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異世界転移と元の顔
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その日レイは、何度目かの施術を終えて家に帰る途中であった。
「このメンテが終わったら、次は顎でも小さくするか?」
そうスマートフォンを片手に、次に手を加える場所を考えていたのだ。
レイは、巷で言うところの整形男子でもあったのだ。
物心ついた時から、自らの顔を心底嫌っていた。厚ぼったい一重に低い鼻、おまけに顔も大きく、思春期を過ぎたころから肌荒れもひどくなった。
アルバイトに精を出して貯金を溜め、やっとの思いで美容整形をはじめたのは高校三年生の時。
一重の瞼がすっきりとした二重になるだけで、世界が変わったような気がしていた。
それから、もう何年と整形や調整を繰り返していたのである。
髪色は近頃の流行で黒に戻してはいたものの、元の顔は見る影もないほどに今のレイの顔は変貌を遂げていた。
突然、クラクションの音が、けたたましく鳴り響く。
「えっ、やば……」
スマートフォンに夢中になるあまり、そレイは赤信号の横断歩道を歩いていた。
「……あれっ?」
大きな衝撃を覚悟していたものの、不思議と体に異変はなかった。
目を開けた瞬間、空の青と雲の白が飛び込んでくる。レイは仰向けに倒れたまま、状況を整理する。確かにトラックと接触しようとしていたのに、これは一体どのようなことであるのかと。
しばらくぼんやりと空を眺めていると、夕暮れの陽の光が雲の切れ間から滲み出る。見慣れた都会の夕陽とは違う。とても柔らかく、温度のある光であった。
ふと、自らの手を見つめて凍りつく。
ネイルサロンに通って整えていた爪に、いつものような艶がなかった。
細く白い指はそのままに、爪の形は不揃いでいささか血色が悪いようにも見受けられる。
「……違う、俺の手じゃない」
すぐさま立ち上がり、よろけながらも近くの水たまりへと駆け寄った。
そこに映っていたのは、やけに見覚えのある――しかし、もう二度と見たくないと思っていた顔であった。
「嘘だろ?」
ひどく掠れた声が、口から吐き出される。
水面の中で眉を寄せたその顔は、整形する前のレイのもとの顔であったのだ。
鼻筋は低く、厚ぼったい一重瞼。口角は下がり、顎のラインもぼんやりとしていた。肌は荒れてはいないものの、どこかくすんだような色合いをしていた。
何より、鏡のようにはっきりと映るその顔には、あの“自信”という光がない。
「どうして、なんで……」
喉の奥が、焼けるように痛みはじめる。
整形に費やした時間と金、そして何より自らを変えたという誇りが、一瞬で奪われた瞬間でもあったのだ。
レイは両手で顔を覆い、うなだれた。震える指の間から、とめどなく涙がこぼれ落ちていく。
どれくらいの時間が経過したのだろうか。
陽はすでに沈み、薄闇があたりを包んでいた。
どこか遠くで鳥の声がする。現実とは思えないほど静かで、とても冷たい夜であった。
レイは、ようやく歩き出すことにした。
しばらく足を進めると、倒れていた草原の先に小さな灯りを見つけた。
そこには古びた石造りの家があり、扉の隙間から暖かい光が漏れていた。
恐る恐る、ノックをする。
「……あの、すみません」
思わず声が震えてしまったものの、レイはいま一度声をかけた。
「すみません、夜分に失礼します」
やがて、扉が軋む音とともにゆっくりと開いた。
中から現れたのは、白髪混じりの老婆であった。
「……おやまぁ、旅の方かい? こんな夜更けに珍しいね」
レイは、苦い顔をしながらも微笑んだ。
「すみません。道に迷ってしまって、……助けていただけませんか?」
老婆は、目を細めて頷いた。
「まあまあ、それは大変だこと。冷えた体で倒れたらいけないよ、おあがりなさい」
暖炉の前に通されたレイは、熱いハーブティーを手渡される。
「ありがとうございます」
カップの縁から立ち上る香りによって、少しだけ現実感を取り戻す。
「あの、ここは一体どこなんですか?」
「シリルの森の外れだよ。街までは、そうだねえ……歩いて半日ほどかねぇ」
そこは、聞いたこともないような地名であった。
その瞬間、レイは認めざるをえなかった。
ここはもう、自らがいた世界ではないどこか別の場所なのだと。
***
翌朝、レイは老婆に礼を言って出発した。
日差しがまぶしく、空気はどこか澄んでいた。歩く道すがら、すれ違う人々がみな腰に奇妙な光る石を提げていることに気付く。
「これは、魔力石というんだよ」
昨晩の老婆の言葉が、頭をよぎる。
魔力。
それが、この世界の常識らしい。
