41 / 43
デート編
41.子猫と蜂とマジシャンの小乱闘
しおりを挟む
「あ・ん・たって人は! いい歳だってのにいつになったら落ち着きってものが身につくんです? 鍛練ばっかで他が疎か過ぎるんですよ。筋肉は十分あるんですから、他にも気を配りなさいよ!」
「余計なお世話だわ! 町の平和を守るためには体が第一なんだよ。悪人取っ捕まえるのも、町の人の手伝いするのも体力使うの! そのために俺はたゆまぬ鍛練を積んでるんだ。後はよく飯を食って、寝る! それ以外に割いている時間はない!」
「ほぉほぉ? じゃあ、その体をつくっている栄養満点のご飯は誰が提供してるんでしょうねぇ? 毎度毎度ツケにしてるのはどこの誰かしらー?」
「うぐっ」
「隙ありっ! いっけー、鳩たち! 目眩ましー! 蜂なんてやっつけろー!」
「ちょ、ぶわっ、羽が口に入った!!!」
「エステルー、警邏相手にやっつけろは問題発言だよー」
「オウル様、あまり止める気ありませんね……?」
「いつものことだから」
鳩たちに顔に集中攻撃を受けているジェフリーさんと、それを焚きつけているエステルさんの攻防は終わる気配がありません。
腕の中で「みゃあ」と子猫が小さく鳴きました。
視線を向けると、子猫を抱えた手とは逆の手に持ったままのクルミのケーキに小さな手を伸ばしています。
「駄目ですよ。これは人間用のお菓子なので、貴方は食べられないんです」
お皿を高く持ち上げて、子猫が誤って食べてしまわないように遠ざけます。
そういえば、ジェフリーさんは元々この子猫を追っていたんですよね? この子そっちのけで喧嘩していていいのでしょうか?
「お腹空いてるのかな? とはいえ、猫が食べられるものなんて持ってないし──それにこの子、まだ大分小さいから母猫の母乳が必要なんじゃないかな?」
「そうですね。ジェフリーさんならこの子の親を知っているかもしれません。お訊きしたいのですが──」
「ジェフリーのトンマ!」
「エステルのあんぽんたん!」
「幼児の喧嘩かな?」
もう言えるだけの罵倒を言い尽くしたのか、語彙が大分単調になっているエステルさんとジェフリーさんに呆れ気味のオウル様が半眼で言い放ちました。
「あの、お二方、もうこの辺で──」
「ジゼル、この二人にそんなやんわりとした言い方じゃ駄目だよ。というか、口で言っても止まらないから」
「では、どうすれば?」
私の肩にぽんと手を置かれたオウル様は、二人を一瞥した後振り返って客席に向かって大声で言いました。
「ここは僕に任せて。皆ー! ご覧の通り、エステルの手品ショーがジェフリーとの喧嘩になってしまったよ。これはこれで古書通りの名物だけど、皆はもう見飽きているよね? 本筋に戻したいから、協力して欲しい──というわけで、投げ銭と食べ物の差し入れをよろしく!」
オウル様が言い終えるや否や、波のように押し寄せてくる歓声と共に客席の全方向から硬貨や食べ物が雨のように降ってきました。
「エステルー! マジック見せろー!」
「ジェフリー! ほら、林檎やるから落ち着けって!」
「ああっ、銅貨投げようとしたのに間違って銀貨投げちまった!」
「クッキーあげるー!」
「エステル! 奮発するから移動手品見せてくれ!」
「なんかないかな……あ、朝飯の残りのパンがあった。そぉれ!」
「金はないから、小麦の引換券やるよー」
「ジェフリーくーん! ベーコンあげる♪ 受け取ってー!」
次から次へと投げ込まれる硬貨と食べ物にステージの床が埋まっていきます。
こ、これは一体──……。
「やったー! お金だお金だー! わーい!」
「食べ物だー! むしゃむしゃ、うまーい!」
「うん、やっぱり幼児だね」
それぞれ硬貨と食べ物に飛びつく二人を見て、オウル様は今度は疑問符をつけずに断言されました。
確かに、硬貨をシルクハットに詰めているエステルさんと座り込んで林檎を囓っているジェフリーさんは好きなものが展示されたショーウィンドウから離れようとしない子供のようです。
喧嘩は収まったものの、ジェフリーさんは食べることに夢中で今度は剥き身のまま投げ込まれたベーコンにかぶりついています──いえ、何故ここに剥き身のベーコンが……?
