【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら

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12.公女、目を細める。

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賓客を迎えての晩餐会。重要な社交シーンだ。当然、交わされる会話は大切。


「とにかく、口に物を入れたまま喋らない。これだけは守りましょう!」


パトリスを猛特訓した。

経験がないのだ。食事中の会話に。


「恐らく、勅使様は主にカトランと会話されるはず。でも、礼儀としてパトリスにもお声掛けがあるかもしれません」

「……」

「そのとき、返事が遅れてしまっても、口の中にある物を呑み込んでから、お返事するのよ?」


と言うわたしに返事をしそうになって、慌ててモグモグするパトリス。可愛い。


「いや……、実は私も……、ずっと戦場暮らしだったから」


というカトランも含め、3人で晩餐会の練習。なかば強制的にカトランとパトリスが会話を交わす機会にもなった。


「はい、パトリス。会話も大切だけど、食事の手も止めないで。晩餐なんだから」

「……む、むずかしいよ」

「にこやかに」

「はう……」

「にこっ」

「に、にこっ……」

「ガルニエ子爵家の名誉に関わることです。頑張りましょうね!」

『養父上……、意外と……厳しいですね。アデール』

『……本当だな』

「はい! 晩餐会中にヒソヒソ内緒話をしない。席につく皆で会話を楽しむのです」

「は……、はい」


と、養父ちち養子むすこの返事がそろった。

わたしもそれほど経験がある訳ではないのだけど、ここは心を鬼にして厳しく指導。

お陰で勅使である第二王女ソランジュ殿下をお迎えしての晩餐会は、つつがなく進んでいる。


「辺境伯……、ですか」

「そうです。カトラン殿の壮烈な武功に応えるには、いささか物足りないかもしませんけれど」


と、優雅に微笑まれるソランジュ殿下のお言葉に、わたしがヘラジカのソテーを喉に詰めそうになってしまった。

辺境伯は、異民族と接する諸侯に特別に与えられる爵位で、大きな権限と独立性を王国から認められる。

子爵から辺境伯への叙爵など、王国で過去に例がないはずだ。

カトランが口の端を上げた。


「随分、気を遣っていただきましたな」

「……アデール殿のご出自、ランベール大公家も、辺境伯から昇格して今の地位にあります」

「あ、はい……。3代前に、叙爵していただきました」


と、ソランジュ殿下の優美な微笑みにドキドキしながら、お応えする。

ソランジュ殿下のテーブルマナーはもちろん完璧だし、所作の一つひとつが流れるように美しくて無駄がない。

王都の社交界を嫌っていると聞いていたけれど、それは乱れを忌まれているだけであって、社交そのものを苦手とされている訳ではないのだと解かる。


「ガルニエ家は、王家、大公家に次ぐ王国第三の家格となりますわね」

「ふふっ。……大公家と縁戚である我が家に、辺境伯などと過大な権威を与えてよろしいのですかな?」


カトランの挑発的な物言いにハラハラしてしまうけど、ソランジュ殿下に動揺は見られない。


「アデール殿が、姉君のファネット殿を追い返したと、王都では噂になっておりますのよ?」

「……え?」

「うふふっ。北の野蛮な猛獣に会って来たと、武勇伝のように面白おかしく語っておられるそうですけれど」


姉らしい話だ。

わたしを貶め、嘲笑い、取り巻き連中と物笑いの種にしているのだろう。


「……左様でしたか」


ソランジュ殿下の手前、微笑は絶やさないけれど、急に食事の味が失われた。

大公家とガルニエ家を繋ぐのが、母女大公からわたしに課せられた役割だろう。辺境伯への叙爵前に政略結婚を成立させた母の政治感覚は鋭い。

その大公家と対抗関係にある王家のソランジュ殿下から、


――繋がりは薄いのでは?


