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お茶会編 Re:start
11.聞こえるはずのない声
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久方ぶりに足を踏み入れた辺境伯家別邸は、相変わらず華やかでありながら調和の取れた空気に満ちておりました。
お茶会当日。
私はオウル様にエスコートされながら、お茶会の会場である辺境伯家別邸の中庭を歩いていました。
「あら、あれはアーモンド伯爵家の──」
「随分と久しぶりに顔を見たな」
「ラピスフィール公爵家とアーモンド伯爵家と言えば例の──」
「お二人ともにこやかにしてらっしゃるけど、実際はどうなのかしらね?」
あちらこちらで疎らにつくられた数人の輪の中で交わされるお喋りのは、私達を窺う様子が多分に含まれています。
それら一つ一つを気にしていちいち視線を向けている訳にもいきませんし、まずは主催者への挨拶へ向かわなくては。
オウル様の肘に手を添わせながら、中庭の中心へと歩を進めます。
「フリージア夫人、本日はお招きいただきありがとうございます」
「いらっしゃい、ジゼル。久しいですね。元気そうで何よりだわ。オウル様もようこそお越し下さいました」
「この度は婚約者を素敵なお茶会に招待いただきありがとうございます。一緒に楽しませてもらいますね」
オウル様と共にご挨拶をすると、フリージア夫人は微笑んで歓迎の言葉を下さりました。
「どうぞ、ごゆるりと歓談をお楽しみ下さい。それにしても本当に久しぶり。ジゼル、息災でしたか?」
「はい。身辺も落ち着いて、ラピスフィール公爵家へ居を移せたので、今日はその報告も兼ねて参りました」
そう答えると、周囲が僅かばかりざわめきました。
私が公爵邸へ移ることを表立って話したのは、この場が初めてですからね。
皆様の注目を集めたところで、すかさずオウル様と目を合わせ微笑みを交わします。
これは事前に打ち合わせしていた通りです。共に暮らしていることを明かすと同時に仲睦まじい姿を見せることで、私達が良好な関係を築けていることを印象づけます。
「オウル様とジゼル嬢はうまくいっているのか?」
「さて? あんなことの後だ。取り繕うくらいはするだろう。ここでの判断は早々だ」
「けど、いい雰囲気じゃない?」
「ジゼル様はラピスフィール公爵家へ移られたということは、アーモンド伯爵家で手掛けていた事業はどうなさったのかしら?」
「まだ婚約中とはいえ、他家の敷居を跨いだのであれば、手を引いたんじゃないか?」
潜められた声の全てを拾い上げることは出来ませんが、少なくとも現時点では悪い方へと傾いている訳ではありませんね。
出だしは好調と言えるでしょう。後は各人へのご挨拶の際に好印象をどれだけ与えられるかが肝心です。
積もる話のありますが、今は早めにフリージア夫人との話を切り上げて挨拶回りを始めたい気持ちになっていると、貴婦人らしい優美な微笑を浮かべたフリージア夫人がこっそりと耳打ちしてきました。
「ジゼル、張り切るのはいいが、焦りは失敗の元だ。来たばかりなのだから、まずは周りをよく観察しなさい」
「──っ! はい」
口調を変えた忠告につい、驚いて肩が跳ねてしまいました。
フリージア夫人、普段は貴婦人らしい喋り方をされますが、素の言葉遣いは男性的なんですよね。
言われたことは最もです。参加者の階級や関係性、この場でどんな話をしているかで声を掛ける最も適したタイミングは違います。
功を急いたつもりはないのですけれど、やはり気が逸っているのでしょうか。
視線だけで周囲を観察していると、隣のオウル様に手を引かれました。
「時間はたっぷりあるし、急ぐ必要はないよ。せっかくのお茶会なんだからまずはお茶をいただこうか」
「そうですね」
内心がお見通しだったのか、そう言われてなんだか肩の力が抜けました。
確かに焦っていると相手に思われるのは良くないですし、まずはお茶をいただいてリラックスした方が心に余裕を持って行動出来ると思います。
「どうぞ。今回のお茶会ではお客様に好きな茶葉を選んでいただくことにしております。中央のテーブルに並んだ茶葉からお好きなものを選んで、給仕にお伝え下さい」
そう言われて中央のテーブルへ行くと、そこには十以上の茶葉の缶が並んでいました。
オーソドックスなものから、海外の珍しい銘柄まで色々あります。
「普段はダージリンなんだけど、これは凄く香りがよくて気になるね」
「こちらは──なんだかお菓子みたいな香りがします」
「どれどれ? 本当だ。甘い香りだね。味もお菓子みたいに甘いのかな?」
オウル様と並んでどれにするか吟味している時でした。
背後から、有り得ない声がしたのです。
「お姉様!」
「────!」
一瞬、幻聴か何かだと思いました。
だって、ここは辺境伯家別邸で、フリージア夫人のお茶会。
フリージア夫人があの子を招待することはありません。なのに──