まぁ、それは置いておきましょう。子猫のことを訊ねようと近づくと、ジェフリーさんがぱっと顔を上げました。
「あの、この子のことについてお尋ねしたいのですが……」
「あ、クルミのケーキ」
「あ」
ジェフリーさんが私が持ったままのクルミのケーキを鷲掴んで一気に頬張りました。そこそこの大きさのあったケーキは一瞬で半分ほど減ってしまいました。
扱いに困っていたケーキがジェフリーさんの胃の中に定住先が決まったことに密かに安堵し、これ幸いにとそっと残されたお皿もジェフリーさんの脇に置きました。
「これフェザームーンのケーキだ! やっぱうまいなぁ──へ? うわっ、ちょ、やめ──」
「あっ、あら……」
狙っていた獲物を横取りされたと思ったのか、子猫が威嚇するようにシャーッと鳴いて毛を逆立てながらジェフリーさんの顔に飛びつきました。鳩といい、顔に攻撃を受けやすい人ですね。
「こらっ、チビ助やめろ! いだだだだっ、痛いって! ちっさい癖に立派な爪だなぁ、オイ!」
顔に細かな傷を作ったジェフリーさんが子猫の首根っこを掴んで引き剥がします。親猫に持ち運ばれるような形になった子猫は大人しくはなりましたが、不満そうにみゃあと鳴いています。
「ジェフリーさん、この子について訊いてもよろしいでしょうか?」
「貴女は?」
「申し遅れました。私は──」
「オウル様のお連れの方ですよ」
私が答えるより早く、エステルさんが答えました。シルクハットが山盛りになったため、今は服のポケットに硬貨を詰めていて、栗鼠の頬袋のようにパンパンになっています。
「オウル様の!? あの浮いた話一つなかったオウル様が女連れ!? コレってこと!? なんですか、なんですか、ちゃんといい人いるんじゃないですかぁー。もっと早く教えて下さいよ、水臭いですなぁ」
子猫を抱え直したジェフリーさんがにやにやしながら逆の肘でオウル様の脇腹を小突きます。
エステルさんもですけど、大分距離感が近い人ですね。町の人たちも親しげに声を掛けてましたし、人の出入りが多く、商売人気質の人が多いメルソルバの土地柄なのでしょうか。
「だからその小指を立てるジェスチャーはなんなのかな? エステルといい、ほんと似た者同士だよね」
「む。守銭奴のエステルと一緒にしないで下さいよ」
「こっちこそ卑しん坊のジェフリーと一緒にされたくらありませんよ」
「「なんだと(ですって)!?」」
「はいはい、そっくりだね。けど、また喧嘩するなら今度は泥団子を投げ込ませるよ? ジェフリー、ジゼルの質問に答えてあげて」
「オウル様のご命令とあらば。それでお嬢さん、何のご用でしょう?」
「えっと、その子猫について訊きたいのですけど。ジェフリーさんはこの子を追いかけて来たんですよね? 何があったのですか?」
オウル様の質問に打って変わって凛々しい顔つきで恭しく訊ねられ、内心困惑しながらも訊きたかったことをようやく訊ねることが出来ました。
「ああ、こいつですか? こいつは豆屋のジュード爺さんが鼠捕りのために飼ってるキジトラのネネが産んだ子猫です。産まれたばっかで好奇心が強い上にヤンチャで、目が開いて歩けるようになってからしょっちゅう脱走するもんで捜索、及び保護の依頼を受けてるんですよ」
「そういう訳でしたか。見つかって何よりです」
ジェフリーさんが説明しながら子猫の喉を指先で擽るように撫で、子猫は喉を鳴らして気持ち良さそうにしています。
それにしても子猫の捜索まで請け負っているとは、メルソルバの警邏は他の領とは毛色が違うようですね。
アーモンド伯爵家が統治する領もそうでしたが、警邏というのは町の治安維持のための見回りや、犯罪者の確保が主な仕事で、失踪者の捜索をすることはありますが、猫探しをするというのは聞いたことがありません。
「はい──ところで、結局のところお嬢さんはどなたで? オウル様とはどういったご関係なのでしょうか?」
「今日、ジェフリーたちに紹介したかったんだ。彼女はジゼル・アーモンド。僕の婚約者だよ」
