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デート編
40.猫と蜂の乱入
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オウル様と声を合わせてぽかんとしていると、その間にエステルさんに手を引かれていつの間にかステージの上に立っておりました。
「あ、オウル様だ」
「今日はオウル様がエステルの助手をするのかな?」
「この間の人体切断術は凄かったもんなー、今日は何やるんだろ?」
「ていうか、隣の女の子誰?」
「知らない。あの子も助手役なんじゃないの?」
「えー! 助手が二人とか珍しいね。何が始まるの?」
疑問と期待に満ちたざわめきが四方から降ってきます。
ところで人体切断術とは一体──人体切断!? 本当に何ですかそれは!!?
「さてさて皆様、ご注目! こちらにおわすはご存知! 我らの未来の領主、オウル・ラピスフィール様! そ・し・て──おやおやおやぁ? 今日はもう一人お客様がいらっしゃいますねー? そう、こちらのお嬢さんです! お名前は?」
「ジゼル・アーモンドと申します。どうぞ、お見知りおきを」
こんな時でも習慣というものは身に染みているものですね。名前を答えながら自然と体がカーテシーの姿勢を取りました。
「香ばしそうなお名前ですね♪ では、アーモンドで手品をひとつ。二本でひとつ、三本でふたつ、四本で三つ、五本で四つ。十本なら八つ──ではなく、おやつ♪」
エステルさんが指を一本ずつ立てるとその間に球体の物が一個ずつどこからともなく現れて増えます。最後は手のひらいっぱいになったなそれを手を叩いて一瞬で消し、今度はお皿の上に乗ったケーキが現れました。ですが、それは──
「それはアーモンドじゃなくてクルミだね」
オウル様が冷静に指摘されます。
エステルさんが最初に指で挟んでいたのはクルミでした。それが今は砕いたクルミを混ぜたパウンドケーキになっています。
「手持ちのアーモンドがなかったので~。けど、大丈夫です! アーモンドだと思えばこれはアーモンドです。ほら、同じナッツ類ですし、栗や銀杏に比べたらセーフですよ」
「何がセーフかわからないけど、僕ならお店でアーモンドケーキを注文してクルミのケーキを出されたら苦情を入れるよ? エステル、フェザームーンは料理も売りの一つにしてたと思うんだけど、大丈夫?」
「大丈夫に決まってるじゃないですか。注文の取り違いには気をつけてますし、もしやらかしてもきちんと対応してますよ。あ、このアーモンドケーキはジゼル様に差し上げます。美食通りにある美味しいケーキ屋さんのなんですよ」
「はぁ、ありがとうございます」
「不安だなぁ」
手渡されたクルミのケーキに視線を落として途方に暮れます。美味しそうなケーキですけれど、流石にこの衆人環視の下で食事を始められるようや胆力は鍛えておりません。──というか、これ本当にどうしましょう? お皿に乗せられた状況というのが地味に困ります。
「自己紹介は済みましたし、次の質問に移りましょ~。はいどーん!」
エステルさんが握った手を突き上げると、クラッカーを鳴らしたように背後にリボンや紙吹雪が打ち上がりました。
突然上がった大きな音に反射的に驚くと、びくりと跳ねた肩をオウル様に引き寄せられました。
「大丈夫?」
「は、はい──音に驚いて──」
「大きい音苦手?」
「聞き慣れていないだけで苦手という訳ではありません」
「エステルの手品は派手だから、クラッカーとか花火とかよく使うんだよね。最初は驚くけどそのうち慣れるよ」
「あら~、仲がご様子ですね。ご両人! はてさて、お二人のご関係は!?」
こちらに向かってぱちりとウインクしたエステルさんが両腕を開いて、回答を促してきます。
オウル様と目配せをし合って婚約者と名乗ろうとした時でした。
思わぬ乱入者が登場したのです。
「──ぴぎゃ!?」
「あ」
「きゃっ──まぁ」
「ジゼル、怪我はない!?」
「少しは私の心配もして下さいよ!」
いきなり背後から小さな黒い影が掛けて来て、エステルさんの頭を踏みつけました。一跳ねしたそれはその勢いのまま私の胸に飛び込んできて、何とか受け止めることは出来ましたが、反動で後ろへたたらを踏みました。
胸で黒い影がもぞもぞと動いて、二つの丸い瞳と目が合います。みゃあ、と小さな声で鳴いた影の正体は黒い子猫でした。
「猫──ですね」
「みたいだね。どこから来たんだろう? 親猫は一緒じゃないのかな?」
「見たところ首輪などはしていませんが、毛並みから飼い猫の可能性がありますね。逃げて来てしまったのかもしれません」
「エステル、何か心当たりない?」
「ねこぉ?」
踏まれた後頭部を擦りながら、涙目のエステルさんが屈んで子猫と視線を合わせます。
「どうですか? 知っている子でしょうか?」
「うーん、そうですねぇ。最近ここら辺で子猫と言えば──」
「いたぁ────────!」
「ぽびゃあ!?」
「エステルさん!?」
再び背後から現れた今度は子猫よりも大きな影にエステルさんが弾き飛ばされてしまいました。
盛大に転んでしまったエステルさんを助け起こそうと私も屈むと、腕の中から子猫が降りていきました。その子猫を抱え上げたのは六角形と蜂が描かれた腕章を付けた男性でした。
「よかったぁ、やっと見つかった。こら! ダメだろ、勝手に飛び出しちゃ。ジュード爺さんもネネも心配してるぞ」
男性は子猫を包み込めるくらい大きな両手で向かい合うように子猫を抱き上げると、真面目な声音でお説教をしています。
「……えっと、エステルさん、大丈夫ですか?」
男性のことも気になりますが、まずはエステルさんを起こそうと手を差し出すと、エステルさんはわなわなと震えながら自力で体を起こしました。
「大丈夫ですよ~、ところでジゼル様、お願いがあるのですが」
お怪我はないようですが、やけに声が低いです。
「何でしょう?」
「ちょっとその男から子猫を引き離してくれます?」
「え? あ、はい」
何だか断りにくい雰囲気で、私は言われるがままそっと男性の手から子猫を抜き取りました。
「あっ、ちょっとその猫は──」
「何すんですか! この猪蜂ー!!!」
「うわっ!」
「あっ」
「それは猪なの? 蜂なの?」
子猫が男性の手を離れた瞬間、エステルさんが目にも止まらぬ速さで男性に足払いを仕掛けました。不意を突かれた男性は後方へ倒れ込んだものの、武術の心得がある方らしく受け身を取りました。とはいえ、衝撃の全てを相殺することは出来なかったようで痛そうに背中を擦っています。
なかなかに混沌を極めている状況に思われますが、オウル様も観客の皆さんも平然としています。どうやら、状況に着いていけていないのは私だけのようですね……とはいえ、これは説明を求めたいところです……。
「あの、オウル様……この方は……?」
「そうだ。彼がジゼルに紹介したかった人の一人だよ」
「あの方が? えっと、どういう方なのでしょうか? 見たところ、制服のようなものをお召しのようですが……」
男性はこのアスタリスクで見てきた商人の方々とはまるで違う服装をしていました。コートの下にシャツにネクタイとフォーマルな格好ですが、礼服とも違うものです。どちらかと言うと、騎士の格好に近いような……ですが、騎士の証である勲章は身につけていませんし……。
「彼はラピスフィール公爵家が擁するアルフェン領の警邏隊、メルソルバの守護を担う楯蜂の第二部隊の隊長のジェフリーだよ」
そう紹介されたジェフリーさんという方は、エステルさんと掴み合いの喧嘩を初めてしまっています。これは──どうやってご挨拶しましょう?
「あ、オウル様だ」
「今日はオウル様がエステルの助手をするのかな?」
「この間の人体切断術は凄かったもんなー、今日は何やるんだろ?」
「ていうか、隣の女の子誰?」
「知らない。あの子も助手役なんじゃないの?」
「えー! 助手が二人とか珍しいね。何が始まるの?」
疑問と期待に満ちたざわめきが四方から降ってきます。
ところで人体切断術とは一体──人体切断!? 本当に何ですかそれは!!?
「さてさて皆様、ご注目! こちらにおわすはご存知! 我らの未来の領主、オウル・ラピスフィール様! そ・し・て──おやおやおやぁ? 今日はもう一人お客様がいらっしゃいますねー? そう、こちらのお嬢さんです! お名前は?」
「ジゼル・アーモンドと申します。どうぞ、お見知りおきを」
こんな時でも習慣というものは身に染みているものですね。名前を答えながら自然と体がカーテシーの姿勢を取りました。
「香ばしそうなお名前ですね♪ では、アーモンドで手品をひとつ。二本でひとつ、三本でふたつ、四本で三つ、五本で四つ。十本なら八つ──ではなく、おやつ♪」
エステルさんが指を一本ずつ立てるとその間に球体の物が一個ずつどこからともなく現れて増えます。最後は手のひらいっぱいになったなそれを手を叩いて一瞬で消し、今度はお皿の上に乗ったケーキが現れました。ですが、それは──
「それはアーモンドじゃなくてクルミだね」
オウル様が冷静に指摘されます。
エステルさんが最初に指で挟んでいたのはクルミでした。それが今は砕いたクルミを混ぜたパウンドケーキになっています。
「手持ちのアーモンドがなかったので~。けど、大丈夫です! アーモンドだと思えばこれはアーモンドです。ほら、同じナッツ類ですし、栗や銀杏に比べたらセーフですよ」
「何がセーフかわからないけど、僕ならお店でアーモンドケーキを注文してクルミのケーキを出されたら苦情を入れるよ? エステル、フェザームーンは料理も売りの一つにしてたと思うんだけど、大丈夫?」
「大丈夫に決まってるじゃないですか。注文の取り違いには気をつけてますし、もしやらかしてもきちんと対応してますよ。あ、このアーモンドケーキはジゼル様に差し上げます。美食通りにある美味しいケーキ屋さんのなんですよ」
