闘破蒼穹(とうはそうきゅう)

きりしま つかさ

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第0246話 墨家

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その薄い笑みと共に、ホールの空気が一瞬で緊張した。

入口から漂ってくるその笑顔は、まるで何かを包むように優しいものだった。

そして、そこに立っていたのは黒服の少年。

日光が斜めに当たって彼を照らし、その表情はまるで冬の朝のような穏やかさを帯びていた。

目線がその笑顔の豊かな顔に注がれた瞬間、次の視点は冷たい瞳孔へと移り変わった。

そこには笑いかけたような余裕はなく、ただ漠然とした闇だけが広がっていた。

蕭炎の姿を認めると、ホールの中の全員が急いで後ろに下がり、ロブの背後に集まろうとした。

その中には、沙之傭兵団以外の人物も同様に動揺していた。

蕭炎はゆっくりと歩み寄り、その後ろから追従するように萧鼎たちが続きに入った。

彼らの視線は敵意を込めて向かい立つ人々を射つようだ。

「ロブ団長、手口はなかなか厳しいね」

蕭炎は先に沙之傭兵団員と見分けがつかない数人を見やり、すぐにロブに目を向けた。

「前の時もお前を殺さなかったのは間違いだったのかもしれない」と笑みながら言った。

その冷たい視線を受け止め、ロブの体はわずかに震えた。

彼は背後の部下たちにちらりと目配りし、茶杯を握った手がぎゅっと力を込めた。

「あなたは一体何者ですか?そして、なぜ私の沙之傭兵団に堂々と入ってこられるのですか?」

茶水と粉々になったカップがロブの掌から落ちる中、彼は平静を装いながら尋ねた。

「知りませんよ。

でも今日ここで乱入してきたのは、何か理由があるはずです」

蕭炎は軽く頭を下げて笑み返した。

「ごめんなさい。

特に理由はありません。

ただ、この傭兵団を壊したいだけです」

その皮肉な態度にロブの顎が揺れた。

怒りと不安が交錯し、彼はテーブルを思い切り叩いた。

瞬く間に堅固な木材も粉々になり、部屋中に埃が舞い上がった。

「よし、今日はお前たち全員を捕まえてやる!」

ロブの体からは強大な斗気(どうき)が発散され、その圧力はホール全体に広がり始めた。

蕭鼎たちの顔色が急変し、自然と後退した。

しかし蕭炎は目を閉じて静かに立ち、体からは一切の気配も感じられない。

まるでただの無能な少年のように見えたが、実際にはその内側では斗気(どうき)が渦巻いていたのである。



海波東は、目の前の少年の息遣いが突然奇妙な方向に変化したことに気づいた。

彼の老練な目には、その変化を捉えることができた。

しかし他の者はそれを感じることができなかった。

彼らはただ、少年が瞑目しているように見えた。

「この気配……強すぎる!今ではまだ私でも及ばない。

一体どうして?先ほどまでなら斗師だったのに、今はこんなに異常な変化か。

奇妙な存在だ」

海波東の思考を遮るように、沙之傭兵団のリーダー・ロブが鋭い声で命令した。

「彼らを殺せ!」

その瞬間、沙之傭兵団の精鋭たちが武器を構えた。

斗師たちは斗気の鎧を召喚し、勢いよく突進してきた。

「止めるな」海波東は平静に言った。

彼の言葉に反応したのは、萧鼎と蕭厲だけだった。

彼らは海波東の実力に圧倒され、その目にはさらに遠く深く見えるものがあった。

萧鼎の手のひらは緊張で汗を滲ませていた。

そして、突然、閉じられていた少年の目が開いた。

その瞳孔は若さではなく、経験の重みに満ちていた。

彼は平静に見つめるだけで、指先から白い炎が瞬きをした。

その一瞬、傭兵たちの体は氷で凍り付いた。

「これは……普通の寒気ではない。

この男は真の『冰』の使い手だ」

海波東の顎が数回動く。

彼の目には驚異の光があった。



海波東の感覚において、氷漬された瞬間、その十数名の傭兵はたちまち虚無となり、骨灰すら残さなかった。

白色の結晶体は寒冰に似ていたが、海波東はそれを真のものではないと悟った。

内部から沸き上がる異様な高温を感知したのだ。

「この男、これは本当に凄い!これが彼の本質だ!」

喉元が動くように、海波東は当初の判断で蕭炎と対立せずに済んだことを後悔する。

突然出現した十数体の人形氷像により、大広間に緊張が支配した。

その異様な光景に皆が息を飲み、無音で凍り付いた人間の姿を見つめる。

「この連中も…」羅布の傍らに立つ非沙之傭兵の強者が呆然と凝視する。

彼らはようやくロブの直感に気付いていたのだ。

「今回は大変だな」と、先頭の男が口の中で呟く。

蕭炎が首を傾げて椅子に座る羅布を見つめ、ゆっくりと十数体の氷像の中を歩き始めた。

その瞬間、爆発音と共に氷像が粉々に砕け散り、血肉の痕跡すらも消えた。

「今度は本当に終わりだ」と、全員の皮膚が粟立つ光景だった。

蕭炎はゆっくりと羅布の前に立ち、笑みを浮かべて囁く。

「前回の警告でさえ無視するのか?」

ロブは喉を鳴らせて唾液を飲み込み、額から冷汗が滴り落ちる。

少年の穏やかな表情を見上げた瞬間、背中に凍えそうな寒さを感じた。

この時、死への恐怖が羅布に襲いかかる。

必死で体中の斗気を動かそうとしたが、その動きは逆らえないほど鈣質化したように硬直する。

「馬鹿やるな」と、蕭炎の白い手が彼の頸部に近づく。

ロブは目を見開いて掌の拡大を追うが、体が勝手に反応し始める。

掌が斗気の鎧に触れた瞬間、その防御は自動的に溶け始めた。



その瞬間、目は針の先ほどの大きさに縮まった。

ロブは斗気の鎧が急速に溶け始めたことを感じたが、まだ言葉を返せぬうちに、冷たい掌が彼の喉元に置かれ、その刹那で彼の毛穴が突然逆立った。

薄い死の影が心頭に絡みつき、彼は体中から冷汗を滲ませていた。

「おやじ!お主!許せ!」

短い接触の中でロブは相手の凄まじい力を感じ取り、椅子に凍り付いたように動けなかった。

死神の掌が軽く締めるとも知らず、顔色が土気を帯びたまま冷汗が滲み出し、瞬く間に衣服は水浸しになった。

「青鱗の消息は知っているか?」

蕭炎は微かに首を傾げて笑みを見せ、「訊いてみよう」と優しい声で尋ねた。

ロブはその言葉に驚き、首が瞬時に凍り付くほど掌の温度が急降下した。

漆黒の目を見上げると、今度こそ即座に頷いた。

「お主! 知っています!」

と恐怖から声が早口になる。

「おめでとう、貴方の命は今また貴方の手に戻った」

蕭炎は笑みを浮かべて掌を引き返し、その穏やかな表情が周囲に凍えさせる。



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