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第五章 王国動乱
104.制圧(1)
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夜半過ぎ、静まり返ったミトクリアの城門に、大音声が響いた。
「開門! 開門! 第3王女リティア殿下を捕えた! 開門――!」
深夜に響いた馬蹄の音に身構えていた門番は、松明に照らされたミトクリアの旗を認めるや、たちまち安堵の笑みを浮かべて、城門を開いた。
城内に突入して来たのは、もちろん、リティア率いる第六騎士団の兵であった。
歓声で迎えたミトクリアの守備兵たちが、そのことに気が付いたのは、主君を縛り上げられた後のことであった。
王族に兵を向けた形に、眠れぬ夜を過ごしていたミトクリア候は、喜び勇んで飛び出してきたところを、容易く捕縛された。
「出迎え、ご苦労である!」
リティアが、満面の笑みで宣言したとき、守備兵の戦意は完全に失われていた。
主君は王女の足下で無残に転がされ、その両脇には松明の炎に照らされた二頭の狼が屹立している。また、側に控える桃色髪の少女は、吟遊詩人が謡い伝える神弓の使い手――無頼姫の狼少女、であろう。
守備兵は、命じられるままに剣を置いた。
夜明けと共に入城してきた第六騎士団本隊は、多数のミトクリア兵と野盗を捕虜に従えていた。
「騎士団に逆らったりするから――」
「さすがは音に聞こえた無頼姫――」
「あれで15歳とは――」
「恐るべき聖山の血筋――」
ざわめく街の大通りを、第六騎士団が抜けて行く。
――す、すげぇ……。
公宮の一室から見下ろすアイカの目に、その光景はひたすら眩しかった。
争い事に抵抗のあるアイカだが、鮮やかな勝ちっぷりに、胸躍るものを抑え切れない。
そこに、第六騎士団に同行する元締の娘、アイラが姿を見せた。アイラはアイカの愛で友でもある。
「アイカ。無事だったか」
「はい……」
「さすがは王都に名高い無頼姫……と、いったところ。また、リティア殿下の伝説が増えたな」
アイラの軽やかな賛辞に嬉しくなったアイカが見上げると、その立派な膨らみが邪魔して表情が窺えない。アイカは初めて、戦場の興奮と高揚で、愛でる心を失っていたことに気が付いた。
合流してきたカリュも、馬上で盛大に揺らしていたはずだが、記憶が曖昧だ。
汗を輝かせ、返り血を拭うリティアの笑みが美しかったことを覚えているが、命を獲り合う男たちの喚き声の方が実感を伴って思い起こされる。あの場所では、アイカもまた傍観者ではいられなかった。
――帰りたい。
瞼の裏には、宮殿を脱出する直前、一緒に入浴したアイラの裸体が浮かぶが、随分遠く感じる。
煌びやかな王宮生活の裏に、ドロドロとした思惑が流れていたことは、イヤと言うほど思い知った。しかし、あの湯煙の中で屈託なく笑い合う女子たちこそが、アイカにとって戻らなくてはいけない、楽園であった。
アイカの郷愁をよそに、腰を屈めたアイラが、窓の端に顔を乗せた。
「しかし、エメーウ様は美しいな」
「ずっと一緒だったんですか……?」
「ああ。無頼の娘とはいえ、しょせん非戦闘員だ。ジリコ様たちに守られて、ずっと一緒だった」
「リティアさん……殿下のことを、なにか言ってました……?」
「ん?」
と、アイラは窓に顔を乗せたまま、アイカの顔を見た。
朝陽に逆光になったアイラの髪が紫に輝き、ふと、アイカは、最初に出会ったときのリティアを思い出した。
「心配されているご様子で、何度か馬車から顔をのぞかせていた。お蔭でご尊顔を拝することが出来たわけだけど……」
「そうですか……」
「雲の上の方々とはいえ、母が娘を想う気持ちに違いはないな。幼い頃に母がいなくなった私には、羨ましい限りだ」
「いなくなった……?」
「そうか。言ってなかったか」
と、アイラは窓の外に目線を移した。
「アイカとは、美しい方々のことを語り合うだけだったからな」
「あ、はい……」
「突然、いなくなったんだ。チンピラと駆け落ちしたんじゃないかって噂だ……」
「噂……」
「本当のことは分からないんだ。ある日、突然、煙のようにいなくなった。幼いなりに随分探したけど、どこにもいなかったよ」
と、2人の視界に、侍女長のセヒラに手を引かれ、公宮に入るエメーウの姿が入った。
