妹と婚約者を交換したので、私は屋敷を出ていきます。後のこと? 知りません!

夢草 蝶

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婚約破棄編

3.荷造りの理由

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 伝えるべきことを伝え、リーファの答えを待っていると、突然リーファがポロポロと両の目から止め処なく涙を溢し始め、少しぎょっとしてしまいました。

「リーファ? どうしたのですか?」

「……どい」

「え?」

「~~~~~~っひどい! お姉様は酷いですっ! どうしてそんなことを仰るの!? やっぱり、本当はわたしがロウ様を奪ったことを怒ってらっしゃるのね!」

「────はい?」

 泣きながら腕を上下に振って責めるように言ってくるリーファに、わたくしは目を瞬かせました。
 何故、ここでロウ様が出てくるのでしょう? 勿論、将来的にリーファとロウ様が夫婦として支え合い、アーモンド伯爵家を盛り立てていくことが望ましいとは思いますが、今はあくまでリーファの話をしていたはずです。それに、私が怒っている? 特に覚えはありませんが。

「私は別に何も怒っていませんよ。ほら、そんなに泣いては目が腫れてしまいます。パーティーに参加するのでしょう? 泣き腫らした顔で行ったら、ロウ様と何かあったのかと要らぬ憶測を呼んでしまいますよ」

「触らないで!」

 これから衣装櫃にしまおうとテーブルの上に纏めておいたハンカチを一枚取り、リーファの目元を拭ってあげようとしましたが、それはリーファの手によって叩き落とされてしまいました。
 皺んだ紫に金の刺繍がされたハンカチが私とリーファの足元に落ちました。これは確か、以前リーファと一緒に薔薇の展覧会に行った時に頂いたものですね。飾られた薔薇と同じ色の生地に金色の刺繍がされたものがいくつも並んでいて、記念品としてお持ちくださいと言われたのでした。私は紫の薔薇が好きだったので紫のハンカチを、リーファは確か白いハンカチを選んだのではなかったでしょうか。リーファは白い薔薇が好きだったはずですから。
 場違いにもそんなことを思い起こしていましたが、リーファの声にすぐに引き戻されました。

「どうして怒るの? どうしてお姉様はわたしを可愛いって言ってくださらないの!? お父様もお母様も小さい頃からわたしのこと可愛いって言ってくださるのにっ、ロウ様だって何度も「リーファは可愛いね」って言ってくださいましたわ! だから、お姉様じゃなくてわたしと結婚したいって! 皆、皆、わたしを可愛いって言ってくださるのに! どうして! どうしてっ!?」

 癇癪を起こすように喚き出したリーファに、私は困惑しました。
 どうして、と訊かれましても……。
 確かに私は今までリーファに対して可愛いと言ったことはありませんでした。他の方々が褒めるように、容姿に対しても性格に対しても。それは意図的でもありました。
 容姿──については、表情が違いすぎるだけで、つくり自体はよく似ていると言われていたので褒めにくくかったのです。それに性格についても、この子の自分に素直で自由奔放なところは長所とも見られますが、同時に大きな欠点として私には見えました。
 両親を始め、リーファの近くにいる人たちは皆一様にリーファを可愛い可愛いと褒めそやし、その度にリーファの我儘な性格には拍車がかかっていきました。
 だからこそ、私はリーファを褒めませんでした。リーファが褒められる度、特に「可愛い」と称賛される度に自尊心を大きく育てていくのがわかったからです。
 自身を愛し、自信を身につけることは悪いことではありません。けれど、リーファのそれには無意識な『比較』が伴っていました。自分はあの子より可愛い、自分は他の誰よりも愛されている。そんな誰かと比べた自負が。
 歳が近く、同性で何より姉という立場の私は最も身近な比較対象だったでしょう。何より、両親がそうでしたから。子供の頃から私とリーファを比べて、リーファの方が可愛いと褒めることが毎日のようにありました。
 そのことに思うことはありません。私は長女でアーモンド伯爵家を背負う立場でしたし、リーファのように愛想がいいわけでもありませんでしたし。例え、長女とか関係なく、私の性格を邪険に思われていても。
 そんな環境で育って、リーファの良くないところを見てきた私は、私だけは、リーファを褒めないことにしました。家族全員がこの子を褒めれば、本当に何もかもが自分の思い通りになると思い込んでしまいそうだったからです。
 とはいえ、リーファにとって褒められないことは相当なストレスだったみたいですね。
 ……「可愛い」と一言言ってあげれば、リーファの機嫌は直るのでしょうけれど、先のことを考えるとここでその場しのぎをするのも咎められますし。
 どうにかしてリーファの気を逸らせないものかと考えていると、ピンクのレースが目端に移りました。そうです。

「リーファ、落ち着いてください。私、貴女にお願いがあるのです。聞いてくれますか?」

「お願い?」

 ぐすりと鼻をすすったリーファが、目尻を擦りながら繰り返します。
 私は頷いて、目であるものを差しました。
 そこにあったのは、ピンクのレースを重ねたプリンセスラインのドレスです。背中にはいくつものリボンがついていて、胸には花のコサージュが飾られています──改めて見ると、ロウ様はこんな少女趣味のドレスを何故私に贈ってきたのでしょうか?
 どう考えても、私が着るタイプのドレスではありませんし、デザインもサイズもリーファに合ったものです。
 実際、好みのデザインのドレスを前に、リーファは目を輝かせてそちらへ駆け寄りました。

「可愛い! こんなに可愛いドレス、どうしてお姉様のお部屋にあるの? お姉様はこんなドレス似合わないでしょう? ねぇ、このドレスわたしにください! これが欲しいわ!」

「いいですよ。というより、貴女に貰って欲しいと思ってたので」

「ほんと!?」

「ええ、どのみちサイズも合いませんし」

「ありがとう、お姉様!」

 はしゃぐリーファには先程のような不満は見られません。元々、山の天気のようにころころと機嫌が変わる子ですからね。
 着られないドレスを持っていても無意味ですし、そもそも持っていく気もありませんでしたから、サイズに合うリーファに譲ろうと考えていたので、気に入って貰えてよかったです。
 ドレスの引き取り先も決まって、落ちたままのハンカチを拾い上げ、畳み直して他のハンカチと一緒に衣装櫃に仕舞うと、ドレスを体に当ててくるくると回っていたリーファが床の至るところにある衣装櫃やトランクを見て訊ねてきました。

「そういえばお姉様、どうして荷造りをしているの? もしかして、別荘にでも行くの? それとも旅行?」

 ……念のために当日まで隠してましたけど、あらかた荷造りも終わりましたし、流石に無言で立ち去るわけにも行きませんよね。
 挨拶は大切ですし。
 そう思い、私はリーファに荷造りをしている理由を明かしました。

「別荘でも旅行でもありませんよ。私は今日、この家から出ていくので、そのための荷造りをしているのです」

「────え?」
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