悪役令嬢(仮)に断罪された偽王太子は本物王太子に影武者としてこき使われる

雪野 みゆ

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第2章 学園編

閑話・ブランシェとお茶会

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 とても地下とは思えない空間に5人はいた。正確には4人と一匹だが。地下といえば暗く湿気でじめじめとしているイメージだが、ここにはそのような雰囲気はない。

 天井には意匠を凝らした照明器具があるため、地上にいるかのように明るい。女性が好みそうな可愛い模様のレースがついたカーテンに、花模様のクッション。なぜか壁には聖人トームスの肖像画が飾ってある。

 見るだけならば、どこかの貴族令嬢の部屋だと思っただろう。ところが、この部屋の主は白い大蛇だ。

「それでね、ブランシェ。いよいよエレナの婚約式の日取りが決まりましたの(相手がトームスなのが残念ですけれど)」

 白い大蛇ブランシェはうんうんと頷いている。人間の言葉を理解しているようだ。

「殿下。俺怖いんだけど」

「奇遇だな。私もだ」

 お茶会をしながら、楽しそうにブランシェと談話するフィルミナとエレナとは裏腹に、エドワルドとトームスは床に敷かれた絨毯の上に正座している。顔は完全に強ばって貼り付けた笑顔のままだ。

 エドワルドとトームスはブランシェとお茶会をするというフィルミナとエレナに半ば強引に参加させられたのだ。

「ブランシェ。わたくしの婚約者のトームスですわ。トームス、ブランシェにご挨拶を」

「この度エレナの婚約者になりましたトームスと申します。宜しくお願いします。ブランシェ……さん」

 強ばった笑顔のまま、トームスは必死に言葉を紡ぎ、ブランシェに挨拶する。

「なぜ敬語なのだ?」

「言葉遣いに気をつけないとパックリされそうだからだよ」

 ひそひそと囁きあうエドワルドとトームスである。

 ブランシェの怒りを買ったが最期、あの顎(あぎと)が大きく開いて、パックリいかれそうだと戦慄を感じたトームスは言葉遣いを丁寧にしたのだ。

『私は人間を食べないので安心してください。聖人トームス様と同じ名前を持つお方』

 トームスの頭に玲瓏な女性の声が響く。フィルミナとエレナとは違う声だ。

「今、喋ったのは誰だ?」

「ブランシェですわ」

 エレナの言葉にブランシェが頷く。

「何!? ブランシェ……さんは喋れるのか! ……いや、話せるんですか?」

『はい。私が直接貴方たちに語りかけているのです。フィルミナとエレナは言葉はなくとも、何となく意思疎通していますが……』

「そうか。ブランシェ嬢はラミアですか?」

 エドワルドはブランシェが何者なのかピンときたようだ。

「ラミア?」

「ラミアとは蛇の女性のことです。人間に変身することもできるのですよ(トームスは神話も知りませんのね)」

「悪かったな。神話上の生物じゃなかったのか?」

 トームスが育った孤児院は国教会に隣接されていた。孤児院に放り込まれた当初は周囲に馴染めず、図書室に籠っていたものだ。暇つぶしに読んでいた本は神話や聖人トームスの物語が多かった。

 本の中には聖人トームスが小さな白蛇と旅をする物語もあった。

「まさか聖人トームスと旅をしていた白蛇がブランシェさんとか?」

『そのとおりです。聖人トームス様は親に捨てられ路頭に迷っていた私を助けてくださいました。そして、トームス様とともに旅をしておりました』

 ブランシェの言葉にエドワルドとトームスは驚愕する。フィルミナとエレナは落ち着いていた。おそらくブランシェから聞いて知っていたのだろう。

「あの……聖人トームスの物語には小さな白蛇と旅をしたと書いてありましたが、どうしてそこまで成長したんですか?」

「トームス。女性にサイズを聞くのは失礼だぞ」

『良いのです。トームス様に出会った頃は小さかったのですが、あの方が天国に旅立たれてからは、このように大きくなってしまったのです。ですが、トームス様とともに積んだ得のおかげでラミアとなれました』

 聖人トームスが亡くなってからは、人間の姿で各地を旅していたブランシェだが、ある日、大蛇に変身した姿を見られてしまい、この鉱山に封印されてしまったのだという。

「ブランシェは悪くありませんのに、ひどい話ですわね」

『でも、おかげでセイン様に会うことができましたもの。私は今幸せですわ』

「セイン殿? どういうことだ?」

「ブランシェはお兄様に恋しているのですわ(トームスは鈍いですわね)」

「それは叶わない恋だな」と言いかけて、トームスは口を噤んだ。ブランシェは女性だが、ラミアだ。恋愛云々の前に種族が違う。

「そうですわ。人間の姿でお兄様に会ってみてはどうかしら?」

「それは良い考えですわ。ブランシェの人間姿は美しいですから」

 人間姿のブランシェは美しいと聞いて、エドワルドとトームスは興味津々だ。それぞれ愛しい婚約者がいるとはいえ、美しい女性を見てみたいと思うのは健全な男子であれば当たり前なのかもしれない。

「フィー、ブランシェ嬢の人間姿はどのような感じなのだ?」

 フィルミナは考えるように唇に人差し指をあてる。

「説明するよりは見た方が早いと思いますわ。ブランシェ、人間の姿になっていただけるかしら?」

『殿方の前で変身するのは恥ずかしいので、少しの間、後ろを向いていただけますか?』

 女性が着替えをするようなものだと判断したエドワルドとトームスは少し顔を赤らめ、後ろを向く。

 しばらくすると、後ろでふわっと風が吹く感覚がする。

「お二方ともこちらを向いて構いませんわ」

 フィルミナでもエレナでもないよく通る透明な声が地下空間に響く。エドワルドとトームスはゆっくりと振り向いた。

 振り向いた先には美しい女性が立っている。艶やかな白い髪と冬の湖のような澄んだ青い瞳。肌の色は透き通るように白い。シンプルな白いマキシ丈のワンピースからはすらりとした細い足首がのぞいていた。

「え? ブランシェ……さん?」

 トームスが驚くのは最もである。神話で描かれているラミアは上半身が人間、下半身は蛇の姿だからだ。エドワルドは驚きのあまり言葉が出てこず、目を見開いている。

「遅れてすまないね。む! 誰だ? その美しいご令嬢は!?」

 仕事があるため、遅れてお茶会に顔を出したセインがブランシェの姿をみとめると、ブランシェの前に駆け寄る。

「ブランシェの人間姿ですわ。お兄様(美しいでしょう?)」

「ああ。理想の女性がこんな近くにいるとは思わなかった」

 セインはブランシェの前に跪くと、手を差し出す。

「ブランシェ。いや、ブランシェ嬢。私の妻になってはくれないだろうか?」

「セイン様! でも、私はラミアです。人間ではないのですよ」

「ラミアでも構わない。私と結婚してほしい」

 ブランシェはしばらく迷っていたが、決心したように頷くとセインの手に自分の手を重ね、嬉しそうにはにかむ。

「……はい。よろしくお願いいたします。セイン様」

 フィルミナとエレナが盛大な拍手を送る。唐突な展開についていけないエドワルドとトームスだが、とりあえず拍手してみた。

「なあ、殿下。あれってありなのか?」

「セイン殿には婚約者がいないからな。いいのではないか」

「本人たちが幸せならいいのか」と誰にともなく呟くトームスだった。
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