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デート編
42.初めて、慣れない、ふたり
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「──え?」
「…………」
質問をしたところ、オウル様がにこやかな表情のまま固まってしまわれました。
私は失言をしたと思い、酷く居心地の悪さを感じ視線をステージの床へ落としました。視界の端に投げ込まれた灰色の包み紙に包まれたキャンディが転がっています。
両手の五本の指先を合わせて小さく押したり引いたりを繰り返していると、普段より少し早口でオウル様が言いました。
「ジゼル、何でその質問をするに至ったかを教えて貰ってもいいかな?」
「それは──オウル様はエスコートがお上手ですし、今日の、で、デートのお誘いをして下さった時もとても自然で。ですが、リーファとはしたことないと仰られたので、それ以外で経験があるのではと──いえ! 決して不貞の類いを疑っている訳ではありませんよ!? リーファと婚約する前の話です!」
言葉を重ねれば重ねるほど、きりきりと首を締め上げられるように息苦しくなってきます。
本当に失言でした。ああ、どうして私はあんなことを──。
オウル様の言葉に落ち着かなくなって、何だかとても気になって、気づいたら口が動いていました。考えを挟む前に言葉を発するなんて、フリージア夫人に見られたら怒られてしまうでしょう。
しどろもどろしながら鼠みたいに小さくなって物陰に隠れたい衝動に掻き立てられていると、オウル様が斜め下を見て頬を掻きました。
「そんな風に見えてた? 別にそんなこと全然ないんだけど──」
「……そうなのですか?」
「うん。むしろ女の子と二人だけで出掛けるのなんて親族を除けば今日が初めてかも」
「…………」
「あれ? ひょっとして疑われてる?」
「疑ってはおりませんが、俄に信じがたいと言いますか──」
「それは疑ってない?!」
「ですが──オウル様は女性から慕われるでしょう?」
「そんなことないよ」
「嘘ですね。流石にそれは私にも分かります」
「本当なのに!?」
身も蓋もないことを言いますが、公爵家の跡取りというだけで一定層の女性は婚約者がいようがお構い無しに言い寄ってくるものなのです。ほんの僅かでもチャンスがあれば、あわよくば妻の座を手に入れようとあらゆる手段を講じて近づいてくる。そういう人たちがいるのです。フリージア夫人が実体験を添えて仰っていたので間違いありません。
オウル様はそれに加えてお若く、容姿も整っておりますし、何よりお優しい方です。多くの女性が好む要素を多くお持ちです。女性に好かれたことがないとは考えられません。
私が気にすることではないのに、何だか気になってしまいます。
オウル様が困惑なかっているのが分かっているのに、悶々としていると重なった笑い声が響きました。
「エステル、ジェフリー、僕が参ってるのがそんなに面白いの?」
声の元であるエステルさんとジェフリーさんを見遣り、オウル様が不機嫌を滲ませた声音で問いました。
「くく……っ、いやだって、もう色々面白くて……! ジゼルお嬢様、大丈夫ですよ。この人、まっっったく女の影とかありませんから」
ジェフリーさんが笑い声を噛み殺して、落ちていたキャンディを拾います。灰色の包み紙の両端を引っ張って開くと、中から現れたピンク色のキャンディを摘まんで口に放り込みました。
「モテるかモテないかでいったらモテるでしょうけど、恋愛的なモテ方はしませんよねオウル様は。そもそもそういう意図で近づいてきた女性は気づいても気づかなくてもばっさりいきますし」
「軸がぶれないっていうか、見た目優男のくせして中身超頑固者っすよね」
「あー、わかるー」
「こっちは分からないけど、少なくとも貶されていることは分かったよ」
「「褒めてます褒めてます」」
「どうだか──というわけだから、言い方はともかく、今ジェフリーたちが言った通りだよ。信じて貰えたかな?」
「そう、ですね。信じます」
「僕じゃなくてジェフリーとエステルの言葉を信じられると、それはそれでちょっと悲しいかも」
困り顔のオウル様に胸が痛みました。
本当に疑って掛かったわけではなく、なんとなくそうなんでしょうかと思っただけでした。
けど、女性関係が綺麗だと第三者に断言して貰って息が楽になりました。これは──もしや、知らずリーファとロウ様の不貞の件がトラウマになっているのでは? いえ、本当にオウル様を疑う気持ちはなかったのですが。
「まぁ、オウル様ってそういう話がない割りに女性の扱い上手いから誤解するのも無理ありませんね」
「……ジェフリー? なんで話を掘り返そうとするのかな?」
「そういえば、町でも転んだところを助け起こして貰ってサリブ婆様のところまで付き添ってくれたとか、風で飛ばされたハンカチを拾って貰ったとか女の子たちがきゃあきゃあはしゃいでましたね。ただの親切って言ったらそれまでですけど、オウル様ってなぁんか仕草が手慣れてるんですよねぇ」
「二人は僕を助ける気あるの? それとも追い詰めたいの? はぁ……そう見えたなら、それは母上のおかげだと思うよ。昔から父上の予定が合わない時は僕が付き合わされてたし、さんざんエスコートにダメ出しされてたから」
「「ああ~、なるほど~」」
納得したようにお二人が手を打ちました。
確かにラピスフィール夫人であれば、息子であるオウル様の立ち振舞いについて早いうちから躾ていても不思議ではありません。
「じゃあ、ジゼル様とってだけじゃなくて、人生初って意味での初デートでもあるんですね」
「そうなるね」
「初めては何事もめでたいことですね。おめでとーございまーす!」
