≒今川義元 風雲繁盛記≒

空志戸レミ

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仁君の名声

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ここに今、険しい道なき道を川の上流へと登ってきた貧しい家族の姿があった。

「ハァハァ…。おっとう、あれを見て。あそこにお家があるよ?」
「あれま、本当だべ。こりゃどうしたこった?」

するとそこに、マッシヴ逞しい兵が一家を迎える。

「はっはっは。そなたらが此処に住む者達か。この住まいはな、太守様からの思し召し。急に慣れぬ土地で暮らすのは何かと不便であろうと、家まで用意してくだすったのだ。そなたらに太守様の御心に感謝する気持ちが在るのなら、仕事に励むのだぞ?」
「「は、ははあ~~ッ!」」



いま、義元が熱い。川原者たちの間では、新たに領主となった義元の話題で持ちきりだった。

それというのも山葵を栽培する為に集められた者達が任地に赴くと、家から何からすっかり用意されていたというのだ。しかも山葵栽培を生業とする間は定住OK。何年住みつこうが問題ないというのだから驚きも倍だった。

普通、寄る辺のない川原者が家を持つなど夢のまた夢。何処に行っても先住の者がいて、流民は何処であろうと厄介者なのだから。

それゆえ川辺に柴や草を組んで作った粗末な寝床をこさえ、藁や木の皮を寝間着代わりに寒さを凌ぐもの。それとて少しでも目を離せば、他の者に奪われたり焚き木として使われてしまう。

幸いここ駿府では、丸太が上流から数多く流れてくる。それを材木へと加工する際にでた端切れや樹皮を川原者にも分けてもらえる。材木加工の手伝いに行けば、そうした恩恵に預かれるのだ。

しかしちゃんとした家ともなると大違い。例え常備兵たちが大工の指示のもと雑に仕上げた家屋であっても、夢のマイホーム。それは川原者たちにとって垂涎の的であった。

『ああ!なんであの時ワシは手を上げなかったんだぁ!』といった喚きが川原の各所で聞こえたが、山葵者には家族であることといった条件が合った為、自然応募出来る者は限られていた。


しかし、それだけではない。駿遠の新たな領主が起こした戰蹴鞠なる興行でも、川原者たちが多く雇われていた。

これは歌や踊りの見世物をしていた者達がその経験を買われた為で、川原者たちもモギリに会場整備。入場客の整理といった仕事をそつなくこなしてみせた。笛や太鼓で場を盛り上げ、待っている入場客を苛立たせることなく誘導して見せたのだ。するとそれが評価され、今は川原を離れ戰蹴鞠の興行と共に旅をしている者達も多いと聞く。

また、才能さえあれば川原者でも常備兵や中間として雇ってもらえる。つまりここ駿府には、川原者にもそうした機会が数多く用意されているという事。そしてそのほとんどを差配しているのが、新たに領主となった今川義元。

頻繁に兵を引き連れおかしな真似をしていると噂される領主であったが、川原者たちからすれば救いの主。彼に気に入られれば立身出世も夢ではないと、多くの川原者たちに夢と希望を与えていた。

そんな地獄に仏。義元の生み出す雇用は地獄に垂れてきた蜘蛛の糸。ただ税金を払わぬ川原者など普通は厄介者。犯罪の温床ともなりうるので、為政者にとっては邪魔な存在でしかない。

しかし色々と試したい義元的にとっては、川原者たちは非常に都合のいい労働力。

農民には本業である農業を頑張ってほしい。下手に労役などに就かせ消耗させてしまっては、実りも悪くなるうえいざという時に困る。この時代。戰となれば農民が主戦力である兵士となる訳で、農業以外の事で消耗させたくなかったのだ。

また川原者たちが定住地も定職も持たない点も、義元にとっては都合がよかった。

ある程度の禄と身分さえ保証してやれば、殊の外かに感謝し懸命に働く。気に入られれば立身出世も夢ではなく、ひとたび嫌われてしまえば最後の砦たる川原からも立ち退かされてしまう。それほど力に差のある相手であれば、頑張って認めてもらう以外に選択肢はなかったからであった。

そして各地から流れてきた川原者たちも、もうこの暮らしやすい駿府から離れたくはなかった。駿遠のご領主様ほど我らの事を気にかけてくださるお方はいないと、義元の知らぬところでメキメキとその名をあげていたのだった。
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