「はぁ、ありがとうございます」
「不安だなぁ」
手渡されたクルミのケーキに視線を落として途方に暮れます。美味しそうなケーキですけれど、流石にこの衆人環視の下で食事を始められるようや胆力は鍛えておりません。──というか、これ本当にどうしましょう? お皿に乗せられた状況というのが地味に困ります。
「自己紹介は済みましたし、次の質問に移りましょ~。はいどーん!」
エステルさんが握った手を突き上げると、クラッカーを鳴らしたように背後にリボンや紙吹雪が打ち上がりました。
突然上がった大きな音に反射的に驚くと、びくりと跳ねた肩をオウル様に引き寄せられました。
「大丈夫?」
「は、はい──音に驚いて──」
「大きい音苦手?」
「聞き慣れていないだけで苦手という訳ではありません」
「エステルの手品は派手だから、クラッカーとか花火とかよく使うんだよね。最初は驚くけどそのうち慣れるよ」
「あら~、仲がご様子ですね。ご両人! はてさて、お二人のご関係は!?」
こちらに向かってぱちりとウインクしたエステルさんが両腕を開いて、回答を促してきます。
オウル様と目配せをし合って婚約者と名乗ろうとした時でした。
思わぬ乱入者が登場したのです。
「──ぴぎゃ!?」
「あ」
「きゃっ──まぁ」
「ジゼル、怪我はない!?」
「少しは私の心配もして下さいよ!」
いきなり背後から小さな黒い影が掛けて来て、エステルさんの頭を踏みつけました。一跳ねしたそれはその勢いのまま私の胸に飛び込んできて、何とか受け止めることは出来ましたが、反動で後ろへたたらを踏みました。
胸で黒い影がもぞもぞと動いて、二つの丸い瞳と目が合います。みゃあ、と小さな声で鳴いた影の正体は黒い子猫でした。
「猫──ですね」
「みたいだね。どこから来たんだろう? 親猫は一緒じゃないのかな?」
「見たところ首輪などはしていませんが、毛並みから飼い猫の可能性がありますね。逃げて来てしまったのかもしれません」
「エステル、何か心当たりない?」
「ねこぉ?」
踏まれた後頭部を擦りながら、涙目のエステルさんが屈んで子猫と視線を合わせます。
「どうですか? 知っている子でしょうか?」
「うーん、そうですねぇ。最近ここら辺で子猫と言えば──」
「いたぁ────────!」
「ぽびゃあ!?」
「エステルさん!?」
再び背後から現れた今度は子猫よりも大きな影にエステルさんが弾き飛ばされてしまいました。
盛大に転んでしまったエステルさんを助け起こそうと私も屈むと、腕の中から子猫が降りていきました。その子猫を抱え上げたのは六角形と蜂が描かれた腕章を付けた男性でした。
「よかったぁ、やっと見つかった。こら! ダメだろ、勝手に飛び出しちゃ。ジュード爺さんもネネも心配してるぞ」
男性は子猫を包み込めるくらい大きな両手で向かい合うように子猫を抱き上げると、真面目な声音でお説教をしています。
「……えっと、エステルさん、大丈夫ですか?」
男性のことも気になりますが、まずはエステルさんを起こそうと手を差し出すと、エステルさんはわなわなと震えながら自力で体を起こしました。
「大丈夫ですよ~、ところでジゼル様、お願いがあるのですが」
お怪我はないようですが、やけに声が低いです。
「何でしょう?」
「ちょっとその男から子猫を引き離してくれます?」
「え? あ、はい」
何だか断りにくい雰囲気で、私は言われるがままそっと男性の手から子猫を抜き取りました。
「あっ、ちょっとその猫は──」
「何すんですか! この猪蜂ー!!!」
「うわっ!」
「あっ」
「それは猪なの? 蜂なの?」
子猫が男性の手を離れた瞬間、エステルさんが目にも止まらぬ速さで男性に足払いを仕掛けました。不意を突かれた男性は後方へ倒れ込んだものの、武術の心得がある方らしく受け身を取りました。とはいえ、衝撃の全てを相殺することは出来なかったようで痛そうに背中を擦っています。
なかなかに混沌を極めている状況に思われますが、オウル様も観客の皆さんも平然としています。どうやら、状況に着いていけていないのは私だけのようですね……とはいえ、これは説明を求めたいところです……。
「あの、オウル様……この方は……?」
「そうだ。彼がジゼルに紹介したかった人の一人だよ」
「あの方が? えっと、どういう方なのでしょうか? 見たところ、制服のようなものをお召しのようですが……」
男性はこのアスタリスクで見てきた商人の方々とはまるで違う服装をしていました。コートの下にシャツにネクタイとフォーマルな格好ですが、礼服とも違うものです。どちらかと言うと、騎士の格好に近いような……ですが、騎士の証である勲章は身につけていませんし……。
「彼はラピスフィール公爵家が擁するアルフェン領の警邏隊、メルソルバの守護を担う楯蜂の第二部隊の隊長のジェフリーだよ」
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