救う毒

むみあじ

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7月 グロリオサ

第54話

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ひくり、と無意識に口元が引き攣るのは仕方がない事だろうと、誰にするわけでもない言い訳を並べる。目の前で豹変した人物を呆然と見つめながら、何故こんなことになったのかと考えてみたものの一向に答えには辿り着けない。



「あははっ、可愛い顔。ほら、返事は?」




傲慢に、不敵な笑みを浮かべながら顎をそっと撫でられ、譫言のように肯定する。はいかYESしか許さないと告げていた瞳が甘やかすように蕩け始め、ごくりと喉が鳴った。

呑み込まれてしまいそうになる思考を必死に繋ぎ止めながら、事の顛末を思い出す。




名和翔が声をかけられたのは昼休みの事だった。もったりとした分厚い髪に半分ほど隠れた瞳、そのどちらも平凡な茶色。フレームもレンズも厚そうな、微妙にサイズのあっていない眼鏡を持ち上げながら身を縮こませた彼は、周りには聞こえないくらいのか細い声で翔の名前を呼んだ。

背を丸め怯えるように俯いている彼、依夜はさながら小動物のようで、翔は緩みそうになる頬を叱咤した。

翔にとって依夜と言う存在は最近イチオシの受けである。平凡な顔つきではあるものの、きっとこの庇護欲をそそる雰囲気が孤狼と呼ばれている不良、久道を射止めたのだろうと一人で勝手に納得し、勝手に妄想を繰り広げている。

もし翔の脳内妄想が久道にバレてしまえば「気色悪ぃ」と侮蔑を含んだ瞳で睨みつけられていただろう。


「どしたの?依夜が声かけてくるの珍しいね」
「ぇと…あの…じ、じつは…そのぉ…相談、があって…」


弱々しい声でそう告げた依夜は尚更体を縮こませながら顔を隠すように前髪を弄っている。どことなく恥ずかしそう、そう感じた瞬間、雷に打ち抜かれたかのような衝撃と共に、一つの結論に辿り着く


これは恋愛相談だ、と。



そこからの彼の行動は早かった。顔だけは神妙に保ちながら、脳内妄想のオンパレード。健全なものから不健全なものまで、手当たり次第に妄想しながらも依夜へと了承の返事をする。


「いいよいいよ。いつがいい?なんなら全然今日でもいいんだけど、早い方いいよね?」
「えと、ぅん…あの、き、今日…僕の部屋で…いい、かな…?」
「もち!おけ!依夜の部屋行ってみたい!」


喰い気味に答えたのは加速する妄想のせいか、はたまた私生活の見えない依夜に対する好奇心か。恐らく前者だろう事は依夜からも見てとれた。何故って、嬉しさを隠し切れないのか口の端が引き攣っている。

その様子を見ながら、依夜はクスリと笑いをこぼした。




「それで、相談って?」



放課後、一度部屋に戻り着替えを済ませた翔。コンビニで買った菓子類を手に持ちやってきた彼を出迎えて依夜はリビングへと促した。
少しの軽いやりとりの後、本題を促したのは翔だった。

ソファーを背に床に座った翔。
依夜はそんな翔の対面に座り、指をいじりながら言葉を紡いだ。

「…6月の…えっと、いつかは忘れたけど…あの…机の中にカッターの刃が入ってて…それで、僕が、手を怪我した…あの日、あったでしょ…?」
「え、う、うん?」
「あの日、ね…実は、あの中に、手紙が入ってて、さ…」

ゆっくりと、しかし確実に、血の気が引いていく。


「制裁、の、お誘い…だったんだ…」



平然と紡がれていく依夜の言葉が、余命宣告のようだと錯覚する。


「次の日、さ…翔くん…聞いたよね?僕に」


何か言い訳をしなければ、そう思えば思うほど、思考は凍りついていく。ただ無意味に口をぱくぱくと開閉を繰り返す様は酷く無様だ。


「大丈夫?って」


真っ青になった翔を見ながら、依夜は頬杖をついて笑う。いつも丸めていた背中をピッと伸ばして、いっそ傲慢な態度で、口元に弧を描いた。


「ねぇ、どうやってわかったの?制裁があるって。手紙は確かに封が切られた形跡は無かったし、事前に知ってたんだよね?」
「う、ん…」
「じゃあどうやって?」
「えと…それは…」
「教えられない?」
「はい…」


