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第五章 王国動乱
105.制圧(2)
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ミトクリアが祀る、竈神スティエハの神殿で、リティアは、縄を解かれたミトクリア候と会見した。
白狼と黒狼を両脇に従え、桃色髪の少女を側に立たせた第3王女に、ミトクリア候は平伏して小刻みに震えていた。
「此度は、たいそうな贈り物をいただいた」
と、微笑みを絶やさぬリティアの冷えた口調に、太り気味の中年列候が、這いつくばるように頭を下げた。
「私の初陣に勝利を贈っていただいた。このリティア。これ以上に嬉しい贈り物をもらったことはないぞ」
「ま、まこと……」
「礼と言ってはなんだが、ひとつ、ご忠告申し上げる」
「は……」
「我らの兄弟喧嘩、手出し無用に願いたい」
「兄弟喧嘩……」
「聖山三六〇列候におかれては、はた迷惑この上なかろうが、所詮は兄弟喧嘩だ。阿呆な兄が拳を振り上げ、別の阿呆の兄が拳で制す。仲裁しようと割って入ったところで、屈強な阿呆どもに巻き込まれて、殴り倒されるだけではないか」
楽しげに語るリティアの口調に誘われたミトクリア候が顔を上げると、冷えた視線に射抜かれ動きを止めた。
「我らはすぐに出立する」
「え……」
荒くれ者ぞろいと噂の第六騎士団に占領され、街を蹂躙されることに怯えていたミトクリア候であったが、すぐに出て行くという言葉に、安堵よりも不可解さへの不安の方が勝った。
「か、歓待の席など設けさせていただかねば……」
「私は、聖山戦争をやり直すつもりはない」
聖山戦争において、陥落させられた列候領は、王国騎士団の駐留を受け入れ参朝の意思を示したという故事がある。
「王国はいまだ盤石。ミトクリア候におかれても、サヴィアス兄を通じて、王国への忠義を明らかにされただけと心得る。それとも王国に反逆めされるか? ならば、改めて我が第六騎士団がお相手させていただくが」
「と、とんでもない」
「王国への忠義は変わらぬと受け止めてよろしいか?」
「はっ。……揺るぎ……ございません」
「貴候の主祭神、竈神スティエハに誓ってのことであるな?」
「その通りでございます」
「うむ。心がけ殊勝なり」
朗らかに笑って見せたリティアは、席を立った。30は年嵩であろうミトクリア候だが、15の王女に圧倒され、屈辱さえ感じることもできないまま平伏していた。
「貴候の忠義。第3王女リティアが、しかと受け取ったぞ」
「はっ……」
リティアは、背後に祀られた神像に顔を向けた。
「竈神スティエハ。そして、我らが父神、天空神ラトゥパヌよ。ミトクリア候の忠義をご照覧あれ」
厳かに告げたリティアの背を、ミトクリア候は見ることが出来ず、小刻みに身体を振るわせ続けている。
その姿に、顔をしかめていたアイカが、まっすぐ伸びるリティアの背中に向けて、口を開いた。
「で……殿下……」
「ん? どうした、アイカ?」
「す……少し、かわいそう……です……」
「なにがだ?」
「大人の男の人が……あんなに……怯えてて……」
「ははっ。アイカは優しいな」
「い、いや……」
アイカは唾をゴクリと呑み込んだ。
「カリュさんが言ってました。娘さんをサヴィアスさんの人質に差し出してるって……。だから、おじさんも仕方なくやったことだって……」
「はははっ。アイカにかかれば、列候も『おじさん』か」
「あっ! ……ごめんなさい」
リティアは少し腰を屈め、頬があたりそうなくらいに顔を寄せ、ミトクリア候を指差した。
「候は、私とご令嬢のために、怯えたフリをしてくれているのだ」
「え?」
アイカは思わず、リティアの顔を見返した――。
白狼と黒狼を両脇に従え、桃色髪の少女を側に立たせた第3王女に、ミトクリア候は平伏して小刻みに震えていた。
「此度は、たいそうな贈り物をいただいた」
と、微笑みを絶やさぬリティアの冷えた口調に、太り気味の中年列候が、這いつくばるように頭を下げた。
「私の初陣に勝利を贈っていただいた。このリティア。これ以上に嬉しい贈り物をもらったことはないぞ」
「ま、まこと……」
「礼と言ってはなんだが、ひとつ、ご忠告申し上げる」
「は……」
「我らの兄弟喧嘩、手出し無用に願いたい」
「兄弟喧嘩……」
「聖山三六〇列候におかれては、はた迷惑この上なかろうが、所詮は兄弟喧嘩だ。阿呆な兄が拳を振り上げ、別の阿呆の兄が拳で制す。仲裁しようと割って入ったところで、屈強な阿呆どもに巻き込まれて、殴り倒されるだけではないか」
楽しげに語るリティアの口調に誘われたミトクリア候が顔を上げると、冷えた視線に射抜かれ動きを止めた。
「我らはすぐに出立する」
「え……」
荒くれ者ぞろいと噂の第六騎士団に占領され、街を蹂躙されることに怯えていたミトクリア候であったが、すぐに出て行くという言葉に、安堵よりも不可解さへの不安の方が勝った。
「か、歓待の席など設けさせていただかねば……」
「私は、聖山戦争をやり直すつもりはない」
聖山戦争において、陥落させられた列候領は、王国騎士団の駐留を受け入れ参朝の意思を示したという故事がある。
「王国はいまだ盤石。ミトクリア候におかれても、サヴィアス兄を通じて、王国への忠義を明らかにされただけと心得る。それとも王国に反逆めされるか? ならば、改めて我が第六騎士団がお相手させていただくが」
「と、とんでもない」
「王国への忠義は変わらぬと受け止めてよろしいか?」
「はっ。……揺るぎ……ございません」
「貴候の主祭神、竈神スティエハに誓ってのことであるな?」
「その通りでございます」
「うむ。心がけ殊勝なり」
朗らかに笑って見せたリティアは、席を立った。30は年嵩であろうミトクリア候だが、15の王女に圧倒され、屈辱さえ感じることもできないまま平伏していた。
「貴候の忠義。第3王女リティアが、しかと受け取ったぞ」
「はっ……」
リティアは、背後に祀られた神像に顔を向けた。
「竈神スティエハ。そして、我らが父神、天空神ラトゥパヌよ。ミトクリア候の忠義をご照覧あれ」
厳かに告げたリティアの背を、ミトクリア候は見ることが出来ず、小刻みに身体を振るわせ続けている。
その姿に、顔をしかめていたアイカが、まっすぐ伸びるリティアの背中に向けて、口を開いた。
「で……殿下……」
「ん? どうした、アイカ?」
「す……少し、かわいそう……です……」
「なにがだ?」
「大人の男の人が……あんなに……怯えてて……」
「ははっ。アイカは優しいな」
「い、いや……」
アイカは唾をゴクリと呑み込んだ。
「カリュさんが言ってました。娘さんをサヴィアスさんの人質に差し出してるって……。だから、おじさんも仕方なくやったことだって……」
「はははっ。アイカにかかれば、列候も『おじさん』か」
「あっ! ……ごめんなさい」
リティアは少し腰を屈め、頬があたりそうなくらいに顔を寄せ、ミトクリア候を指差した。
「候は、私とご令嬢のために、怯えたフリをしてくれているのだ」
「え?」
アイカは思わず、リティアの顔を見返した――。
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