心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香

文字の大きさ
10 / 12

10

しおりを挟む
『あの三人の奴隷の腕輪は絶対に外れないように、万が一腕輪が外れたら即命を失う様にしよう。そうすればアンカーの心は落ち着くのか』

 淡々とした口調でとんでもない提案をする神の声に、アンカーはふふふと笑う。
 笑いを承諾と取ったのか『ではすぐにそうしよう』と神は決断した。

『なぜ笑う』
「贔屓しすぎだわ、神は人に平等ではないの?」

 神は今簡単に命を奪う決断をしたのだ。
 人はすべて神の子ではないのだろうか、とアンカーが尋ねると神は『それは違う』と否定した。

『平等なら、愛し子なんて定めはしない。そもそも悪心を抱くものを大切には思えない』
「愛し子、それはどうやって決めるの」
「生まれる前の魂はすべて神の園にいます、そこで神の目に止まった魂を愛し子として加護を与えて人の世界に送るのです」
「魂が目に止まる? つまり、適当に選んでいると」
「違いますっ、魂の清らかさや輝きの強さを見ているのです。魂というのは、前世の行いから美しく光を放つものもあれば、薄汚く濁ったものもあります。あまりに濁った魂は神の園に来ることが出来ません。肉体が滅んだ後神の園に上がれない魂は世界を漂った後形を保てなくなり瘴気になるのです。瘴気は分かりますか?」
「魔物の素と言われているものよね、魔物肉を食べると強くなると聞いた事はあるけれど、本当は食べてはいけないものなの?」

 この世には魔物が存在する、人を殺す恐ろしい見た目をした生き物だが、魔物は強ければ強い程肉は美味しく魔力回復力が高くなる。皮や骨も良い防具や武器の素材になる。
 魔物肉は高価なものだけれど生まれ変わる前のアンカーですら、父達の食べ残しだが魔物肉を食べた事はある。
 ほんの一口食べただけで魔力の回復速度が上がった程の力があったから、食べ残しだろうとアンカーは喜んで食べたけれど、本当は人が口にしてはいけないものなのだろうか。

『濃い瘴気は魔物を生むが、その肉を人が食べても害にはならない。むしろ人の血肉に変わることで瘴気は浄化されるし人は力を得る』
「それなら良かった」

 悪いものでも、あの頃あれを食べなければアンカーは生きていけなかっただろう。食べ残しを床に這いつくばり食べるアンカーを見るのが父達の娯楽だったから、度々アンカーは皿にこびりついた魔物肉の欠片を食べる事が出来たのだ。
 犬の様だと指さし嗤う義母、わざと食べたものを皿に吐き出し食べさせようとする義妹、骨にこびりついた魔物肉を手を使わずに食べろと床に捨てる父、とうに心が凍り付いていたアンカーは食べられるという喜びだけでそれらを平気で口にしていたのだ。
 もう二度と経験したくないことだが、アンカーが日頃食べられたのは一日に一回与えられるアンカーの手のひらよりも小さく古くなって黴の匂いすらしそうなパン一つだけ、飲み物はアンカーがこっそり桶に溜めていた雨水だけだったアンカーにとって、あの食べ残しはアンカーの命をつなげてくれたのだ。

「……そんなことまでされて……、それなのに許せなど、記憶がない、今は何もしていないなど」

 アンカーが『良かった』と言った理由を話すと、神の使いは己の言葉の無神経さに漸く気が付き床にうずくまってしまう。
 神と同じ、神の使いも子供の様だとアンカーは呆れて、それでも神の使いはもう嫌いじゃないと思い直す。

「能無しの配下はやはり能無し、それだけだから気にしないわ」

 嫌いじゃないと思い直しながら、それでもアンカーの口から出るのは憎まれ口だけだ。
 優しい言葉、人の良い言葉を口にして良い結果になった事など無かったから、アンカーは虚勢を張る以外の自己防衛を知らなかった。人に何かを期待しても裏切られるだけだと分かっているから、自分が期待しそうになる前にアンカーは心の扉の前に虚勢という塀を作るのだ。

