3 / 43
婚約破棄編
3.荷造りの理由
しおりを挟む
伝えるべきことを伝え、リーファの答えを待っていると、突然リーファがポロポロと両の目から止め処なく涙を溢し始め、少しぎょっとしてしまいました。
「リーファ? どうしたのですか?」
「……どい」
「え?」
「~~~~~~っひどい! お姉様は酷いですっ! どうしてそんなことを仰るの!? やっぱり、本当はわたしがロウ様を奪ったことを怒ってらっしゃるのね!」
「────はい?」
泣きながら腕を上下に振って責めるように言ってくるリーファに、私は目を瞬かせました。
何故、ここでロウ様が出てくるのでしょう? 勿論、将来的にリーファとロウ様が夫婦として支え合い、アーモンド伯爵家を盛り立てていくことが望ましいとは思いますが、今はあくまでリーファの話をしていたはずです。それに、私が怒っている? 特に覚えはありませんが。
「私は別に何も怒っていませんよ。ほら、そんなに泣いては目が腫れてしまいます。パーティーに参加するのでしょう? 泣き腫らした顔で行ったら、ロウ様と何かあったのかと要らぬ憶測を呼んでしまいますよ」
「触らないで!」
これから衣装櫃にしまおうとテーブルの上に纏めておいたハンカチを一枚取り、リーファの目元を拭ってあげようとしましたが、それはリーファの手によって叩き落とされてしまいました。
皺んだ紫に金の刺繍がされたハンカチが私とリーファの足元に落ちました。これは確か、以前リーファと一緒に薔薇の展覧会に行った時に頂いたものですね。飾られた薔薇と同じ色の生地に金色の刺繍がされたものがいくつも並んでいて、記念品としてお持ちくださいと言われたのでした。私は紫の薔薇が好きだったので紫のハンカチを、リーファは確か白いハンカチを選んだのではなかったでしょうか。リーファは白い薔薇が好きだったはずですから。
場違いにもそんなことを思い起こしていましたが、リーファの声にすぐに引き戻されました。
「どうして怒るの? どうしてお姉様はわたしを可愛いって言ってくださらないの!? お父様もお母様も小さい頃からわたしのこと可愛いって言ってくださるのにっ、ロウ様だって何度も「リーファは可愛いね」って言ってくださいましたわ! だから、お姉様じゃなくてわたしと結婚したいって! 皆、皆、わたしを可愛いって言ってくださるのに! どうして! どうしてっ!?」
癇癪を起こすように喚き出したリーファに、私は困惑しました。
どうして、と訊かれましても……。
確かに私は今までリーファに対して可愛いと言ったことはありませんでした。他の方々が褒めるように、容姿に対しても性格に対しても。それは意図的でもありました。
容姿──については、表情が違いすぎるだけで、つくり自体はよく似ていると言われていたので褒めにくくかったのです。それに性格についても、この子の自分に素直で自由奔放なところは長所とも見られますが、同時に大きな欠点として私には見えました。
両親を始め、リーファの近くにいる人たちは皆一様にリーファを可愛い可愛いと褒めそやし、その度にリーファの我儘な性格には拍車がかかっていきました。
だからこそ、私はリーファを褒めませんでした。リーファが褒められる度、特に「可愛い」と称賛される度に自尊心を大きく育てていくのがわかったからです。
自身を愛し、自信を身につけることは悪いことではありません。けれど、リーファのそれには無意識な『比較』が伴っていました。自分はあの子より可愛い、自分は他の誰よりも愛されている。そんな誰かと比べた自負が。
歳が近く、同性で何より姉という立場の私は最も身近な比較対象だったでしょう。何より、両親がそうでしたから。子供の頃から私とリーファを比べて、リーファの方が可愛いと褒めることが毎日のようにありました。
そのことに思うことはありません。私は長女でアーモンド伯爵家を背負う立場でしたし、リーファのように愛想がいいわけでもありませんでしたし。例え、長女とか関係なく、私の性格を邪険に思われていても。
そんな環境で育って、リーファの良くないところを見てきた私は、私だけは、リーファを褒めないことにしました。家族全員がこの子を褒めれば、本当に何もかもが自分の思い通りになると思い込んでしまいそうだったからです。
とはいえ、リーファにとって褒められないことは相当なストレスだったみたいですね。
……「可愛い」と一言言ってあげれば、リーファの機嫌は直るのでしょうけれど、先のことを考えるとここでその場しのぎをするのも咎められますし。
どうにかしてリーファの気を逸らせないものかと考えていると、ピンクのレースが目端に移りました。そうです。
「リーファ、落ち着いてください。私、貴女にお願いがあるのです。聞いてくれますか?」
「お願い?」
ぐすりと鼻をすすったリーファが、目尻を擦りながら繰り返します。
私は頷いて、目であるものを差しました。
そこにあったのは、ピンクのレースを重ねたプリンセスラインのドレスです。背中にはいくつものリボンがついていて、胸には花のコサージュが飾られています──改めて見ると、ロウ様はこんな少女趣味のドレスを何故私に贈ってきたのでしょうか?
