美容整形するために夜間魔法学校に通っているだなんて言えない

陽花紫

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昼は仕事 夜は学校

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 翌朝、まだ夜明けの薄明かりの中で、レイは目を覚ましていた。
 屋根裏部屋の小窓から差し込む光が、古い床板の割れ目を淡く照らしている。
 昨日のことが、まるで夢であるかのように思い起こされる。
 しかし、鏡の中の顔はこれが現実であることを告げていた。

 整形前の顔は、何度見ても心が沈んだ。
 それでもレイは顔を洗い、服の襟を正した。
「今日から、やり直すんだ」
 そう宣言した声は、かすかに震えていた。

***

 昼は、書店の仕事の時間である。
 この書房は街の外れにある小さな本屋で、客足もそう多くはなかった。
 しかし、静かな空間に満ちる紙とインクの匂いは電子機器に慣れてしまっていたレイにとっては、新鮮で心地がよかった。
「その棚の、上の段の本は魔法理論というものでな。この先のレイの勉強に役立つかもしれん」
 そう店主が笑みを浮かべる。
「……魔法理論、ですか」
「夜間学校に行くなら、いずれ必要になる。難しい言葉ばかりだがな」
 レイは目を輝かせながら、背伸びをして本を並べていく。
 本の表紙に触れるたびに、知らない世界が少しずつ開いていくような気がしたからだ。

 客の中には、ローブを身に纏う者や杖を持った者も多くあった。
 彼らの仕草はどこか洗練されており、いかにも魔法使いといった雰囲気をかもしだしていたのである。そして、その憧れが今のレイを支えていた。


 夕暮れ時、仕事を終えたレイは書店を出て夜間魔法学校へと向かっていた。
 石畳の道を歩くと、ランプの灯りがぽつぽつとともり始める。
 街の中心にある学舎は、古い修道院を改築したような建物であり、ステンドグラスの窓から淡い光が漏れ出ていた。

 校門の前で立ち止まり、レイは深く息を吸った。

「よし。ここから、はじめるんだ」

 入学手続きの列に並ぶと、周囲の人々は思いのほかレイよりも年上であることに気付く。
 レイのような若者もいたが、その多くは二十代後半から四十代ほどであろうか。昼間に見たローブ姿のような人物は誰一人としておらず、皆思い思いの私服に身を包んでいた。
「夜間学校は、働きながら通う人が多いんですって。私も、仕事を終えてきたばかりなの」
 と、隣の女性が微笑んだ。
 薄茶色の作業着姿の彼女の手には、炭で汚れたような黒い跡があった。
 どうやら、何かの職人らしい。
「あなたも、仕事終わりに?」
「はい。えっと、本屋で働いてます」
「そう、素敵ね。ちなみに、魔力はどのくらいある?」
「恐らく、少ないかと……」
「なら、補助が出るわね。申請が通れば、授業料も安くなって日常魔法の必修も楽になるはずよ」

 ――補助。
 店主から教わった制度を思い返し、唇を噛みしめる。
 補助が出るということはつまり、魔力が低い者という印を押されるようなものでもあったのだ。
 しかし、それでも構わない。魔力が低くてもいい。レイは魔法で綺麗になれるのなら、どのような評価をされようとも気にしない覚悟でいたのであるから。

***

 無事に入学証明も届き、いよいよ魔力測定の日がやってきた。

 円形の講堂に集められた生徒たちの中央には、水晶のような装置が置かれていた。
 順番に前へ進み出て、次々と水晶へと手を触れる。
 どうやら魔力の強さによって、水晶の色合いが変わる仕組みらしい。
 赤色は高位、青色は平均、黄色は低位。そして、光らなければ魔力なし。
 この世界では、よっぽどのことがない限り魔力がない人間は存在しないと言い伝えられていた。光らない判定があるのは、動物などが誤って触れてしまった時のためだという。
 前の人々は、着実に赤や青に水晶を光らせていた。 

