いたここの主が……採取用のナイフをその肉球にぺちぺちとあてている。
「うちのアイドル、美味しく食べずに爆発させちゃったねぇ……」
 穏やかだったはずの人物が、今はどす黒いオーラを放っている。
「も、もも、申し訳ありませんでしたっ!!」
 鈍い拓也だが、今は本能で危険を察知できたらしい。見事なまでに直角のお辞儀だ。

「こちらはキウイになりますね~」
 そう告げられた面々が見たものは……柵の中で好きにうろうろしている鳥類だった。
(久々にストレートに来たな)
 そう、目の前にいたのは……キウイだ。キーウィとも呼ばれる飛べない鳥だ。
「あ、丁度産まれそうですよ!食べられないうちに採取してください!!」
 ごとりと、鳥の半分近い大きさの卵が産み出される。どうやってこんなに巨大な卵を体内に抱えていたのだろうと思うが、現実のキウイも似たようなものだ。
 そんな事を思いながら巨大な卵を抱えようとすると、がつがつとキウイが卵を食べ始める。
「……早くしまわないとダメですよ~」
 残念そうに告げられるが、目の前の光景に釘付けだ。
 産んだのに食べるんだとか以前に、普通の卵のようなのに断面はまんまキウイだ。キウイフルーツだ。
「素朴な疑問なんですが……この鳥の子供は卵からは生まれないんですか?」
 呆然と食事中のキウイを見ながら問いかけると、逆に不思議な顔をされる。
「この鳥は分裂して増えますよ?……ちょっと目を離すと柵一杯に増えるから困るんですよね~」
「……なら、この卵のような物体は?」
「キウイです。果物です」
 これ以上聞いても無駄だという事だけは把握した。

 それからも果樹園を巡ったが、皆して悟りきった顔になってしまった。
 この世界の食物は、やっぱりおかしい。それを実感した農業体験となった。


 そして、猫の獣人に礼を言って町へ戻る最中に事は起こった。
 川沿いに歩きながら町へと向かっている時、余所見をしていた拓也が突然目の前でぐんぐん伸びた物体に衝突する。
「いったぁい~もう、な、にぃいいいいいい!?」
「トウモロコシだ!!皆逃げろ!!」
 ぶわりと綿毛に拓也が包まれるのを視界の端に置きながら、佐久弥は他の皆に叫び全力で逃げ出す。
「川へ!!」
 弥生の声に拓也以外の全員が川へと飛び込み……
「ごぼっ、ごぼごぼおおお!?」
 驚愕に水の中で叫び貴重な空気を吐き出しむせる。
 明るく透明な水中で、白銀の髪がゆらりと陽の光にきらめいている。そしてにやりと微笑んだ口の中は……真っ黒。
 おはぐろの老婆の顔が、目の前にあった。
(人魚、か……)
 顔に連なる巨大な魚体と、それに続く尾びれを見て、佐久弥は大量の水を飲み込みながら自分たちを驚かせたものの正体に気付く。
「ごほっ、リ、リリィは……」
 次々と息が持たなかったのか川から顔を出してゆく。綿毛の直撃を受けていた拓也がいた方向へ皆が向くと……眼前で身体中にトウモロコシを生やしたもろこし人間がポリゴンとなり砕け散る瞬間だった。
「あれが野生化か……」
 きっと風で運ばれたトウモロコシの綿毛が目の前で地面に落ち芽吹いたところへ……ぶつかってしまったのだろう。
 拓也が消えたあとも、ぽつーんと一本立っているトウモロコシに、皆視線をやろうとしない。
「……帰るか」
 佐久弥が促すと、ぎこちなく微笑みながら皆頷いた。


 そんな彼らが町で見たものは――死に戻った拓也の頭に、わっさわっさと生えているトウモロコシのひげだった。
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