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デート編
35.逆値引き交渉
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「ところで話を戻すが、うちで取り扱ってる商品の中で要望に合うのはこれだよ。ちょっと見ておくれ」
そう言ってサリブお婆様が台紙の上の木箱をとんとんと叩かれました。
蓋を開けてみると、そこには円形の器がぎっしりと詰められています。一つ手に取ってみて、サリブお婆様に確認しました。
「開けてみても?」
「いいよ。ジゼルお嬢様の要望通り、万人に合うものを持ってきたが、こういうのは実際に試した方がいいからね」
許可を頂き、蓋を開けて中身を改めます。
開いた瞬間にふんわりとほのかな石鹸の香りが鼻を擽りました。
「これは──かなり質のいいものですね」
中には器の底が見えるほど透きとおった塗り薬が入ってます。鏡のようにつやつやと均されたそれを指で掬い、手の甲に塗ってみます。
「どうかな?」
「刺激とかも感じませんし、ベタつかずに肌に馴染みます。これはいいかもしれません」
念のためにサリブお婆様に成分を確認して、これも問題ありませんでした。
箱の見える上段に並んだ数と、薬の器の縦の長さと箱の深さを計算しても、有に百はあるでしょう。数の問題もありません。
「じゃあ、贈り物の品はこれにする?」
「はい。サリブお婆様、こちらを130個下さい」
淑女通りで何軒もお店を回ったことを考えると、これほど条件の揃った品はもうないだろうと思い、購入を決めました。
「まいどあり。そういや、これは贈り物にするんだったね。生憎とうちは薬堂でプレゼント用の包装とかはしてないよ」
「流石に130個を包装するのは大変だよね。けど、剥き身のままで渡すのも少し寂しいかな? せめて、紙袋か何か入れた方がいいかもしれないね」
お土産という形で渡すので今日中には配りたいのですが、そのまま渡すのは器が引けます。紙袋に入れるだけなら手間もほとんど掛かりませんし、最低限の体裁は保てます。オウル様のご提案が妥当だと思い、私も賛同しました。
「そうですね。そういえば、淑女通りに包装紙や贈り物用の手提げの紙袋などを扱っているお店があるのを見ました。紙袋はそこで買って帰ってから移しましょう」
「手伝いはいる?」
「いえ、それほど時間は掛かりませんし、それくらいは自分でやりたいのでお気持ちだけ頂きます」
「そっか」
「話はついたようだね。そろそろお勘定の話に入ってもいいかい?」
「はい。おいくらでしょうか?」
「一つ550ルド。130個で71500ルドだけど、婚約祝いとまとめ買い割引にして40000ルドにまけとくよ」
「流石にそこまでして頂く訳には──」
サリブお婆様が提示されたお値段は30000ルド以上の差額が出てしまいます。この差はとても大きく、易々とご厚意に甘える訳にはいきません。
「あたしゃ祝い事にはケチケチしないことにしてるんだ。気にすることはないよ」
「お気持ちは嬉しいですが、40000ルドは値引きしすぎです。これだけ高品質な品にはそれに見合った代金をお支払いすべきです」
「ジゼル、サリブ婆様は頑固だから一度決めたことは変えないよ。ここは有り難くこの値段で買わせて貰おう」
「オウル様まで……」
ニ対一の構図に不利を感じます。正直、アーモンド伯爵家にいたころは収入ほとんどを家に入れておりましたので、出費を抑えられるのは助かります。
──ですが、40000ルド……。商談などで値下げ交渉をしたこともありますが、私なりの基準で職人の方の仕事に見合った下限は決めてました。それと照らし合わせると、やはりこれは安すぎます。
「あたしももう年だからねぇ……あと何回オウル様の慶事を祝えるかどうか……身寄りもないし、人を祝うのはあたしの数少ない楽しみなんだけどねぇ」
「ジゼル、サリブ婆様は僕のことを孫みたいに可愛がってくれてる人なんだ。ここはひとつ、ね?」
「…………分かりました。サリブお婆様の仰ったお値段で買わせて頂きます」
悲しそうにそう言われてちらりと見られれば折れるしかありませんでした。
正規価格で買うために値上げ交渉をするのは初めての経験です。値下げ交渉よりも難しいですね、これ。
私はそこはかとない敗北感を感じながら財布を取り出して、金貨四枚をサリブお婆様にお支払い致しました。
「はい、まいど。それで商品はどうするんだい? これだけの数だ。その分重いし抱えて持って帰れはしないだろう?」