「えっ!? あの守銭奴のエステルを反比例されたような金遣いの荒い婚約者!? ん? けど、ジゼル・アーモンド? オウル様のご婚約者がアーモンド伯爵家のご令嬢っていうのは知ってますけど、そんな名前でしたっけ? 確か、リーファだかリーフェだか──」
「さらっと人の悪口を織り込まないでくれる?」
「その子はリーファだね。ジゼルはリーファの姉だよ。つい最近、婚約者が妹のリーファからこちらの姉のジゼルに変わったんだ。今日はその紹介も兼ねてアスタリスクにデートに来たんだよ」
「オウル様がデート……!」
「あのオウル様がデート……!」
驚愕に目を丸くしたエステルさんとジェフリーさんが同じ仕草で口元を手で隠しました。オウル様の仰る通り、本当にそっくりですね。
「そんなに驚くことかな? 婚約者なんだから、デートくらいするだろう。ルドルフとエイミーだってしょっちゅうしてるし」
「いやぁ、あの二人は婚約者ってゆーか、恋人じゃないですか。めっちゃラブラブですし。けど、オウル様のそーゆー話って全然聞いたことなかったんでそりゃ驚きますよ」
「こちらに来られる時もお仕事で来るか、遊びに来ても大抵マーカス様とご一緒ですからねぇ」
「…………」
何か思うところでもあられるのか、オウル様は唇を結んで黙り込んでしまわれました。
ジェフリーさんの言葉に、先日のお茶会でお会いしたルドルフ様とエイミー様が頭に浮かびました。
サリブお婆様のお話でオウル様がマーカス様とここへ遊びに来ていたことは知っていましたが、エイミー様たちとも面識があるご様子。
確かにあのお二人は相思相愛のようでしたね。ルドルフ様もラブラブだと自己申告されてましたし。
それにしても、お知り合いがこうも口を揃えて言うということは、オウル様、もしかして──
「あの、ひょっとしてオウル様、リーファと──で、デートしたことはないのでしょうか?」
「え? ああ、うん、そうだね。夜会やお茶会には婚約者として参加したけど、今日みたいに一緒に出掛けたことはなかったかな。一応、何度か誘ってみたことはあるけど、僕はあの子に好かれてなかったから頷いてくれることはなかったけど」
オウル様とリーファはデートをしたことがない──その事実に、嫌な予想が頭に浮かびました。
いえ、オウル様はそういうところもちゃんとしているでしょうし、エステル様やジェフリー様の言葉からもないとは思うのですが──それでもなんだかもやもやとして、私はオウル様に訊ねてしまいました。
「では、私やリーファ以外の誰かとしたことは、あるのでしょうか?」
「余計なお世話だわ! 町の平和を守るためには体が第一なんだよ。悪人取っ捕まえるのも、町の人の手伝いするのも体力使うの! そのために俺はたゆまぬ鍛練を積んでるんだ。後はよく飯を食って、寝る! それ以外に割いている時間はない!」
「ほぉほぉ? じゃあ、その体をつくっている栄養満点のご飯は誰が提供してるんでしょうねぇ? 毎度毎度ツケにしてるのはどこの誰かしらー?」
「うぐっ」
「隙ありっ! いっけー、鳩たち! 目眩ましー! 蜂なんてやっつけろー!」
「ちょ、ぶわっ、羽が口に入った!!!」
「エステルー、警邏相手にやっつけろは問題発言だよー」
「オウル様、あまり止める気ありませんね……?」
「いつものことだから」
鳩たちに顔に集中攻撃を受けているジェフリーさんと、それを焚きつけているエステルさんの攻防は終わる気配がありません。
腕の中で「みゃあ」と子猫が小さく鳴きました。
視線を向けると、子猫を抱えた手とは逆の手に持ったままのクルミのケーキに小さな手を伸ばしています。
「駄目ですよ。これは人間用のお菓子なので、貴方は食べられないんです」
お皿を高く持ち上げて、子猫が誤って食べてしまわないように遠ざけます。
そういえば、ジェフリーさんは元々この子猫を追っていたんですよね? この子そっちのけで喧嘩していていいのでしょうか?