「……愛してくれる母親とは、いいものだな」
軽くため息を吐いて、眩しそうに目を細めて笑うアイラのことを、アイカは直視することが出来なかった――。
「開門! 開門! 第3王女リティア殿下を捕えた! 開門――!」
深夜に響いた馬蹄の音に身構えていた門番は、松明に照らされたミトクリアの旗を認めるや、たちまち安堵の笑みを浮かべて、城門を開いた。
城内に突入して来たのは、もちろん、リティア率いる第六騎士団の兵であった。
歓声で迎えたミトクリアの守備兵たちが、そのことに気が付いたのは、主君を縛り上げられた後のことであった。
王族に兵を向けた形に、眠れぬ夜を過ごしていたミトクリア候は、喜び勇んで飛び出してきたところを、容易く捕縛された。
「出迎え、ご苦労である!」
リティアが、満面の笑みで宣言したとき、守備兵の戦意は完全に失われていた。
主君は王女の足下で無残に転がされ、その両脇には松明の炎に照らされた二頭の狼が屹立している。また、側に控える桃色髪の少女は、吟遊詩人が謡い伝える神弓の使い手――無頼姫の狼少女、であろう。
守備兵は、命じられるままに剣を置いた。
夜明けと共に入城してきた第六騎士団本隊は、多数のミトクリア兵と野盗を捕虜に従えていた。
「騎士団に逆らったりするから――」
「さすがは音に聞こえた無頼姫――」
「あれで15歳とは――」
「恐るべき聖山の血筋――」
ざわめく街の大通りを、第六騎士団が抜けて行く。
――す、すげぇ……。
公宮の一室から見下ろすアイカの目に、その光景はひたすら眩しかった。
争い事に抵抗のあるアイカだが、鮮やかな勝ちっぷりに、胸躍るものを抑え切れない。
そこに、第六騎士団に同行する元締の娘、アイラが姿を見せた。アイラはアイカの愛で友でもある。
「アイカ。無事だったか」
「はい……」
「さすがは王都に名高い無頼姫……と、いったところ。また、リティア殿下の伝説が増えたな」
アイラの軽やかな賛辞に嬉しくなったアイカが見上げると、その立派な膨らみが邪魔して表情が窺えない。アイカは初めて、戦場の興奮と高揚で、愛でる心を失っていたことに気が付いた。
合流してきたカリュも、馬上で盛大に揺らしていたはずだが、記憶が曖昧だ。
汗を輝かせ、返り血を拭うリティアの笑みが美しかったことを覚えているが、命を獲り合う男たちの喚き声の方が実感を伴って思い起こされる。あの場所では、アイカもまた傍観者ではいられなかった。
――帰りたい。
瞼の裏には、宮殿を脱出する直前、一緒に入浴したアイラの裸体が浮かぶが、随分遠く感じる。
煌びやかな王宮生活の裏に、ドロドロとした思惑が流れていたことは、イヤと言うほど思い知った。しかし、あの湯煙の中で屈託なく笑い合う女子たちこそが、アイカにとって戻らなくてはいけない、楽園であった。
アイカの郷愁をよそに、腰を屈めたアイラが、窓の端に顔を乗せた。
「しかし、エメーウ様は美しいな」
「ずっと一緒だったんですか……?」
「ああ。無頼の娘とはいえ、しょせん非戦闘員だ。ジリコ様たちに守られて、ずっと一緒だった」
「リティアさん……殿下のことを、なにか言ってました……?」
「ん?」
と、アイラは窓に顔を乗せたまま、アイカの顔を見た。
朝陽に逆光になったアイラの髪が紫に輝き、ふと、アイカは、最初に出会ったときのリティアを思い出した。
「心配されているご様子で、何度か馬車から顔をのぞかせていた。お蔭でご尊顔を拝することが出来たわけだけど……」
「そうですか……」
「雲の上の方々とはいえ、母が娘を想う気持ちに違いはないな。幼い頃に母がいなくなった私には、羨ましい限りだ」
「いなくなった……?」
「そうか。言ってなかったか」
と、アイラは窓の外に目線を移した。
「アイカとは、美しい方々のことを語り合うだけだったからな」
「あ、はい……」
「突然、いなくなったんだ。チンピラと駆け落ちしたんじゃないかって噂だ……」
「噂……」
「本当のことは分からないんだ。ある日、突然、煙のようにいなくなった。幼いなりに随分探したけど、どこにもいなかったよ」
と、2人の視界に、侍女長のセヒラに手を引かれ、公宮に入るエメーウの姿が入った。
「……愛してくれる母親とは、いいものだな」
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