「そのことなんだけど、今日はこれからジゼルにアスタリスクを案内することになってるんだ。だから悪いんだけどこれで近所の子供にでもお使いを頼んで、客亭通りの先に停めてある馬車で待機してるうちの人間に来て貰って」
「でしたら、その分は私がお支払いします!」
オウル様がお使いのお駄賃として数枚の銅貨をサリブお婆様に渡そうとされてたので、私は仕舞おうとしていた財布を慌てて開きました。
「これくらい僕が払うよ」
「いえ、私の買った品を運ぶためなのですから私が」
「おや? ジゼルお嬢様の財布には金貨と銀貨しかないじゃないか。流石に子供に銀貨をやるわけにはいかないよ。ここは他よりも治安はいいけれど、それでも口八丁で子供から金を巻き上げようとする奴もいないとは限らないし、何より早いうちに子供に大金の使い方を覚えさせるのは良くない」
確かに平民の、それも子供からしてみれば銀貨は大金です。子供に大きな額のお金を渡して何か良からぬことに巻き込まれないとは断言出来ません。
「では、オウル様の銅貨と両替をして頂けませんか?」
「あー、ごめんね。銀貨と両替出来るくらいの銅貨は持ち合わせがないんだ」
「残金は後日で構いませんから」
「僕はお金のやり取りはその場で最後までやる主義だから。ということだから、サリブ婆様これでお願いね」
「あいよ」
食い下がったものの、抵抗虚しくオウル様の銅貨はサリブお婆様の手に渡ってしまいました。
銅貨を持っていなかったことが悔やまれます。だって、銅貨を使う機会というものがなかったんですもの。これからは財布には銅貨もしっかり入れておかなくては。
それにしてもオウル様とサリブお婆様の連携はなんなんでしょう。別に打ち合わせされてたわけでもないのに、こちらの要求を一つも通せませんでした。これが長い付き合いから成り立つ以心伝心というものなのでしょうか。
「ほうほう。今日はデートだったのかい。あのオウル坊ちゃんがねぇ。ちゃんとエスコート出来るのかい?」
「慣れてはいないけど、最善を尽くすよ」
「なら手の一つでも握ったらどうだい? 如何せん、お前さんたちの距離は少し他人行儀に見えるよ」
「あ、それいいね。ジゼル、手を繋いでもいい?」
「え? あ、はい──え?」
オウル様とサリブお婆様様の会話を見守るのに徹していたら、いつの間にかオウル様に手を握られておりました。え?
そう言ってサリブお婆様が台紙の上の木箱をとんとんと叩かれました。
蓋を開けてみると、そこには円形の器がぎっしりと詰められています。一つ手に取ってみて、サリブお婆様に確認しました。
「開けてみても?」
「いいよ。ジゼルお嬢様の要望通り、万人に合うものを持ってきたが、こういうのは実際に試した方がいいからね」
許可を頂き、蓋を開けて中身を改めます。
開いた瞬間にふんわりとほのかな石鹸の香りが鼻を擽りました。
「これは──かなり質のいいものですね」
中には器の底が見えるほど透きとおった塗り薬が入ってます。鏡のようにつやつやと均されたそれを指で掬い、手の甲に塗ってみます。
「どうかな?」
「刺激とかも感じませんし、ベタつかずに肌に馴染みます。これはいいかもしれません」
念のためにサリブお婆様に成分を確認して、これも問題ありませんでした。
箱の見える上段に並んだ数と、薬の器の縦の長さと箱の深さを計算しても、有に百はあるでしょう。数の問題もありません。
「じゃあ、贈り物の品はこれにする?」
「はい。サリブお婆様、こちらを130個下さい」
淑女通りで何軒もお店を回ったことを考えると、これほど条件の揃った品はもうないだろうと思い、購入を決めました。
「まいどあり。そういや、これは贈り物にするんだったね。生憎とうちは薬堂でプレゼント用の包装とかはしてないよ」
「流石に130個を包装するのは大変だよね。けど、剥き身のままで渡すのも少し寂しいかな? せめて、紙袋か何か入れた方がいいかもしれないね」
お土産という形で渡すので今日中には配りたいのですが、そのまま渡すのは器が引けます。紙袋に入れるだけなら手間もほとんど掛かりませんし、最低限の体裁は保てます。オウル様のご提案が妥当だと思い、私も賛同しました。
「そうですね。そういえば、淑女通りに包装紙や贈り物用の手提げの紙袋などを扱っているお店があるのを見ました。紙袋はそこで買って帰ってから移しましょう」
「手伝いはいる?」
「いえ、それほど時間は掛かりませんし、それくらいは自分でやりたいのでお気持ちだけ頂きます」
「そっか」