「お腹空いてるのかな? とはいえ、猫が食べられるものなんて持ってないし──それにこの子、まだ大分小さいから母猫の母乳が必要なんじゃないかな?」
「そうですね。ジェフリーさんならこの子の親を知っているかもしれません。お訊きしたいのですが──」
「ジェフリーのトンマ!」
「エステルのあんぽんたん!」
「幼児の喧嘩かな?」
もう言えるだけの罵倒を言い尽くしたのか、語彙が大分単調になっているエステルさんとジェフリーさんに呆れ気味のオウル様が半眼で言い放ちました。
「あの、お二方、もうこの辺で──」
「ジゼル、この二人にそんなやんわりとした言い方じゃ駄目だよ。というか、口で言っても止まらないから」
「では、どうすれば?」
私の肩にぽんと手を置かれたオウル様は、二人を一瞥した後振り返って客席に向かって大声で言いました。
「ここは僕に任せて。皆ー! ご覧の通り、エステルの手品ショーがジェフリーとの喧嘩になってしまったよ。これはこれで古書通りの名物だけど、皆はもう見飽きているよね? 本筋に戻したいから、協力して欲しい──というわけで、投げ銭と食べ物の差し入れをよろしく!」
オウル様が言い終えるや否や、波のように押し寄せてくる歓声と共に客席の全方向から硬貨や食べ物が雨のように降ってきました。
「エステルー! マジック見せろー!」
「ジェフリー! ほら、林檎やるから落ち着けって!」
「ああっ、銅貨投げようとしたのに間違って銀貨投げちまった!」
「クッキーあげるー!」
「エステル! 奮発するから移動手品見せてくれ!」
「なんかないかな……あ、朝飯の残りのパンがあった。そぉれ!」
「金はないから、小麦の引換券やるよー」
「ジェフリーくーん! ベーコンあげる♪ 受け取ってー!」
次から次へと投げ込まれる硬貨と食べ物にステージの床が埋まっていきます。
こ、これは一体──……。
「やったー! お金だお金だー! わーい!」
「食べ物だー! むしゃむしゃ、うまーい!」
「うん、やっぱり幼児だね」
それぞれ硬貨と食べ物に飛びつく二人を見て、オウル様は今度は疑問符をつけずに断言されました。
確かに、硬貨をシルクハットに詰めているエステルさんと座り込んで林檎を囓っているジェフリーさんは好きなものが展示されたショーウィンドウから離れようとしない子供のようです。
喧嘩は収まったものの、ジェフリーさんは食べることに夢中で今度は剥き身のまま投げ込まれたベーコンにかぶりついています──いえ、何故ここに剥き身のベーコンが……?
まぁ、それは置いておきましょう。子猫のことを訊ねようと近づくと、ジェフリーさんがぱっと顔を上げました。
「あの、この子のことについてお尋ねしたいのですが……」
「あ、クルミのケーキ」
「あ」
ジェフリーさんが私が持ったままのクルミのケーキを鷲掴んで一気に頬張りました。そこそこの大きさのあったケーキは一瞬で半分ほど減ってしまいました。
扱いに困っていたケーキがジェフリーさんの胃の中に定住先が決まったことに密かに安堵し、これ幸いにとそっと残されたお皿もジェフリーさんの脇に置きました。
「これフェザームーンのケーキだ! やっぱうまいなぁ──へ? うわっ、ちょ、やめ──」
「あっ、あら……」
狙っていた獲物を横取りされたと思ったのか、子猫が威嚇するようにシャーッと鳴いて毛を逆立てながらジェフリーさんの顔に飛びつきました。鳩といい、顔に攻撃を受けやすい人ですね。
「こらっ、チビ助やめろ! いだだだだっ、痛いって! ちっさい癖に立派な爪だなぁ、オイ!」
顔に細かな傷を作ったジェフリーさんが子猫の首根っこを掴んで引き剥がします。親猫に持ち運ばれるような形になった子猫は大人しくはなりましたが、不満そうにみゃあと鳴いています。
「ジェフリーさん、この子について訊いてもよろしいでしょうか?」
「貴女は?」
「申し遅れました。私は──」
「オウル様のお連れの方ですよ」
私が答えるより早く、エステルさんが答えました。シルクハットが山盛りになったため、今は服のポケットに硬貨を詰めていて、栗鼠の頬袋のようにパンパンになっています。
「オウル様の!? あの浮いた話一つなかったオウル様が女連れ!? コレってこと!? なんですか、なんですか、ちゃんといい人いるんじゃないですかぁー。もっと早く教えて下さいよ、水臭いですなぁ」
子猫を抱え直したジェフリーさんがにやにやしながら逆の肘でオウル様の脇腹を小突きます。
