≒今川義元 風雲繁盛記≒

空志戸レミ

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竹と虎

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あくる日。竹千代は寺での学びの刻限が終わると、まだ文机の前にいる虎千代に話しかけた。

「虎千代、ちょっとよいか?」

そう竹千代から声をかけられると、虎千代は勝気そうな眼を向けてきた。

「なんじゃ、おまえは?」

その態度に早くもカチンとくる。が、怒りを抑えるのも修行と義元から言い含められている竹千代は、辛うじて笑顔をつくり自己紹介した。

「私の名は竹千代。虎千代はまだ駿府のことをよく知らぬだろうから、色々教えてやろうと思い声をかけた」

自身を私と呼ぶのは、普段の竹千代はしないこと。なれど気を落ち着かせるには別の誰かを演じるのも手と教えられ、竹千代は義元の傍にいる小姓の口ぶりを真似てみた。

義元の小姓たちはみな品が良く落ち着いていて、実によく働いていた。城に戻った時には自分もこうした小姓たちを用意したいと、竹千代は密かに思っていたのだ。

だが話しかけられた虎千代はというと、さっそく竹千代の名をからかってきた。

「なんじゃ竹とは?我が名は虎よ。虎と竹では話にならぬわ」

その言い草にまたカチンとくる。が、怒った気持ちが表に出そうな時は大きな声で笑ってみせろという義元の助言を思いだし、竹千代は笑った。

「ふほほほほほ…!」

しかし義元の事を意識し過ぎるあまり、笑い方まで義元のようになってしまった。

「なんじゃその笑いは?気持ち悪い…」

だがその笑いで相手の機鋒が逸れた。これにより気持ちに余裕も生まれる。そこで竹千代は、さっそく義元から入れ知恵された手札を切ることに。

「はて、虎千代は虎と竹では話にならぬと申したの。ではなぜ屏風には虎と竹が揃って描かれておるのだ?」
「なに?」

怪訝な顔で聞き返すイガグリ坊主に、竹千代は続けて問う。

「虎の描かれている屏風には、たいてい竹も描かれておろう。そして竹の描かれている屏風にも、たいてい虎はいるもの。さて、それは一体なぜかのう?」

すると一拍おいて虎千代が、その問いに対し回答してみせた。

「…竹に虎か。獰猛な虎が静寂な竹林にいると、虎が引き立ちより美しいとされているからであろう」
「ほぉ、よく知っておった。流石は虎千代と名乗るだけある。虎千代は賢いのう」

ここでも義元の入れ知恵が炸裂。とにかく隙あらば相手を褒めよという話術で、竹千代は虎千代へ攻勢にでる。

「それくらい知ってて当然じゃ」
「ならば我らも竹に虎、相性は悪くあるまい。いっしょに飯でも食いに行かぬか。虎千代は飯場はんばに行った事がないであろう?」

と、聞き慣れぬ単語が出たことで虎千代が反応してみせた。

「飯場?」
「そう。太守様の兵たちが飯を食う場所で、この寺で学ぶ我らも利用して良いことになっている」

「なぜそんな所で飯を食う?飯なら屋敷に戻って食えばよかろう?」

しかしその問いに、竹千代はためを作って笑ってみせる。

「ふふふ…、普通であればそれが妥当。しかしここ駿府においては違う。なにせ太守様の兵どもの飯は、一汁一菜でなく五菜も六菜もあるのだからな」

これを聞き、今度は虎千代が驚いた。

「す、すぐにバレるような嘘を申すな!宴でもなければ五菜も六菜もある飯など、ある訳無かろう!」
「ほぉ、信じないとは心外。なれど疑われたままというのも面白くない。では虎千代、私と勝負しよう」

「なに、勝負だと?」
「そう、賭けの勝負じゃ。五菜も六菜もある飯など無ければ、虎千代の勝ち。もし本当に有ったのなら、私の勝ちだ」

「う~む、よかろう。そんな飯あるわけがない。では何を賭ける?」
「そうだな。勝負は私が選んだのだから、賭けるモノは虎千代に任そう。虎千代はどうしたい?」

「よし、ならばわしが勝ったら、竹千代に家来になってもらおう」
「…ふむ、だがよいのか?もしこの竹千代が勝った場合には、虎千代が竹千代の家来になってしまうぞ?」

「わしが負けることなど万々あるまい。だからソレで良い。さぁ竹千代、勝負じゃ。その飯場とやらに連れて行け」

勝気なイガグリ坊主が腕を組み、口をへの字にして威張っている。が、この勝負の勝ちを知っている竹千代からすれば、その様子も滑稽で仕方ない。

「ささ、ではこの竹千代が虎千代殿をご案内仕る。どうぞ後にお続きくだされ」

が、そのいい気分に水を差さぬよう、竹千代は家来のように謙って虎千代を案内することに決めた。胸のうちに、あとで仰天するイガグリ坊主の顔を思い浮かべて。
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