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喰いついたのは1(王妃視点)
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「ねえ、まだフィリップには会えないの?」
あれから何日たったのか分かりません。
怠い身体に耐えながら、陛下へ訴え様と執務室に向かって歩いていたら可愛らしさの欠片も無い息子に出会いました。
「アダム、あなたは可哀そうな弟に会っているのかしら。気にしてはくれているの?」
陛下の執務室はすぐ側で、私の言うことなど聞かない息子よりも何でも言うことを聞いてくれる夫の方が話し相手としてはいいのは分かっていますが、それでもアダムに訴えたのは母親として兄としての在り方を諭す為です。
アダムはフィリップの兄としてこの世に存在しているのですから、アダムに許されている権利は弟のフィリップに使うべきなのです。それが長兄として生まれたアダムの役割だというのに、この息子は私の子供だというのに些細なことすら気遣おうとはしないのです。
「何故私があの愚弟に会う必要があるのですか?」
さも驚いたという顔でアダムは私に問いかけるのは、わざとだと知っています。
母親を敬うということを知らない親不孝の息子なのです。
まあ、私に本当の息子はフィリップだけで他の子供達はただ私の腹に宿って生まれただけの、どうでもいい存在です。私とフィリップの為に存在しているなら、母親の顔をしてあげてもいいと許しているだけです。
「まあ、アダム。そんな言い方をされたら母は悲しく思います。あなたは兄弟思いの優しい子でしょう?」
そっとアダムの頬に手を伸ばし瞳を見つめようとして、さりげなさを装って避けられてしまいました。
その瞬間、体から魔力が抜けていくのを感じて、ぐらりと体がよろめいても親不孝の息子は動揺すらせずに私の侍女に「母上はお疲れの様だ」と言うだけなのです。
「アダム」
「母上は父上と婚姻の儀式をした際、どちらに神聖契約の証が出ましたか」
「神聖契約の証? 急に変な事を言うのね。証はここよ。陛下も同じところに出ているわ」
首の付け根、鎖骨の少し上に忌々しい記は存在しています。
王家の婚姻では、神聖契約を行い婚姻の誓を結ぶのです。
私とお義兄様の仲を引き裂き、他の男を夫としたという証です。
私は婚姻の誓をしてから、一度もこの証をまともに見たことはありません。
化粧を侍女にさせる時も、鏡に映るこの証には視線を向けない様にしてきたのです。
だって認めたくないのです。私がお義兄様以外の相手の妻として誓をしたなんて、そんな事は一生認めたくはないのです。
「ああ、そうですね。それが証でしたね」
何の予定もない朝、着ているドレスは華美なものではありません。
襟ぐりも神聖契約の証が見える程度のものです。
貞淑な王妃を装うために必要なのは宝石でも贅を尽くしたドレスでもなく、飾り気のない地味なドレスです。
地味でも使う生地は最上級のものですし、さりげなく付けた首飾りの宝石も小ぶりながら高価な宝石です。
ただ一見地味に見えていればいいのです。
可哀そうなフィリップを思い、華やかに装う気が起きないのだと周囲に知らしめることが出来ればいいのですから。
「どうしたの」
「いいえ。母上は地味な装いでも美しいですよ。美しい母上を見ていると、フローリア嬢が気の毒になりますね」
「フローリア? あの愚かな娘がどうしたの。母親の実家で療養しているのでしょう?」
神聖契約の証と同じくらい忌々しい娘、フローリア・ゾルティーア。侯爵家に生まれたというだけで可愛らしくも美しくもないのに、贅沢な暮らしが約束された娘。
侯爵家を継ぐ運命に生まれたことしか価値が無いのだから、その生涯をフィリップの為に捧げればいいものを生意気にもフィリップの不貞を理由に婚約破棄をしてきた。馬鹿な侯爵令嬢。
「可哀そうに、フィリップの不貞が彼女の精神に負担を強いたのでしょう。療養しても状態が良くならないため王都に戻って来て医師の治療を受けているそうですよ」
「まあ」
ほうら、フィリップを蔑ろにするから罰が当たったのよ。
今からでも謝罪し罪を償うのであれば、フィリップの婚約者に戻してあげてもいいけれど。
あの子は生意気だから、やっぱり儚くなるのが一番よね。
早くそうなってくれないかしら。
「幸い医師の治療が上手くいって、少し体調は戻りつつあるようです。侯爵夫人が付きっきりで看病しているそうですから母親の愛情がいい方向へ導いたのでしょう」
「そう、良くなってきているのなら良かったわね」
良くなっている? そんなことは許せないわ。
あの子は儚くなって、私の邪魔をするものはすべて消えなければならないの。
「ではお見舞いを贈りましょう」
「そうですね」
お見舞いに、死の天使を送りましょう。
元婚約者の母親が、息子の代わりに医師を送るのは当然の事。息子が原因で体調を崩しているのですもの、でもその甲斐無く儚くなっても仕方ないわよね。
婚約破棄程度で体調を崩す様な、弱い娘なのが悪いのだもの。
「すぐに手配をしないといけないわね。私は部屋に戻ります」
「ええ。母上が見舞いを贈れば彼女も元気になるでしょう。フィリップが同じことをしたら余計に具合があ悪くなりそうですが」
「え」
「おっと失言でした。では私は執務がありますので失礼します」
にやりと笑ったアダムは、やはり可愛くない息子です。
愛情のひとかけらを分け与える気にすらなりません。
「フィリップに会えば、あの子に苦痛を与えられる?」
何か罰をと考えていました。
その為に下賤な女に侯爵家に火つけを命じましたが、上手く行きませんでした。
でも私からの罰ではなく、フィリップ本人にフローリアに罰を与えさせたら?