エステルさんもですけど、大分距離感が近い人ですね。町の人たちも親しげに声を掛けてましたし、人の出入りが多く、商売人気質の人が多いメルソルバの土地柄なのでしょうか。
「だからその小指を立てるジェスチャーはなんなのかな? エステルといい、ほんと似た者同士だよね」
「む。守銭奴のエステルと一緒にしないで下さいよ」
「こっちこそ卑しん坊のジェフリーと一緒にされたくらありませんよ」
「「なんだと(ですって)!?」」
「はいはい、そっくりだね。けど、また喧嘩するなら今度は泥団子を投げ込ませるよ? ジェフリー、ジゼルの質問に答えてあげて」
「オウル様のご命令とあらば。それでお嬢さん、何のご用でしょう?」
「えっと、その子猫について訊きたいのですけど。ジェフリーさんはこの子を追いかけて来たんですよね? 何があったのですか?」
オウル様の質問に打って変わって凛々しい顔つきで恭しく訊ねられ、内心困惑しながらも訊きたかったことをようやく訊ねることが出来ました。
「ああ、こいつですか? こいつは豆屋のジュード爺さんが鼠捕りのために飼ってるキジトラのネネが産んだ子猫です。産まれたばっかで好奇心が強い上にヤンチャで、目が開いて歩けるようになってからしょっちゅう脱走するもんで捜索、及び保護の依頼を受けてるんですよ」
「そういう訳でしたか。見つかって何よりです」
ジェフリーさんが説明しながら子猫の喉を指先で擽るように撫で、子猫は喉を鳴らして気持ち良さそうにしています。
それにしても子猫の捜索まで請け負っているとは、メルソルバの警邏は他の領とは毛色が違うようですね。
アーモンド伯爵家が統治する領もそうでしたが、警邏というのは町の治安維持のための見回りや、犯罪者の確保が主な仕事で、失踪者の捜索をすることはありますが、猫探しをするというのは聞いたことがありません。
「はい──ところで、結局のところお嬢さんはどなたで? オウル様とはどういったご関係なのでしょうか?」
「今日、ジェフリーたちに紹介したかったんだ。彼女はジゼル・アーモンド。僕の婚約者だよ」
「えっ!? あの守銭奴のエステルを反比例されたような金遣いの荒い婚約者!? ん? けど、ジゼル・アーモンド? オウル様のご婚約者がアーモンド伯爵家のご令嬢っていうのは知ってますけど、そんな名前でしたっけ? 確か、リーファだかリーフェだか──」
「さらっと人の悪口を織り込まないでくれる?」
「その子はリーファだね。ジゼルはリーファの姉だよ。つい最近、婚約者が妹のリーファからこちらの姉のジゼルに変わったんだ。今日はその紹介も兼ねてアスタリスクにデートに来たんだよ」
「オウル様がデート……!」
「あのオウル様がデート……!」
驚愕に目を丸くしたエステルさんとジェフリーさんが同じ仕草で口元を手で隠しました。オウル様の仰る通り、本当にそっくりですね。
「そんなに驚くことかな? 婚約者なんだから、デートくらいするだろう。ルドルフとエイミーだってしょっちゅうしてるし」
「いやぁ、あの二人は婚約者ってゆーか、恋人じゃないですか。めっちゃラブラブですし。けど、オウル様のそーゆー話って全然聞いたことなかったんでそりゃ驚きますよ」
「こちらに来られる時もお仕事で来るか、遊びに来ても大抵マーカス様とご一緒ですからねぇ」
「…………」
何か思うところでもあられるのか、オウル様は唇を結んで黙り込んでしまわれました。
ジェフリーさんの言葉に、先日のお茶会でお会いしたルドルフ様とエイミー様が頭に浮かびました。
サリブお婆様のお話でオウル様がマーカス様とここへ遊びに来ていたことは知っていましたが、エイミー様たちとも面識があるご様子。
確かにあのお二人は相思相愛のようでしたね。ルドルフ様もラブラブだと自己申告されてましたし。
それにしても、お知り合いがこうも口を揃えて言うということは、オウル様、もしかして──
「あの、ひょっとしてオウル様、リーファと──で、デートしたことはないのでしょうか?」
「え? ああ、うん、そうだね。夜会やお茶会には婚約者として参加したけど、今日みたいに一緒に出掛けたことはなかったかな。一応、何度か誘ってみたことはあるけど、僕はあの子に好かれてなかったから頷いてくれることはなかったけど」
オウル様とリーファはデートをしたことがない──その事実に、嫌な予想が頭に浮かびました。
いえ、オウル様はそういうところもちゃんとしているでしょうし、エステル様やジェフリー様の言葉からもないとは思うのですが──それでもなんだかもやもやとして、私はオウル様に訊ねてしまいました。
