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茶
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空に見事な入道雲がのぼる頃になると、義元は直轄領の大改造に乗り出した。
梅雨の間、久能山城で鍛えに鍛えた常備兵たちを動員し斜面という斜面の草刈りと造成を行なわせたのだ。そうして出来た畑には、お茶の木や果樹を植えさせる。これもまた新たに生まれた畑と果樹園になるので、そこを管理するのにまた人を募り雇用を増やしていった。
だが、これに寿桂尼が苦言を呈した。
「これ義元。こなた民たちの為に働くのも良いですが、いったい何をしているのかと不審を抱く者の声も耳に届いています。そうした事のなきよう、きちんとなされませ」
寿桂尼はヤル気になっている義元の気持ちに水を差さぬよう、今は控えてくれている。しかし父と兄の頃にはその政務を補佐して支え、尼御台とまで呼ばれた女傑。それゆえ義元の代になった今でも寿桂尼を慕う家臣達も多く、云わば今川家のゴッドマザー。そしてその後援を受け後継ぎになった義元としても、まず頭が上がらなかった。
「なんと、母上の耳にそのような。左様でございましたか。説明はしたつもりでおりましたが、これはこの義元の念が足りなかったようでございます。では母上の口からもそうした者達にご説明をしていただけるよう、お時間を賜りたく…」
こうして義元は、お茶の試飲会を開くこととなった。
…。
三日後。今川館の主殿に駿府の町に居た家臣達を集めると、寿桂尼と甲斐の方も上座の左右に座らせた義元が小姓たちに茶を配るよう命じた。ただ、お茶一杯の味をみる為だけに家臣達を集めるのも忍びないので、名目上は暑気払いの歌会としてある。
「みな、よう集まってくれた。本日はの、少々毛色の変わった茶を用意した。変わってはおるが、暑気払いにはちょうど良いと思うての。まずはこれで喉を潤してから、歌会をはじめるとしよう」
すると前に運ばれた湯呑を覗きこんで、家臣達が声を発す。
「ほぅ…?」
「これは」
戦国時代のお茶といえば抹茶が定番。しかし出されたお茶は澄んでいて湯気もたっていない。それを不思議に思ったのだ。
「はて、これは何処のお茶ですかな?」
そう言う岡部親綱は梅雨の間に久能山城でこれを飲み知っているのだが、まったく知らぬ態で義元に問う眼差しを向ける。強くて役者も出来る家臣を持って、義元はとても心強いのである。
「うむ、これは駿府で採れた茶よ。儂は駿府と遠江でも茶の木を育て、宇治にも負けぬ茶葉の生産地としたくての」
「ほお!それはようございますな。民たちも仕事が増えれば喜びましょう!」
「ほほほ。そうであるが、味が落ちればお呼びでなかろう。まずは喫して、みなの意見を聞かせてもらいたい」
「なるほど。では遠慮なく」
応じて豪快な親綱が湯呑をグビリとやったので、皆それを見てお茶に口をつけだした。
「おぉ、これは軽く口当たりの良い!」
「いや、それだけでなく実に冷たい。このように暑い日にはもってこいですな」
そうした好意的な感想に溢れるなか、甲斐の方も感想をもらした。
「…ほんに。冷たく香りも良い、これは泉水か、胸のうちを涼しげな風の通り抜けるような心地にございます」
それを受け、姑の寿桂尼も笑う。
「ほほ、それはこの茶の味を、とてもよく云い得ておりますね。では涼しげな風で、涼風茶と呼ぶのは如何ですか?」
これに家臣達も賛同し、まだこうした場に慣れぬ山本勘助と社会勉強のためこの場に座らせられている竹千代と虎千代も、末席でコクコクと頷いている。
「では母の言うように、この茶は涼風茶といたしましょう。現在のところ儂の直轄領でのみ生産しておるが、それがうまくいけばそなた達にもやり方を教えてやるでな」
「うはは、これは楽しみが増えました!これならば闘茶でここ駿府の名が聞かれることも、そう遠くはございますまい!」
「じゃが親綱、これは他と違い過ぎるで一目で駿府とバレてしまうであろう。ふほほほ!」