市場の露店で火を点けるにも、食器を洗うにも、すべて当たり前のように魔法が使われていた。道端で子供が転んで血を流しても、母親が呪文を唱えるだけでその傷は癒えていた。
恐らく、医療施設などはこの世界に存在しないことであろう。
しかし、レイは胸の奥に微かな期待を抱いていた。
――もしかしたら、魔法でこの顔を変えられるのかもしれない。
無事に街へと辿り着くことができたその日、レイはさっそく仕事を探していた。
所持金など、あるはずもない。
通りを歩いていると、『人手募集』と書かれた紙が貼られた店のようなものが目に入る。
木製の看板には、淡い金の文字で”書房”と刻まれていた。
中から漂うインクと紙の匂いが、妙に心を落ち着かせていく。
扉を押して入ると、年老いた店主が顔を上げた。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
その柔らかな声に、レイは思わず頭を下げる。
「表の貼り紙を見まして……。その、ここで働けませんか?」
「君、旅人かい?」
「はい。でも、この街に住むって決めたんです。毎日働けます」
店主は少し考え込んだ後に、ゆっくりと頷いた。
「ふむ。じゃあ、明日から来てみるかい? 住み込みでもかまわんよ」
「……いいんですか?」
驚くレイに向けて、店主は人のいい笑みを浮かべていた。
「君は真面目そうだしね。給金は少ないけど、夜学に通う者には悪くない条件だと思う」
その言葉に、レイは思わず首をかしげる。
「夜学、ですか?」
「違うのかい?最近通っている人が多いと聞くよ。そこに新しくできた、夜間の魔法学校のことさ。働きながらでも通える、大人の学び舎だ」
魔法学校。
レイの胸の奥で、その言葉が強く響き何かが弾けた。
――魔法で、美しくなれるのか?
レイは静かに拳を握り、店主に向かって声をあげた。
「俺、そこに行きたいです!いろいろと、教えてもらえませんか?」
***
初日の仕事を終えて、レイは書店の屋根裏部屋のベッドに横たわり薄暗いランプの灯りを見つめていた。
昼間は仕事、もしかしたら夜は魔法学校に通うことができるのかもしれない。
そのような生活が始まるのだと思うと、途端に胸がざわめきはじめる。
ふと、脇に置いた小さな手鏡を手に取る。
見慣れない顔ではあるものの、どこか懐かしい。ほんのわずかだが、口角も上がっているような気がしていた。
「いつか、魔法で綺麗になってやるからな」
そう小さく呟いた声は、夜の闇に溶けていった。
「このメンテが終わったら、次は顎でも小さくするか?」
そうスマートフォンを片手に、次に手を加える場所を考えていたのだ。
レイは、巷で言うところの整形男子でもあったのだ。
物心ついた時から、自らの顔を心底嫌っていた。厚ぼったい一重に低い鼻、おまけに顔も大きく、思春期を過ぎたころから肌荒れもひどくなった。
アルバイトに精を出して貯金を溜め、やっとの思いで美容整形をはじめたのは高校三年生の時。
一重の瞼がすっきりとした二重になるだけで、世界が変わったような気がしていた。
それから、もう何年と整形や調整を繰り返していたのである。
髪色は近頃の流行で黒に戻してはいたものの、元の顔は見る影もないほどに今のレイの顔は変貌を遂げていた。
突然、クラクションの音が、けたたましく鳴り響く。
「えっ、やば……」
スマートフォンに夢中になるあまり、そレイは赤信号の横断歩道を歩いていた。
「……あれっ?」
大きな衝撃を覚悟していたものの、不思議と体に異変はなかった。
目を開けた瞬間、空の青と雲の白が飛び込んでくる。レイは仰向けに倒れたまま、状況を整理する。確かにトラックと接触しようとしていたのに、これは一体どのようなことであるのかと。
しばらくぼんやりと空を眺めていると、夕暮れの陽の光が雲の切れ間から滲み出る。見慣れた都会の夕陽とは違う。とても柔らかく、温度のある光であった。
ふと、自らの手を見つめて凍りつく。
ネイルサロンに通って整えていた爪に、いつものような艶がなかった。
細く白い指はそのままに、爪の形は不揃いでいささか血色が悪いようにも見受けられる。
「……違う、俺の手じゃない」
すぐさま立ち上がり、よろけながらも近くの水たまりへと駆け寄った。
そこに映っていたのは、やけに見覚えのある――しかし、もう二度と見たくないと思っていた顔であった。
「嘘だろ?」
ひどく掠れた声が、口から吐き出される。
水面の中で眉を寄せたその顔は、整形する前のレイのもとの顔であったのだ。
鼻筋は低く、厚ぼったい一重瞼。口角は下がり、顎のラインもぼんやりとしていた。肌は荒れてはいないものの、どこかくすんだような色合いをしていた。
何より、鏡のようにはっきりと映るその顔には、あの“自信”という光がない。
「どうして、なんで……」
喉の奥が、焼けるように痛みはじめる。
整形に費やした時間と金、そして何より自らを変えたという誇りが、一瞬で奪われた瞬間でもあったのだ。
レイは両手で顔を覆い、うなだれた。震える指の間から、とめどなく涙がこぼれ落ちていく。
どれくらいの時間が経過したのだろうか。
陽はすでに沈み、薄闇があたりを包んでいた。
どこか遠くで鳥の声がする。現実とは思えないほど静かで、とても冷たい夜であった。
レイは、ようやく歩き出すことにした。
しばらく足を進めると、倒れていた草原の先に小さな灯りを見つけた。
そこには古びた石造りの家があり、扉の隙間から暖かい光が漏れていた。
恐る恐る、ノックをする。
「……あの、すみません」
思わず声が震えてしまったものの、レイはいま一度声をかけた。
「すみません、夜分に失礼します」
やがて、扉が軋む音とともにゆっくりと開いた。
中から現れたのは、白髪混じりの老婆であった。
「……おやまぁ、旅の方かい? こんな夜更けに珍しいね」
レイは、苦い顔をしながらも微笑んだ。
「すみません。道に迷ってしまって、……助けていただけませんか?」
老婆は、目を細めて頷いた。
「まあまあ、それは大変だこと。冷えた体で倒れたらいけないよ、おあがりなさい」
暖炉の前に通されたレイは、熱いハーブティーを手渡される。
「ありがとうございます」
カップの縁から立ち上る香りによって、少しだけ現実感を取り戻す。
「あの、ここは一体どこなんですか?」
「シリルの森の外れだよ。街までは、そうだねえ……歩いて半日ほどかねぇ」
そこは、聞いたこともないような地名であった。
その瞬間、レイは認めざるをえなかった。
ここはもう、自らがいた世界ではないどこか別の場所なのだと。
***
翌朝、レイは老婆に礼を言って出発した。
日差しがまぶしく、空気はどこか澄んでいた。歩く道すがら、すれ違う人々がみな腰に奇妙な光る石を提げていることに気付く。
「これは、魔力石というんだよ」
昨晩の老婆の言葉が、頭をよぎる。
魔力。
それが、この世界の常識らしい。
市場の露店で火を点けるにも、食器を洗うにも、すべて当たり前のように魔法が使われていた。道端で子供が転んで血を流しても、母親が呪文を唱えるだけでその傷は癒えていた。
恐らく、医療施設などはこの世界に存在しないことであろう。
しかし、レイは胸の奥に微かな期待を抱いていた。
――もしかしたら、魔法でこの顔を変えられるのかもしれない。
無事に街へと辿り着くことができたその日、レイはさっそく仕事を探していた。
所持金など、あるはずもない。
通りを歩いていると、『人手募集』と書かれた紙が貼られた店のようなものが目に入る。
木製の看板には、淡い金の文字で”書房”と刻まれていた。
中から漂うインクと紙の匂いが、妙に心を落ち着かせていく。
扉を押して入ると、年老いた店主が顔を上げた。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
その柔らかな声に、レイは思わず頭を下げる。
「表の貼り紙を見まして……。その、ここで働けませんか?」
「君、旅人かい?」
「はい。でも、この街に住むって決めたんです。毎日働けます」
店主は少し考え込んだ後に、ゆっくりと頷いた。
「ふむ。じゃあ、明日から来てみるかい? 住み込みでもかまわんよ」
「……いいんですか?」
驚くレイに向けて、店主は人のいい笑みを浮かべていた。
「君は真面目そうだしね。給金は少ないけど、夜学に通う者には悪くない条件だと思う」
その言葉に、レイは思わず首をかしげる。
「夜学、ですか?」
「違うのかい?最近通っている人が多いと聞くよ。そこに新しくできた、夜間の魔法学校のことさ。働きながらでも通える、大人の学び舎だ」
魔法学校。
レイの胸の奥で、その言葉が強く響き何かが弾けた。
――魔法で、美しくなれるのか?
レイは静かに拳を握り、店主に向かって声をあげた。
「俺、そこに行きたいです!いろいろと、教えてもらえませんか?」
***
初日の仕事を終えて、レイは書店の屋根裏部屋のベッドに横たわり薄暗いランプの灯りを見つめていた。
昼間は仕事、もしかしたら夜は魔法学校に通うことができるのかもしれない。
そのような生活が始まるのだと思うと、途端に胸がざわめきはじめる。
ふと、脇に置いた小さな手鏡を手に取る。
見慣れない顔ではあるものの、どこか懐かしい。ほんのわずかだが、口角も上がっているような気がしていた。
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