 緊張のなか、レイの順番がやってきた。
 思わず震える手を、レイは何度か握りしめた。

 意を決して、水晶に触れる。
「頼む、光ってくれ」
 祈るような気持ちで待っていると、水晶がかすかに淡い黄色の光を浮かべた。
 会場が、ざわつく。
「えっ、……ほとんど光らなかったね」
「珍しいな、あんな魔力低い人間いるんだな」
 そのような言葉に、レイの頬が一気に熱くなる。

 俯きながら席へと戻ると、背後から小さな声が耳に届く。
「大丈夫だ。黄色でも、光るだけマシだからな」
 振り向くと、少し寝癖のついた茶髪の青年が穏やかな笑みを浮かべていた。
「俺なんか、最初は光らなかったんだ。動物なんじゃないかって言われてさ、でも何回かやり直したあとに薄い黄色が出てきた」
「……本当?」
「ああ。今は、ここでどうにか生活魔法くらいはできるようになったしな。何事も、努力次第だ」
 その笑みは、まるで太陽のようにあたたかだった。
「俺、リオ。よろしく」
「……レイ、です。これからよろしく」

 ――リオ。
 その名前を口にした瞬間、胸の奥に小さな灯りがともったような気がしていた。


 授業が始まると、レイはすぐに魔法というものに苦戦していた。
 魔力の流れを感じることすら難しく、何度杖を振っても光は生まれない。
 数か月先に入学していたリオは、そのようなレイの隣で根気よく魔力のことを教えていた。
「無理に力を押し出そうとしなくていいんだ。肩の力を抜いて、そう。両手で水をすくうように……」
「すくう?」
「そう、すくった水を流すように体から放つんだ」
 レイは、リオの手の動きを真似てみる。
 指先をすべらせるように空気を撫でると、わずかに青い火花が散る。
「やった!」
「そうそう、できたじゃん」
 リオが、力強く笑う。その声がなぜか耳に心地よく響いていく。

 教わった動きを何度か繰り返した後、レイは多少はコツを掴めるほどになっていた。
 小さく息をつき、リオに向けてそっと微笑む。
「ありがとう、初めて魔法を使えたよ」
「どういたしまして。やれば、どんどんできるようになるんだ」

 朝になり授業が終わると、二人は帰り道を並んで歩いていた。
 昇り始めた太陽の光が、静かに足元を照らしていた。
 書店の方へと向かう途中、リオがふと空を見上げてこう言った。
「レイは、どうして魔法を学びにきたんだ?」
「えっ……」
 一瞬、答えに詰まる。
 整形のため、とは口が裂けても言えなかったからである。
 どうにか思考を巡らせて、当たり障りのない回答を探していた。
「生活に困らないように、って思って」
「そうか」
 リオは、優しく笑っていた。
「えらいな。俺も、似たようなもんだな。小さい頃、家が貧しくて学校に行けなかったからさ」

「……そうだったんだ」
「でも、今は勉強することが楽しみなんだ。何より、こうして友達もできたからな!」
 友達。
 その言葉の響きに、レイは息が詰まりそうになる。
 誰かにそう言われたのは、いつ以来のことであろうか。
「明日からも、頑張ろうな!」
「うん、ありがとう。また明日」

 屋根裏部屋に戻り、レイは机の上の鏡を覗き込む。
 魔法が使えるようになったからといって、すぐにはその顔は変わらない。
 しかしわずかに、目の奥の光が違って見えた。

「……リオみたいに、笑えるようになりたい」

 指でそっと、鏡の縁をなぞる。
 その手の動きは、いつか自らを変えるための魔法であるかのようにも見受けられた。

 外では、鳥が鳴いていた。
 どこか遠くで鐘の音が響き、朝の爽やかな風が街を包み込む。

 この世界に来たことが、何かしらの運命によるものなのかはまだわからない。
 だが、レイはほんの少しだけこの世界を信じてみようと思っていた。

 ”魔法で綺麗になる”という夢の先に、もしかしたら“誰かと笑い合う未来”があるのかもしれないと。

 その後、レイは初めて穏やかな眠りにつくことができた。
 夢の中で見たのは、かつて憧れていた“完璧な顔”ではなく、誰かに優しく微笑みかける素朴な自らの姿であったのだ。
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