義元と親綱の言葉に、家臣達からドッと笑いが湧く。これにてお茶の木栽培の話も、和やかに浸透していくであろう。
梅雨の間、久能山城で鍛えに鍛えた常備兵たちを動員し斜面という斜面の草刈りと造成を行なわせたのだ。そうして出来た畑には、お茶の木や果樹を植えさせる。これもまた新たに生まれた畑と果樹園になるので、そこを管理するのにまた人を募り雇用を増やしていった。
だが、これに寿桂尼が苦言を呈した。
「これ義元。こなた民たちの為に働くのも良いですが、いったい何をしているのかと不審を抱く者の声も耳に届いています。そうした事のなきよう、きちんとなされませ」
寿桂尼はヤル気になっている義元の気持ちに水を差さぬよう、今は控えてくれている。しかし父と兄の頃にはその政務を補佐して支え、尼御台とまで呼ばれた女傑。それゆえ義元の代になった今でも寿桂尼を慕う家臣達も多く、云わば今川家のゴッドマザー。そしてその後援を受け後継ぎになった義元としても、まず頭が上がらなかった。
「なんと、母上の耳にそのような。左様でございましたか。説明はしたつもりでおりましたが、これはこの義元の念が足りなかったようでございます。では母上の口からもそうした者達にご説明をしていただけるよう、お時間を賜りたく…」
こうして義元は、お茶の試飲会を開くこととなった。
…。
三日後。今川館の主殿に駿府の町に居た家臣達を集めると、寿桂尼と甲斐の方も上座の左右に座らせた義元が小姓たちに茶を配るよう命じた。ただ、お茶一杯の味をみる為だけに家臣達を集めるのも忍びないので、名目上は暑気払いの歌会としてある。
「みな、よう集まってくれた。本日はの、少々毛色の変わった茶を用意した。変わってはおるが、暑気払いにはちょうど良いと思うての。まずはこれで喉を潤してから、歌会をはじめるとしよう」
すると前に運ばれた湯呑を覗きこんで、家臣達が声を発す。
「ほぅ…?」
「これは」
戦国時代のお茶といえば抹茶が定番。しかし出されたお茶は澄んでいて湯気もたっていない。それを不思議に思ったのだ。
「はて、これは何処のお茶ですかな?」
そう言う岡部親綱は梅雨の間に久能山城でこれを飲み知っているのだが、まったく知らぬ態で義元に問う眼差しを向ける。強くて役者も出来る家臣を持って、義元はとても心強いのである。
「うむ、これは駿府で採れた茶よ。儂は駿府と遠江でも茶の木を育て、宇治にも負けぬ茶葉の生産地としたくての」
「ほお!それはようございますな。民たちも仕事が増えれば喜びましょう!」
「ほほほ。そうであるが、味が落ちればお呼びでなかろう。まずは喫して、みなの意見を聞かせてもらいたい」
「なるほど。では遠慮なく」
応じて豪快な親綱が湯呑をグビリとやったので、皆それを見てお茶に口をつけだした。
「おぉ、これは軽く口当たりの良い!」
「いや、それだけでなく実に冷たい。このように暑い日にはもってこいですな」
そうした好意的な感想に溢れるなか、甲斐の方も感想をもらした。
「…ほんに。冷たく香りも良い、これは泉水か、胸のうちを涼しげな風の通り抜けるような心地にございます」
それを受け、姑の寿桂尼も笑う。
「ほほ、それはこの茶の味を、とてもよく云い得ておりますね。では涼しげな風で、涼風茶と呼ぶのは如何ですか?」
これに家臣達も賛同し、まだこうした場に慣れぬ山本勘助と社会勉強のためこの場に座らせられている竹千代と虎千代も、末席でコクコクと頷いている。
「では母の言うように、この茶は涼風茶といたしましょう。現在のところ儂の直轄領でのみ生産しておるが、それがうまくいけばそなた達にもやり方を教えてやるでな」
「うはは、これは楽しみが増えました!これならば闘茶でここ駿府の名が聞かれることも、そう遠くはございますまい!」
「じゃが親綱、これは他と違い過ぎるで一目で駿府とバレてしまうであろう。ふほほほ!」
義元と親綱の言葉に、家臣達からドッと笑いが湧く。これにてお茶の木栽培の話も、和やかに浸透していくであろう。
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