どう考えても、私が着るタイプのドレスではありませんし、デザインもサイズもリーファに合ったものです。
実際、好みのデザインのドレスを前に、リーファは目を輝かせてそちらへ駆け寄りました。
「可愛い! こんなに可愛いドレス、どうしてお姉様のお部屋にあるの? お姉様はこんなドレス似合わないでしょう? ねぇ、このドレスわたしにください! これが欲しいわ!」
「いいですよ。というより、貴女に貰って欲しいと思ってたので」
「ほんと!?」
「ええ、どのみちサイズも合いませんし」
「ありがとう、お姉様!」
はしゃぐリーファには先程のような不満は見られません。元々、山の天気のようにころころと機嫌が変わる子ですからね。
着られないドレスを持っていても無意味ですし、そもそも持っていく気もありませんでしたから、サイズに合うリーファに譲ろうと考えていたので、気に入って貰えてよかったです。
ドレスの引き取り先も決まって、落ちたままのハンカチを拾い上げ、畳み直して他のハンカチと一緒に衣装櫃に仕舞うと、ドレスを体に当ててくるくると回っていたリーファが床の至るところにある衣装櫃やトランクを見て訊ねてきました。
「そういえばお姉様、どうして荷造りをしているの? もしかして、別荘にでも行くの? それとも旅行?」
……念のために当日まで隠してましたけど、あらかた荷造りも終わりましたし、流石に無言で立ち去るわけにも行きませんよね。
挨拶は大切ですし。
そう思い、私はリーファに荷造りをしている理由を明かしました。
「別荘でも旅行でもありませんよ。私は今日、この家から出ていくので、そのための荷造りをしているのです」
「────え?」
「リーファ? どうしたのですか?」
「……どい」
「え?」
「~~~~~~っひどい! お姉様は酷いですっ! どうしてそんなことを仰るの!? やっぱり、本当はわたしがロウ様を奪ったことを怒ってらっしゃるのね!」
「────はい?」
泣きながら腕を上下に振って責めるように言ってくるリーファに、私は目を瞬かせました。
何故、ここでロウ様が出てくるのでしょう? 勿論、将来的にリーファとロウ様が夫婦として支え合い、アーモンド伯爵家を盛り立てていくことが望ましいとは思いますが、今はあくまでリーファの話をしていたはずです。それに、私が怒っている? 特に覚えはありませんが。
「私は別に何も怒っていませんよ。ほら、そんなに泣いては目が腫れてしまいます。パーティーに参加するのでしょう? 泣き腫らした顔で行ったら、ロウ様と何かあったのかと要らぬ憶測を呼んでしまいますよ」
「触らないで!」
これから衣装櫃にしまおうとテーブルの上に纏めておいたハンカチを一枚取り、リーファの目元を拭ってあげようとしましたが、それはリーファの手によって叩き落とされてしまいました。
皺んだ紫に金の刺繍がされたハンカチが私とリーファの足元に落ちました。これは確か、以前リーファと一緒に薔薇の展覧会に行った時に頂いたものですね。飾られた薔薇と同じ色の生地に金色の刺繍がされたものがいくつも並んでいて、記念品としてお持ちくださいと言われたのでした。私は紫の薔薇が好きだったので紫のハンカチを、リーファは確か白いハンカチを選んだのではなかったでしょうか。リーファは白い薔薇が好きだったはずですから。
場違いにもそんなことを思い起こしていましたが、リーファの声にすぐに引き戻されました。
「どうして怒るの? どうしてお姉様はわたしを可愛いって言ってくださらないの!? お父様もお母様も小さい頃からわたしのこと可愛いって言ってくださるのにっ、ロウ様だって何度も「リーファは可愛いね」って言ってくださいましたわ! だから、お姉様じゃなくてわたしと結婚したいって! 皆、皆、わたしを可愛いって言ってくださるのに! どうして! どうしてっ!?」
癇癪を起こすように喚き出したリーファに、私は困惑しました。
どうして、と訊かれましても……。
確かに私は今までリーファに対して可愛いと言ったことはありませんでした。他の方々が褒めるように、容姿に対しても性格に対しても。それは意図的でもありました。