と、指摘され、本来であれば、わたしは釈明もしくは抗弁しなくてはならない。

けれど、とてもそんな気が起きない。

ソランジュ殿下は満足そうに微笑みを重ね、気品あるお顔をカトランに向けられた。


「王都の主は、王家ですのよ?」

「なるほど、分かりやすい懐柔です」

「ふふっ。……これまでのガルニエ家に対する冷遇を悔いているのは、大公家だけではないということですわ」

「それで、辺境伯ですか」

「お受けいただければ、ガルニエ家が王家に忠誠を誓い、王国に残るという分かりやすい証になりますでしょう?」


北の帝国からの侵攻を独力で退けたガルニエ家は、事実上、独立勢力に近い。

王家は、ガルニエ家の独立、つまりカトランの即位を恐れているということか……。

ソランジュ殿下が言葉を継がれた。


「さすが政治巧者でいらっしゃる女大公殿下の手は早かったですけれど、王家としても当然、ガルニエ家を重視しているということをご理解いただきたく」

「ふふっ。帝国との和約を、国王陛下の頭越しに子爵風情が結んだという事実を、上書きしようという肚ですな?」

「ええ、もちろん。辺境伯と皇帝の和約ならば、王家の面目も立ちますからね。たとえ追認でありましても」

「なるほど。……殿下は正直なお方だ」

「今さら隠し立てのしようがない事実ですから。虚勢を張れば、かえって惨めな思いをするのは王家の方です」


優美な風情を保たれたまま、ソランジュ殿下は王国の枢機をこともなげに語られる。

カトランとの間に流れる緊張感に、まだ16歳の小娘でしかないわたしが割り込む隙間は見つけられない。

母女大公から、何も持たされてもいない。


  Ψ


王家からはさらに荘園がひとつ、ガルニエ家に進呈され、


「もらえるものは、もらっておこう」


と、カトランは辺境伯の授爵に応じた。

ただちに、国王陛下の正式な勅許を求める早馬が王都に飛ぶ。

折り返し勅許状が届き次第、叙爵となる。

それまでの間、ソランジュ殿下は城にご滞在されることになった。

加えて、王家からはマルクや傅役のギオなど、カトランの功臣18名を騎士爵に叙爵することも認められた。


「がははははっ! 実に大盤振る舞いなことですな!」


と、豪快に笑うマルクを団長に、ガルニエ家の騎士団が再興される。

その準備として、ソランジュ殿下がお連れの護衛騎士からマルクたちに、王国騎士としての礼法が授けられる。


「へっへ。儂が騎士様とは、世も末だ」


と、笑うギオも講義に加わり、城の中庭で儀仗などを学ぶ。

それを見学させてもらうパトリスも目を輝かせ、身を乗り出してジッと見詰める。

ザザがギオに贈った眼帯に縫い込まれた金糸の刺繍が、誇らしげに輝いて見えた。

王家からの名誉ある扱いを受け、城全体が高揚感に包まれている。

パトリスの隣でわたしも、マルク卿やギオ卿の照れ臭そうな笑みを眺め、ふと城を見上げると、バルコニーでカトランが、ソランジュ殿下とお茶をしていた。

侍女や執事、メイド、護衛の騎士も含めて実に大勢の近侍に囲まれたソランジュ殿下は、優雅に微笑まれている。

冬の備蓄に影響しないようにと、自分たちが消費する物以上の食料や物資をガルニエ家に贈った上でのご滞在だ。

自ら離宮に退かれているとはいえ、ソランジュ殿下は王家を代表してこの城におみえになっている。

ふたりは和やかに歓談されていて、……よくお似合いだった。

ソランジュ殿下は24歳。カトランの武威に匹敵するだけの、威厳と気品を漂わせて見えた。

ひとり、貯蔵庫に足を運んで、在庫を数える。

昨日も確認した帳簿と照らし合わせ、なんの問題もないことを、今日も確認した。

すべての在庫を丁寧に数え、外に出ると、すでに宵闇に包まれていて薄暗い。

中庭の方から、興奮気味のパトリスの声が聞こえた。

ギオに、今日見た騎士の礼法について質問しているようだ。

いつものパトリスのように控え目ながらも、楽しそうな興奮を隠せない声に、寒さで強張った目を細めた。

手にハァーッと白い息を吹きかけると、ザザの声がした。


「おっ、アデール。こんなところにいたのか。もう、晩餐の時間だぞ? 今日も王女様との晩餐会なんだろ?」

「うん! 分かった、すぐに行くわ!」


努めて、明るい声で応えた。


  Ψ


「アデール殿?」


と、晩餐会の席で、ソランジュ殿下からのお声掛けに、ビクッと身体を震わせてしまった。


「……はい」

「カトラン殿とも相談させていただいたのですが、この城には文官がおらず、家政をアデール殿が一手に担われているとか」

「あ……、いえ。侍女のザザが手伝ってくれていますので……」


ザザは本当によくやってくれている。

とても助かって、とても頼りにしている。

なのに、


――ひとりだけ……、

――雑貨屋の娘……、


という思いを、つい脳裏によぎらせてしまい、口のなかを軽く噛んだ。


「さすが、アデール殿は大公家の政館でお育ちなだけのことはありますわね」

「いえ……」

「まだお若いのに、ご立派なことですわ」


ソランジュ殿下のお声に、わたしを侮蔑する響きはない。むしろ、敬意を感じる。

なのに、わたしが勝手に自分の心を締め付けてしまう。


「差し出がましきことながら」


と、ソランジュ殿下が微笑まれた。


「私に随従している者のなかに、王宮で内政官を務めている者がおります」

「……え?」

「さすがに貸し出す訳には参りませんが」

「え、ええ……」

「滞在中、アデール殿に助言などさせていただくことは出来ます。もし、よろしければいかがでしょう?」

「そ……、それは、ありがたいお申し出にございます」


わたしの返事に満足されたのか、ソランジュ殿下は随従の内政官だという若い男性を食堂に招き入れられた。


「オーレリアン・ペリエにございます。ペリエ伯爵家の次男です」


と、片膝を突いて流麗な跪礼を披露してくれた、内政官のオーレリアン。

薄い琥珀色をした髪は丁寧に整えられ、格式高い法服に身を包んでいる。

顔をあげれば、ターコイズブルーの透んだ瞳に柔和な光を宿し、艶のある唇でわたしに微笑みを向けていた。


「まだ歳は二十歳。後学のために随従させていただきました浅学非才の身なれど、アデール夫人のお力になれることがございましたら、幸いにございます」

「よ……、よろしくご指導くださいませ」


と、オーレリアンの優しげで柔和な眼差しから目を背けるようにして、頭を下げてしまった。

なぜか、いまの自分の顔をカトランに見られてはいけないような気がして、しばらくの間、深々と頭を下げていた。
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