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第12章『完璧なわたしを、壊してくれますか』
プロローグ 『Inori∞Link』、その名は小さな伝説
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──LinkLive本社、第3会議室。
午前10時、定例の配信企画会議が始まっていた。
「では次。《Inori∞Link》の単独番組案、こちらです」
神代カオルマネージャーが、タブレットをモニターに接続すると、大きな画面に一人のVtuberのサムネイルが映し出される。
巫女風の衣装に白と赤の落ち着いた配色。
整った顔立ちと、理知的な瞳。
どこか神聖さすら感じる、静謐な空気。
──《Inori∞Link》。
元・個人勢。現在14歳、中学2年生。
LinkLiveとの特例契約により、業界最年少で準所属となった実力派Vtuberである。
「すげーな……やっぱ中学生には見えないよ、話し方とか」
「というか本当に“中の人”14歳?って、ウチのスタッフ内でも話題だったんですけど」
「ホラー配信の耐性もすごいし、雑談は落ち着いてるし、ASMRも妙に大人っぽくて……ほんと、完璧すぎて怖いくらい」
スタッフたちの感嘆と羨望の声が飛び交う中、ひときわ目立たない後ろの席で、天城コウは黙ってその画面を見つめていた。
「……すごい子だな」
思わず、ぽつりと呟く。
隣にいたひよりが、くすっと笑う。
「でしょ? ひよも初めてコラボした時、完全に年上だと思ってたもん」
「一言で言えば“完璧な後輩”って感じ……でも、ちょっとだけ心配なんだよね」
「心配?」と問うコウに、ひよりは少しだけ表情を曇らせる。
「なんか……“ちゃんとしなきゃ”って力が入りすぎてるというか。すごく頑張ってるのは分かるけど、その分、疲れてそうな時があるんだ」
「たぶん本人はそれを悟られたくないんだろうけどね」
──完璧な子どもは、孤独を抱える。
その言葉が、なぜかコウの胸の奥に静かに残った。
その日の午後。
事務所の喫茶ラウンジで、ひよりに頼まれて荷物を取りに行ったコウは、偶然、一人でカウンターに座る少女と出会った。
「……お疲れさまです」
静かに立ち上がり、一礼する黒髪の少女。
「橘いのりです。レイ先輩とは、これが初対面ですね」
「LinkLive特例所属、《Inori∞Link》として活動しております。今後とも、よろしくお願いいたします」
──立ち姿、口調、挨拶のタイミング、そして敬意ある目線。
そのすべてが、“完璧”だった。
「こちらこそ。天城コウです。配信名義はレイでやってます」
「よろしく、いのりちゃん」
「“ちゃん”は、ちょっと恥ずかしいです……けど、先輩がそう呼ぶなら」
ふっと微笑んだその瞬間、どこか張り詰めていた空気がわずかに緩んだような気がした。
──この子は、完璧な仮面を被っている。
その下に隠されている本当の顔は、誰も知らない。
そう思った次の瞬間だった。
カップに注いだ紅茶が、わずかに震えた。
彼女の指が、一瞬だけ、小さく揺れていたのだ。
「……寒いの?」
思わず声をかけると、いのりは一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに微笑みに戻る。
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます、レイ先輩」
けれどその言葉は、どこか空気の抜けた風船のように、軽かった。
──完璧な少女・橘いのり。
その“リンク”の先にある本当の気持ちは、まだ誰にも見えない。
けれど、コウにはわかってしまった。
あの一瞬の“揺らぎ”が、嘘ではないと。
この日から始まることになる。
彼女の仮面が、少しずつほどけていく日々が。
そして、その先にあるものが“恋”であることを――
まだ、誰も知らない。
午前10時、定例の配信企画会議が始まっていた。
「では次。《Inori∞Link》の単独番組案、こちらです」
神代カオルマネージャーが、タブレットをモニターに接続すると、大きな画面に一人のVtuberのサムネイルが映し出される。
巫女風の衣装に白と赤の落ち着いた配色。
整った顔立ちと、理知的な瞳。
どこか神聖さすら感じる、静謐な空気。
──《Inori∞Link》。
元・個人勢。現在14歳、中学2年生。
LinkLiveとの特例契約により、業界最年少で準所属となった実力派Vtuberである。
「すげーな……やっぱ中学生には見えないよ、話し方とか」
「というか本当に“中の人”14歳?って、ウチのスタッフ内でも話題だったんですけど」
「ホラー配信の耐性もすごいし、雑談は落ち着いてるし、ASMRも妙に大人っぽくて……ほんと、完璧すぎて怖いくらい」
スタッフたちの感嘆と羨望の声が飛び交う中、ひときわ目立たない後ろの席で、天城コウは黙ってその画面を見つめていた。
「……すごい子だな」
思わず、ぽつりと呟く。
隣にいたひよりが、くすっと笑う。
「でしょ? ひよも初めてコラボした時、完全に年上だと思ってたもん」
「一言で言えば“完璧な後輩”って感じ……でも、ちょっとだけ心配なんだよね」
「心配?」と問うコウに、ひよりは少しだけ表情を曇らせる。
「なんか……“ちゃんとしなきゃ”って力が入りすぎてるというか。すごく頑張ってるのは分かるけど、その分、疲れてそうな時があるんだ」
「たぶん本人はそれを悟られたくないんだろうけどね」
──完璧な子どもは、孤独を抱える。
その言葉が、なぜかコウの胸の奥に静かに残った。
その日の午後。
事務所の喫茶ラウンジで、ひよりに頼まれて荷物を取りに行ったコウは、偶然、一人でカウンターに座る少女と出会った。
「……お疲れさまです」
静かに立ち上がり、一礼する黒髪の少女。
「橘いのりです。レイ先輩とは、これが初対面ですね」
「LinkLive特例所属、《Inori∞Link》として活動しております。今後とも、よろしくお願いいたします」
──立ち姿、口調、挨拶のタイミング、そして敬意ある目線。
そのすべてが、“完璧”だった。
「こちらこそ。天城コウです。配信名義はレイでやってます」
「よろしく、いのりちゃん」
「“ちゃん”は、ちょっと恥ずかしいです……けど、先輩がそう呼ぶなら」
ふっと微笑んだその瞬間、どこか張り詰めていた空気がわずかに緩んだような気がした。
──この子は、完璧な仮面を被っている。
その下に隠されている本当の顔は、誰も知らない。
そう思った次の瞬間だった。
カップに注いだ紅茶が、わずかに震えた。
彼女の指が、一瞬だけ、小さく揺れていたのだ。
「……寒いの?」
思わず声をかけると、いのりは一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに微笑みに戻る。
「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます、レイ先輩」
けれどその言葉は、どこか空気の抜けた風船のように、軽かった。
──完璧な少女・橘いのり。
その“リンク”の先にある本当の気持ちは、まだ誰にも見えない。
けれど、コウにはわかってしまった。
あの一瞬の“揺らぎ”が、嘘ではないと。
この日から始まることになる。
彼女の仮面が、少しずつほどけていく日々が。
そして、その先にあるものが“恋”であることを――
まだ、誰も知らない。
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