≒今川義元 風雲繁盛記≒

空志戸レミ

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弟弟子

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今日の義元は松平竹千代(広忠ver)と面会していた。特別目をかけているという訳でもないのだが、その生涯を知っているだけに放ってもおけない感じ。

そして先々岡崎城を中心とした西三河を任せるのであれば、その成長はしっかりと自分の眼で確かめておかねばならなかった。

「よう来たの。身体の具合は如何じゃ?」
「はい、駿府で美味しい物をたくさん頂き、力がついて参りました」

そう言う竹千代の顔色は、はじめて会った時よりだいぶ良い。肌には年相応に血色が戻り、頬がこけていたような印象もだいぶ薄れている。

「そうか、では駿河の海には感謝せねばな」
「はい。太守さまがご発案された料理で、竹千代は魚を骨まで食べられるようになりました」

骨まで食べられる魚料理とは、圧力鍋を用いた料理の事。

蒸気機関の前身として空気の圧力というのを知ってもらう為、作成してもらった。機構としては上蓋がしっかりと固定できる事と圧力逃し弁があればいいだけなので、比較的容易に完成。その別バージョンとして、ポン菓子製造器もある。

「魚は身体に良いからの。そなたは特にしっかり食べねばならぬぞ」
「はい」

義元が日課のように浜に行っては地引網をするので、竹千代たちもその恩恵に預かれていた。雪斎の寺に通う学童たちには、常備兵たちが食事をする飯場への立ち入りが許されていた為だ。

これには学童たちの栄養状態を気遣うと共に、自分達がこの先預かるであろう兵たちが何を考えどう行動しているかを知る学びの場でもある。

「おお、そういえば越後から来た虎千代を存じておろう。あれも元気にやっておるか?」

学ぶため同じ寺に通っているのだから知っているだろうと、義元は思いついたまま竹千代に訊ねた。しかし竹千代は虎千代の名を聞くと、途端に不機嫌な表情に変わる。

「…竹千代は虎千代のことが好きとは思えぬので、あまり存じませぬ」

しかしそうした報告を雪斎から受けていなかった義元は、その話を意外に思った。

「はて、竹千代は虎千代のことが好きではないと見える。虎千代のどんな所が好きではないのだ?」

この問いに竹千代は逡巡した。が、訊かれたのだしこの際だから言ってやれと口を開いた。

「虎千代はいつも偉そうな口を叩くからにございます」
「ほう、どんなことを言うておる?」

「虎千代は駿府の守護さまから是非にと乞われてやってきた。だからそなたたちとは違うのだと、いつも威張っています」

それを聞いて義元は笑い出した。

「ふほほほほ…。そうか、確かに儂は是非にと申したの」

それに竹千代がまた不満そうな表情をみせたので、義元は説明を追加してやることにした。

「じゃが、それは虎千代の境遇がかつての我が身とそっくり同じであったから。それゆえ不憫に思い、救ってやろうと思ったまでの事。なにも虎千代に非凡の才あり!などと見込んで呼び寄せた訳ではない」

未来の名将上杉謙信も、今はただのイガグリ坊主。超絶青田買いの事は伏せ、義元は公式な理由を竹千代に教えてやった。

「では虎千代の言っていることは嘘なのですか?」
「ほほほ、それもまるきり嘘ともいえまい。虎千代の後見を引き受けるにあたって、ある程度調べはしたからの。それに受かるくらいには見込みがあったともいえる」

「…虎千代は乱暴で礼が欠けています。太守様が後見するのは宜しくないかと存じます」
「ふむ…、そうか」

ここまで竹千代の話を聞いて、義元にも視えてきたものがあった。そしてそれ故に、雪斎がなにも手を出していないのだろうとも。

「では、なぜ虎千代は礼が欠けているのか竹千代には分かるか?」
「それは…、礼儀を知らないからだと思います」

すこし考え込んだ様子ではあったものの、竹千代は義元に対し浅く答えてしまった。

「そうじゃの。あの歳ではあった物が欠けた訳ではよもあるまい。学んでこなかったか、学んでも忘れてしまったかのどちらかであろう。では竹千代。そなたは今、礼を持った人間であるか?」

竹千代は突然自分に対し質問を受けたので驚いた。

「はい…。太守様からも礼は大事と教わったので、礼を持とうと学んでおります」
「うむ、そうじゃな。しかし初めて会った時のそなたは、いささか礼に欠けておったぞ?」

「ッ!?」

驚いた表情で固まる竹千代に微笑みつつ、義元はその時の様子を教えてやる。

「助けてほしいと会いに来たにしては、随分と愛想のない童じゃと思うた。それに儂に対しても、利用できる時はいい顔をして、邪魔になったら捨てるのだろうと疑いの目を向けておった」
「ッ!そ、それは、、申し訳ございませぬ!」

言われた事が思い当たったのか、竹千代は慌てて頭を下げ詫びる。

「よいよい。そなたもあの時は辛い思いをしたばかり。自分を守るために、そう思うのも無理なきこと。ただそれと同じことが、虎千代にも起きているのではないかの?」
「…恐れながら、同じようには思えませぬ」

「まぁ、そなたは失意と疑念の縁に沈み、虎千代は有頂天の天狗になっておるからの。一見同じには思えぬ。が、心の箍が外れているという点では同じこと」
「…」

「そなたも駿府に慣れ、今のように落ち着いて生活できるようになるには時がかかったであろう。虎千代も同じよ。そうした時、友達でもおれば早く馴染もうが…。虎千代に友達はできておったか?」

そう問われると、竹千代は首を横にふった。

「虎千代は、何かというと守護様のことを持ち出します。それを言われると何も言い返せぬので、もう嫌がって誰も近づきませぬ」
「ほう、すると虎千代はいつも独りか?」

「はい。ですがいつも誰かを捕まえては、威張っております。雪斎和尚や寺の僧たちの姿が見えると、途端に澄ましてみせ…、虎千代はずるいのです」

竹千代がそう口をとがらせて零すのを見て、義元は笑った。その様子がまざまざと思い浮かんだのだ。

「そうか。では誰かが虎千代に教えてやらねばならぬのう。そのようにしてはいかんぞ。人は八徳を大切にしなければならんのだぞ、と」
「はい、竹千代もその通りかと存じます」

すると義元はポンと自身の膝を叩いた。

「よし、ならばその役目、竹千代に申し付ける! 」
「えぇッ!」

「なにを驚く。そなたは今、自分でもそう思うと申したであろう。虎千代も雪斎から学んでおるとなれば、そなたにとっても弟弟子。弟弟子の面倒をみるのは、兄弟子の役目よ」
「で、ですが…」

言い逃れしようとする竹千代を、義元はきびしく叱った。

「これ!こなたはこの先、岡崎の城に戻り碌に言うことも聞かぬ者たちを纏め上げねばならぬのだぞ!それを年下の弟弟子ひとり面倒みれぬで、なんとするのじゃ!」
「ッ!!」

言われればそうであった。岡崎の城に帰りたい気持ちもあれば、今はこのまま駿府に残りたい思いも強い。そうした甘い考えで心を鈍らせている自分が、竹千代は恥ずかしかった。

そんな竹千代に向かい、義元は優しく諭してやる。

「虎千代が周りに嫌がられようと話しかけておるのはの、寂しいからよ。今までとは全く違う場所に来たのだからの。竹千代にも覚えがあろう?ならばそなたから優しく話しかけ、なにかれと世話を焼いてやれ。そうしておれば、次第に威張りの虫も治まろう」

そう教えられ、なるほど自分は太守様を真似れば良いのかと竹千代は納得した。言われた事が、そのまま目の前にいる人物に通じていたからだ。

「はい、太守様の言う通り、竹千代は虎千代の面倒をみようと存じます」
「うむ、しかと頼むぞ。あれもそなたと同じで、少々意地っ張りなだけのこと」

こうして、竹千代が虎千代の面倒をみることとなったのだった。
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