容姿──については、表情が違いすぎるだけで、つくり自体はよく似ていると言われていたので褒めにくくかったのです。それに性格についても、この子の自分に素直で自由奔放なところは長所とも見られますが、同時に大きな欠点として私には見えました。
両親を始め、リーファの近くにいる人たちは皆一様にリーファを可愛い可愛いと褒めそやし、その度にリーファの我儘な性格には拍車がかかっていきました。
だからこそ、私はリーファを褒めませんでした。リーファが褒められる度、特に「可愛い」と称賛される度に自尊心を大きく育てていくのがわかったからです。
自身を愛し、自信を身につけることは悪いことではありません。けれど、リーファのそれには無意識な『比較』が伴っていました。自分はあの子より可愛い、自分は他の誰よりも愛されている。そんな誰かと比べた自負が。
歳が近く、同性で何より姉という立場の私は最も身近な比較対象だったでしょう。何より、両親がそうでしたから。子供の頃から私とリーファを比べて、リーファの方が可愛いと褒めることが毎日のようにありました。
そのことに思うことはありません。私は長女でアーモンド伯爵家を背負う立場でしたし、リーファのように愛想がいいわけでもありませんでしたし。例え、長女とか関係なく、私の性格を邪険に思われていても。
そんな環境で育って、リーファの良くないところを見てきた私は、私だけは、リーファを褒めないことにしました。家族全員がこの子を褒めれば、本当に何もかもが自分の思い通りになると思い込んでしまいそうだったからです。
とはいえ、リーファにとって褒められないことは相当なストレスだったみたいですね。
……「可愛い」と一言言ってあげれば、リーファの機嫌は直るのでしょうけれど、先のことを考えるとここでその場しのぎをするのも咎められますし。
どうにかしてリーファの気を逸らせないものかと考えていると、ピンクのレースが目端に移りました。そうです。
「リーファ、落ち着いてください。私、貴女にお願いがあるのです。聞いてくれますか?」
「お願い?」
ぐすりと鼻をすすったリーファが、目尻を擦りながら繰り返します。
私は頷いて、目であるものを差しました。
そこにあったのは、ピンクのレースを重ねたプリンセスラインのドレスです。背中にはいくつものリボンがついていて、胸には花のコサージュが飾られています──改めて見ると、ロウ様はこんな少女趣味のドレスを何故私に贈ってきたのでしょうか?
どう考えても、私が着るタイプのドレスではありませんし、デザインもサイズもリーファに合ったものです。
実際、好みのデザインのドレスを前に、リーファは目を輝かせてそちらへ駆け寄りました。
「可愛い! こんなに可愛いドレス、どうしてお姉様のお部屋にあるの? お姉様はこんなドレス似合わないでしょう? ねぇ、このドレスわたしにください! これが欲しいわ!」
「いいですよ。というより、貴女に貰って欲しいと思ってたので」
「ほんと!?」
「ええ、どのみちサイズも合いませんし」
「ありがとう、お姉様!」
はしゃぐリーファには先程のような不満は見られません。元々、山の天気のようにころころと機嫌が変わる子ですからね。
着られないドレスを持っていても無意味ですし、そもそも持っていく気もありませんでしたから、サイズに合うリーファに譲ろうと考えていたので、気に入って貰えてよかったです。
ドレスの引き取り先も決まって、落ちたままのハンカチを拾い上げ、畳み直して他のハンカチと一緒に衣装櫃に仕舞うと、ドレスを体に当ててくるくると回っていたリーファが床の至るところにある衣装櫃やトランクを見て訊ねてきました。
「そういえばお姉様、どうして荷造りをしているの? もしかして、別荘にでも行くの? それとも旅行?」
……念のために当日まで隠してましたけど、あらかた荷造りも終わりましたし、流石に無言で立ち去るわけにも行きませんよね。
挨拶は大切ですし。
そう思い、私はリーファに荷造りをしている理由を明かしました。
「別荘でも旅行でもありませんよ。私は今日、この家から出ていくので、そのための荷造りをしているのです」
「────え?」
487
あなたにおすすめの小説
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