エステルさんが両腕を広げるとそこから紐を加えた鳩が飛び立ち、紐に下げられた小さな旗がお祝いの文言を綴っていきました。
「…………」
質問をしたところ、オウル様がにこやかな表情のまま固まってしまわれました。
私は失言をしたと思い、酷く居心地の悪さを感じ視線をステージの床へ落としました。視界の端に投げ込まれた灰色の包み紙に包まれたキャンディが転がっています。
両手の五本の指先を合わせて小さく押したり引いたりを繰り返していると、普段より少し早口でオウル様が言いました。
「ジゼル、何でその質問をするに至ったかを教えて貰ってもいいかな?」
「それは──オウル様はエスコートがお上手ですし、今日の、で、デートのお誘いをして下さった時もとても自然で。ですが、リーファとはしたことないと仰られたので、それ以外で経験があるのではと──いえ! 決して不貞の類いを疑っている訳ではありませんよ!? リーファと婚約する前の話です!」
言葉を重ねれば重ねるほど、きりきりと首を締め上げられるように息苦しくなってきます。
本当に失言でした。ああ、どうして私はあんなことを──。
オウル様の言葉に落ち着かなくなって、何だかとても気になって、気づいたら口が動いていました。考えを挟む前に言葉を発するなんて、フリージア夫人に見られたら怒られてしまうでしょう。
しどろもどろしながら鼠みたいに小さくなって物陰に隠れたい衝動に掻き立てられていると、オウル様が斜め下を見て頬を掻きました。
「そんな風に見えてた? 別にそんなこと全然ないんだけど──」
「……そうなのですか?」
「うん。むしろ女の子と二人だけで出掛けるのなんて親族を除けば今日が初めてかも」
「…………」
「あれ? ひょっとして疑われてる?」
「疑ってはおりませんが、俄に信じがたいと言いますか──」
「それは疑ってない?!」
「ですが──オウル様は女性から慕われるでしょう?」
「そんなことないよ」
「嘘ですね。流石にそれは私にも分かります」
「本当なのに!?」
身も蓋もないことを言いますが、公爵家の跡取りというだけで一定層の女性は婚約者がいようがお構い無しに言い寄ってくるものなのです。ほんの僅かでもチャンスがあれば、あわよくば妻の座を手に入れようとあらゆる手段を講じて近づいてくる。そういう人たちがいるのです。フリージア夫人が実体験を添えて仰っていたので間違いありません。
オウル様はそれに加えてお若く、容姿も整っておりますし、何よりお優しい方です。多くの女性が好む要素を多くお持ちです。女性に好かれたことがないとは考えられません。
私が気にすることではないのに、何だか気になってしまいます。
オウル様が困惑なかっているのが分かっているのに、悶々としていると重なった笑い声が響きました。
「エステル、ジェフリー、僕が参ってるのがそんなに面白いの?」
声の元であるエステルさんとジェフリーさんを見遣り、オウル様が不機嫌を滲ませた声音で問いました。
「くく……っ、いやだって、もう色々面白くて……! ジゼルお嬢様、大丈夫ですよ。この人、まっっったく女の影とかありませんから」
ジェフリーさんが笑い声を噛み殺して、落ちていたキャンディを拾います。灰色の包み紙の両端を引っ張って開くと、中から現れたピンク色のキャンディを摘まんで口に放り込みました。
「モテるかモテないかでいったらモテるでしょうけど、恋愛的なモテ方はしませんよねオウル様は。そもそもそういう意図で近づいてきた女性は気づいても気づかなくてもばっさりいきますし」
「軸がぶれないっていうか、見た目優男のくせして中身超頑固者っすよね」
「あー、わかるー」
「こっちは分からないけど、少なくとも貶されていることは分かったよ」
「「褒めてます褒めてます」」
「どうだか──というわけだから、言い方はともかく、今ジェフリーたちが言った通りだよ。信じて貰えたかな?」
「そう、ですね。信じます」
「僕じゃなくてジェフリーとエステルの言葉を信じられると、それはそれでちょっと悲しいかも」
困り顔のオウル様に胸が痛みました。
本当に疑って掛かったわけではなく、なんとなくそうなんでしょうかと思っただけでした。
けど、女性関係が綺麗だと第三者に断言して貰って息が楽になりました。これは──もしや、知らずリーファとロウ様の不貞の件がトラウマになっているのでは? いえ、本当にオウル様を疑う気持ちはなかったのですが。
「まぁ、オウル様ってそういう話がない割りに女性の扱い上手いから誤解するのも無理ありませんね」
「……ジェフリー? なんで話を掘り返そうとするのかな?」
「そういえば、町でも転んだところを助け起こして貰ってサリブ婆様のところまで付き添ってくれたとか、風で飛ばされたハンカチを拾って貰ったとか女の子たちがきゃあきゃあはしゃいでましたね。ただの親切って言ったらそれまでですけど、オウル様ってなぁんか仕草が手慣れてるんですよねぇ」
「二人は僕を助ける気あるの? それとも追い詰めたいの? はぁ……そう見えたなら、それは母上のおかげだと思うよ。昔から父上の予定が合わない時は僕が付き合わされてたし、さんざんエスコートにダメ出しされてたから」
「「ああ~、なるほど~」」
納得したようにお二人が手を打ちました。
確かにラピスフィール夫人であれば、息子であるオウル様の立ち振舞いについて早いうちから躾ていても不思議ではありません。
「じゃあ、ジゼル様とってだけじゃなくて、人生初って意味での初デートでもあるんですね」
「そうなるね」
「初めては何事もめでたいことですね。おめでとーございまーす!」
エステルさんが両腕を広げるとそこから紐を加えた鳩が飛び立ち、紐に下げられた小さな旗がお祝いの文言を綴っていきました。
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