「ねえ。フィリップが外に出られる様に準備しなさい」
「畏まりました」
去っていこうとするアダムの背を見ながら、侍女にそう言うとアダムの背が一瞬反応した様に見えましたがそれは気のせいでしょう。声が聞こえる距離ではありません。
「あと、侍医を宮に呼んで」
フィリップが罰を与えた後、私からの罰を与えましょう。
そしてあの娘の命が消えれば、侯爵家はフィリップのものになるように都合のいい娘を養女にすればいいのです。
「王妃様?」
「どうしたの。早く行きなさい」
侍女に振り返り指示を出した私の顔を見て、侍女は驚いた様に私を呼びました。
「今日は少しお化粧が上手く出来ていなかった様です。お顔の色が良くありません」
「そう? なら宮に戻って化粧を直すわ。行きましょう」
陛下に朝の挨拶をしてから、フィリップの事で嘆く母を見せつけたかったのですが、化粧を直してからもう一度来てもいいでしょう。
鏡を見て、今まで見たこともない皺を見つけ悲鳴を上げることになるとは知らず、私はこれからの計画に心を踊らせていたのです。
あれから何日たったのか分かりません。
怠い身体に耐えながら、陛下へ訴え様と執務室に向かって歩いていたら可愛らしさの欠片も無い息子に出会いました。
「アダム、あなたは可哀そうな弟に会っているのかしら。気にしてはくれているの?」
陛下の執務室はすぐ側で、私の言うことなど聞かない息子よりも何でも言うことを聞いてくれる夫の方が話し相手としてはいいのは分かっていますが、それでもアダムに訴えたのは母親として兄としての在り方を諭す為です。
アダムはフィリップの兄としてこの世に存在しているのですから、アダムに許されている権利は弟のフィリップに使うべきなのです。それが長兄として生まれたアダムの役割だというのに、この息子は私の子供だというのに些細なことすら気遣おうとはしないのです。
「何故私があの愚弟に会う必要があるのですか?」
さも驚いたという顔でアダムは私に問いかけるのは、わざとだと知っています。
母親を敬うということを知らない親不孝の息子なのです。
まあ、私に本当の息子はフィリップだけで他の子供達はただ私の腹に宿って生まれただけの、どうでもいい存在です。私とフィリップの為に存在しているなら、母親の顔をしてあげてもいいと許しているだけです。
「まあ、アダム。そんな言い方をされたら母は悲しく思います。あなたは兄弟思いの優しい子でしょう?」
そっとアダムの頬に手を伸ばし瞳を見つめようとして、さりげなさを装って避けられてしまいました。
その瞬間、体から魔力が抜けていくのを感じて、ぐらりと体がよろめいても親不孝の息子は動揺すらせずに私の侍女に「母上はお疲れの様だ」と言うだけなのです。
「アダム」
「母上は父上と婚姻の儀式をした際、どちらに神聖契約の証が出ましたか」
「神聖契約の証? 急に変な事を言うのね。証はここよ。陛下も同じところに出ているわ」
首の付け根、鎖骨の少し上に忌々しい記は存在しています。
王家の婚姻では、神聖契約を行い婚姻の誓を結ぶのです。
私とお義兄様の仲を引き裂き、他の男を夫としたという証です。
私は婚姻の誓をしてから、一度もこの証をまともに見たことはありません。
化粧を侍女にさせる時も、鏡に映るこの証には視線を向けない様にしてきたのです。
だって認めたくないのです。私がお義兄様以外の相手の妻として誓をしたなんて、そんな事は一生認めたくはないのです。
「ああ、そうですね。それが証でしたね」
何の予定もない朝、着ているドレスは華美なものではありません。
襟ぐりも神聖契約の証が見える程度のものです。
貞淑な王妃を装うために必要なのは宝石でも贅を尽くしたドレスでもなく、飾り気のない地味なドレスです。
地味でも使う生地は最上級のものですし、さりげなく付けた首飾りの宝石も小ぶりながら高価な宝石です。