格上の言うことには、従わなければならないのですか? でしたら、わたしの言うことに従っていただきましょう
柚木ゆず
恋愛
「アルマ・レンザ―、光栄に思え。次期侯爵様は、お前をいたく気に入っているんだ。大人しく僕のものになれ。いいな?」
最初は柔らかな物腰で交際を提案されていた、リエズン侯爵家の嫡男・バチスタ様。ですがご自身の思い通りにならないと分かるや、その態度は一変しました。
……そうなのですね。格下は格上の命令に従わないといけない、そんなルールがあると仰るのですね。
分かりました。
ではそのルールに則り、わたしの命令に従っていただきましょう。
婚約を解消してくれないと、毒を飲んで死ぬ? どうぞご自由に
柚木ゆず
恋愛
※7月25日、本編完結いたしました。後日、補完編と番外編の投稿を予定しております。
伯爵令嬢ソフィアの幼馴染である、ソフィアの婚約者イーサンと伯爵令嬢アヴリーヌ。二人はソフィアに内緒で恋仲となっており、最愛の人と結婚できるように今の関係を解消したいと考えていました。
ですがこの婚約は少々特殊な意味を持つものとなっており、解消するにはソフィアの協力が必要不可欠。ソフィアが関係の解消を快諾し、幼馴染三人で両家の当主に訴えなければ実現できないものでした。
そしてそんなソフィアは『家の都合』を優先するため、素直に力を貸してくれはしないと考えていました。
そこで二人は毒を用意し、一緒になれないなら飲んで死ぬとソフィアに宣言。大切な幼馴染が死ぬのは嫌だから、必ず言うことを聞く――。と二人はほくそ笑んでいましたが、そんなイーサンとアヴリーヌに返ってきたのは予想外の言葉でした。
「そう。どうぞご自由に」
幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。
クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。
そんなある日クラスに転校生が入って来た。
幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新不定期です。
よろしくお願いします。
性格が嫌いだと言われ婚約破棄をしました
クロユキ
恋愛
エリック・フィゼリ子息子爵とキャロル・ラシリア令嬢子爵は親同士で決めた婚約で、エリックは不満があった。
十五歳になって突然婚約者を決められエリックは不満だった。婚約者のキャロルは大人しい性格で目立たない彼女がイヤだった。十六歳になったエリックには付き合っている彼女が出来た。
我慢の限界に来たエリックはキャロルと婚約破棄をする事に決めた。
誤字脱字があります不定期ですがよろしくお願いします。
9年ぶりに再会した幼馴染に「幸せに暮らしています」と伝えたら、突然怒り出しました
柚木ゆず
恋愛
「あら!? もしかして貴方、アリアン!?」
かつてわたしは孤児院で暮らしていて、姉妹のように育ったソリーヌという大切な人がいました。そんなソリーヌは突然孤児院を去ってしまい行方が分からなくなっていたのですが、街に買い物に出かけた際に9年ぶりの再会を果たしたのでした。
もう会えないと思っていた人に出会えて、わたしは本当に嬉しかったのですが――。現状を聞かれたため「とても幸せに暮らしています」と伝えると、ソリーヌは激しく怒りだしてしまったのでした。
どうやらこのパーティーは、婚約を破棄された私を嘲笑うために開かれたようです。でも私は破棄されて幸せなので、気にせず楽しませてもらいますね
柚木ゆず
恋愛
※今後は不定期という形ではありますが、番外編を投稿させていただきます。
あらゆる手を使われて参加を余儀なくされた、侯爵令嬢ヴァイオレット様主催のパーティー。この会には、先日婚約を破棄された私を嗤う目的があるみたいです。
けれど実は元婚約者様への好意はまったくなく、私は婚約破棄を心から喜んでいました。
そのため何を言われてもダメージはなくて、しかもこのパーティーは侯爵邸で行われる豪華なもの。高級ビュッフェなど男爵令嬢の私が普段体験できないことが沢山あるので、今夜はパーティーを楽しみたいと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる