【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら

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13.公女、痛みに耐える。

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主君カトランの辺境伯叙爵と功臣18名の騎士爵叙爵が内定した城内は、以前にも増して活気づいた。

カトランの推挙で選ばれた18名の人選にも皆が納得している。公正無私なカトランの姿勢を皆が讃えた。

18名以外にも従騎士として新生ガルニエ騎士団に加えられる者が選抜され、中庭で礼法を学ぶ。

その選に漏れた者たちでさえ誇らしげな表情で城内を行き来し、城内には冬とは思えない熱気と高揚感で満ち溢れた。


「よろしいものですね。戦勝というものは」


と、内政官のオーレリアンが柔和な微笑みを、わたしに向けてくれた。

カトランの執務室で、帳簿の付け方について確認してくれている。


「ええ……。わたしは、すっかり終わった後にこの城に参りましたが、大変な戦であったようですから」

「王都では、とんと見かけぬ光景です」


いかにも王宮文官といった知的な雰囲気のオーレリアンだけど、粗野な兵士たちを蔑むこともなく優しげに微笑む。

執務室の外のバルコニーではカトランとソランジュ殿下がお茶をされながら、中庭の騎士たちの訓練を眺めておられる。

ソランジュ殿下がお召しの白い毛皮のコートは、高価そうではあるけれど落ち着いたデザインで、高貴さが際立つ。

カトランには王家から贈られた、艶のある黒い毛皮のコートがよく似合っていた。


「よく出来ておられますね」


と、オーレリアンが帳簿を閉じた。


「本当ですか?」

「ええ。こちらは、アデール夫人が?」

「は、はい。……元あったものに手を加えさせていただきました」

「よく家政を学ばれている。感服いたしました」

「いや……、そんな」


さすがは〈堅物王女〉と呼ばれるソランジュ殿下に随行しているだけあって、オーレリアンからは王都の乱れた空気を感じさせられない。

弱冠20歳にして王女への随行を許されるとは、内政官としてかなり優秀なのだろう。

そのオーレリアンから、


「いえ、本当に。ガルニエ家は、良いご夫人を迎えられましたね」


と、透んだ青い瞳を細められては、恐縮して照れてしまう。

ここが王都ならば、姉に奪われると恐れるところだけど、北の辺地であればその心配もない。


「あ、ありがとうございます」


と、素直に頭を下げることができた。

バルコニーのカトランは、わたしの方を気にする様子もなかった。

ソランジュ殿下と楽しげに歓談している。


――謹厳なカトランは、〈堅物王女〉と気が合うのかもしれないわね……。歳も近いし……。


と、そっとソファから立った瞬間、


――ここで、カトランと……、パトリスのことを話し合った……。


という思いが、ふっと、頭をよぎる。

あのときのカトランの笑顔が、随分遠くなってしまったような錯覚をふり払い、執務室を後にした。

オーレリアンに城内を案内して歩く。

若き伯爵令息で内政官。オーレリアンの洗練された立ち居振る舞いと、兵士たちにも礼儀正しい所作に、


――王都にも、こんな〈良心〉が残されていたのね……。


と、感銘を受けた。

オーレリアンが微笑むと、廊下ですれ違う粗野な兵士たちまで感化されるのか、少し威儀を正すように見えた。

貯蔵庫を案内するときには、ザザにも立ち会ってもらった。

中も外も気温は変わらず、扉は開け放したままにする。


「貞淑なのですね」


と、オーレリアンが微笑んだ。


「いえ……、夫人ですし」


そして、庫内を案内する。


「なるほど、よく整理整頓されています」

「……ガルニエ家の家風なので」

「たとえばですが……」


と、食料の棚をオーレリアンが指差した。

白くて細い指。武骨な城内の兵士たちとは全然違う、貴公子の指だった。


「……アデール夫人?」

「あ、はい。……すみません。なんでしょうか?」

「数えやすい10個単位で収納されていますが……、たとえば、週単位、つまり7個ずつ収納する。という考え方もあります」

「な、なるほど~」

「これだと端数が出にくく、紛失や不正を防ぎやすい。……ひとつ余っているものを、ついポケットに入れてしまうのは、本人のせいばかりではなく、管理する側の問題ともいえます」

「……う~ん、なるほど」

「もちろん、運用次第ですので、一概にどちらが良いとは言えませんが、ご参考までに」

「はい。ためになります」


オーレリアンの柔らかな語り口は、頭に入ってきやすい。

ザザとふたり、うなずき合いながら貯蔵庫を出た。

そのとき、休憩中のギオとパトリスが楽しげに語り合いながら、中庭から出てくるのが見えた。


「ギオ、すごく……、カッコいいよ?」

「へっへ。儂なんかをマネしちゃいけませんぜ?」

「騎士って、お姫様を守るんでしょう?」

「はははっ。そりゃ、物語の中だけのことですよ」

「……お姫様って、ソランジュ殿下?」

「あ~、ありゃあ……、ちょっと歳が行き過ぎてるかな?」

「え~っ?」

「へっへ。……内緒ですぜ」

「う~ん、分かった!」


パトリスは、わたしに気付くこともなく通り過ぎていった。


「この城の方は、みなさん奔放ですね」


と、柔らかく微笑むオーレリアンに、肩をすくめて苦笑いを返した。

オーレリアンを見送り、部屋に戻る途中、ザザがわたしの顔をのぞき込んだ。


「……アデール?」

「うん? ……なに?」

「あの男は、曲者だぜ?」

「……え? ……オーレリアンのこと?」

「そう。あんまり、深入りすんなよ」

「う~ん……」

「やめとけ、やめとけ」

「ふふっ。……深入りもなにもないわよ。滞在中、ご指導くださるだけだし」

「……それでも、やめとけ。あんまり近寄るな」

「……もう。分かったわよ」


その夜のことだった。

今夜の晩餐会でも、カトランはソランジュ殿下との政治向きのお話ばかりで、わたしに気を遣ってくれることはなかった。


――勅使の王女殿下の方に気を遣うのは当たり前よね……。


と、ひとり、部屋に戻る。

大公家から政略結婚で送り込まれたといっても、捨て子同然の身の上であることを噛み締め、窓の外の夜闇を見詰めた。

結婚後、母女大公からは一通の書簡も届いていない。

わたしのこともガルニエ家も、母が重視しているとは到底思えない。


――このまま、貯蔵庫と帳簿の管理だけをして、生涯を終えるのだろうか……。


ふと、暗い考えに襲われる。

辺境伯に叙爵されるカトランは、母の後ろ盾のないわたしを、果たして丁重に扱い続けてくれるだろうか。

そうなれば、パトリスだって……。

と、そのとき、

コンコンッと、扉をノックする音がした。

我に返って、返事をする。


「オーレリアンです」

「……あら? どうされました?」

「王都から持って来ていた書物の中に、御家の貯蔵庫管理の参考になりそうな記述を見付けまして」

「あら」

「夜分ですが、今日お話したばかりでしたので、早い方が良いかと思い、お持ちさせていただきました」

「それは、ご丁寧に……」


と、扉を開けると、オーレリアンが柔らかな微笑みを浮かべて立っていた。

どこか、ホッとする自分がいた。


「少しご説明させていただきたいのですが……、中に入れていただいても?」

「え……、ええ。どうぞ、お入りになってください」


と、オーレリアンを部屋の中に招き入れる。


「今、ザザにお茶を……」

「いえ、すぐに帰りますから」

「そうですか。……なんだか、申し訳ありませんわね」


と、わたしがソファに座ったとき、オーレリアンが扉を閉めようとしているのが目に入った。


「お待ちください!」

「……なにか?」


と、オーレリアンは目をほそめ、柔和な微笑みを返してきた。

けれど、扉のノブには手をかけたままだ。


「……扉は、そのままで」

「でも、冷えますよ?」


わたしの言葉に苦笑いを返すオーレリアンがそのまま閉めようとする扉に、駆けて飛び付いた。


「扉は閉めないでください」

「ですが、廊下の冷たい風が入ってしまいますよ?」


と、オーレリアンは柔和な笑顔を浮かべたまま、扉を引く力を緩めてくれない。


「ダメです!」

「暖炉の薪が無駄になりますよ?」

「それでも、ダメです!」

「女性が身体を冷やすと大変です」

「ダメなんです! どうしてもと仰られるなら、部屋から出てください!」

「せっかく、書物をお持ちしましたのに」

「明日、カトランの執務室で拝見させていただきます!」

「早い方がいいですよ?」

「それでもです!」

「鉄は熱いうちに打てというヤツですよ?」


扉が閉まらないようにと両手で押さえ、脚で踏ん張る。

なのに、ジリジリと扉が閉まっていく。

城の兵士と違い、線が細く見えるオーレリアンなのに、男の人の力には敵わない。

柔和な笑顔を浮かべたまま、どうしても扉を閉めようとしてくる。


「扉を閉めてはダメです!」

「ちょっとの間だけですよ?」

「ダメなものは、ダメなんです!」


と、扉が閉まり切りそうになったとき、隙間の下の方からニュッと、何かが伸びた。


――ほそい……、腕……? パトリス!!


挟まれたら……と、血の気が引き、わたしは咄嗟に、扉の隙間に肩を押し込んだ。

その瞬間、オーレリアンは強い力で扉を引き、バンッと挟まれた肩に激痛が走る。

痛みのあまり、その場で倒れ込むようにうずくまってしまい、わたしの身体が押し開ける形で、扉が開いた。


「継母上!!」

「……ケガは、ない……? パトリス」


肩を押さえ、激しい痛みに耐えながら、パトリスの顔を見上げた。
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