「話はついたようだね。そろそろお勘定の話に入ってもいいかい?」
「はい。おいくらでしょうか?」
「一つ550ルド。130個で71500ルドだけど、婚約祝いとまとめ買い割引にして40000ルドにまけとくよ」
「流石にそこまでして頂く訳には──」
サリブお婆様が提示されたお値段は30000ルド以上の差額が出てしまいます。この差はとても大きく、易々とご厚意に甘える訳にはいきません。
「あたしゃ祝い事にはケチケチしないことにしてるんだ。気にすることはないよ」
「お気持ちは嬉しいですが、40000ルドは値引きしすぎです。これだけ高品質な品にはそれに見合った代金をお支払いすべきです」
「ジゼル、サリブ婆様は頑固だから一度決めたことは変えないよ。ここは有り難くこの値段で買わせて貰おう」
「オウル様まで……」
ニ対一の構図に不利を感じます。正直、アーモンド伯爵家にいたころは収入ほとんどを家に入れておりましたので、出費を抑えられるのは助かります。
──ですが、40000ルド……。商談などで値下げ交渉をしたこともありますが、私なりの基準で職人の方の仕事に見合った下限は決めてました。それと照らし合わせると、やはりこれは安すぎます。
「あたしももう年だからねぇ……あと何回オウル様の慶事を祝えるかどうか……身寄りもないし、人を祝うのはあたしの数少ない楽しみなんだけどねぇ」
「ジゼル、サリブ婆様は僕のことを孫みたいに可愛がってくれてる人なんだ。ここはひとつ、ね?」
「…………分かりました。サリブお婆様の仰ったお値段で買わせて頂きます」
悲しそうにそう言われてちらりと見られれば折れるしかありませんでした。
正規価格で買うために値上げ交渉をするのは初めての経験です。値下げ交渉よりも難しいですね、これ。
私はそこはかとない敗北感を感じながら財布を取り出して、金貨四枚をサリブお婆様にお支払い致しました。
「はい、まいど。それで商品はどうするんだい? これだけの数だ。その分重いし抱えて持って帰れはしないだろう?」
「そのことなんだけど、今日はこれからジゼルにアスタリスクを案内することになってるんだ。だから悪いんだけどこれで近所の子供にでもお使いを頼んで、客亭通りの先に停めてある馬車で待機してるうちの人間に来て貰って」
「でしたら、その分は私がお支払いします!」
オウル様がお使いのお駄賃として数枚の銅貨をサリブお婆様に渡そうとされてたので、私は仕舞おうとしていた財布を慌てて開きました。
「これくらい僕が払うよ」
「いえ、私の買った品を運ぶためなのですから私が」
「おや? ジゼルお嬢様の財布には金貨と銀貨しかないじゃないか。流石に子供に銀貨をやるわけにはいかないよ。ここは他よりも治安はいいけれど、それでも口八丁で子供から金を巻き上げようとする奴もいないとは限らないし、何より早いうちに子供に大金の使い方を覚えさせるのは良くない」
確かに平民の、それも子供からしてみれば銀貨は大金です。子供に大きな額のお金を渡して何か良からぬことに巻き込まれないとは断言出来ません。
「では、オウル様の銅貨と両替をして頂けませんか?」
「あー、ごめんね。銀貨と両替出来るくらいの銅貨は持ち合わせがないんだ」
「残金は後日で構いませんから」
「僕はお金のやり取りはその場で最後までやる主義だから。ということだから、サリブ婆様これでお願いね」
「あいよ」
食い下がったものの、抵抗虚しくオウル様の銅貨はサリブお婆様の手に渡ってしまいました。
銅貨を持っていなかったことが悔やまれます。だって、銅貨を使う機会というものがなかったんですもの。これからは財布には銅貨もしっかり入れておかなくては。
それにしてもオウル様とサリブお婆様の連携はなんなんでしょう。別に打ち合わせされてたわけでもないのに、こちらの要求を一つも通せませんでした。これが長い付き合いから成り立つ以心伝心というものなのでしょうか。
「ほうほう。今日はデートだったのかい。あのオウル坊ちゃんがねぇ。ちゃんとエスコート出来るのかい?」
「慣れてはいないけど、最善を尽くすよ」
「なら手の一つでも握ったらどうだい? 如何せん、お前さんたちの距離は少し他人行儀に見えるよ」
「あ、それいいね。ジゼル、手を繋いでもいい?」
「え? あ、はい──え?」
オウル様とサリブお婆様様の会話を見守るのに徹していたら、いつの間にかオウル様に手を握られておりました。え?
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