ただ一見地味に見えていればいいのです。
可哀そうなフィリップを思い、華やかに装う気が起きないのだと周囲に知らしめることが出来ればいいのですから。
「どうしたの」
「いいえ。母上は地味な装いでも美しいですよ。美しい母上を見ていると、フローリア嬢が気の毒になりますね」
「フローリア? あの愚かな娘がどうしたの。母親の実家で療養しているのでしょう?」
神聖契約の証と同じくらい忌々しい娘、フローリア・ゾルティーア。侯爵家に生まれたというだけで可愛らしくも美しくもないのに、贅沢な暮らしが約束された娘。
侯爵家を継ぐ運命に生まれたことしか価値が無いのだから、その生涯をフィリップの為に捧げればいいものを生意気にもフィリップの不貞を理由に婚約破棄をしてきた。馬鹿な侯爵令嬢。
「可哀そうに、フィリップの不貞が彼女の精神に負担を強いたのでしょう。療養しても状態が良くならないため王都に戻って来て医師の治療を受けているそうですよ」
「まあ」
ほうら、フィリップを蔑ろにするから罰が当たったのよ。
今からでも謝罪し罪を償うのであれば、フィリップの婚約者に戻してあげてもいいけれど。
あの子は生意気だから、やっぱり儚くなるのが一番よね。
早くそうなってくれないかしら。
「幸い医師の治療が上手くいって、少し体調は戻りつつあるようです。侯爵夫人が付きっきりで看病しているそうですから母親の愛情がいい方向へ導いたのでしょう」
「そう、良くなってきているのなら良かったわね」
良くなっている? そんなことは許せないわ。
あの子は儚くなって、私の邪魔をするものはすべて消えなければならないの。
「ではお見舞いを贈りましょう」
「そうですね」
お見舞いに、死の天使を送りましょう。
元婚約者の母親が、息子の代わりに医師を送るのは当然の事。息子が原因で体調を崩しているのですもの、でもその甲斐無く儚くなっても仕方ないわよね。
婚約破棄程度で体調を崩す様な、弱い娘なのが悪いのだもの。
「すぐに手配をしないといけないわね。私は部屋に戻ります」
「ええ。母上が見舞いを贈れば彼女も元気になるでしょう。フィリップが同じことをしたら余計に具合があ悪くなりそうですが」
「え」
「おっと失言でした。では私は執務がありますので失礼します」
にやりと笑ったアダムは、やはり可愛くない息子です。
愛情のひとかけらを分け与える気にすらなりません。
「フィリップに会えば、あの子に苦痛を与えられる?」
何か罰をと考えていました。
その為に下賤な女に侯爵家に火つけを命じましたが、上手く行きませんでした。
でも私からの罰ではなく、フィリップ本人にフローリアに罰を与えさせたら?
「ねえ。フィリップが外に出られる様に準備しなさい」
「畏まりました」
去っていこうとするアダムの背を見ながら、侍女にそう言うとアダムの背が一瞬反応した様に見えましたがそれは気のせいでしょう。声が聞こえる距離ではありません。
「あと、侍医を宮に呼んで」
フィリップが罰を与えた後、私からの罰を与えましょう。
そしてあの娘の命が消えれば、侯爵家はフィリップのものになるように都合のいい娘を養女にすればいいのです。
「王妃様?」
「どうしたの。早く行きなさい」
侍女に振り返り指示を出した私の顔を見て、侍女は驚いた様に私を呼びました。
「今日は少しお化粧が上手く出来ていなかった様です。お顔の色が良くありません」
「そう? なら宮に戻って化粧を直すわ。行きましょう」
陛下に朝の挨拶をしてから、フィリップの事で嘆く母を見せつけたかったのですが、化粧を直してからもう一度来てもいいでしょう。
鏡を見て、今まで見たこともない皺を見つけ悲鳴を上げることになるとは知らず、私はこれからの計画に心を踊らせていたのです。
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