妹と婚約者を交換したので、私は屋敷を出ていきます。後のこと? 知りません!

夢草 蝶

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デート編

36.手を繋いで古書通りへ

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「そうだ、オウル坊ちゃん。今日はエステルが古書通りの広場でやるそうだよ。運が良ければ兵隊蜂の坊やたちもいるだろう。次期ラピスフィール公爵の妻になるなら、早めに顔合わせはしといた方がいいだろ? もし会えなくても、エステルのあれはデートにぴったりだしね」

「ほんと? それは嬉しいな。時間に余裕があったら屯所まで行こうかと思ってたけど、そっちの方が確実そうだ」

「ついでに隊長蜂がいたら、とっとと来月分を取りに来いって伝えといておくれ」

「──って、そっちが目的でしょ。ちゃっかりしてるなぁ。まぁいいけど。それで時間は?」

「もう間もなくだと思うよ」

 オウル様とサリブお婆様が何かをお話ししています。
 声は聞こえるのですが、内容は右耳から左耳へ抜けて行ってしまいます。
 今、私の意識はオウル様に握られた左手へ向けられてました。
 オウル様のお手に触れるのは初めてのことではありません。
 婚約の際に握手をしましたし、フリージア夫人のお茶会の時だってエスコートして頂きました。今日も馬車の乗り降りの際にオウル様は手を差し伸べて下さいました。
 けれど、手を握られたのは初めてです。意外とひんやりしたオウル様の手のひらの感触が、指の形も分かりそうなくらいに伝わってきて、なんだか、背中がむずむずします。
 思えば、こんな風に手を繋ぐこと自体初めての経験でした。

「という訳なんだけど、いいかな?」

「っ、申し訳ありません。もう一度仰って頂けますか?」

「もしかしたら知り合いに会えるかもしれないから、古書通りに行きたいんだけどいいかな? アルフェン領にとって大事な役目を担う人たちだから、ジゼルに紹介しておきたくて」

「そうなのですね。私もお会いしたいです」

「じゃあ、行こうか。サリブ婆様、今日はありがとう。また来るよ」

「あいよ。気をつけて行っといで」

「ありがとうございました」

 手を振るサリブお婆様にお礼の会釈をして、オウル様に手を引かれてセンジュ薬堂を出ます。
 顔を前に向けたまま、そろりと視線だけでオウル様の横顔を盗み見ました。いつも通りの穏やかな表情です。
 ──オウル様は、いつも穏やかなお顔をされてますね……。
 思えば、リーファとの婚約破棄の際も困ったように笑ってらっしゃいました。あの時、オウル様は怒って声を荒らげてこちらを糾弾しても良い立場でしたのに、穏やかな表情を絶やさず迅速に話を進められておりました。それは理想的な貴族のあり方です。
 けれど、ご友人のマーカス様たちやサリブお婆様の前だと少し違うお顔をされます。
 少し砕けていて、気安くて、活き活きとされた表情。
 ──いつか、私にも向けて下さるでしょうか。
 願望にも似た思いが、頭を過りました。
 その思いが何を帯びているのかに気づかないまま、私はオウル様からの信頼の物差しを『素の表情を向けて頂くこと』に定めました。
 プレゼント作戦の物資確保は完了しました。ここからはこの外出の主目的であるオウル様の信頼を頂くことに専念します。

「あっ!」

「どうかされましたか?」

 オウル様が急に立ち止まられて繋いでる方の手を少しだけ持ち上げ、じっと見つめています。

「握り返してくれた」

 言われてみると、私の指先はしっかりとオウル様の手の甲に触れています。どうやら意気込むあまり、無意識に手に力が入ってしまったようです。

「痛かったですか!?」

「大丈夫だよ。これなら絶対にはぐれることはないから安心だ」

 その言葉に抜こうとした力が再び手に籠りました。アスタリスクは盛況、この人だかりではぐれたら時間を大幅に削られてしまいます。そんな損失、あってはなりません。
 私は合理的な判断の元、手に籠った力をキープしました。

 それから私たちは再び歩き出し、繋がれた手は古書通りへ着くまで離れることはありませんでした。
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