違う、と思いながらも振り返ると、そこにはロウ様と腕を組みながら満面の笑みで手を振っているリーファの姿がありました。
お茶会当日。
私はオウル様にエスコートされながら、お茶会の会場である辺境伯家別邸の中庭を歩いていました。
「あら、あれはアーモンド伯爵家の──」
「随分と久しぶりに顔を見たな」
「ラピスフィール公爵家とアーモンド伯爵家と言えば例の──」
「お二人ともにこやかにしてらっしゃるけど、実際はどうなのかしらね?」
あちらこちらで疎らにつくられた数人の輪の中で交わされるお喋りのは、私達を窺う様子が多分に含まれています。
それら一つ一つを気にしていちいち視線を向けている訳にもいきませんし、まずは主催者への挨拶へ向かわなくては。
オウル様の肘に手を添わせながら、中庭の中心へと歩を進めます。
「フリージア夫人、本日はお招きいただきありがとうございます」
「いらっしゃい、ジゼル。久しいですね。元気そうで何よりだわ。オウル様もようこそお越し下さいました」
「この度は婚約者を素敵なお茶会に招待いただきありがとうございます。一緒に楽しませてもらいますね」
オウル様と共にご挨拶をすると、フリージア夫人は微笑んで歓迎の言葉を下さりました。
「どうぞ、ごゆるりと歓談をお楽しみ下さい。それにしても本当に久しぶり。ジゼル、息災でしたか?」
「はい。身辺も落ち着いて、ラピスフィール公爵家へ居を移せたので、今日はその報告も兼ねて参りました」
そう答えると、周囲が僅かばかりざわめきました。
私が公爵邸へ移ることを表立って話したのは、この場が初めてですからね。
皆様の注目を集めたところで、すかさずオウル様と目を合わせ微笑みを交わします。
これは事前に打ち合わせしていた通りです。共に暮らしていることを明かすと同時に仲睦まじい姿を見せることで、私達が良好な関係を築けていることを印象づけます。
「オウル様とジゼル嬢はうまくいっているのか?」
「さて? あんなことの後だ。取り繕うくらいはするだろう。ここでの判断は早々だ」
「けど、いい雰囲気じゃない?」
「ジゼル様はラピスフィール公爵家へ移られたということは、アーモンド伯爵家で手掛けていた事業はどうなさったのかしら?」
「まだ婚約中とはいえ、他家の敷居を跨いだのであれば、手を引いたんじゃないか?」
潜められた声の全てを拾い上げることは出来ませんが、少なくとも現時点では悪い方へと傾いている訳ではありませんね。
出だしは好調と言えるでしょう。後は各人へのご挨拶の際に好印象をどれだけ与えられるかが肝心です。
積もる話のありますが、今は早めにフリージア夫人との話を切り上げて挨拶回りを始めたい気持ちになっていると、貴婦人らしい優美な微笑を浮かべたフリージア夫人がこっそりと耳打ちしてきました。
「ジゼル、張り切るのはいいが、焦りは失敗の元だ。来たばかりなのだから、まずは周りをよく観察しなさい」
「──っ! はい」
口調を変えた忠告につい、驚いて肩が跳ねてしまいました。
フリージア夫人、普段は貴婦人らしい喋り方をされますが、素の言葉遣いは男性的なんですよね。
言われたことは最もです。参加者の階級や関係性、この場でどんな話をしているかで声を掛ける最も適したタイミングは違います。
功を急いたつもりはないのですけれど、やはり気が逸っているのでしょうか。
視線だけで周囲を観察していると、隣のオウル様に手を引かれました。
「時間はたっぷりあるし、急ぐ必要はないよ。せっかくのお茶会なんだからまずはお茶をいただこうか」
「そうですね」
内心がお見通しだったのか、そう言われてなんだか肩の力が抜けました。
確かに焦っていると相手に思われるのは良くないですし、まずはお茶をいただいてリラックスした方が心に余裕を持って行動出来ると思います。
「どうぞ。今回のお茶会ではお客様に好きな茶葉を選んでいただくことにしております。中央のテーブルに並んだ茶葉からお好きなものを選んで、給仕にお伝え下さい」
そう言われて中央のテーブルへ行くと、そこには十以上の茶葉の缶が並んでいました。
オーソドックスなものから、海外の珍しい銘柄まで色々あります。
「普段はダージリンなんだけど、これは凄く香りがよくて気になるね」
「こちらは──なんだかお菓子みたいな香りがします」
「どれどれ? 本当だ。甘い香りだね。味もお菓子みたいに甘いのかな?」
オウル様と並んでどれにするか吟味している時でした。
背後から、有り得ない声がしたのです。
「お姉様!」
「────!」
一瞬、幻聴か何かだと思いました。
だって、ここは辺境伯家別邸で、フリージア夫人のお茶会。
フリージア夫人があの子を招待することはありません。なのに──
違う、と思いながらも振り返ると、そこにはロウ様と腕を組みながら満面の笑みで手を振っているリーファの姿がありました。
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