【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら

文字の大きさ
204 / 307
第九章 山湫哀華

191.母ふたり

しおりを挟む
 おおきく目を見開いたアナスタシアは、息も止めた。


 ――バシリオスは生きている。


 そのことを、アーロンが断言したからだ。

 宿の部屋に戻り、おなじテーブルを囲んでいる。恐縮するアーロンを押さえ付けるように座らせたのはアナスタシアであった。

 カリュとアイラも戻り、席につくアイカの後ろに控えた。

 バシリオスの所在を知る者は少ない。

 サミュエル、ペトラ、スピロなど現王宮側の人間を除けば、見張り兵ヨハンに喰い込んだアーロンとリアンドラしか知らない情報と言ってよい。ただし、遠く離れたヴールのロマナは、2人から報告を受けている。


「北離宮に……」


 と、アイカがつぶやいた。

 リティアの母、エメーウの宮殿であった北離宮は思い出深い。

 そこに、あのライオンのような金髪をした王太子が囚われている。カリュ、ロザリーと一緒にテーブルマナーを教えてくれた、赤縁眼鏡の童顔侍女長サラナもいる。

 思い出の場所が牢獄のように使われているのは不本意だったが、に踏みにじられるくらいなら、バシリオスとサラナが住んでいるという方が気持ちが救われた。

 アーロンが続けた。


「王都には私の同輩であるリアンドラという者が残っております。つねに警戒しておりますが、万一の際には、押し入ってバシリオス殿下を救出させていただきます」


 アナスタシアが、苦しそうに目を細めた。


「……ありがたいが、そなたらがロマナ殿より受けた命は、ベスニク殿の救出であろう……」

「いえ。すでにロマナ様より許可は受けております」

「……ロマナ殿が?」

「テノリアの王太子をリーヤボルクごときの手にかけさせてはならぬ。書状によりそう厳命されております」


 カリュが口をはさんだ。


「……恐れ入ります。アーロン殿は、バシリオス殿下と直接対面なされましたのでしょうか?」


 情報の確度をたしかめることは必要であった。しかし、アナスタシアは恐ろしくて聞けない。それを察したカリュが前に出た。

 アーロンは深くうなずいた。


「我らは商人のふりをして、見張り……というか世話係を手なづけております。日々、付け届けをを欠かさずにおるのですが、私が王都を出る前、牛の肉を一頭分とどけました」

「牛、一頭分……」


 アナスタシアがアーロンを見詰める。


「この世話係、図体が巨きいばかりで頭は弱いのですが性情の悪い者ではございません。バシリオス殿下に精をつける食べ物を求めてまいります」

「うん……」

「しかし、なかなか離宮の中までは入れません。そこで、大荷物になる牛一頭分の肉を持ち込み、運ぶのを手伝うカタチで扉をくぐったのでございます」

「うん、うん……」

「そうしたところ、たまたま中庭のテラスでお寛ぎのバシリオス殿下にお会いすることができたのです」

「ど、どうだった!? ひどい扱いを受けてる様子はなかった!?」

「ややおやつれのご様子でしたが、……私どもの臆断ですが、ご回復の途上にあるやにお見受けいたしました」

「そう…………」

「それから、侍女長のサラナ様に『一緒にバーベキューをしよう』と声をかけていただき、食事をともにしました」

「バシリオスの食欲はどうだった? ちゃんと食べてた?」

「はっ。ゆっくりとではありましたが、サラナ様から『ちゃんと噛むように』と言われながら、私どものお持ちした牛肉をご堪能いただきました」

「そうか……。サラナちゃんがいたら……安心ね」


 アナスタシアは深々と頭を下げた。


「アーロン……、いや、アーロン殿。我が愛息の近況を報せてくれてありがとう。感謝いたします」

「いえ、とんでもございません。テノリア王国臣民として当然のこと……。それに、正直に申し上げれば、私どもとしてはベスニク様も北離宮にいらっしゃるのではないかということを確認したかったのでございます」

「そうか…………」


 と、アナスタシアが目で問うと、アーロンは首を横にふった。


「残念ながら、北離宮にベスニク様はおられませんでした。…………世話係も一緒でしたので突っ込んだ話はできませんでしたが、皿の上にソースで西南伯の紋を描いたところ、サラナ様が首を横に振られ……」

「おいたわしいことよ……」


 ベスニクが虜囚の憂き目に遭っているその発端は、バシリオスの決起と、その後のルカスとの激突にあった。

 2人の実母として、アナスタシアは申し訳ない。

 自分がファウロスの正妃となる前に病没した側妃テオドラ。その娘であるウラニアが嫁いだ西南伯ベスニクが囚われている。

 また太子であるレオノラは誅殺され、孫娘のロマナが《大権のえつ》を代行して西南伯領を守っている。

 自分とは異なる系統の王族に、大きな危難が及んだ。

 特に義理の娘であるウラニアには息子の命を失わせてしまった。取り返しがつかない。おなじ母親として、その胸中を思うと、自分が息子たちを案じることさえ罪深く思える。

 なのに西南伯家は、非難めいたことは一切言わず、バシリオスのために骨を折ってくれている。

 その気高い行いに、アナスタシアは返す言葉を失っていた。

 青ざめた王妃の気配で、それと察したアーロンの声が柔らかくなった。


「私がヴールを発ったあとのことですが……、第1王女ソフィア殿下がヴールにお運びいただき、ロマナ様とウラニア様をお支えいただいているとか」

「ソフィア……」

「かの王弟カリストス殿下率いるサーバヌ騎士団の侵攻にも一歩も退かず、追い返されてしまわれたと聞き及びます」

「……あの、……やかましいから。さすがのカリストス殿下も退散するしかなかったのね」

「い……、異能にございますれば……」


 アーロンの無理なフォローに、皆が白い歯を見せた。

 正妃アナスタシアの系統と、故側妃テオドラの系統が互いに助け合っているのだと、アーロンが話を収めてくれたことにアナスタシアは感謝して目を伏せた。

 アイカは、その顔をじっと見つめた。

 わきあがる自責の念に耐えるような表情。熱い風呂につかって息を抜く直前にみせるような強張り。

 旧都からタルタミアに来る途中、アイカは再び《精霊の泉》に立ち寄っている。

 男子禁制の《ヒメ様温泉》に、アナスタシアとも一緒につかった。神と入浴という奇跡に、傷心の王妃はずいぶん癒された。

 いや、アナスタシアから見ても、とてつもなくのヒメ様――神功皇后と話ができたことが大きい。

 齢68を数えるアナスタシア。頼りがいのあるにただ話を聞いてもらうことなど、いつ以来か思い出せない。


『わかる……、分かるぞ。王妃よ』


 と、うなずいてくれるだけで、気持ちが幾分晴れるのが分かった。


『我もきさきであったが、夫に先立たれ、まだ胎の中に息子がおる状態で兵を率いねばならんかった……』


 神功皇后は夫、仲哀天皇に先立たれ、息子である応神天皇が胎中にあるまま戦争をたたかった。

 さらに先妻の息子たちが反乱を起こしたため、それも鎮圧せねばならなかった。

 ちなみに、アイカの守護聖霊である軍神八幡神は応神天皇の神霊であり、母神功皇后と、比売神ひめがみとあわせて八幡三神として祀られている。さらに比売神とは宗像むなかた三女神のことを指し、多岐津姫命たぎつひめのみこと多紀理姫命たぎりひめのみこと狭依毘売命さよりひめのみことの三柱である(※諸説あり)。

 王太后カタリナがアイカを審神みわけたとき「不思議な聖霊ね。何柱もの神様が重なって見えるわ」と言ったのには、そういう訳がある。

 ともあれ、息子とともに一柱の神として祀られるヒメ様は、アナスタシアを抱きしめた。


『この世界に生まれたそなたを加護する訳にはいかぬが、アイカを通じて見守っておるぞ』


 とのヒメ様の言葉に、アナスタシアは小娘に戻ったように涙した。


『王妃も、我の可愛いアイカを母のように見守ってやってくれ』


 貴い家の后・妃として――事情が異なるとはいえ――息子の身を戦乱に晒さざるを得なかった母ふたり。その抱擁が、アナスタシアの心を癒した。

 それから間もなく、アーロンからバシリオスの生存を報された。

 王国の父神である天空神ラトゥパヌとともに、ヒメ様の『加護』ではないかと、心の中で手を合わせた。


「どんなカタチでも、生きていてくれさえすれば良いのです……」


 アナスタシアが涙をぬぐった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 呉羽
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

異世界に転生したら?(改)

まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。 そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。 物語はまさに、その時に起きる! 横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。 そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。 ◇ 5年前の作品の改稿板になります。 少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。 生暖かい目で見て下されば幸いです。

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

子育てスキルで異世界生活 ~かわいい子供たち(人外含む)と楽しく暮らしてます~

九頭七尾
ファンタジー
 子供を庇って死んだアラサー女子の私、新川沙織。  女神様が異世界に転生させてくれるというので、ダメもとで願ってみた。 「働かないで毎日毎日ただただ可愛い子供と遊んでのんびり暮らしたい」 「その願い叶えて差し上げましょう!」 「えっ、いいの?」  転生特典として与えられたのは〈子育て〉スキル。それは子供がどんどん集まってきて、どんどん私に懐き、どんどん成長していくというもので――。 「いやいやさすがに育ち過ぎでしょ!?」  思ってたよりちょっと性能がぶっ壊れてるけど、お陰で楽しく暮らしてます。

処理中です...