「能無し……主はともかく、私はそれを今否定できません。己の愚かさを自覚したばかりですから」

 素直に自分の非を認める、神の使いに「気にしないと言ったわ」と苦笑する。

「笑うのですか、私が愚かだから」
「軽蔑じゃないし、嫌悪してもいないから笑うの。そうでなければ大声を上げて抗議するわ」
『アンカーはこれの間違いを許すのだな』

 どこか嬉しそうな声が神からして、アンカーはこちらも子供だと笑う。
 人なんて信じられない、誰も彼もが敵だと思うのに、目の前の神と神の使いは違うとアンカーは思う。

「許すのとは違う、神と神の使いどちらも無能だとまだ思うけれど、二人は敵だと思わないことにするわ」
「敵だとは思わない?」
「神はお母様を救って、三人に奴隷の腕輪をはめてくれた。それは嘘じゃないわよね」
『神は偽りを言わない』

 今、空は晴れている。とでもいう様に、淡々と神はアンカーに答える。
 その感情の籠らない答えに、アンカーはにやりと口角を上げる。

「嘘を吐かないなら、それで十分。後で元気なお母様に会えるなら、それでいい十分よ」

 アンカーの今唯一大切な人を助けてくれ、これからの不安の種を消してくれたのだから、その恩に報いるためもう敵とは思わない。それぐらいはアンカーだって譲歩出来るとこっそりと思う。

『私達を敵だと思わないのだな、愛し子』
「思わないわ」
『それなら、愛し子の母親の他に二人、敵じゃない者が出来たということだな』
「敵じゃない? 私もですか」

 信じられないという驚きを含んだ声で、神の使いは自分を指さすからアンカーは苦笑しながら頷く。

「私も、私も敵じゃないのなら。あなたに酷いことを言った私をそう思ってくれるというのなら」
「なに」
「主、私に生まれ変わりをお許しください」
『生まれ変わり? 何になる、人か?』
 
 何を急に言い出したのかアンカーには予想もつかないけれど、神の使いがもし人に生まれ変わるとしたら、人になった神の使いはまたアンカーの敵になるだろう。
 アンカーが生きていた時代に生まれていたかいないかなんて関係ない、この国の人というだけでアンカーは敵かどうか決めるのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

夢を現実にしないための正しいマニュアル

しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。 現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事? 処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。 婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

王命での結婚がうまくいかなかったので公妾になりました。

しゃーりん
恋愛
婚約解消したばかりのルクレツィアに王命での結婚が舞い込んだ。 相手は10歳年上の公爵ユーグンド。 昔の恋人を探し求める公爵は有名で、国王陛下が公爵家の跡継ぎを危惧して王命を出したのだ。 しかし、公爵はルクレツィアと結婚しても興味の欠片も示さなかった。 それどころか、子供は養子をとる。邪魔をしなければ自由だと言う。 実家の跡継ぎも必要なルクレツィアは子供を産みたかった。 国王陛下に王命の取り消しをお願いすると三年後になると言われた。 無駄な三年を過ごしたくないルクレツィアは国王陛下に提案された公妾になって子供を産み、三年後に離婚するという計画に乗ったお話です。  

今、私は幸せなの。ほっといて

青葉めいこ
ファンタジー
王族特有の色彩を持たない無能な王子をサポートするために婚約した公爵令嬢の私。初対面から王子に悪態を吐かれていたので、いつか必ず婚約を破談にすると決意していた。 卒業式のパーティーで、ある告白(告発?)をし、望み通り婚約は破談となり修道女になった。 そんな私の元に、元婚約者やら弟やらが訪ねてくる。 「今、私は幸せなの。ほっといて」 小説家になろうにも投稿しています。

諦めていた自由を手に入れた令嬢

しゃーりん
恋愛
公爵令嬢シャーロットは婚約者であるニコルソン王太子殿下に好きな令嬢がいることを知っている。 これまで二度、婚約解消を申し入れても国王夫妻に許してもらえなかったが、王子と隣国の皇女の婚約話を知り、三度目に婚約解消が許された。 実家からも逃げたいシャーロットは平民になりたいと願い、学園を卒業と同時に一人暮らしをするはずが、実家に知られて連れ戻されないよう、結婚することになってしまう。 自由を手に入れて、幸せな結婚まで手にするシャーロットのお話です。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

処理中です...