首振り人形のように何度も首を縦に振る翔を眺めながら息を吐いた依夜。笑みは消え、今は悲しげに目を伏せている。



「…知ってて、黙ってたんだよね?酷いなぁ…あの後どうなったかは知ってる?」


無言で首を横に振る。悲痛な面持ちでもう一度目を伏せた依夜を見て、罪悪感がじりじりと胸を焦がした。ほんの少し前までは幸せな妄想で溢れかえっていた脳内は、依夜がズタボロになるまで蹂躙され尽くした凄惨な情景を描く。青かった顔色は、もはや蒼白だ。

翔はあの日、制裁があることを知っていた。知っていて尚助けようとはしなかった。自身が標的になるのも恐ろしかったし、なによりも、まるで物語の王子様のように、彼を助けてくれる人が現れると思っていた、否、そう信じたかった。

矮小な自身や彼では助からないと諦めて、黙って逃げたことを突き詰められる。それを酷く後悔しながら拳を握りしめ頭を下げた。


「ごッ、ごめんッ、ごめん依夜!そのッ、あの…俺…ッ!そんなつもりは、誰か、助けが来るとおもってッ…!」
「物語みたいに?素敵な王子様が、颯爽と?」
「ぅ、ん、」
「馬鹿だなぁ」
「ご、ごめん…」
「ふふ、許されたい?」
「許して、くれるの…?」
「うん、勿論」


悲しげな表情を消して柔らかく優しく微笑みを溢した依夜に、重くのしかかった心が解かれていくのを感じながら肩を撫で下ろした。微笑みと纏う雰囲気はいつもとあまり変わらず、軽蔑も罵る事もせずにただ笑っている。彼には怒る権利があるのに、それなのに。じんわりと胸が熱くなり、目頭にグッと力を入れた。泣きたいのは依夜の筈だと言い聞かせて翔は涙を堪える。

条件付きだろうと許してしまう優しさに甘えながら翔は依夜に感謝を告げようとした。


「条件付きでだけど」
「え?」
「あれ、まさか普通に許してもらえると思ってた?ほんと馬鹿だなぁ。

そんなわけねーだろ」


地を這うような底冷えする声に硬直する。内気で弱々しい依夜はそこにはおらず、ただただ呆然と依夜の顔を見つめた。


「事前に知ってたって言ったよね?その種明かしと、今後も事前にわかるようなら教えて欲しいんだよね。誰がターゲットでも、制裁なら全部」
「えっ」
「出来ないなんて言わないよね?」
「あの、それは…その…」
「君が嫌ならいいよ。君のことを許さないってだけだから」


混乱でぐちゃぐちゃになっている翔を置いて、許しの条件を突きつける。何度か依夜の言葉を反芻して飲み込んだ翔はじっくりと考えた。

これがどうでもいい人間なら許されなかったところで興味も関心も湧かないが、目の前の人物は違う。イチオシの受けでありそこそこの友情を築いている相手。先に見捨てたのは自分だが、そのせいで趣味のBLを間近でみれなくなってしまうのは困る。


「あ、でも拒否権なんてないっけ?初めて会った日、土下座して言ったよね。言いふらさないでって」
「ぁ…」
「ちょっとやり方変えるね!
ねぇ、いいのかな?君が他人の濡れ場を覗いて写真を撮ってたり、盗聴してるって言いふらしても」
「そんなこと…!」
「してないって?でも他人の恋愛を覗き見はしてるし耳に入った会話を聞いて妄想はしてるでしょ?全部バレバレだぜ?最近のイチオシは千秋と俺。違う?何よりさ、噂なんて尾ビレ背ビレがついてなんぼじゃん?嘘か本当かなんて興味ないよ。ただ誰かをぶっ叩きたいだけ。バイオレンスだよねぇ、ウケる!」


メガネを外した依夜は目にかかる髪の毛を軽く払ってそっと翔の顔に手を伸ばす。


ひくり、と無意識に口元が引き攣るのは仕方がない事だろうと、誰にするわけでもない言い訳を並べる。目の前で豹変した人物を呆然と見つめながら、何故こんなことになったのかと考えてみたものの一向に答えには辿り着けない。



「あははっ、可愛い顔。ほら、返事は?」




傲慢に、不敵な笑みを浮かべながら顎をそっと撫でられ、譫言のように肯定する。はいかYESしか許さないと告げていた瞳が甘やかすように蕩け始め、ごくりと喉が鳴った。
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