「では、私やリーファ以外の誰かとしたことは、あるのでしょうか?」
213
あなたにおすすめの小説
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
格上の言うことには、従わなければならないのですか? でしたら、わたしの言うことに従っていただきましょう
柚木ゆず
恋愛
「アルマ・レンザ―、光栄に思え。次期侯爵様は、お前をいたく気に入っているんだ。大人しく僕のものになれ。いいな?」
最初は柔らかな物腰で交際を提案されていた、リエズン侯爵家の嫡男・バチスタ様。ですがご自身の思い通りにならないと分かるや、その態度は一変しました。
……そうなのですね。格下は格上の命令に従わないといけない、そんなルールがあると仰るのですね。
分かりました。
ではそのルールに則り、わたしの命令に従っていただきましょう。
婚約を解消してくれないと、毒を飲んで死ぬ? どうぞご自由に
柚木ゆず
恋愛
※7月25日、本編完結いたしました。後日、補完編と番外編の投稿を予定しております。
伯爵令嬢ソフィアの幼馴染である、ソフィアの婚約者イーサンと伯爵令嬢アヴリーヌ。二人はソフィアに内緒で恋仲となっており、最愛の人と結婚できるように今の関係を解消したいと考えていました。
ですがこの婚約は少々特殊な意味を持つものとなっており、解消するにはソフィアの協力が必要不可欠。ソフィアが関係の解消を快諾し、幼馴染三人で両家の当主に訴えなければ実現できないものでした。
そしてそんなソフィアは『家の都合』を優先するため、素直に力を貸してくれはしないと考えていました。
そこで二人は毒を用意し、一緒になれないなら飲んで死ぬとソフィアに宣言。大切な幼馴染が死ぬのは嫌だから、必ず言うことを聞く――。と二人はほくそ笑んでいましたが、そんなイーサンとアヴリーヌに返ってきたのは予想外の言葉でした。
「そう。どうぞご自由に」
幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。
クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。
そんなある日クラスに転校生が入って来た。
幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新不定期です。
よろしくお願いします。
性格が嫌いだと言われ婚約破棄をしました
クロユキ
恋愛
エリック・フィゼリ子息子爵とキャロル・ラシリア令嬢子爵は親同士で決めた婚約で、エリックは不満があった。
十五歳になって突然婚約者を決められエリックは不満だった。婚約者のキャロルは大人しい性格で目立たない彼女がイヤだった。十六歳になったエリックには付き合っている彼女が出来た。
我慢の限界に来たエリックはキャロルと婚約破棄をする事に決めた。
誤字脱字があります不定期ですがよろしくお願いします。
9年ぶりに再会した幼馴染に「幸せに暮らしています」と伝えたら、突然怒り出しました
柚木ゆず
恋愛
「あら!? もしかして貴方、アリアン!?」
かつてわたしは孤児院で暮らしていて、姉妹のように育ったソリーヌという大切な人がいました。そんなソリーヌは突然孤児院を去ってしまい行方が分からなくなっていたのですが、街に買い物に出かけた際に9年ぶりの再会を果たしたのでした。
もう会えないと思っていた人に出会えて、わたしは本当に嬉しかったのですが――。現状を聞かれたため「とても幸せに暮らしています」と伝えると、ソリーヌは激しく怒りだしてしまったのでした。
どうやらこのパーティーは、婚約を破棄された私を嘲笑うために開かれたようです。でも私は破棄されて幸せなので、気にせず楽しませてもらいますね
柚木ゆず
恋愛
※今後は不定期という形ではありますが、番外編を投稿させていただきます。
あらゆる手を使われて参加を余儀なくされた、侯爵令嬢ヴァイオレット様主催のパーティー。この会には、先日婚約を破棄された私を嗤う目的があるみたいです。
けれど実は元婚約者様への好意はまったくなく、私は婚約破棄を心から喜んでいました。
そのため何を言われてもダメージはなくて、しかもこのパーティーは侯爵邸で行われる豪華なもの。高級ビュッフェなど男爵令嬢の私が普段体験できないことが沢山あるので、今夜はパーティーを楽しみたいと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる